ヤンデレ公爵様は死に戻り令嬢に愛されたい

月咲やまな

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【プロローグ】

神話の世界

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 男爵家の出身だが、知識の豊富さを買われた一人の教師が今、ソレイユ王国内で最古を誇るセレネ公爵邸の一室で講義をしている。生徒は公爵家の跡取り息子であるメンシス・ラン・セレネただ一人だ。
 公子の教師職は名誉ある仕事ではあるものの、当初の彼ははっきりと断りを入れていた。メンシス公子はまだ二歳の子供であり、そもそもまともな講義を聞けるような年齢では無い。まだ乳母や友人達と共に遊びの中から色々学んでいく年頃である為、彼は『無理だ』と言ったのに『一度だけでも』と頼まれて仕方なく受けた依頼だった。

 だが彼はこの仕事依頼を受けて本当に良かったと、今は思っている。

 歴史ある公爵家の邸宅に立ち入り、美術館に並ぶべき程に価値ある美術品や調度品などに囲まれながらの講義は、実に楽しい。公子はまだ幼児でありながら非常に真面目な授業態度でもある為、やる気のない大衆の前で講義をするよりもずっとやり甲斐のある時間を過ごせていた。

 一度だけのはずが、気が付けば今回でもう八度目の講義となった。読み書きは既に習得済みでだったので、公子への授業は初日から割と本格的なものになった。数学、異国語、経済学など、公子が興味を持てば何でも講義で取り扱った。流石に全て入門部分ではあるものの、とても二歳児を相手にしているとは思えない内容であったにも関わらず、公子は意欲的に学んでいる。

 今日は公子の希望で歴史を教える事になっていた。その中でも特に初代聖女の件を知りたいらしく、ならばまず神話の時代から話すべきかと、彼は本日の講義を開始した。


       ◇


 ——遥か昔、一つの星に二人の神が誕生した。何も無かった星を二人は競い合う様にして華々しく彩っていき、空、大地、海や植物、そして数多の生物を創造した事で、世界に生命が誕生していく。人間、獣人、鳥獣に昆虫、爬虫類などが、この美しい星に、途方もない歳月を掛けて息づいていった。

 共に星を創った二人の神は次第に互いを認め、夫婦神となり、それぞれが知恵ある者達の元で信仰の対象となっていく。

 昼を創った神“テラアディア”は『太陽神』と人々に呼ばれる様になった。
 夜を創った神“ルナディア”は『月の女神』と獣人達に呼ばれる様になった。

 それぞれの神を崇めるヒト族と獣人達は、全く別々の土地に生息していた為、二つの種族は互いの存在を知らぬまま栄え、各々の神を唯一神として崇め、文明を発展させていった。この時代がお互いにとって…… 最も安全で、安定していた時代であったと話すのは、後の世の研究者達だ。

 平穏な日々の中、ある日二人の少女と少年がそれぞれの種族の元に誕生する。

 無限の可能性と才能、赤子であろうが将来を期待してしまう程の美を持って産まれたヒト族の少女は、太陽神の祝福を得た。
 深い愛情を抱く可能性を秘めていた獣人の少年は、月の女神の祝福を得た。

 初めて神々の祝福を受けた二人の子供は、それぞれの国で愛情に満ちた幼少期を送り、共に才能をいかんなく伸ばしていく。
 そして少女は初代の“聖女”に。少年は“大神官”になり、神々からの恩恵をそれぞれの民へ惜しみなく注いだそうだ。

 時が積み重なり、大人となった二人はまるでそうする事が予め定められていたかのように、同時期に旅へ出た。『世界には自分達だけじゃなく、もっと多くの知的な種族が居るに違いない』と期待を胸に、どちらも大陸の中央部を目指して行った。

 長い歳月を経て、とうとう二人は出逢いを果たした。道中で出会った意思疎通の可能な獣や妖精などの種族との遭遇よりも、遙かに衝撃的だったその瞬間、二人は瞬く間に恋に落ちた。

 踏破した大陸“クエント”と名付け、二人は大陸の中央部に神殿を建設してそこに居を構え、太陽神と月の女神の二柱を祀った。深く愛し合っていた二人は種族を超えて結ばれ、聖女の腹には子供も宿った。だが、幸せは長くは続かず、月の女神の大神官であった獣人の裏切りによって幕を下ろす事となる。

 偽りの理由で突如国へ帰り、彼は別の女性と恋に落ちてしまったのだ。

 大きな腹を抱えた聖女は夫の裏切りを知り、心を壊して太陽神の像の前で喉を掻っ切って自害した。
 長年彼女を支えてきた五人の神官が発見した時には既に事切れ、彼らは遺体の前で泣き崩れ、聖女が自害した罪を赦して欲しいと神へ願った。

 深い想いが神に通じ、五人の神官達は神から“祝福”と“赦しの証”である“聖痕”を授かり、彼らは『五人の聖人』と呼ばれるようになった。
 その後彼らはソレイユ王国へと帰還し、一人は二代目の聖女に。残りの四人は大神官となり、“聖痕”と信仰の力を持って民衆に尽くしていく様になる。

 だが、初代聖女の自害により、太陽神から受けていたヒト族への加護は消えてしまった。

 そのせいでヒト族は魔物達から敵と見做され、大陸の隅に追われる事となってしまったが、『五人の聖人』達の尽力により初代聖女の罪は民にも許され、今でも彼女は大衆から愛され続けている。


       ◇


「——と、此処までの話は理解出来ましたか?何か質問は?」
 教師の問い掛けに対し、公子は渋い顔を返した。
「あります。…… ルーナ族の間では、『月の女神の大神官は妻を裏切ってはいない。初代の聖女は“五人の罪人”、ヒト族の間では“五人の聖人”と呼ばれている者達の裏切りにより殺害されたのだ』と言われていますが、この言い分の違いを先生はどのようにお考えですか?」
 およそ二歳児の口から出てくる質問ではなく、彼は驚きに目を見開いた。だがそんな事は公子に会うたびに何度もあったことでもあった為、すぐに答えを返す。
「予習をしっかりとしていたのですね、素晴らしい。しかも獣人達の正しい呼称も知っているとは、流石は唯一彼らとの交易ルートを持っているセレネ公爵家の令息と言ったところでしょうか。…… そうですね、もう五百年も前の出来事なので、加害者と被害者とで言い分に違いが起きるのは仕方のない事ではないでしょうか。大事件であればある程、罪が深い程、『自分達が正しい』と言い張りたくなるものですからね」
「ですが、ルーナ族の大半は加護の効果により前世の記憶を持ったまま生まれます。となると、彼らの言い分の方が正しいのでは?」
「それも彼らがそう言っているだけです。本当に“前世の記憶”などというものがあるのか、獣人族との交流すらも出来ていないヒト族の研究者達では証明出来ません。加護の無いヒト族はまっさらな状態で生まれてくる為、どうしたって理解し難い話でもありますしね」
「…… そう、ですね。わかりました。では、授業を続けて下さい」

(加護の有無こそ、どちらが正しいかの答えではないのか?)

 公子は胸の中にもやっとした感情を抱きながらも、その後も歴史の授業は続いた。聖女に関する一連の流れから、建国の歴史に差し掛かってからは実に興味深く、公爵家の始まりにも関わった内容でもあった為、公子も楽しんで授業を受ける事が出来ている。
 だがそんな中、突如教室として使用している部屋の扉がノックもそこそこに、公子の許可も得ぬまま、バンッと大きな音を立てて開かれた。

「メンシス様!火急のお知らせがあります!——シリウス家に、ストロベリーブロンドの髪を持つ女児が誕生しました!」

 使いの者のその言葉を聞き、公子は座っていた椅子が後ろに倒れるのも構わずその場で立ち上がった。
「ほ、本当か?…… やった、やっと、やっとまた、貴女に逢える…… 」
 声を震わせ、公子が今にも泣き出しそうな瞳を嬉しそうに細める。その姿はやはり二歳児のものとは到底かけ離れてはいたが、『やっと人間味のある姿が見れた』と、教師は思ったのだった。
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