ヤンデレ公爵様は死に戻り令嬢に愛されたい

月咲やまな

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【第三章】

【第三話】シェアハウスの案内

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「此処になります」
 そう言ったメンシスの声を合図とするみたいにして一軒の住宅を二人が見上げると、カーネは「…… わぁ」と小さくこぼした。
 煉瓦造りの三階建の建物は驚く程のアイビーに覆い尽くされていて、外壁はもうほぼ見えない。これでは『お洒落』の限度をちょっと超えていて鬱蒼としている感さえある。そんな建物を囲うみたいに広い庭があり、横には小さな菜園がちらりと見える。裏手には巨大な木がずらりと並んでいる様子が三階建の建物越しであってもわかる程だ。正面玄関までは石畳が綺麗に整備されていて雑草も無く、きちんと手入れが行き届いているなとカーネは思った。
「どう、ですか?…… 此処じゃちょっと働けないとか、あったりします?」
 軽く顔を覗き込まれながら訊かれ、カーネの肩が軽く跳ねた。マジックアイテムでもある眼鏡越しに見る彼はいつも好意に満ちた色や花を背負って近づいてくるから心臓に悪い。そのせいか彼女の頬がちょっと赤くなっている。メンシスの方は、カーネが気に入らないのならすぐにでも別の物件を探さねばと考えているが、表情には一切出していなかった。
「まさか!違います」とカーネが慌てて否定しする。仕事先を提供してもらえるだけでもありがたいのに、気に入らないだなんて思うはずがないと必死の顔だ。
「此処まで植物に覆われた建物を見たのは初めてだったので、単純に『凄いな』と思っただけです」
「成る程。——では、嫌いでは、ないんですね?」
「もちろんです。むしろ好きな方です」

「…… 『好き』?」

 口元を緩ませ、『好き』の部分だけをメンシスが抜粋する。
「えっと、はい」と言ってカーネが軽く頷くと、「良かった、僕も好きですよ」と優しい声色で呟きながら背筋を伸ばし、一歩先に歩き始めた。そんな彼の後ろにカーネが続く。

(…… 建物の話なのに、何で耳に残るんだろ)

 玄関までの短い石畳を歩く間中、彼女の耳では先程の彼の言葉がやけに響いて聞こえた。


 鍵を開け、メンシスが木製の扉を開けると、二人の目の前に小さな玄関ホールが広がった。旧邸であったとはいえ、カーネの暮らしていた公爵家と比べるとかなり狭く、家庭的なサイズに興味津々といった様子でカーネが見渡した。壁には小さな風景画が何枚も飾られており、入り口のすぐ正面には二階への階段がある。左手には共有スペースに繋がる扉と、その更に奥には水場周りに続く扉があるみたいだ。
「一階には調理場、風呂場、洗面室、お手洗い、共有のリビングとダイニングの他に、奥には洗濯室とリネン室もあります。玄関を入ってすぐ横にある一室は僕が事務仕事をする為に使う部屋です」
 メンシスがそう話ながら、それらの部屋をぐるりと回る。共有スペースであるリビングには花瓶の置かれた飾り棚や三人掛けのソファーが向かい合わせで置かれおり、ローテーブルを挟んで座れる様になっていた。リビングはダイニングルームに続いており、そちらには十人程が同時に囲めそうな大きいテーブルセットがある。簡素ではあるが綺麗な内装で、築年数の割にきちんと管理してある事が一見しただけでもわかる。
 風呂場には魔力を蓄えた“魔石”を使った、お湯の出る水道やシャワーまである。シリウス公爵家の旧邸にも同等の設備はあったものの、魔石が抜かれていたのでお湯は出ず、そもそも水道も止まっていたから水すら出なかったので、カーネは物珍しい気持ちになった。
「掃除道具の類は全てリネン室の隅にある棚の中にあるので、そちらを使って貰えればと。前にも話した通り、生活魔法でパッと済ませてしまってもいいので、その辺の加減はお任せします」
 そう言われ、「わかりました」とカーネは頷き答えた。


「次は二階に」と言いながらメンシスが階段を上がる。手にはカーネの旅行鞄を持ったままだ。カーネの肩に乗ったまま同行しているララも興味津々といった様子で周囲を見渡していた。
「二階には四部屋ありますが、各人の部屋はそれぞれが掃除するので心配いりません。ただ、廊下と階段に関しては掃除をお願い出来ますか?」
「はい。わかりました」と話ながら階段を登り、二人は二階には立ち寄らず、そのまま三階へ向かう。
「そうそう、洗濯も各人でやりますから気にしなくて大丈夫ですよ。自分の洗濯物は一階の洗濯室でも洗えますが、近所に洗濯を請け負ってくれる店もあるので、面倒な時や大きな物はそちらに頼む事も可能です」
「それは便利そうで良いですね」
 生活魔法がまだ下手で、全てを手洗いしていた頃を思い出し、しみじみとした声でカーネが言う。その時期に何もしてやれないでいた事を心の中で振り返り、メンシスの表情には影が落ちた。

「…… えっと、三階は全て管理人のスペースになっています。此処が今後僕達が暮らす階です。昼間は入居者の方が顔を出す事もあるでしょうが、十七時以降は基本的に誰も三階には来ないので、ゆっくり出来ますよ」
「わかりました」と頷き、二人が三階に足を進める。メンシスが左手にある扉を開けると、細長い廊下の両サイドに小さめの調理場や洗面所などといった水場が並び、それらを通り過ぎるとリビングが広がっていた。ローテーブルと二人掛け程度のソファーの他には飾り棚と観葉植物が一つあるだけの簡素な設えである。ダイニングスペースは部屋の作り的に無さそうだった。
 リビングの最奥には広いベランダに出られる窓があり、そこでは洗濯物を干したり景色を楽しみながらくつろげそうなベンチとテーブルを置いたスペースの他に、花を植えた小さなプランターが何個もあった。三階の中央部には小さな庭があり、ベランダやリビングからアクセス出来る作りになっている。
 一度階段のあった方へ戻ってから、その庭を挟んだ三階の右手の方へ行ってみると、そこには縦長な部屋が一つあるだけだった。

「…… 他にはもう、部屋は無いんですか?」

 そう問い掛けるカーネの顔には困惑の表情が浮かんでいる。
 縦長な部屋の壁側一面にはクローゼットや本の並ぶ造り付けの棚がずらりと並び、他にはキングサイズのベッドとサイドテーブル、ウォールランプが何個かあるだけだ。リビングと同じく最奥はベランダに出られる大きな窓があり、建物の中央部に面している壁には横長な窓があって庭を眺める事が出来そうである。だが何度見ても他の部屋に続く扉があるふうでは無く、カーネは戸惑いを隠せない。

「三階の部屋はさっきのリビングと、この部屋の二つだけです。でも、幸いにしてベッドは大きいので二人でも休めますよ」

 昨日知り合ったばかりの男女が同じベッドで休むなんて言語道断だ。そう思ったカーネは慌てて首を横に振った。
「いえ!ベッドはシスさんが使って下さい。私はリビングにあったソファーで休ませてもらいますから。ブランケットか何かお借り出来ますか?」
「ダメですよ!女性に冷えは大敵です。それなら僕がリビングで休みますから、貴女がベッドで休んで下さい」
 持ったままだった鞄を床に置き、メンシスがカーネの両肩を軽く掴む。
「い、いいえ。雇用主を差し置いてベッドでなんて休めません」と言い、カーネがまた何度も首を横に振る。
 一階にあったソファーとは違い、三階のソファーはせいぜい二人掛け程度のサイズだった。二メートル近くもありそうな高身長の彼では到底休めそうにない。
「僕だって、女性をそんな場所で休ませるだなんて出来ません」
 キッパリ言い切られ、カーネは返答に困った。このままでは埒が明かない。
「なのでここはやはり、一緒にこのベッドを使いましょう。枕は二つありますし、広いのでお互いに端っこで休んでも充分広さは確保出来るでしょうし。ね?」
 彼の目元は前髪のせいで隠れていて見えないが、下心なんか微塵も感じられない笑顔を向けられた。カーネの眼鏡越しに見ても警戒する様な要素は無さそうで、このままでは押し負けてしまいそうだ。
「じゃあ、お互いの間に抱き枕を置いてみてはどうでしょう?バリケード的な感じで」

『猫の抱き枕を買いましょウ!前にお店で可愛いのを見たことがあるかラ、それが良いワ』

 カーネの肩の上でずっと黙ったままだったララが嬉しそうに提案してきた。どうやらララも一緒のベッドを使うと言う彼の提案には抵抗が無いみたいで、カーネは『自分の感覚のほうが一般論からはズレたものなんだろうか?』と考えが揺らぎ始めた。
「旅でお疲れでしょう?きちんとした寝具で休んだ方が絶対に良いですって」
 両手を握られ、力説されてしまう。
「…… わ、わかり、ました…… 」
 長い前髪の隙間からちらりと見えたキラキラと輝く碧眼の持つ魅力に負け、カーネは結局、同じベッドで一緒に寝る事を受け入れてしまったのだった。
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