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【最終章】

【第十一話】メンシスからの告白・後編(メンシス・談)

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「——ごめんなさい!」

 カーネの口からその一言を聞いた瞬間、世界が終わった気がした。運悪く彼女の背後で花火が打ち上がり、ドンッと爆発音が鳴ったもんだからその音が破滅音かの様に感じられたのだろう。だが変わらずこの世界は存在し、刻は無常にも進んでいく。

(…… フラれた、のか?)

 それが事実だというのなら、到底受け入れられない。
 一度はヒト族の領地全土を破壊しかけた身だ、いっそ本当に全てを壊してやろうか。自分にはそれが可能だ。“聖女・カルム”が存在しない今世では私を止められる者など誰も居ないのだから。——この世界への誕生を切実に望むロロとララには悪いが、どうしたってそんな事を考えてしまう。

(だが、何故だ?何故なんだ、全く理由がわからない)

 彼女にとっては夢の中での出来事だったとはいえ、先に『好きだ』と言ってくれたのは貴女の方じゃないか。あの告白は何だったんだ?何だと言う気だ。私の夢じゃない、貴女の夢の中での事だったんだから、アレが貴女の本心だろ。それなのに断るとか、意味がわからない。まさか…… 他に好きな奴でもいるのか?いや、いるはずが無いな。シリウス公爵家に居た時の彼女は皆々に嫌われていた。本来の体を取り戻し、家出した後は私の身近に置いて新しい人間関係なんぞ持たせないようにしてきた。買い物などのせいでどうしたって顔見知り程度はそれなりにはいても、全員が私の息が掛かった者達だから適正距離は心得ている。彼女が好意を抱ける程の距離に居たのは常にこの“僕”だけだった。

「理由を、訊いてもいいですか?…… 今のままでは、諦めきれなくて」

 そうは言ったが、私に諦める気など毛頭無い。理由次第ではカーネの記憶を『僕達は夫婦である』とでも書き換え、最終的には首輪や足枷をしてでも私のモノにするのみだ。彼女が私を望み、心からの愛が欲しいと切実に願う気持ちは勿論まだ残ってはいるが、そもそも彼女が手に入らなければ元も子もないから切り捨てよう。その流れで今すぐにでも孕ませてしまえば、もし書き換えた記憶に差異を感じたとしても、逃げる気力も湧くまい。

(そうだ、そうしよう。そうするしかない。もう今世での相思相愛なんぞは諦めて、ソレは来世にでも期待するんだ)

 それらの考えを口にはせずとも表情に出てしまっている気がするが、そこまで自分を制御出来ない。表情が読まれにくいようにと前髪を長くしておいて本当に良かった。悪意や好意を視覚化出来る眼鏡を彼女は今も掛けているが、多少はこの感情も誤魔化せているだろう。
「…… そ、それは」
 今はもう顔を上げはしてくれているが、視線はずっと逸れたままだ。無理矢理にでも顎を掴んでその瞳を覗き込み、真意を聞き出したい気持ちをぐっと堪えて二の句を待つ。
「えっと…… 前に、私が婚約者から逃げて来た事は、話しましたよね」
「えぇ、覚えています」

(その“婚約者”が、目の前に居るとは微塵も思っていないんだな)

 “私”達が最後に逢った時と今とでは歳も違う。金髪と黒髪では髪色が一致せず、不恰好な眼鏡をかけ、ルーナ族の青年としての姿を晒すシェアハウス管理人の“僕”と、貴族公爵である“私”が『同一人物かもしれない』とは思い至る訳が無い。そうである様にと自分で画策しておきながら、少しイラッとしてしまった。この日の為と念入りに準備をしていた段階からずっと『今夜、やっと心から繋がれる』と思い込んでいたからか、期待が大きかった分落胆も激しい。そのせいで気持ちに余裕が持てないみたいだ。

 言葉を選び、少しの迷いをみせながらゆっくりカーネが口を開く。
「…… 彼の事が、忘れられないんです」
 ゆるりと俯き、ギュッとカーネが手に力を入れてそう呟いた。

(あ、あぁ…… 『忘れられない』のか、『私』の事が)

 予想外の理由が返ってきた。第三者の邪魔は入っていなかったという安堵よりも、“私”への想いを今尚抱いているという言葉で得られた喜びで胸の奥が満たされ、歓喜が全身を駆け巡る。

 “私”と“カーネ”が幼少期に過ごした期間は残念ながらかなり短かった。全ては“ティアン”ゴミ屑が抱いた嫉妬心のせいだ。“カーネ”に対して殺意を持ち、行動に起こしそうだったのなら、まだ彼女の傍に居られる余地があったのに。残念ながらそうではなかったせいで離れざるおえなかったのに…… “私”の存在は“カーネ”の心にしっかりと根をおろしていたのだと知り、気持ちが一気に浮上した。

 これ程の喜びはそうそうあるものではない。

 “僕”はフラれたというのに嬉しくって堪らない。返答は最悪なものだったが、彼女の心は“私”のモノである事には変わらないのだから。
「でも、確かその婚約者には嫌われているのでは?」
 喜びの全てをひた隠し、更に本心をカーネから引き出そうと問い掛ける。
「まぁ、嫌われて、いますね…… 」と彼女が頷く。嫌われているのはあくまでも“ティアン”であって“カーネ”ではないからか、やはり何処か他人事といった雰囲気である事を嬉しく思う。互いに幼かったとはいえ、それでも“私”からの想いが多少なりとも伝わっていたと判断して良いだろう。

「それでも、いつかはその人との結婚を密かに願っている、とか?」

(もしそうであるのなら、早々に対応せねば)

 婚約者であった“ティアン”は公式的にもう死亡しているから、別の女性と結婚しようが問題は無い。聖女候補であった“ティアン”の顔は広く知られてはいるが、中身が全然違うおかげで二人は雰囲気がかけ離れているから、『ちょっと似た女性』程度で済むだろう。
 “セレネ公爵”は時期外れの魔物討伐の為に辺境伯の元へ出向中である事になっているとはいえ、いつでも帰還した事に出来るから、すぐにでも再会のお膳立てをしておくか。
 “弟”という形で後継者を用意はしたが、幸い引退発表にまでにはまだ至っていなかったから、彼女を公爵夫人として迎え入れられる。現在彼女には戸籍が無い状態だが、公爵家の傘下にある者の義子にでもしてしまえば、小煩い貴族共からも文句は出まい。

 ——色々と考えを巡らせていたが、カーネは「…… いいえ」と言って首を横に振った。
「逃げた時点で、私にその資格はありませんから」
 空笑いを浮かべてカーネがそう言った。

(ならば、何を望むというんだ)

 苦虫を噛み潰した様な気持ちになる。カーネの考えを尊重はしたいが、理解出来なければそれも無理だ。
「だけど…… あの人が、いつか誰かと幸せになる姿を見届けるまでは…… 割り切れない気がします」
 ドンッと一段と大きな花火が打ち上がり、カーネが複雑そうな表情をしてそれを見上げる。今抱いている恋心と初恋との間で心が揺れているといった感じか。

「じゃあ僕は、その日が来るまでのんびり待っていようかな」

「…… え?」
「僕の事が、嫌いなのなら別ですけど」
「嫌いだなんて、それは無いです!」とカーネが語気強く言った。
「シスさんは私の恩人です。あの日、シスさんに出会えていなかったら今頃私は路頭に迷っていたかもしれません。感謝ばかりの日々で、嫌いになる要素なんか少しもありませんから!」
「なら、待っていても問題ないですね」と口元に笑みを浮かべ、私はそうカーネに伝えた。

(まぁ、本当に待つ気は、更々無いけどな)

「で、でも、あの…… それは…… 」
 いつになるか見当もつかないから、待たせたくはないとでも思っていそうな表情だ。だが、微かに嬉しさも滲み出ている。“僕”への恋心を隠しきれていない気がして少し嬉しくなった。
「駄目、ですか?」と上目遣いで訊くと、『あーもう!』とでも言いたそうな顔をしながら、「…… わかりました」と渋々頷いてくれた。

「何だか妙な三角関係ですね、ははっ」
「そう、かもしれませんね」と言い、カーネもフフッと笑う。

 本当に奇妙な状態になってしまった。カーネは“私”への初恋を優先し、“僕”を待たせるのだから。だが、充分な実りはあった。他にも何か理由を抱えている感があるから、その辺はララにでも探らせよう。余程でもない限りは地位と金で解決出来るだろう。


「花火、綺麗ですね」
「えぇ、本当に」
 次々と打ち上がり続ける祝いの花火は、カーネの膝にもたれ掛かって見上げたくなる程に美しい。今の関係性では無理な話なのが残念だ。

(今後すべき事は定まった。だから今は、この時間を存分に楽しむとしよう)

 うっかりニヤリと笑ってしまったが、花火を見上げていたカーネはその事には気が付いてはいなかった。
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