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第一章
【第八話】目覚めと逃走・前編(カーネ・談)
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…… ——ゆっくり瞼を開けると、見た事の無い天井画が目に飛び込んできたせいで、私は呆然としてしまった。さっきまで真っ白な空間に居たはずなのに、ティアンが大騒ぎしていたのに…… 。なのに今は、くどいくらい華やかな金色の装飾と、とても綺麗な青空の絵画が広がっている。
周囲からは複数の人が居る気配を感じはするが、それ以外は比較的静かだ。肌に触れているのは真っ白なシーツと綺麗な掛布で確実に私の部屋ではない。視線をどこにやろうが見覚えのある物は何一つとして無く、やたらと豪華で、デザインセンスはちょっとどうかとは思うけど、細工は全て一流の品ばかりが並んでいるみたいだ。
(此処は何処だろう?こんなパターンは初めてだな。…… そもそも、さっきのは部屋でのやり取りは…… あぁそうか、夢…… かぁ)
『コレは、また死んだな』
馬車の中。突如御者が消え、制御不能になっていた馬の暴走のせいで半狂乱になったティアンに首を絞められた時はそう思ったけど、どうやらギリギリの所で生きていてたみたいだ。それ故、いつもみたいに死因を跳ね返す事も、時間の巻き戻りも起きなかったのだろう。…… となると、崖から落ちた馬車の周辺で私達が倒れていた所を誰かが救出してくれたといった所か。
頭を少し動かして人の気配がする方へ顔を向ける。すると、見覚えのある衣装を着た数人の女性達が、音を立てない様に気遣いながら部屋の中を片付けていた手を止めて、真顔を一転させて、ぱっと顔に安堵の色を浮かべた。
「——お、お嬢様ぁぁ!お目覚めになられたのですね?」
「早く!ヌスク様にお教えしないと。お嬢様がお目覚めになられたって!」
(ヌスク、叔父様?あ…… じゃあ此処は、シリウスの本邸なのか。なら、服に見覚えがあって当然だ)
ヌスク・シリウスは私の叔父で、八年前に行方不明となった父・クレヴォ・シリウスの弟である。“王冠”の聖痕持ちであった兄とは違い、ヌスク叔父様には聖痕が無かった。そのせいで冷遇されて育ったものの、運良く五大家の一つであるアリエス公爵家に婿入りしていたお方だ。結婚後は二人の子供に恵まれ、幸い一人は聖痕持ちだったのだが、ヌスク叔父様の扱いはアリエス公爵家に入った後も改善はされず、終始酷いものだったらしい。
八年前に突如クレヴォが行方不明となった事でシリウス家の当主が不在になった途端に離縁され、叔父は実家に追い払われた。それ以降、ずっと『当主代理』として実務の一切を押し付けられ、なのに実権は何も無く、ただひたすら馬車馬の如く働かされている不憫な人だ。
そんな生い立ちだからか、叔父様だけは私に優しかった。
周囲の目があるので表立って力を貸しては貰えなかったが、ずっと影ながら支えてくれた人だ。だから馬車の事故から生還した私の看病もする様に、侍女達へ頼んでくれたのかもしれない。
(事故に遭おうが、怪我をしていようが何だろうが、周囲の説得は大変だったろうに…… )
後できちんと感謝を伝えないと。
瞼をそっと閉じてそんな事を考えている間に、「はい!今すぐに伝えて来ます!」と返事をした年若い侍女が部屋を出て行き、他の二人は私の側に駆け寄って来た。
「お嬢様…… 良かったです」
「そうですよ、お嬢様がこのままだったらって、毎日不安で不安で…… 」
私の目覚めを喜び、嬉しそうに何度も何度も『お嬢様』と声を掛けられる。でも、嫌味ったらしい声以外で『お嬢様』と呼ばれる事に慣れていないから、どう返事をしていいのかわからない。
「お嬢様、体調はいかがですか?寒いとか、暑いとかはありませんか?」
「お腹が空いたのでは?一週間も目覚めず、皆が心配していたんですよ」
「そうですよ。ここずっと、悲しさのあまり屋敷中が静まり返っていたんですから」
二人から交互に、今にも泣き出しそうな声で色々訊かれたが、『大丈夫。心配しないで』とは返事が出来なかった。相手の名前すら知らない間柄なのに、どうしてこんなに親身になってくれるんだろうか?とばかり考えてしまう。だけど黙ったままでいるともっと心配されそうで、私は小さな声で「えっと、大丈夫、です…… 」と答えておいたが、出た声はかなり小さく、随分と掠れてもいた。
(馬車の中ではティアンに強く首を絞められたし、一週間ずっと眠っていたのなら当然か)
「まぁ、お声が…… 。すぐにお医者様もお呼びしますね」
「お水でも用意しましょうか?」
「…… そう、ですね。お願いします」と言って、ゆっくり頷く。優しくされ慣れていないからか、心が妙にむず痒い。
ゆっくり体を起こし、すぐに持って来てくれた水の入ったコップを受け取って礼を伝える。誰かに尽くしてもらうのは顔を火傷した時以来の事だから、『十三年ぶりくらいになるのか』と、しみじみしながら水を飲む。一口、二口飲むごとに体に沁みていく気がする。高価な氷まで沢山入っているし、今まで一度も飲んだ事もないくらいに綺麗な天然水だった。
(怪我の功名ってこの事なのかな?…… って、ちょっと違うか)
聖痕至上主義しか居ないこの家では、聖痕無しである私に教師なんかつけてくれるはずがなく、ほんの一部の心ある侍女がこっそりと勉強をみてくれたり、他はもう独学でしか知識を得られていないせいで自信が無い。そのせいで苦笑いをしていると、侍女の一人が「水のおかわりは如何ですか?」と訊いてきた。
空のコップを彼女に手渡し、美味しいけどそんなに飲める気がしないので、おかわりは断った。たかが水なのに、彼女達の気遣いと優しさで、これ以上飲んでは胸焼けがしそうだ。
「えっと…… 少し、一人にしてもらってもいいですか?」
「わかりました。では、何かありましたらいつでも呼んで下さいね」
「…… はい。ありがとうございます」
さも、すぐに休むつもりであると伝えるみたいに、彼女達の前で再びベッドできちんと横になる。すると、彼女達は優しい笑みを浮かべながらしながらこの部屋を早々に出て行ってくれた。
周囲からは複数の人が居る気配を感じはするが、それ以外は比較的静かだ。肌に触れているのは真っ白なシーツと綺麗な掛布で確実に私の部屋ではない。視線をどこにやろうが見覚えのある物は何一つとして無く、やたらと豪華で、デザインセンスはちょっとどうかとは思うけど、細工は全て一流の品ばかりが並んでいるみたいだ。
(此処は何処だろう?こんなパターンは初めてだな。…… そもそも、さっきのは部屋でのやり取りは…… あぁそうか、夢…… かぁ)
『コレは、また死んだな』
馬車の中。突如御者が消え、制御不能になっていた馬の暴走のせいで半狂乱になったティアンに首を絞められた時はそう思ったけど、どうやらギリギリの所で生きていてたみたいだ。それ故、いつもみたいに死因を跳ね返す事も、時間の巻き戻りも起きなかったのだろう。…… となると、崖から落ちた馬車の周辺で私達が倒れていた所を誰かが救出してくれたといった所か。
頭を少し動かして人の気配がする方へ顔を向ける。すると、見覚えのある衣装を着た数人の女性達が、音を立てない様に気遣いながら部屋の中を片付けていた手を止めて、真顔を一転させて、ぱっと顔に安堵の色を浮かべた。
「——お、お嬢様ぁぁ!お目覚めになられたのですね?」
「早く!ヌスク様にお教えしないと。お嬢様がお目覚めになられたって!」
(ヌスク、叔父様?あ…… じゃあ此処は、シリウスの本邸なのか。なら、服に見覚えがあって当然だ)
ヌスク・シリウスは私の叔父で、八年前に行方不明となった父・クレヴォ・シリウスの弟である。“王冠”の聖痕持ちであった兄とは違い、ヌスク叔父様には聖痕が無かった。そのせいで冷遇されて育ったものの、運良く五大家の一つであるアリエス公爵家に婿入りしていたお方だ。結婚後は二人の子供に恵まれ、幸い一人は聖痕持ちだったのだが、ヌスク叔父様の扱いはアリエス公爵家に入った後も改善はされず、終始酷いものだったらしい。
八年前に突如クレヴォが行方不明となった事でシリウス家の当主が不在になった途端に離縁され、叔父は実家に追い払われた。それ以降、ずっと『当主代理』として実務の一切を押し付けられ、なのに実権は何も無く、ただひたすら馬車馬の如く働かされている不憫な人だ。
そんな生い立ちだからか、叔父様だけは私に優しかった。
周囲の目があるので表立って力を貸しては貰えなかったが、ずっと影ながら支えてくれた人だ。だから馬車の事故から生還した私の看病もする様に、侍女達へ頼んでくれたのかもしれない。
(事故に遭おうが、怪我をしていようが何だろうが、周囲の説得は大変だったろうに…… )
後できちんと感謝を伝えないと。
瞼をそっと閉じてそんな事を考えている間に、「はい!今すぐに伝えて来ます!」と返事をした年若い侍女が部屋を出て行き、他の二人は私の側に駆け寄って来た。
「お嬢様…… 良かったです」
「そうですよ、お嬢様がこのままだったらって、毎日不安で不安で…… 」
私の目覚めを喜び、嬉しそうに何度も何度も『お嬢様』と声を掛けられる。でも、嫌味ったらしい声以外で『お嬢様』と呼ばれる事に慣れていないから、どう返事をしていいのかわからない。
「お嬢様、体調はいかがですか?寒いとか、暑いとかはありませんか?」
「お腹が空いたのでは?一週間も目覚めず、皆が心配していたんですよ」
「そうですよ。ここずっと、悲しさのあまり屋敷中が静まり返っていたんですから」
二人から交互に、今にも泣き出しそうな声で色々訊かれたが、『大丈夫。心配しないで』とは返事が出来なかった。相手の名前すら知らない間柄なのに、どうしてこんなに親身になってくれるんだろうか?とばかり考えてしまう。だけど黙ったままでいるともっと心配されそうで、私は小さな声で「えっと、大丈夫、です…… 」と答えておいたが、出た声はかなり小さく、随分と掠れてもいた。
(馬車の中ではティアンに強く首を絞められたし、一週間ずっと眠っていたのなら当然か)
「まぁ、お声が…… 。すぐにお医者様もお呼びしますね」
「お水でも用意しましょうか?」
「…… そう、ですね。お願いします」と言って、ゆっくり頷く。優しくされ慣れていないからか、心が妙にむず痒い。
ゆっくり体を起こし、すぐに持って来てくれた水の入ったコップを受け取って礼を伝える。誰かに尽くしてもらうのは顔を火傷した時以来の事だから、『十三年ぶりくらいになるのか』と、しみじみしながら水を飲む。一口、二口飲むごとに体に沁みていく気がする。高価な氷まで沢山入っているし、今まで一度も飲んだ事もないくらいに綺麗な天然水だった。
(怪我の功名ってこの事なのかな?…… って、ちょっと違うか)
聖痕至上主義しか居ないこの家では、聖痕無しである私に教師なんかつけてくれるはずがなく、ほんの一部の心ある侍女がこっそりと勉強をみてくれたり、他はもう独学でしか知識を得られていないせいで自信が無い。そのせいで苦笑いをしていると、侍女の一人が「水のおかわりは如何ですか?」と訊いてきた。
空のコップを彼女に手渡し、美味しいけどそんなに飲める気がしないので、おかわりは断った。たかが水なのに、彼女達の気遣いと優しさで、これ以上飲んでは胸焼けがしそうだ。
「えっと…… 少し、一人にしてもらってもいいですか?」
「わかりました。では、何かありましたらいつでも呼んで下さいね」
「…… はい。ありがとうございます」
さも、すぐに休むつもりであると伝えるみたいに、彼女達の前で再びベッドできちんと横になる。すると、彼女達は優しい笑みを浮かべながらしながらこの部屋を早々に出て行ってくれた。
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