ヤンデレ公爵様は死に戻り令嬢に愛されたい

月咲やまな

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第二章

【第六話】白猫との再会(カーネ・談)

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 ——“枷”の様な魔法のせいで牢獄と化している公爵家の敷地と外界の際に立つ。私が普段暮らしていた旧邸の裏手にある塀の壊れた箇所だ。建造物が壊れていようが何だろうが魔法の効果はあり、カーネのままだったなら此処から外に出る事は叶わない。だけど“ティアン”今の私なら話は別だ。…… 別なはずだ。正直、確信は無い。誰かがはっきりと断言した情報ではなく、色々な人達の噂話を元に組み立てた結果『ティアンだけは、勝手に外へ出る事が可能だ』という答えに行き着いただけだから。

(聖痕も無く、例外的に魔法の枷も何も無く、常に侍女や騎士達に守られていただけの姉ならば、きっと——)

 一念発起し、壊れた箇所から一歩前に出てみる。するとあっさりと外に出られ、私は嬉しさよりも拍子抜けしてしまった。『此処から出たい』『逃げたい』と考えない日は一日としてなかった。だけどずっと叶わずにいたのが、今こうして、敷地の外に出る事がやっと出来たのだ。
「や、やった!出られた!すごいわ、“ティアン”になれて本当に良かった!」
 小躍りしたい気分になるが、ぐっと我慢する。今はそんな事をしている場合じゃない。本邸の方がもう騒がしくなってきているし、少しでも遠くに逃げておかないと。

 いつか逃げる時にはこれを持って行こう。

 そう決めて、クローゼットの奥深くに仕舞い込み、長年心の拠り所としていた旅行鞄を手に持ち、フード付きの外套を深く被って唯一無二であるせいで目立つ髪色を隠す。
 此処から離れるともう一生メンシス様との再会は叶わなくなる事だけが、少しだけ、本当に少しだけ心に引っ掛かったが、彼はもう過去の人だ。心を切り替えるみたいに「——よしっ」と呟き、一転して私は晴れやかな気持ちを胸に抱えて外の世界へ駆けて行った。

(全てを見捨てた人がまだ気になるなんて、本当にバカだな…… )

 一度も振り返る事なく。街のある方向へ、がむしゃらになって。


       ◇


 本来なら馬か馬車で向かう道程を徒歩で進むという無謀な行為に出たせいか、周囲はもうすっかり日が暮れてしまった。夜空の星と月明かりを頼りに方向を確認しつつ、黙々とひたすら歩き続ける。この旅行鞄は旧邸で拾った物なので既に随分とボロボロだが、着ている外套や履いている革製のブーツは姉の物なので、どれも上等な品物なおかげで足が痛くなったりしないのがありがたい。姉は長く歩く気も予定もなかったはずなのに、全ての靴をしっかり寸法を測って作らせていただけある。
 靴も外套も、どちらにも保温魔法がかかっているのか、夜風が吹いても全然平気だ。この体には体力が余りないという問題を除けば、これらの装備があれば夜通しだって歩いていられそうだ。食料も今までコツコツ保存食化してきた物が少しはあるから街までなら保つだろう。…… 最も、私はまともな知識なんか持ち合わせていないに等しいから、楽観的な考えでしかないかもだけど。


 どのくらい歩いたのか、時間はどれだけ経過したのか。時計がないので何もかも全くわからない。『星を指標に歩けばいい』くらいの知識で進んでいる状態なのだが、間違いないみたいで少しづつ向かっている方向の空が明るくなってきた。だけど、『もう少し』『あと少し』と歩いていたが、流石に疲れてきた。どうやら“ティアン”の体は私が思っていた以上に体力が無い様だ。栄養不足だったカーネの体よりも体力が無いとか、一体どんな生活をしていたというのだ。『自分磨き』と称して爪や肌の手入れに余念がなかった事は本人が自慢していたので知っているが、他はさっぱりだったに違いない。少なくとも、痩身には力を入れても、体力や健康面は二の次であった事は確信出来た。
「あーもう!」
 靴擦れとかはないが、膝や腰に疲労感が酷い。これ以上歩くのは正直辛い。だけど今の私は逃げている身だ。休むだなんて…… と頭の中でぐるぐる考えていると、『そろそろ休まなイ?』と何処からともなく声が聞こえてきた。

「——ひっ!」

 周辺は木々ばかりで街までの道からも少し離れている。なのに声が聞こえた事で私は驚き、慌て過ぎてドンッと地表に尻餅をついてしまった。
『あちゃーごめんネ。驚かすつもりはなかったノ。でモ、そろそろ休んだ方がいいかと思っテ』
 どこか見覚えのある白猫がストンッと私の前に飛び降りた。どうやらこの子は今さっきまで私の頭の上に乗っていた様だ。だけど今まで頭に重さなんか全く感じなかったし、その事に全っ然気が付かなかった。
「…… ね、猫?——あっ」
 無意識のまま、つい無遠慮に指差してしまった手をそっと下におろす。だけど白猫は指を差されても気にならなかったみたいで、するりと私の方へ寄って来て、脚に頭を擦り付けてきた。
「えっと、確か、“審判の部屋”で会った…… 」
 シャム猫っぽい風貌をした白猫と、ニタリと笑う黒猫の姿が頭に蘇る。あれは夢ではなかったのだと確信を得られたが、白猫が此処に居る理由が全く思い浮かばない。
『あラ、まだ記憶が残っているノ?でもマァ、アタシを覚えていてくれて嬉しいワ』
 目を細め、幸せそうに笑ってくれる。喉までゴロゴロと鳴らしているから本当に喜んでいるみたいだ。

(猫って、本当にゴロゴロいうんだ)

 この子を『動物』と言っていいのかは不明だが、それに類似した生き物にすら触れる機会なんて今まで全然無かったから新鮮でならない。紙の上に描かれた絵に触れるのとは全然違って、肌で感じる体温がとても心地いい。
「えっと…… どうして、此処に?」
 尻餅をついた状態からゆっくりと体勢を変えて白猫の前にしゃがみ込む。すると白猫は私の前でお座りするみたいな体勢になり、こちらを見上げてきた。
『お家を出るみたいだかラ、サポートしようと思ったノ。今まで屋敷の外に出た経験はほぼ無いでしょウ?カカ様を現世に送り出した責任ハ、最後まで取らないト』
「…… カカ、様?」
『なぁニ?』と不思議そうに白猫が首を傾げる。そんな彼女に「もしかして、私が“カーネ”だから、カカ様なんですか?」と訊いてみた。
『んーそんな感じかしらネ』
 肯定も否定もせず、ただニコッと笑みを返された。この顔は明らかに『本当の理由を答える気は無いヨ』と告げている。

「じゃ、じゃあ、あの、どうして、私が“こっち”に戻されたんですか?『残る』って言ったのは、私の方だったのに」

 質問ばかりで申し訳ない気もしたが、これだけはどうしても答えて欲しい。その意思を伝えるみたいにじっと真剣な眼差しを向けると、白猫は『フフッ』と笑って、先に歩き始めてしまった。
「ま、待って下さい!」
 私も即座に立ち上がり、白猫の後をついて行く。
『こっちニ、ちょっとは夜風を防げそうな場所があるノ。朝までそこで休むといいワ』
「ありがとう、ございます…… 。あの、でも、どうして私が?」
 質問をスルーされそうになったが食い下がる。すると白猫はチラリとこちらを見上げ、『…… 生きるべき者が生き残っタ。それだけの話ヨ』と冷たい瞳でそう告げて顔を逸らした。

 二、三歩前に進み、白猫が軽く振り返る。その瞳からはもう先程の冷たさは消えていた。
『…… あのネ、罪を犯した者は裁かれるものなノ。生きている時は逃げ切ってモ、死ねば流石に逃げきれなイ。本来はそうであるべきだったのニ、強い縁のせいデ、あの女ハ、一度は見事に逃げ切っタ。そう出来た事にも何か理由があるはずト、お偉い方から最後のチャンスも貰ってネ。…… なのにアレハ、またもや罪を重ねたワ。そうして自分かラ、生命線だった大事な縁をも切り捨てタ』
「…… 『縁』?『お偉い方』って…… 」
 白猫の話がさっぱり理解出来ない。彼女が私よりも遥かに賢い事だけはわかったけど。

『その体はネ、元々カカ様の物だったノ。それを母胎の中であの女に奪われていタ。今回の件デ、カカ様は正しい姿に戻っただけなのヨ。——わかっタ?』

 もうこれでこの話はおしまい!と言いたそうな瞳をこちらに向けてくる。赤いキャッツアイは小さくとも迫力があり、私は「…… はい」としか答えられなかった。

『カカ様は外の世界を知らないでショ?だからこれからハ、アタシがカカ様をしっかりサポートしてあげるワ。大船に乗ったつもりでいてネ』
 胸を張り、四足歩行でなければ胸をドンッと叩いていそうなくらい誇らしい顔をする。猫とは思えぬ豊かな表情が可愛くってしょうがない。
「頼りになります。ありがとう」
 疑問点は色々あれど、せっついたからって言ってくれそうにはないので、今は諦める事にしよう。
『普通に話て欲しいワ。あト、私の名前は“ララ”ヨ。遠慮なく頼って欲しいけド、アタシの姿はカカ様以外にはほんの一部のヒトにしか見えないかラ、その点だけは気を付けてネ』
「はい。——あ、うん。…… ところで、えっと、ララちゃんは、オバケ、なの?」
『んー…… 似て非なる者、かなァ。化けて出たのカ!と言われたら、否定は出来ないかラ。ア、でももウ、恨みはほぼ全て晴らしたから怨霊では無いわヨ。安心しタ?』
「う、うん」
 にっこりと笑顔を向けてくれたが、話の内容は笑えるものではなかった。この子の身に何かあり、不可思議な存在になった事だけは理解出来たが、無遠慮に深く訊いていいのかは迷ってしまう。ひとまず、今は悔いが無いのならそれでいいだろうとだけ思う事にしよう。
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