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【第四章】

【第一話】朝の用意(カーネ・談)

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「……——あれ?」
 チュンチュンッと可愛らしい鳥の鳴き声が聞こえる中、私はベッドの上で上半身だけを起こしてぽつりと呟いた。窓からは朝の日差しがカーテン越しにうっすらと差し込み、昨日の終わりと新しい一日の始まりを告げている。
「…… ?(いつ寝てしまったんだろう)」
 マッサージに初挑戦し、しても貰い…… それ以降の記憶が無い。蜂蜜の匂いと痛気持ちいいなと思った辺りから何も思い出せない。多分沸かして貰ったお風呂にも入らず、きっとあのままソファーで眠ってしまったのだろう。

 それにしても、まさかシスさんが獣人族だったとは。

 一部を除き、ヒト族とは断交していると小耳に挟んでいたから驚いたけど、あの耳と尻尾は魅惑的なものがあった。大きな犬みたいな雰囲気でただただ可愛く、怖いといった感情は全くない。

(そう言えば…… ララが前に、本来なら私には、“聖女”として生まれ、“獣人族”との架け橋しとなる運命にあったって言っていたっけ…… )

 ゴロンと大きなベッドに寝転がり、近くにあった黒猫と白猫の抱き枕にまとめて抱きつく。
 私の『運命』とやらは姉の“ティアン”によって無理矢理書き換えられ、本来の体に戻った途端に全てを捨てて逃げた私を、『運命』の方が追いかけて来ている気がする。ヒト族の国々の中で、隠れて暮らしているのであろう獣人族達との出会いが『ただの偶然』と簡単に片付けてもいいものなのだろうか?と思うも、“今の私”が“聖女候補”である事や、生い立ちなどの背景などをシスさんは知り様がないのだから考え過ぎか。
 ——そんな事を考えながらゴロンともう一度寝返りを打ち、ハッと我に返った。

(雇い主よりも後に起きるとか、駄目なのでは?)

 慌てて体を起こし、改めて隣を見る。が、シスさんの姿はそこには無く、ベッドに温もりすらも残っていない事から考えて、もう随分早く起きていたみたいだ。部屋にある時計に目をやると針は六時半を指している。決して遅い時間ではない気がするが、今までほぼ自分だけの生活だった私の基準なんか当てにしてはいけないだろう。
 飛び出るみたいにベッドから抜け出て勢いよくクローゼットの扉を開け、昨日買って貰ったばかりの服に着替えた。本邸の屋敷にも居たメイド達の制服っぽいデザインだが下はパンツスタイルで、とても動きやすそうなのは本当に有り難かった。


「——おはようございます!」
 リビングに入るなり、キッチンに立っていたシスさんに声を掛けた。慌てていたせいか無駄に声が大きくなってしまい、ちょっと恥ずかしい。
「おはようございます」と穏やかな笑みと共にシスさんが返してくれる。珈琲を淹れている所だったみたいで、コーヒーポットを手に持っていた。
「おや、お早いんですね。もっと休んでいても大丈夫ですよ?」
「いえ、雇用主よりも遅くまで寝ている訳には…… 」
 シリウス本邸に勤めていた使用人達は皆早起きだった。ならば私だってそうするべきだろうに、シスさんはどうも甘過ぎる気がする。

(それとも、他を知らないからそう思うだけ、なのかなぁ)

 そんな事を考えながらシスさんの隣に並び立つと、キッチンにある鍋やフライパンの中からはもう美味しそうな匂いが漂っていた。
「良かったら一緒に朝ご飯を食べませんか?うっかり多く作ってしまったんで」
 人を甘やかすのが好きだと言っていたシスさんの事だ。きっと元々二人分用意したとしか思えないのだが、気遣ってくれての言葉だとわかる。
「それとも、ご飯よりも先に、お風呂に入りますか?」
「お風呂…… 。——あぁぁっ!そ、そっか、昨日ソファーで寝てしまったから、入り損ねてましたよね。すみません、せっかく用意して下さったのに」
 焦りに焦り、早口になってしまう。
「別にいいんですよ。しっかり休めたのなら幸いです」
 ニコッと笑みを返してくれる。目元が髪と眼鏡で見事に隠れたままでも、満面の笑みであろうと想像出来た。
「お風呂のお湯は再度入れ直しておきました。保温魔法効果のある湯船なのでいつでも適温で入れますが、どうしますか?」
「え、あ、本当に申し訳ありません」
 改めて謝罪し、必死に頭を下げる。生活魔法を使えるにしたって、水を用意し、それをお湯に変えてと魔力の消費が多いだろうに何て事を何度もさせてしまったんだ。
「いえいえ、お気になさらず」と言い、シスさんが頭を撫でてくる。親にだって撫でられた事も無いせいか、ちょっと涙腺が壊れ掛けた。

「…… じゃあ、寝起きなので、先にお風呂をお借りしてもいいですか?」
 俯いたままそう答えると、「わかりました」とシスさんの手が離れていった。温かくって大きな手の感触がなくなり、名残惜しさからか手を目で追ってしまう。
「あ、もしかして嫌でしたか?すみません、つい癖で」
 両手を挙げ、降参みたいなポーズをする。そんなシスさんに対し、「いえ!違います、むしろ嬉しいので」と慌てて返すと、軽く首を傾げて柔らかな笑みを浮かべてくれた。髪の隙間からチラリと見える碧眼もとろんと溶けている様に感じられる。どうやら彼は感情が眼に現れ易い様だ。
「癖というと、妹さんとかですか?」
「いいえ。猫を撫でる機会が多くって、それで」
「シェアハウスで猫を飼っているんですか?」
 不思議に思いながら室内を見回してみたが、窓辺でゴロンと寝転がっているララの姿があったけど、シスさんには彼女が見えていないからカウントするべきではないだろう。昨日建物の中を案内して貰った時には見なかったし、野良猫かご実家で、という話なんだろうか。
「いいえ、何処かで飼っているというわけではないので、“野良の子”というべきかもしれませんね」
「随分と慣れている子なんですね」
「まぁ、そうですね。かなり好いて貰えているとは思っています」
 楽しそうにそう話す姿に心まで緩いんでいく。シリウス邸で暮らしていた時は常に気を張っているに近い状態だったからか、こんな日が自分にも来るだなんて夢みたいだ。

「じゃあ、えっとお風呂お借りします!ぱっと入って来るので、朝ご飯は一緒に食べませんか?」
 今にも嬉しくって泣いてしまいそうな顔を隠すみたいにしながら、寝室に着替えを取りに行こうと足を向ける。
「ゆっくり入って来て大丈夫ですよ。石鹸などは色々用意して風呂場に置いてあるので、好きに使って下さい」
「ありがとうございます」
 寝室の扉を開けながら礼を言う。自然と閉まる扉の向こうから、ぽつりと「…… 一緒に入りたいなぁ」と言った声が聞こえた気がしたが、内容からして聞き間違いだろう。
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