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【オトコの娘が私を好きだと言う】
デートのお誘い
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「お願いがあるんだ!ねぇ明ちゃん、ボクのお願い事、聞いてくれる?」
瞳を潤ませ、顔の前で手を祈るように組み、そう言ったの椿原の顔見て、青鬼が「うっ」と声を詰まらせた。
綺麗な黒髪をツインテールにして毛先を巻き、愛らしいゴシック調の黒いパーカーを着込んでいる姿でこれをやられると、彼女はいつも困った顔になってしまう。
(男なのに、圭はなぜにこうもいつもいつも可愛いのか…… )
自分よりも格段に可愛いオトコの娘な彼氏の愛らしさに打ち震えつつも、椿原がコレをやってきた時はろくな事が無い事を身をもって体験している青鬼は、渋い顔になりつつ「…… 今度は、何だ?」と問い掛ける。
「あのね、あのね、実は今度ボクの好きなゲームが映画化されることになったんだ」
「…… そうか、それはよかったな」
予想に反していたって普通の導入を聞き、青鬼がほっと息をついた。
今二人は公園のベンチに座っており、間にはランチボックスを並べてお昼を食べている最中である。互いに持ち寄ったおかずを交換しつつ、お茶を飲み、のんびりとした食後の時間を楽しんでいた。
デートといえば、裁縫が好きな椿原に合わせて服を見に行ったりする事が多かったので、今日は珍しく『明のしたいこともしたい!』とお願いされてここに来ている。
香水などを作る調香師である身としては、『ならばたまにはそれらの材料を見にでも提案してみるか?』とも一瞬思ったが、『素人にはつまらんな』と考え、無難に『じゃあ公園にでも行こうか』と言ってみたのだが、女子力の塊である椿原の作るおかずがどれもこれもかーなーり美味しく、弁当持参の公園デートにして本当に良かったな、とお茶を飲みながら青鬼は思っている。
だが、天気の良いお昼時なのに周囲に人がさっぱりおらず、人通りも極端に少ない。とても静かだし、景色も悪くないので、いわゆる穴場的な場所なのだろう。バイト先の仲間に教えてもらった所らしく、ここまで人が少ないとなると、『あのね、今から明ちゃんとぉ此処でシたいなぁ♡』なんて言い出すのでは?と考えてしまった自分は完全に終わってるなと青鬼は思い、ちょっと遠い目をした。
「——でね、でね」
話に続きがあるのか!と我に返りながら青鬼は思った。
でもまぁ、好きな作品の映画というネタから『公園で青姦したい♡』に持っていこうとするにはかなり無理がある。そもそも椿原がどんなに『あわよくば明とえっちしたい』な空気を常に纏っていようとも、流石にそこまでの変態だとも言い切れないので、そう結論づけるに至った青鬼は先ほどよりも穏やかな笑みをたたえながら、「んー?」と答えた。
「一緒に観に行きたいんだけど、ダメ?」
「かまわんが…… 」
(本当に、ただの普通の頼みだな、珍しい)
ちょっと意外で、青鬼がキョトンとした顔になる。無理難題ばかりを言う子では確かに無いが、改めてお願い事をする時は大概えっちなモノが多かったので、驚くのも無理は無い。
「映画の初日の日にね、すぐ近くで同じ作品の即売会もやるんだよ」
「即売会?」
(前にもチラッとそんな単語を聞いた気がするが、それがどうしたんだろうか?)
「好きなキャラ達への妄想全開な本とかを沢山売っている会だよ。グッズとかも売ったりしている人達も結構いるんだー」
「そうなのか」
「でねぇ」
「んー?」
「ボクと一緒に、コスプレしてその会に参加してくれないかな!」
(コスプレ?…… 確か、コスチュームプレイの略、だったか?…… プレイ、プレイ?)
最初はキョトンとした顔で椿原の話を聞いていた青鬼だったのだが、コスプレの意味を深読みし、一気に顔色が悪くなった。
「は⁈公開プレイなんか死んでもやらんぞ!」
「…… え、何それ。そんな事ボクがすると思う?明の色っぽい姿とか、見た奴いたら絶対に目ぇ潰すよ」
スンッと冷めた瞳で断言する椿原の様子を見て『私はまた何か勘違いを?』と思いながら無言のままでいると、「違う違う」と彼が頭を横に振る。
「ボクは好きなキャラクターの衣装を着る行為そのもを一緒に楽しみたいだけ。それを着てのプレイは——」と言い、椿原が青鬼の耳元に手をやり、美しい黒髪を軽くかきあげる。
「二人きりの時に、したいなぁ」
愛らしかった瞳をスッと細め、椿原が男性的な色香に満ちる。付き合い始めの頃はただただ可愛いだけだった彼だが、あれから二人とも少しずつ歳を重ねてきたからか、最近では妙に色っぽさが増えてきたなと青鬼は思った。
「今回はただ一緒にね、服を着て、イベントに参加して欲しいんだ。前々から趣味仲間に『彼女を紹介しろ』って言われててさぁ。でも素の明は紹介したく無いし、イベントのついでだったら丁度いいかなって」
素の私は紹介したく無い?——青鬼の胸に言葉が刺さった。
(この、女らしく無い喋り方のせいか?自分よりも可愛く無い女なんか紹介したく無いと?背も高いし、何よりも、酒に酔って可愛らしい圭を押し倒すような奴だもんな…… こんな女は大事な友人になど会わせたく無いと思われても当然か)
お互いの初体験をいまだに事実とは逆のまま勘違いしている青鬼が、切な気に瞼を伏せる。
「そう、だな」
力無くそうこぼす様子を見て、椿原の体がゾクリと震えた。
(可愛いなぁ、また何か勘違いしてる)
まさか青鬼がホテルでの出来事にまで溯って凹んでいるとは思わず、不謹慎ながらも椿原はちょっと嬉しい気持ちに。
「こんな綺麗で素敵な女性を紹介なんかしたら、みんな君に惚れちゃうからね。盗らせる気なんか微塵もないけど、『この子いいな』と思われるだけでもムカつくから、この姿では見せたくなの」
「そうなのか?でも圭を見慣れている友人達なら、私など微塵もどうこう思わんだろ」
「ボクと明はジャンルがそもそも違うからね、明の方がウケは良いと思うよ。細身でスタイルもいいし、いつだっていい香りのする髪も、古風な雰囲気とか…… ホント堪らなくなる」と、椿原が青鬼の耳にかかる髪を少しよけて息を軽く吹きかけながら囁いた。
「清楚な空気感の明がシーツの上で乱れる姿とか、思い出しちゃったら少し勃ってきちゃった、あはは」
(ここは外だって忘れていないか⁈)
真っ赤な顔をし、青鬼が口を陸にあげられた魚みたいにパクパクとさせている。
映画に行こうという話が、何でか淫猥な方向に流れてきてしまった。
(人もいないしと、このまま首とか鎖骨とかを触られたらどうしたら良い?逃げたら圭を傷付けてしまうかもしれないし——あ、そもそも原因は私じゃ無いか!『それはプレイか?』とか思ったせいでこうなったのだから、私は責任を取るべきなんじゃないのか?)
「もぉ…… また変な方向に思考が飛び始めてるでしょ」
二人の間にあるお弁当箱を避けつつ、椿原が青鬼の肩をギューッと抱く。
「まずはちょっと落ち着こうか。ただボクはね、一緒に映画を観に行って、その帰りにちょっとイベント参加して、衣装を着て欲しいだけだよ」
「そ、そうだな」
「その後は…… まぁ今は内緒」
「わ、わかった」
気が動転し、青鬼が素直に肯く。椿原の言う『内緒』の中身など想像する余裕は無い。
「一緒に参加してくれたら、イベントでね、明の作った香水とかも販売してもいいよって言われてるんだけど、どうする?」
そい言いながら腕を離し、椿原が青鬼の様子を伺った。
「私の作った香水を?」
「うん。キャラクターをイメージした香水だって事にして、ラベルにイラスト貼れば大丈夫!あ、もちろんテキトーなことなんかしないで、サンプルの中から合うやつをチョイスするよ。制作者の名前とかもちゃんと入れてさ。お小遣い稼ぎにもなるだろうけど、どうかな」
「あー、すまない。私の名前を前に出すとなると、家に色々相談しないとならないから、急には無理だ」
青鬼は実家が調香師として有名な一族なので、渋々断った。自分の名前を出すとなると家名を背負った製品扱いとなる為、面白そうだなとは思っても、気軽には出来ないのだ。
「そっか、そうだよね。かえってごめんね?気を使わちゃったかな」
自分にばかりメリットのある状態は気が引けたので提案した話だったのだが、かえって悪いことをしてしまったなと、椿原が肩を落とす。
わざわざ彼氏がしてくれた提案を断らなければいけない立ち位置である事を、青鬼は少し悔しく思った。
「そうだ、あのね、コレ見てー。どれにする?」
場の空気を変えようと、椿原は努めて明るい声を出しながら、鞄の中からスマートフォンを取り出し、今回観に行く映画の原作となるゲーム画面を開いて青鬼の前に差し出した。
「明に着てもらうなら…… そうだなぁ、この人とかオススメだね。男装の麗人だから空気感もぴったりだし」
大きな帽子を被って剣を構えた中世的美人キャラクターの絵を見せられて、青鬼は『…… 圭には私がこう見えているのか?』と不思議な気持ちに。
「髪はカツラを用意しないとだね。あ、でもこの服はもうあるから心配しなくて良いよ。靴は特注になるから急がないとなぁ」
「何故あるんだ?まさか、了承する前提でもう用意してあったとかなのか?」
「ちょっと違うかな。その…… ボクね、普段からよく明の服作ったりして贈ってるでしょう?その延長でぇ、好きなキャラクターが出来ると、つい明の採寸で作っちゃってぇ、着せたいけど脱がしたい服が…… その、家に大量にありましてですねぇ…… ははは」
手遊びをするみたいに指で指を弄り、視線を軽く彷徨わせ、気不味そうに椿原が告白する。
「そうだったのか。言ってくれれば着たのに。あ、でも外では勘弁して欲しいがな…… 」と言いながら、見せられた画面を操作し、青鬼がちょっと困った顔をする。
「コレなんか、布面積が少な過ぎて外を歩けば逮捕事案だしな」
「あぁそうだね、確かにー。でも着るんだなぁ、この子が好きな人は」
「露出狂なのか⁉︎」
「イヤイヤ、全ては愛の為です」
キリッとした顔で言われても、青鬼にはわからない世界だった。
「明がこの人やってくれるなら、ボクはこっちの子をやるね。常にセットで動いていて、オトコの娘キャラだからちょうど良いし。何よりも、二人でイチャコラしていたら、周囲にめっちゃ喜んでもらえる特典付きだから!」
「そ、そうか」
「あ、引いた?今引いたよね?」
「いや、私は圭が楽しいならそれで良いよ」
端正な顔に穏やかな笑みを浮かべながらそう言われ、椿原の胸に思い切り矢が刺さる。
(何だ、ただのイケメンか)
まさかそんな言葉をリアルで思う日が来ようとは…… と考えながら、椿原は「くっ」とこぼしながら顔を逸らす。
ボクの彼女がイケメン過ぎて辛い。
自分の趣味を否定することなく、全てが全て受け入れてくれる人である事を再度深く痛感出来き、嬉し過ぎて目眩がしたのだった。
◇
後日。映画デート後のイベントコスプレ参加は当然の様に大成功したという。
長身で綺麗な顔をした青鬼の男装の麗人スタイルはちょっとした噂となり、会場や友人達の間で予想以上の騒ぎとなってしまった為、『ボクの彼女はもう誰にも紹介しない』と圭は心に誓ったのだった。
【終わり】
瞳を潤ませ、顔の前で手を祈るように組み、そう言ったの椿原の顔見て、青鬼が「うっ」と声を詰まらせた。
綺麗な黒髪をツインテールにして毛先を巻き、愛らしいゴシック調の黒いパーカーを着込んでいる姿でこれをやられると、彼女はいつも困った顔になってしまう。
(男なのに、圭はなぜにこうもいつもいつも可愛いのか…… )
自分よりも格段に可愛いオトコの娘な彼氏の愛らしさに打ち震えつつも、椿原がコレをやってきた時はろくな事が無い事を身をもって体験している青鬼は、渋い顔になりつつ「…… 今度は、何だ?」と問い掛ける。
「あのね、あのね、実は今度ボクの好きなゲームが映画化されることになったんだ」
「…… そうか、それはよかったな」
予想に反していたって普通の導入を聞き、青鬼がほっと息をついた。
今二人は公園のベンチに座っており、間にはランチボックスを並べてお昼を食べている最中である。互いに持ち寄ったおかずを交換しつつ、お茶を飲み、のんびりとした食後の時間を楽しんでいた。
デートといえば、裁縫が好きな椿原に合わせて服を見に行ったりする事が多かったので、今日は珍しく『明のしたいこともしたい!』とお願いされてここに来ている。
香水などを作る調香師である身としては、『ならばたまにはそれらの材料を見にでも提案してみるか?』とも一瞬思ったが、『素人にはつまらんな』と考え、無難に『じゃあ公園にでも行こうか』と言ってみたのだが、女子力の塊である椿原の作るおかずがどれもこれもかーなーり美味しく、弁当持参の公園デートにして本当に良かったな、とお茶を飲みながら青鬼は思っている。
だが、天気の良いお昼時なのに周囲に人がさっぱりおらず、人通りも極端に少ない。とても静かだし、景色も悪くないので、いわゆる穴場的な場所なのだろう。バイト先の仲間に教えてもらった所らしく、ここまで人が少ないとなると、『あのね、今から明ちゃんとぉ此処でシたいなぁ♡』なんて言い出すのでは?と考えてしまった自分は完全に終わってるなと青鬼は思い、ちょっと遠い目をした。
「——でね、でね」
話に続きがあるのか!と我に返りながら青鬼は思った。
でもまぁ、好きな作品の映画というネタから『公園で青姦したい♡』に持っていこうとするにはかなり無理がある。そもそも椿原がどんなに『あわよくば明とえっちしたい』な空気を常に纏っていようとも、流石にそこまでの変態だとも言い切れないので、そう結論づけるに至った青鬼は先ほどよりも穏やかな笑みをたたえながら、「んー?」と答えた。
「一緒に観に行きたいんだけど、ダメ?」
「かまわんが…… 」
(本当に、ただの普通の頼みだな、珍しい)
ちょっと意外で、青鬼がキョトンとした顔になる。無理難題ばかりを言う子では確かに無いが、改めてお願い事をする時は大概えっちなモノが多かったので、驚くのも無理は無い。
「映画の初日の日にね、すぐ近くで同じ作品の即売会もやるんだよ」
「即売会?」
(前にもチラッとそんな単語を聞いた気がするが、それがどうしたんだろうか?)
「好きなキャラ達への妄想全開な本とかを沢山売っている会だよ。グッズとかも売ったりしている人達も結構いるんだー」
「そうなのか」
「でねぇ」
「んー?」
「ボクと一緒に、コスプレしてその会に参加してくれないかな!」
(コスプレ?…… 確か、コスチュームプレイの略、だったか?…… プレイ、プレイ?)
最初はキョトンとした顔で椿原の話を聞いていた青鬼だったのだが、コスプレの意味を深読みし、一気に顔色が悪くなった。
「は⁈公開プレイなんか死んでもやらんぞ!」
「…… え、何それ。そんな事ボクがすると思う?明の色っぽい姿とか、見た奴いたら絶対に目ぇ潰すよ」
スンッと冷めた瞳で断言する椿原の様子を見て『私はまた何か勘違いを?』と思いながら無言のままでいると、「違う違う」と彼が頭を横に振る。
「ボクは好きなキャラクターの衣装を着る行為そのもを一緒に楽しみたいだけ。それを着てのプレイは——」と言い、椿原が青鬼の耳元に手をやり、美しい黒髪を軽くかきあげる。
「二人きりの時に、したいなぁ」
愛らしかった瞳をスッと細め、椿原が男性的な色香に満ちる。付き合い始めの頃はただただ可愛いだけだった彼だが、あれから二人とも少しずつ歳を重ねてきたからか、最近では妙に色っぽさが増えてきたなと青鬼は思った。
「今回はただ一緒にね、服を着て、イベントに参加して欲しいんだ。前々から趣味仲間に『彼女を紹介しろ』って言われててさぁ。でも素の明は紹介したく無いし、イベントのついでだったら丁度いいかなって」
素の私は紹介したく無い?——青鬼の胸に言葉が刺さった。
(この、女らしく無い喋り方のせいか?自分よりも可愛く無い女なんか紹介したく無いと?背も高いし、何よりも、酒に酔って可愛らしい圭を押し倒すような奴だもんな…… こんな女は大事な友人になど会わせたく無いと思われても当然か)
お互いの初体験をいまだに事実とは逆のまま勘違いしている青鬼が、切な気に瞼を伏せる。
「そう、だな」
力無くそうこぼす様子を見て、椿原の体がゾクリと震えた。
(可愛いなぁ、また何か勘違いしてる)
まさか青鬼がホテルでの出来事にまで溯って凹んでいるとは思わず、不謹慎ながらも椿原はちょっと嬉しい気持ちに。
「こんな綺麗で素敵な女性を紹介なんかしたら、みんな君に惚れちゃうからね。盗らせる気なんか微塵もないけど、『この子いいな』と思われるだけでもムカつくから、この姿では見せたくなの」
「そうなのか?でも圭を見慣れている友人達なら、私など微塵もどうこう思わんだろ」
「ボクと明はジャンルがそもそも違うからね、明の方がウケは良いと思うよ。細身でスタイルもいいし、いつだっていい香りのする髪も、古風な雰囲気とか…… ホント堪らなくなる」と、椿原が青鬼の耳にかかる髪を少しよけて息を軽く吹きかけながら囁いた。
「清楚な空気感の明がシーツの上で乱れる姿とか、思い出しちゃったら少し勃ってきちゃった、あはは」
(ここは外だって忘れていないか⁈)
真っ赤な顔をし、青鬼が口を陸にあげられた魚みたいにパクパクとさせている。
映画に行こうという話が、何でか淫猥な方向に流れてきてしまった。
(人もいないしと、このまま首とか鎖骨とかを触られたらどうしたら良い?逃げたら圭を傷付けてしまうかもしれないし——あ、そもそも原因は私じゃ無いか!『それはプレイか?』とか思ったせいでこうなったのだから、私は責任を取るべきなんじゃないのか?)
「もぉ…… また変な方向に思考が飛び始めてるでしょ」
二人の間にあるお弁当箱を避けつつ、椿原が青鬼の肩をギューッと抱く。
「まずはちょっと落ち着こうか。ただボクはね、一緒に映画を観に行って、その帰りにちょっとイベント参加して、衣装を着て欲しいだけだよ」
「そ、そうだな」
「その後は…… まぁ今は内緒」
「わ、わかった」
気が動転し、青鬼が素直に肯く。椿原の言う『内緒』の中身など想像する余裕は無い。
「一緒に参加してくれたら、イベントでね、明の作った香水とかも販売してもいいよって言われてるんだけど、どうする?」
そい言いながら腕を離し、椿原が青鬼の様子を伺った。
「私の作った香水を?」
「うん。キャラクターをイメージした香水だって事にして、ラベルにイラスト貼れば大丈夫!あ、もちろんテキトーなことなんかしないで、サンプルの中から合うやつをチョイスするよ。制作者の名前とかもちゃんと入れてさ。お小遣い稼ぎにもなるだろうけど、どうかな」
「あー、すまない。私の名前を前に出すとなると、家に色々相談しないとならないから、急には無理だ」
青鬼は実家が調香師として有名な一族なので、渋々断った。自分の名前を出すとなると家名を背負った製品扱いとなる為、面白そうだなとは思っても、気軽には出来ないのだ。
「そっか、そうだよね。かえってごめんね?気を使わちゃったかな」
自分にばかりメリットのある状態は気が引けたので提案した話だったのだが、かえって悪いことをしてしまったなと、椿原が肩を落とす。
わざわざ彼氏がしてくれた提案を断らなければいけない立ち位置である事を、青鬼は少し悔しく思った。
「そうだ、あのね、コレ見てー。どれにする?」
場の空気を変えようと、椿原は努めて明るい声を出しながら、鞄の中からスマートフォンを取り出し、今回観に行く映画の原作となるゲーム画面を開いて青鬼の前に差し出した。
「明に着てもらうなら…… そうだなぁ、この人とかオススメだね。男装の麗人だから空気感もぴったりだし」
大きな帽子を被って剣を構えた中世的美人キャラクターの絵を見せられて、青鬼は『…… 圭には私がこう見えているのか?』と不思議な気持ちに。
「髪はカツラを用意しないとだね。あ、でもこの服はもうあるから心配しなくて良いよ。靴は特注になるから急がないとなぁ」
「何故あるんだ?まさか、了承する前提でもう用意してあったとかなのか?」
「ちょっと違うかな。その…… ボクね、普段からよく明の服作ったりして贈ってるでしょう?その延長でぇ、好きなキャラクターが出来ると、つい明の採寸で作っちゃってぇ、着せたいけど脱がしたい服が…… その、家に大量にありましてですねぇ…… ははは」
手遊びをするみたいに指で指を弄り、視線を軽く彷徨わせ、気不味そうに椿原が告白する。
「そうだったのか。言ってくれれば着たのに。あ、でも外では勘弁して欲しいがな…… 」と言いながら、見せられた画面を操作し、青鬼がちょっと困った顔をする。
「コレなんか、布面積が少な過ぎて外を歩けば逮捕事案だしな」
「あぁそうだね、確かにー。でも着るんだなぁ、この子が好きな人は」
「露出狂なのか⁉︎」
「イヤイヤ、全ては愛の為です」
キリッとした顔で言われても、青鬼にはわからない世界だった。
「明がこの人やってくれるなら、ボクはこっちの子をやるね。常にセットで動いていて、オトコの娘キャラだからちょうど良いし。何よりも、二人でイチャコラしていたら、周囲にめっちゃ喜んでもらえる特典付きだから!」
「そ、そうか」
「あ、引いた?今引いたよね?」
「いや、私は圭が楽しいならそれで良いよ」
端正な顔に穏やかな笑みを浮かべながらそう言われ、椿原の胸に思い切り矢が刺さる。
(何だ、ただのイケメンか)
まさかそんな言葉をリアルで思う日が来ようとは…… と考えながら、椿原は「くっ」とこぼしながら顔を逸らす。
ボクの彼女がイケメン過ぎて辛い。
自分の趣味を否定することなく、全てが全て受け入れてくれる人である事を再度深く痛感出来き、嬉し過ぎて目眩がしたのだった。
◇
後日。映画デート後のイベントコスプレ参加は当然の様に大成功したという。
長身で綺麗な顔をした青鬼の男装の麗人スタイルはちょっとした噂となり、会場や友人達の間で予想以上の騒ぎとなってしまった為、『ボクの彼女はもう誰にも紹介しない』と圭は心に誓ったのだった。
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