【完結済作品の短編集】

月咲やまな

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【アイツだけがモテるなんて許せない】

二人の関係①【琉成×圭吾】(圭吾・談)

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 サクラサク。
 温かな春風が吹くと、もうほとんど葉桜となり始めた桜から花弁が散って舞い踊り、校舎へと続く道を綺麗に染めあげている。秋の落ち葉みたいに集めて芋を焼いて楽しむ事は出来ないが、綺麗な道は校内の窓から見ているだけで心躍るものがあった。
 多分他人事だからそう思うのだろうな、片付ける人達には悲鳴モノの絶景だろう。

 高校を卒業した俺達は、今年の四月から四人揃って同じ大学に進学を果たした。もちろん四人とは、俺——有田圭吾ありたけいご桜庭充さくらばみつる楓清一かえできよかず、そして親友の…… いや、なんか微妙にその言葉を当て嵌めるのは何か間違っている気がして、奴をどう扱っていいのかわからんままでいる、小牧琉成こまきりゅうせいの事だ。
 まさか揃って同じ大学へ進学出来るだなんて、一年前までは夢にも思っていなかった。将来の夢は意外にもそれぞれバラバラで、圭吾は自己評価が低いだけでやれば普通に色々と出来るタイプだし、清一は圭吾の行く先に着いて行かないはずがないので大学まではまぁわかるとしても、バイト三昧だった琉成だけは就職組だと俺は勝手に思っていた。

 俺達は親友だったはずなのに全然進路の話をしてこないし、受験期だろうが勉強をしている気配も無くバイトに明け暮れ、俺のパンばっか奪い、隙あらば人のイチモツをキラキラした瞳をしながら喰いたがる様なド変態が、大学になんか行けるとは思わんだろう。

 まともに言葉が通じず、我が道をいき、一から十まで説明しないと俺の意図を読めず、察するとか空気を読むとかはしないし、こちらの言葉を額面通りにしか受け止めない様な奴が、まさか『勉強?あぁ、授業聞いてれば別に。それ以外だって、教科書全部読めばテストとかも平気じゃない?』なんて言って、暗記科目系はほぼ満点ばっか取る奴だとは気が付きもしなかった。

(そういや、琉成っていっつもテスト用紙を見せようとはしないタイプだったよな)

 通っていた高校は順位を廊下に張り出すとかってのが無かったし、充がギャーギャー言いながら俺とテストの点数を競っている横で、琉成はいつもニコニコ笑っているだけだったから、てっきりアイツは赤点ギリギリで見せる価値無しなのだと思い込んでいた。実は頭がいいとかだったのなら、俺の受験勉強に付き合ってくれても良かったのに。

(結局付き合っいやがったのはほぼ無い性欲の発散だけとか、ホントアイツは俺の事を何だと思ってんだよ…… ったく。精液製造機?んなもんくらいにしか思ってねぇだろ、多分)

 結局一番苦労して大学に入ったのは最も受験勉強に時間を割いていた自分だったってオチは、『このメンツの中では俺が一番人生に達観していて、ちゃんと事前に色々やってる方だよな』なんて思っていた俺の心に小さな傷を作るには、充分な事実だった。

 ——そんな事を悶々と考えながら、休憩時間になった隙を狙って廊下の隅に行き休憩用に並んでいる椅子に座って、パンの入る袋を開ける。

 今日の午前に講義が入っているのは珍しく俺だけだったので、その他大勢の中でポツンと一人きりだったが別に苦ではない。元々大勢と群れたいタイプでもないし、無理に話の合わない奴らと仲良くなるつもりもないしな。管理栄養士の資格欲しさに進学した俺は勉強とバイトだけで精一杯だろうと思い、サークルに入る気も一切無いので、大学での新生活が始まって既に数週間経ったってのに同じ学部には一人も知人は居ないままだ。

(『モテたい!』みたいに、焦って変な事さえ言い出さなければ、一部からの評価が高い充と違って、ガチで冴えない俺じゃ当然だけどな)

 休み時間のたびに何かしら食べている俺を変な目で遠巻きに見てくる奴らは結構居るが、声を掛けようという猛者は中学や高校からの友人や元クラスメイトだった者達くらいなものだ。

(コロッケパンうめぇ)

 教科書を開き、少しでも琉成達との差を埋める為真面目に勉強していると、「また何か食べてるし、ウケるんだけどー」などと知らない女の声がすぐ側で聞こえた。

(うるせぇな、ほっとけ。俺が何を食っていようが他人に迷惑は掛けていないはずだ。…… 匂いが気になるのかな。でも知るか!こっちは空腹なんだっ)

 また知らん奴が何か言ってるなと思ってガン無視きめて教科書を読み続けていると、同じ声が「えっと…… もしかして気分悪くした?ごめん、悪気は…… 無かったんだけど」と謝ってきた。
 咀嚼し、嚥下のついでに軽く頷く。俺的には『当然だろ、あっち行け』といった意味だったのだが、「ありがとー!やっさしー!」とか言い、隣の椅子に座りやがった。

(ポジティブ過ぎね?俺の周囲はこんなんばっかだな!)

 頭に浮かんだ顔はもちろん琉成だ。充も後ろで手を振っている。
「ねぇねぇ!今週末ってさぁ、空いてる?」
 この一言だけではなんの確認か正確にはわからんが、軽そうな格好的にコレは“合コンのお誘い”であると受け取るべきなんだろうな。

「バイト」と、相手の顔からコロッケパンに視線を戻し、一口食いながらそう答えた。
「えーシフト変われないの?」
「無理だな。人気あって、人手不足でいっつも悲鳴あげてる店だし」
「…… そっかぁ」
 溜息を吐き、「マジかー」と女がこぼしている。それにしても、誰なんだお前は。
「じゃあ!じゃあさぁ、ねえねえ!」と言い、今度は俺の右腕をがっしりと掴んできた。そのせいでパンが食べ辛い。常に空腹で切ない思いをしているというのに勘弁して欲しいのだが、離すどころかわざと俺の腕に大きな胸を軽く押し当ててきた。

「…… (ほぉ、コレが乳の感触ってやつか)」

 性欲をあまり持たず、淡白なタイプの俺じゃ無かったら、すぐに全面降伏して言う事きいちまうんじゃないだろうか。手軽な立場の俺にすら手出しする程に性欲の権化の様な琉成だったら、此処が教室であろうが押し倒しているかもしれない。

「じゃあさ、楓君と桜庭君達はどうかな?小牧君も空いてたら、もっと嬉しいんだけども」

(うん、知ってた。むしろ俺なんかどうでもよくって、その三人が居ればいいんだろ?)

 高校からの友人四人組の中で、一番真に冴えない男は残念ながらこの俺だ。
 充は黙ってりゃ可愛い顔で、性格は明るくって意外にも最もまともな常識人だ。ちゃんと空気を読んで場の雰囲気を保ちつつも、言いたい事を言える勇気もある。
 清一は言うまでもないくらいのイケメンで高校時代は告白合戦の被害に遭うレベルだったが、今ではそれに拍車がかかり、細マッチョの体を評価されてモデルのスカウトまで受けたそうだ(充と居る時間が減るからやらん言うてたけど)。
 懐っこい大型犬みたいだった琉成も、今では高身長で頭がいいクセに受け答えが天然で可愛いと女子にウケ、『あのが並ぶとホント眼福だよねぇ』と言われる始末だ。

(俺は空気かよ。今では琉成並に身長はあるものの、痩せの大食いで常にパンやホットスナックを食べながら歩いている俺を見て“眼福”と思う奴がいるわけないのは理解出来るがな)

 無言のまま胸から腕をそっと離し、鞄の中から今度は手作りおにぎりを取り出してそれを食べる。琉成が一緒の時だと奴がおにぎりに食いついてくるので、俺達のやり取りを見た腐女子と呼ばれる一部の人から『モブ受けだわ!』とかって言われる事があるんだが…… 流石に意味までは知らん。
「——ねぇー、聞いてるぅ?」

「あぁ。アイツらだって無理だよ、バイトあるし。清一は特に“合コン”と名の付くものを嫌悪しているレベルだから絶対に来ないぞ」

「ダメ元で!ダメ元でいいからさぁ。友達からのお願いなら聞くかもでしょ?ねぇー空いていないか訊くだけ訊いてみてよぉーねぇーってばぁ」
 また俺の腕にしがみついてきたが、お前の色仕掛けが効かんと何故わからんのか。まぁ…… 一般的には美人なんだろうけども、やっぱり俺ではそれ以上には何も感じない。
「…… 無理。んな時間が無いってのもあるけど、そもそもそういうのに興味が無いから、サークルだって入らないってアイツらも言ってたしな」
「んじゃさ、同期の親睦会くらいな気持ちで来てよぉー。楓君達三人が無理なら、松岡君は?冨樫君だったらどうだ!」

「…… どうだって言われても(何度無理と言えばわかるんだ!)」

 松岡も冨樫も、大学に入ってからの知り合いだ。どちらも合コンの類に興味が無く、真面目に勉強をしたくて進学したタイプなので、同じ考えを持つ清一達と気が合ったらしい。『コイツからは絶対にそういった誘いは無い』という安心感で繋がっているのだとか。
 しかし、よりにもよってそいつらも揃って別ジャンルの美形ときたもんだから、俺達のグループは一学年の中でもかなり目立つ存在になってしまっているらしい。

(一番冴えない俺が、一番懐柔しやすいと思われてんだろうなぁ)

 かなりムカつくが、きっと事実だろう。だからこうやって安易に色仕掛けをして、どうにかこうにか誘いこもうとしているのが見え見えだ。
 そういった行為を清一が一番嫌うと知っている者ばかりだった高校時代は実に平和だった。パンを琉成に食われて空腹の間は切なかったが、それでも四人で過ごす日々は何物にも変え難い時間だったのだなと、こういった類の被害に遭う事が短期間の間でめちゃくちゃ増えたせいでしみじみと思う。ったく、大学は交際相手を探す場ではなく、学びの施設であるべきじゃねぇのかよ。

「あー!おにぎりだ!ねぇねぇ圭吾、ソレ俺にも一口ちょうだい」

 聴き慣れた声が不意に聞こえ、誘いをかけてきている女子とは反対側に肩を引っ張られた。
 口におにぎりを咥えたまま声の主へ振り返ると、予想通りそこに居たのは琉成だった。ニコニコといつもの懐っこい笑顔を浮かべているように見えるが、俺の肩を掴む力がやたらと強い。じわじわと自分の方へと引き寄せ、今では完全に女子から引き剥がす事に成功した。
「小牧君だぁ!おっはよー、今日は午後から授業だったの?」
 俺と話していた時よりも若干声が高い。腕を寄せて谷間を作り、上目遣いまでしていて対応の違いに呆れてしまう。

「おはよー。そそ、でも家事も終わったから早めに来ちゃった。——あ、そうだ、圭吾の分も洗濯してベランダに干しておいたよ。夕方からは雨らしいから、取り込むのは頼んでいいかな?」

 俺が午後からは授業が無い事をバッチリと把握している琉成が、人目も気にせずそんな話をしてくる。そんな事を、今敢えて言う意味がわからん。
「え?何、もしかして二人って一緒に住んでるの?」
「うん、仲良いからね。友人四人でルームシェアしてるんだ」
「えー!部屋に私も遊びに行きたーい!男ばっかだと、ご飯とか掃除とか大変でしょ。私得意だから手伝ってあげるよー」

「ごめん、ウチはそういうの駄目なんだよね。男子寮みたいな建物の一室を借りてるから」
(…… そうだったのか?初耳だ)

「えー。でもそういうのって、みんな結局守ってないじゃん。こっそり彼女連れ込んだりしてるって、友達も言ってたし。だからご飯作ってあげるよ、私ぃ肉じゃが得意なんだよね!」
(…… でた、私家事出来るアピールの定番メニュー。テンプレ過ぎて、もう言う奴いねぇと思ってたわ。——ん?ってことは本当に得意って事になるのか?…… わからんし、どうでもいいか)

「ごめんね、俺圭吾のしか食べられないんだよね」

「…… え?」
 意味がよくわからないのか、疑問符だらけの顔をしている。

「…… 琉成は味付けの好き嫌いが多いから、俺の与える飯しか食えないって意味」
(もちろん嘘、だけどな。実際はなんでも食うし、ソイツ。なんだったら『大好物は?』って訊いたら、『圭吾の体液かなぁ』とか平気でサラッと言いかねないくらいの味音痴だし)

「そなんだよねー!だからいらない。掃除は俺が好きだから、他の人にはやらせないよ」
 ハッキリと断る姿が清々しい。ここまで突き抜けると、不快感すら与えぬ微笑みだ。

「ほれ」と言い、割り入ってくれたご褒美としてまだ半分残っていたおにぎりを口まで運んでやる。すると琉成が嬉しそうに顔を綻ばせ、「いただきます!」と言ってから俺のチーズおかかおにぎりを、俺に持たせたまま二口で食い尽くした。

「…… ホント、仲良いんだね」

『よ過ぎて流石に引くわ』と最後にポツリとこぼしている声が聞こえたが、聞こえなかったフリをして流す。

「ねぇ圭吾。俺、北棟に用事があるから付き合って」
「ん、わかった。それ終わったら俺は家帰るわ」と答えて、鞄の中に教科書をしまい、二個目のおにぎりを取り出した。
「んじゃ、そういうわけで」

「え!待って、合コ…… 親睦会の話、まだ終わってないんだけど!」

「無理だよ?圭吾はそういうの行かないから」
 俺が口を開くよりも先に、琉成がそう言った。

「小牧君は?楓君と桜庭君も誘ってさ、どうかな」
「皆無理だって、圭吾からもう聞いたんじゃないの?」
「…… あーまぁ、うん」
 当然、歯切れの悪い言葉しか出てこない。そりゃそうだ、何度も無理だと既に言っているからな。

「それが結論だよ、他の参加者にも言っておいてね?俺らは全員勉強とバイトで毎日忙しいから無理だよって。それぞれ忙しいから他に時間を割く余裕が無いんだよ」と言い、「じゃあ、俺達はもう行くね」と声を掛けてから琉成が俺の腕を引いて歩き出した。


 廊下を少し進み、「ところで、あの子誰?」と訊かれたが「知らない」と答えた。
「一度も名乗んねぇし、わかるワケがない」
 当然知ってるよね?と思っていたのか、なんなのか。名乗りもしない奴の顔はもう記憶の中で朧げだ。胸の感触だけはなんとなく腕に残っていた気がするが、琉成に同じ腕を掴まれてそれも難なく上書きされた。
「琉成はパンとおにぎりにしか興味無いもんねー」
「ドーナツと肉まんも好きだぞ?」
「携帯出来る食べ物ばっかりだなぁ」
「成長期の真っ只中の時よりはマシでも、どうしたって腹減るんだし仕方ないだろ」
「俺にも沢山分けてくれる様になったもんね」と言って、俺の肩に肩をぶつけてくる。
「前と変わらず、勝手に奪ってくだけだろうが」
「でも、最初より抵抗があまりない。つまりは一緒に食べていいって事だ」
「いい方向にしか見ないのな、お前も」
「その方が人生楽しいしね!」

「圭吾は、さ。…… 親睦会という名の合コンには、本音では行きたかったりした?」
「まさか!んな金と時間があったら、学費に当てて勉強するわ」
「そっか。うん、そうだよね」
 最初から行く気なんて微塵も無いと知っているはずなのに、それでも琉成は、とても嬉しそうな笑顔を俺に向けたのだった。


【続く】
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