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【幕間の物語・②】

貴女の全てを私のモノにしたい

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 とある日の時刻は午前三時。辺りはまだまだ夜闇の包まれ、たまに梟の鳴き声がするくらいでそれ以外は実に静かなものだ。そんな中、一軒の屋敷を見上げてメンシスがニヤリと笑った。彼は今、シェアハウスの三階で眠るカーネをロロとララの二人に任せ、セレネ公爵の敷地内に戻って来ている。目の前にある大きな屋敷の確認の為にだ。
「やっと、手に入った…… 」
 長い前髪を手でかきあげ、外した眼鏡を服のポケットに掛けると、大きな屋敷の扉にそっと触れる。ずっと欲しかった物が手に入った事で満足そうに口元に笑みを浮かべ、メンシスは一週間程前の出来事を振り返った——


       ◇


 シリウス公爵家の令嬢二人が乗る馬車が事故に遭うという前代未聞の事故が発生した。御者が突如消え、馬が暴走して崖から落ちたせいで、馬と妹令嬢が死亡したこの事故は瞬く間に王国中に広がったが、残念ながら『聖女候補様が事故により昏睡状態らしい』という事ばかりが注目され、同行していた妹の死亡に関して語る者はごく僅かだった。これはシリウス公爵家が情報統制をした訳ではない。

 ただ、『へぇ。妹なんて、いたのね』と思う者の方が圧倒的に多かったせいだ。

 余程でなければ屋敷の外には出してもらえなかった事に加え、姉の知名度ばかりが高かったが故に存在自体を知らない者があまりにも多かった。“聖痕無し”でもある妹はシリウス公爵家では冷遇されていたので、彼女を知る一部の者達から『葬式はどうするんだ?』と疑問視され、『いっそゴミ捨て場にでも破棄して来たらどうだ』などと言われる中、セレネ公爵家がその葬儀の一切合財を買って出た。
 シリウス公爵家の現当主代理であるヌスク・シリウスはその提案を聞いた時、正直困惑した。彼にも姪をきちんと弔いたい考えはあれど、彼女の葬儀となると批判があまりに多く、どうしたものかと思っていた中での話だったのでありがたい提案ではあったが、『何故彼が?』と思う気持ちの方が大きかったのだ。

 メンシス・ラン・セレネ公爵はあくまでも、現在昏睡状態にある姉のティアンの婚約者であり、死亡したカーネとは無関係な相手だからだ。

『義妹になるはずだった者の葬儀だ、きちんとしてやりたい』
 そう説明を受けはしたが、幼少期の二人に交流があったと知らないヌスクは、素直に頼って良いものなのか迷いに迷った。だがそもそも地位も権力も、その全てが上であるセレネ公爵家からの提案を断れる訳がない。当主代理でしかない自分では、不憫な人生であった姪をまともには弔ってやれない。叔父としては悔しかったが、公爵に全てを任せると、ひっそりとしたものでは有りながらも、とても丁寧な対応をしてもらえた事でヌスクは安堵していた。


 葬儀を済ませ、埋葬も終わったその日の午後。セレネ公爵はヌスク当主代理に面会を求めてきた。『生前のカーネが使っていた物、住んでいた屋敷の全てを譲って欲しい』という不可解な要求を引っ提げて。
 金には糸目を付けないと言われても、シリウス公爵家も別段資産には困っていない。それにティアンが目を覚ました時に、セレネ公爵がその様な要求をしてきた事を知れば、きっと傷付くであろう事を考えると快諾は出来なかった。
『旧邸であるとはいえ、あの屋敷を譲るのは不可能です』
 古い邸宅ではあっても屋敷の立つ土地は広大だし、そもそも大事な領地を切り売りする真似は出来ないと言って断ると、『屋敷だけで良い。移設はこちらで全ておこなう』と言われ、破格の値段を提示されただけではなく、今後ヌスク当主代理をセレネ公爵家が全面的に支援する事を確約された事で、旧・シリウス公爵邸はメンシスの所有物となった。
 所詮は『当主代理』でしかないヌスクの立場は“五大家”の面々の中では相当弱い。シリウス公爵家をきちんと継ぎたいという願望は更々無いが、もうこれ以上『“聖痕無し”だから』と人権を無視した扱いだけはされたくなかった為、支援を買って出てくれた事は精神的支柱を得られるという意味で本当に心強いものだった。

 昏睡状態にあった“ティアン”が目を覚まし、少しの荷物だけを片手にシリウス公爵家から家出した日の夜にはもう、旧邸はメンシスの手によって速攻で亜空間に片付けられ、元々そこには何も無かったかの様な手際で引き渡された。巨大な空き地を前にして、ポカンとするばかりのヌスクに礼を告げると、早々にメンシスがシリウス公爵邸を後にする。彼が直接此処に来る事は暫く無いだろう。ひとまず思い残す事はもう此処には無いからか、メンシスは一度も振り返らなかった。


       ◇


 セレネ公爵邸の敷地内にある巨大な土地に、今まで“カーネ”が暮らしていた旧邸をそのままの姿で出現させ、メンシスが保存魔法を掛けた。これでもうこの邸宅はこれ以上劣化する事はなく、永遠に彼の所有物である。此処で共に過ごした貴重な幼少期の思い出も、彼女が触れ、眠り、掃除した建物が手に入った事に満足し、「——よし」と呟き、深く頷く。彼女が“聖女・カルム”だった時代の生家、よく使っていた図書館や買い物に行っていた店などを手に入れた時みたいにとても嬉しい。

「ふふっ。コレクションがまた増えたな」

 シリウス公爵にはもう跡取りがいない。数十年も待てば取り潰しになるだろうから、その時には本邸の方も頂いてしまおう。他の“五大家”も同じ末路を辿る予定だから、他の四家の財産を全て王国に献上すれば、建物くらい簡単に貰えるだろう。

(“五大家”の考えや生き方は王族達から嫌われ続けているからな。跡取りが途絶えたとなれば、喜んで取り潰しに動くだろう)

 本邸にはいい想い出はない。だがそれでもカーネの関わった場所である事には変わりないから、いずれは全て、絶対手に入れてやるとメンシスは着ている服の胸の辺りをギュッと掴んで固く誓った。

「さて、そろそろ帰るか」と呟き、手に入れた建物を後にする。『貴女の全てが欲しい』という強い欲求を、一時的に、少しだけ満たせた事に喜びを抱きながら、メンシスはカーネの眠るシェアハウスに帰ったのだった。
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