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【第三章】

【第八話】雑貨店『月の雫』・前編

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 仕事着を一通り買い終えて二人と一匹が店を出た。ララはカーネの肩に乗り、フサフサとした尻尾を楽しそうに揺らしている。
「次に行こうと思っている店はこの近くにあるんで、すぐに着きますよ」
 メンシスがカーネにそう声を掛けながら次の店のある方向へ足を向けると、「わかりました」と短く返してカーネがメンシスの隣に並ぶ。二人はそれなりに身長差があるのだが、彼がゆっくりと歩いて彼女のペースに合わせているおかげでカーネはこの体の体力の無さを心配せずに済みそうだ。


「——この店です」
 石畳の歩道を歩いていた足を止め、二人が『月の雫』と書かれた木製の看板を見上げた。木造の建物の一階は店舗、二階と三階は居住区という造りになっているみたいだ。
 店舗部分は紅梅色と白を基調としている。大きな窓の奥に見える店内には可愛らしいデザインの物が数多く並び、随分と愛らしい印象だ。可愛らしい物が好きな人が特に喜びそうな店構えの雑貨店を前にして、「…… わぁ」とこぼしながらカーネが目を輝かせた。別段彼女は『可愛い物』が好きとかいう訳ではないのだが、それでも不思議と心躍るのはきっと、この店が持つ心温まる優しい雰囲気のおかげだろう。
 心なしか店内からは甘い匂いもしている気がする。気になったカーネがチラリと大きな窓から内を覗いてみると、どうやら隅の方に小さなカフェスペースもあるみたいだった。
「早速入ってみましょうか」
「はい」
 メンシスの誘いにカーネが笑顔を返す。ルーナ族ではないのに、彼女の頭にはウサギの様な耳が、背後には丸い尻尾の幻覚まで見えるくらいに嬉しそうな表情である。そんな顔を前にしてメンシスはすぐにでも彼女を何処かに閉じ込めて、囲い込んでしまいたい衝動を抱いたが、『愛されなければ意味がない』と自分に言い聞かせ、今は堪えようとそっと拳を握った。


 ステンドグラスをあしらった扉を開け、二人と一匹が店内に足を踏み入れる。
「いらっしゃいませー」
 女性店員が声が聞こえた。だがこちらに接客をしに来る気配はなく、自由に店内を見てもいいみたいだ。
 カーネがぐるりと店内を見渡す。可愛い小物やぬいぐるみ、雑貨、、お手頃価格のアクセサリー、鞄、文房具などが所狭しと並んでいる様子はまるで玩具箱の中に迷い込んだみたいな雰囲気がある。壁にはドライフラワーで作った花束が掛けてあったり、額縁に入る小さな絵や壁掛け時計などが飾られていて、どれもこれもがカーネの目を引いた。

 保存魔法をかけた花の入る花瓶にカーネが顔を軽く近づけると、ふわりと優しい香りが漂ってくる。近くには色々な種類の香水瓶やハンドクリームも並んでいて、メンシスがその中の一つを手に取った。
「その花と同じ香りの香水もあるんですね」
「良いですね。好きな香りです」
「あ、こっちのハンドクリームは金木犀の香りですね。——おや、この花には『初恋』という意味があるらしいですよ」
 値段の書かれた小さなカードに花言葉も小さく添えてある。『初恋』という単語を聞くと、どうしたって金髪の少年の姿がカーネの脳裏に浮かんでしまい、すぐにかぶりを振った。
 そんなカーネの隣で、メンシスがハンドクリームのテスターの蓋を開けて彼女の顔まで近づけた。ふわりと香る金木犀の香りが彼女の優しく鼻腔をくすぐり、購買意欲を刺激する。
「…… 買っちゃおうかな」
 懐には余裕もあるし、ボディケア用品を一つも持っていないので買ってもいいのでは?とカーネが考えていると、メンシスが笑みを浮かべた。
「じゃあコレにしましょうか」
 店内の各所に置かれた籠を手に持ち、その中にメンシスが金木犀の香りのするハンドクリームを入れる。「自分で持ちますよ」とカーネは籠を受け取ろうとしたが、笑顔の圧をかけるだけで、メンシスは籠を渡さない。どうしたものかと思いながら彼について行くと、メンシスは鞄がずらりと並ぶコーナーで立ち止まった。
「確か、鞄が欲しかったんでしたよね?」
「はい。…… その、恥ずかしながらこの巾着みたいな小さな袋くらいしか、持ち歩けるサイズの物が無くて」
 ちょっと長めの紐を腰回りで縛り、ウエストバックっぽくしてはいるものの、これでは流石に見栄えが悪いと思うカーネは恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。
「あぁ、そう言えば、巾着袋を普段使いするのが流行っているらしいですよね」
「…… え?」
 予想外の返しでカーネから間の抜けた声が出た。
「最低限の荷物しか持ち歩かないとなると、サイズ的にも丁度良いのかもしれかせんね。ファー生地で作った物とか、スパンコールをあしらった物とか。結構色々な巾着袋が売られていて、『可愛い』と人気があるそうです」
「そ、そう、なんですか?」

(えっと、もしかして、私に気を遣ってそんな話をしてくれているの、かな?)

 カーネはちょっとそう考えたが、彼の表情を見る限り嘘や冗談といった雰囲気ではない。マジックアイテムでもある伊達眼鏡越しに見ても好感情しか無いが、これは彼なりの気遣いを込めた話題であるとカーネは受け止めた。
「…… 世の中、何が流行るのかわからないものですね」とカーネがしみじみとした声で言う。
「まぁ、確かに。でも流行って、自然発生的に流行るものも確かにありますが、『意図的に作られた流行』も多いですからねぇ。果たして“巾着袋”の流行がどちらなのかは、僕では分かりかねます」
「そうなんですね。勉強になります」と言い、カーネが軽く頷いた。

 改めて、カーネは自分の持っているシンプルな小袋を手に取り、『可愛い、のか?』と思いながらじっと見る。だが何度見てもカーネにはこの袋には『可愛さ』を見出せず、コレを今流行っている物とは一緒にしてはいけないなと改めて思ったのであった。
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