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第一章

【第一話】五度目の死亡・前編(カーネ・談)

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 此処クエント大陸には主に“ヒト族”と、そのヒト族に『獣人族』と呼ばれる“ルーナ族”という二つの種族が存在している。今現在大陸の七割はルーナ族の手中にあり、残り三割の地域でヒト族が暮らす。どちらの区域にも恐ろしい魔物が生息している為、この世界は平和とは言い難い。だがルーナ族は魔物とも共存しているそうで、運送手段や戦闘の補助としても連携し、ヒト族は獣人族と魔物達の両方に住処を奪われつつある
 ヒト族の支配地域は主に大陸の東部にあり、その中でも、私が住む“ソレイユ王国”は半分以上の地域を領土とする大国である。魔物の脅威には怯えつつも、騎士団や傭兵達が定期的に魔物の討伐を行ってくれているおかげで街から出なければ危険は少ない。だが、『危険は無い』と断言出来ないのが非常に残念だ。

「…… ったく、辛気臭い顔しないでくれる?空気が悪くなるわ」

 夕日が空を染め上げ始めた頃。出先から帰る道中の、二頭立ての馬が引く狭い馬車の中でぶつくさと文句を言いながら窓の外を見ているのは、私の一卵性の双子の姉・“ティアン・シリウス”である。ストロベリーブロンド色をした豊かな髪をさらりと揺らし、桜色の瞳で外を見る姿はまるで一枚の絵画の様だ。
 整った顔立ち、雪の様に白い肌、大きな胸と細い腰、綺麗な指先を持つ完璧な姉。まるで天使の様な外見なのに、先程から口を開けば悪態ばかりが出てくるのは、双子の妹である“カーネ”を心底嫌っているからに他ならない。
「ごめんなさい…… 」
 ほぼ動かず、ただいつも通りの表情で対面にじっと座っているだけでも文句を言われる。仕舞いには呼吸をしただけでも叱られそうな程に今の姉は酷く不機嫌だ。
「ったく、神力の確認だなんだって、そんなのいつも通り私一人で充分なのに、今回に限って何でアンタなんかと一緒に呼ばれたんだか!」
「…… それは、先程神官様がおっしゃっていたじゃない。双子の場合、二人が一緒に居る事で神力が発動する場合があるそうだって。そう書かれた文献が新たに発見されたから、改めて確認したいって——」

 バチンッ!

 何かを叩くような音と共に、話の続きが出所を失った。
「そんな事知ってるわよ!人を馬鹿にしてるの⁉︎」と言いながら、ティアンが私の顔を、手に持っていた扇で叩いたせいだ。強く叩かれた為青白い頬が赤く染まり、広い範囲に熱を持つ。
「ごめん、なさい…… そんなつもりじゃなかったの」
 頬を押さえ、私は俯きながら謝罪した。正直自分が悪いとは思っていない。だけど謝らないともっと叩かれる可能性が非常に高い。だが馬車の中では逃げ場は無く、隠れてやり過ごす事は不可能だから。
「フンッ。アナタって本当に私の怒りを買うことだ・け・は、とっても上手よね」
「…… 」
 反省しているフリをしながら黙って項垂れていると、ティアンがまた窓の外へ視線をやったので、私もそっと外へ顔を向けた。

 普段、私達が一緒に馬車に乗る事なんか無い。そもそも私が外出する事自体が稀で、名目上私達姉妹の為にと随分前に父が用意した馬車は完全にティアンの占有物と化している。華やかな物を好む姉のセンスのせいで馬鹿にみたいに豪華なのだが、乗り心地が悪くは無いのだけはありがたい。

(まぁ…… そもそも『姉妹用』って言葉は対外的なものだったから、姉好みの外装なのも当然なんだけどね)

 いつも敷地内にある旧邸に閉じ篭っている私が今日こうして出掛けていたのは、神殿からの呼び出しのせいだった。
 姉の様にストロベリーブロンド色の髪を持つ女性は、過去の例を見る限り、高い神力を持って生まれてくる。多彩な能力を太陽神・テラアディア様に気に入られた事で初代聖女となったカルム様も、二代目の聖女となったリューゲ様も、ストロベリーブロンド色の髪だったそうだ。だからか十八年前に姉のティアンが生まれた時は、国を挙げてのお祝いムードとなったそうだ。『五百年ぶりの聖女誕生かもしれない』と、何処に行こうがその話題ばかりだったらしい。

 だが、残念な事にティアンには神力がまるで無かった。

 だけど二代目の聖女様は元々黒髪だったのが、ある出来事をきっかけに髪色がストロベリーブロンドへと変わり、突如神力を得たそうだ。その歴史的事実から考え、『まだ赤子だ。もしかすると、そのうち神力が目覚めるかもしれない』という流れになり、今のティアンは“聖女候補”とされている。

(まぁ確かに。神力そのものは別段珍しいものでもなし、何がきっかけで発動するかは誰にもわからないものね)

 毎年、年に一度は必ず神力の検査が行われてきたのだが、今まで私が関わってきた事は一回も無かった。なのに今回は私まで呼ばれたのは、最近発見された古い文献が原因だった。数百年も前に書かれたその文献には、『双子の場合、二人が一緒に居ないと能力が発動しない場合がある』と書かれていたそうなのだ。もっとも、その文献は神力に関する物では無かったのだが、神力でもその可能性は捨てきれないと考えた神官がいたらしく、その結果、私まで神殿まで赴く羽目になり、長時間姉と共に馬車に揺られ、頬を扇子で叩かれるに至ったのだから…… 段々と、文献の発見者に恨み言の一つでも言ってやりたい気分になってきた。
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