ヤンデレ公爵様は死に戻り令嬢に愛されたい

月咲やまな

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第二章

【第九話】宿屋『月下草』

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 夕焼けの茜色が街を照らし始めた頃。ウォセカムイ地区のシンボルマークである煉瓦造りの時計塔が鐘を鳴らして十七時を知らせ始めた。
『到着ネ』
「此処が、宿屋の『月下草』かぁ」
 建物の正面に飾られた看板を見上げた後、カーネは建物の全貌を見渡した。
 馬車も通れる様にと整備された石畳の道路に面したこの宿屋は白をベースとした建物だ。宿屋は二階建てで横に長く、一階には小さな料理店も併設されているのが窓の奥に見える。馬を休ませるスペースが建物のすぐ横にあり、ララの話によると宿の裏手には小さな農園もあって宿泊客に出される料理にはそこの野菜が使われているそうだ。
 実はこの宿はセレネ公爵家の領地と隣接しており、近隣には彼の巨大な邸宅があるのだが、メンシスが何処に住んでいるのかも知らないカーネは、『貴族の邸宅が思いの外近いんだね』くらいなもので、もちろん全く全然気が付いてはいない。

『さぁさァ、入りましょうカ』
「そうだね」とカーネが言葉を返し、一緒に宿屋の木製の扉を開ける。すると扉の上部についた大きいベルがガランッと鈍い音を鳴らし、それと共に店内からは「いらっしゃいませー!」と元気な声が聞こえてきた。
「お食事のお客様ですか?それとも、お泊まりかしら」
 豊かな金髪を後ろで一本にまとめている気の良さそうな女性がカーネに声を掛ける。手には料理の乗ったトレーを持っており、どうやら今は給仕中の様だった。
「えっと、泊まりです」
「この後受付ますから、そちらのベンチでちょーっと待っていてもらってもいいですか?」
「あ、はい」と答えながらカーネが周囲を見渡す。眼鏡越しに見る宿屋の店員の周囲には明るい色が溢れており、この店もララが勧めるだけあって害はなさそうだと安堵しながら指示通りベンチに座った。


「——お待たせしました!何泊をご希望ですか?」
 受付のカウンターまで案内されつつ、カーネはそう訊かれた。だがすぐには返事が出来ない。どうしたものかとカーネが困った顔をしながら肩に乗っているララに視線を向けると、彼女は『そうねぇ、ひとまず一泊デ。場合によっては延長も可能か訊いておくといいと思うワ』と丁寧に答えてくれた。
「一泊でお願いします。えっと…… 状況次第では、延長も可能ですか?」
「はい、大丈夫ですよ。今は閑散期ですから」
「閑散期…… ?」
 その割には食事を楽しんでいる人達の姿が店の奥に大勢見えたので、カーネは不思議に思った。
「あぁ、ウチはお食事だけで来店するお客様が多いんですよ」と言って、店員があはは!と笑う。店は繁盛していて忙しそうなのに、店員の顔に疲れた様子はない。
「今夜のご飯、期待していていいですよ!何と言っても今日は、騎士団からの差し入れで猪の丸焼きを出しますから、いつもよりもご馳走をお出し出来ます!」
「…… 猪って、食べられるんですか?」
「おや、食べた事無い感じですか?あ、でも心配いりませんよ。豚肉とあんまり変わらないんで、抵抗なく食べられるんじゃないかな」
「そうなんですか」と答えたものの、豚肉すら食べたのはいつの話だろうか?とカーネが一人記憶を遡る。ウィンナーくらいなら年に何度か出してもらえたが、いかにもな肉料理なんか口にした事など十八年分の人生を振り返っても数える程度だった。

「こちらが部屋の鍵になります。すぐに夕食もお出し出来ますから、お荷物は私が部屋にお運びしますよ」
「いいんですか?ありがとうございます」
『貴重品だけ抜いておいた方がいいワ。彼女を信用出来ないとかじゃなく、普通の行動としてやっておくべきネ』とララがカーネに耳打ちする。返事の代わりにカーネはゆっくり瞬きをすると、貴重品を中から取り出し、鞄を店員に預けた。
「お預かりします。お一人様ですし、空いているカウンター席にお座り下さい。すぐに飲み物の注文なども出来ますから、四人席に座るよりも色々と楽ですよ」
「わかりました、ありがとうございます。では、鞄の方はお願いしますね」
 軽く会釈し、カーネが飲食スペースの方へ移動した。

 鞄から回収した全財産を入れている小さな袋は、シリウス公爵邸の隠し部屋で見付けた逃走資金が入っていた物だ。空間魔法の付与されたマジックアイテムで、彼女が持っている金銭程度の物であれば全て入る便利な袋である。

(ウエストのベルトに引っ掛けておけば大丈夫かな?)

 袋の紐をベルトに引っ掛け、ぎゅっと結ぶ。これを無くせば途端に一文無しになる為、カーネはちょっときつめに結んでおいた。


『どれも美味しそうネ』
 カウンター席に座り、メニュー表をララと共に覗き込む。カーネは宿泊客である為、基本的には三種類のセットの中から好きな物を選ぶ感じらしい。
「そ、そうなの?…… 料理名を見てもよくわかんないや」
 店内はとても賑わっているので誰も気にする者はいなさそうだが、カーネは念の為小声で返答した。
『そんなノ、これから知っていけばいいのヨ』と言って、ララが優しい笑顔を浮かべる。彼女は猫なのに本当に表情が豊かだ。
『アタシのおすすめはこの魚のグリル焼きセットネ。付け合わせでキノコが沢山添えてあるから体に良さそうだシ。猪のお肉はスープの方に入っているみたイ。しっかり煮込んでいるでしょうから食べ易いと思うわヨ』
「そっか。じゃあそうしようかな。——すみません。夕飯は、こちらのセットでお願いします」
 メニュー表を指差し、カウンター向こうに居た店員に声を掛ける。無事に夕飯の注文を終えると、カーネは一息ついて、今後の方針の詳細を決めておこうと心に決めた。
「…… (うーん)」

 …… が、どうしたらいいのかとなると何も浮かばない。

 何かいい手段はないものかと思いながら店内をぐるりと見渡すと、飲食店スペースと宿屋の丁度境界線辺りの壁に大きな掲示板があるのが目に入った。
「…… ねぇ、あれは何だろう?」
 指差して、カーネが軽く腰を浮かせる。するとララが掲示板に視線をやり、『あァ』と言った後に色々と教えてくれた。
『こういったヒトが多く集まる場所にはよくある掲示板ネ。発表会や講演会の案内が多みたいだけド、たまに仕事の募集なんかも貼ってあるらしいワ』
「そうなんだ…… 」
 仕事もあると聞き、食事前だというのにどうしても気になってしまう。だからかカーネの視線は掲示板に釘付けだ。
『…… 見に行ってみたラ?少しくらい席を離れてモ、平気だと思うわヨ』
「本当?じゃあ見に行きたい!」
『じゃア、見てみましょうカ』
 笑顔を交わし合うと、カーネとララは席を立ち、店内にある掲示板へ足を向けた。
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