上 下
81 / 88
【番外編】

報告

しおりを挟む
 ——これはまだ、メンシス・ラン・セレネ公爵が七歳の頃の話である。

『…… あラ、カカ様が死んだワ』
『アァ、死んだネェ』
 よく晴れた日。公爵家の敷地内にある大きな木に寄り掛かり、ロロ・ララと共に休憩を取っていたメンシスの側で二匹がとんでもない事を口にした。その瞬間、メンシスが手に持っていた本をバサリと地面に落とした。碧眼の美しい瞳は焦点が合わなくなって光を失い、彼はブツブツと何かを呟いているがなんと言っているのか全くわからない。いつの間にやらメンシスの手には神力で創り出したナイフが握られ、彼は一切の迷いも無くそのナイフを自らの首に当て、横に引こうとした事に気が付いたロロは、すかさずナイフごと尻尾で叩き落とした。

『早まっちゃダメダゾ、トト様』
『そうヨ。落ち着いテ、トト様。今のカカ様なら問題無いかラ』

 だが彼は聞く耳も持たずに二本目をその手の中に創り出し、今度はナイフを腹に持っていこうとした。そんなメンシスの顔にロロが両手を押し当てる。ぷにぷにとした肉球が彼の目の当たりにジャストフィットし、優れた癒し効果のおかげで多少は我を取り戻したメンシスの手からカランッとナイフが地面に落ちていく。柔らかな感触と心地良い高めの体温でモニュモニュと顔を押され続け、緩やかに持ち直したメンシスが、「…… すまない」と小さくこぼした。
 まったく…… と言いた気にララが呆れ、メンシスの顔を見上げた。
『落ち着いてサーチしてみテ、トト様』と言い、ララがメンシスの脚に手を乗せる。その言葉を合図としてメンシスがカーネの鼓動を必死に探すが上手くいかない。いつもいつもいつも、いつもそうだ。胎児の時点で“ティアン”が“カーネ”の体を奪ったせいで歪な存在となってしまったせいで、彼の力を持ってしても簡単には探し出せないのだ。それでも根気強く続けているうちにやっと鼓動を見つけ出し、メンシスはやっと安堵の息をついた。

(…… 悪い冗談、だったのか?)

 ロロの肉球に目元を覆われたままメンシスは一瞬そんな事を考えたが、すぐに否定した。この子達は物騒な冗談を言うタイプではない。しかも『カカ様が死んだ』なんて、冗談であっても口にすれば、自分がどういった行動を取るかなんて簡単に想像が付くはずだ。と言うことは——…… 

 本当に、カーネが死んだということになる。

「…… 彼女に、何があったんだ?」
 なかなかに滑稽な状況のまま、二人に対して真顔で訊く。するとロロはやっとメンシスの顔から大きな手を離し、当然の様に彼の膝を陣取った。
『アレ?話していなかったッケ?』
『どうも話していなかったみたいネ』
 ロロの問い掛けにララがそう返した。

『——あのネ、トト様。落ち着いて聞いて欲しいノ』

 赤い瞳をウルッとさせて、ララがメンシスを見上げる。「わかった」とメンシスが答えると、ロロとララが揃ってほっと息を吐き出した。
『実はネ、カカ様はネ、生後すぐに一度死んでいるノ』
「…… 」
 落ち着いて聞けと言われていても、メンシスの心がざわつた。やはり早々にシリウス公爵家は取り潰さねば気が済まないと苛立ちが募る。
『でもネ、今世でのカカ様は“鏡”の“聖痕”持ちだかラ、その死を跳ね返して今も生きているノ。そのおかげで“スティグマ”持ちの罪人共にも決して殺せないから安心してネ』
『テラアディア様も前回の惨劇には相当心を痛めていたかカラ、次は何があってもいいようにって配慮からのものじゃないカナ』
「…… あの時は、珍しく感情的になって、全てのヒト族から御自分の“加護”を取り上げたくらいだからな…… 。確かに、その怒りは察するに余り有るか」
 納得し、メンシスが頷いた。カーネへの神の配慮には感謝しか感じられない。“神”なんぞ会った事も見た事もない存在だが、常に感じる気遣いと月明かりの様な優しさには本当に癒される。だがこの感覚も、メンシスが月の女神・ルナディアの“祝福”持ちだから感じられるものらしい。

「生後間もなくの一件は、やはり母親のイェラオ・シリウスの仕業か?」
『そうダヨ。“スティグマ”持ちじゃなかった事が気に入らなかったみタイ。あんなものはゴミ屑でしかないノニ、バカみたいだヨネ』と、呆れ顔でロロが言う。
『あれモ、“スティグマ”を“聖痕”だと信じきっていたかラ、仕方がないワ。でもそのおかげデ、カカ様に“魔法陣”の能力が戻ったんだかラ、むしろ感謝しないト』
 “スティグマ”持ちは様々な能力を持っていて、カーネの母親であったイェラオは“魔法陣”の印のおかげで魔法を扱う事に長けていた。自分の死をきっかけに、その能力を引き継いだカーネも今は魔法が扱える。だがどうも、その事は周囲には隠しているみたいだ。

「…… もしかして、“スティグマ”持ちが死ねば、彼女にその力が戻るのか?」

 前のめりになりながら、メンシスが訊く。その目には仄暗い悪意が宿っている。何か良からぬ考えを抱いている瞳の色だ。
『ウン、受け取る器が半分だけはあるかラネ。まぁ…… 五百年以上ぐるぐると使い古された能力だから、もう残りカスみたいなものだけドサ』
 残念そうにそう言って、ロロが深いため息をついた。
『だからッテ、トト様が手を下したらダメだヨ』
 何故だ?と心底不思議そうな顔をメンシスがしている。その表情を見て、ララは言っておいて正解だったなと思った。
『アイツらが直接カカ様に手を下す事ニ、意味があるノ』
『過去世からの“縁”を切らせる意味合いがあるんダヨ』
 その話を聞き、メンシスが「なるほど」と言って納得顔になった。だがすぐに、苦虫でも噛み潰したみたいな表情に変わっていく。

「…… そんなの、残酷過ぎるだろ。その度に彼女は痛い思いをするんだぞ?」

 簡単に切れる様な縁ではないからだろうとはわかってはいても、納得なんか出来やしない。感情のままに唇を噛んだせいでメンシスの口元からは血が流れ落ちた。気持ちが理解出来る分、ロロもララも、何も言葉を掛けられなかった。


『——サテ。そろそろ一仕事してこよウカ、ララ』
『そうネ、ロロ』
 二匹がゆらりと尻尾を揺らして歩き出す。その背に向かい、メンシスが「何処に行くんだ?」と声を掛けた。
『カカ様がされた事ヲ、そっくりそのまま返してあげるノ』
『そしテネ、“審判の間”で己の罪の重さを実感させてやるノサ』
 ニタリと笑った二匹の笑顔を前にして、メンシスの背に寒気が走った。と同時に、羨ましい気持ちにもなる。

(自分も何かしてやれたら良いのに…… )

 侍女経由で細々と手助けするくらいしか出来ない事がもどかしい。
「…… 私の分も、しっかり頼むよ」
 メンシスが力なく微笑むと、『『…… 任せテ』』と返して二匹が消えていく。結果報告を待つだけの自分に苛立ちを感じつつも、いつか絶対、彼らを、カーネを幸せにしてみせるとメンシスは改めて誓ったのだった。


【番外編『報告』・完】
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【R18】ヤンデレに囚われたお姫様

京佳
恋愛
攫われたヒロインが何処かおかしいイケメンのヤンデレにめちゃくちゃ可愛がられます。狂おしい程の彼の愛をヒロインはその身体に刻みつけられるのです。 一方的な愛あり 甘ラブ ゆるゆる設定 ※手直し修整しました

美貌の騎士団長は逃げ出した妻を甘い執愛で絡め取る

束原ミヤコ
恋愛
旧題:夫の邪魔になりたくないと家から逃げたら連れ戻されてひたすら愛されるようになりました ラティス・オルゲンシュタットは、王国の七番目の姫である。 幻獣種の血が流れている幻獣人である、王国騎士団団長シアン・ウェルゼリアに、王を守った褒章として十五で嫁ぎ、三年。 シアンは隣国との戦争に出かけてしまい、嫁いでから話すこともなければ初夜もまだだった。 そんなある日、シアンの恋人という女性があらわれる。 ラティスが邪魔で、シアンは家に戻らない。シアンはずっとその女性の家にいるらしい。 そう告げられて、ラティスは家を出ることにした。 邪魔なのなら、いなくなろうと思った。 そんなラティスを追いかけ捕まえて、シアンは家に連れ戻す。 そして、二度と逃げないようにと、監禁して調教をはじめた。 無知な姫を全力で可愛がる差別種半人外の騎士団長の話。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

処理中です...