アイツだけがモテるなんて許せない

月咲やまな

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本編

【第4話】保健室(桜庭充◇楓清一・談)

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 圭吾に言われて保健室へ向かう間だけですら何度も欠伸が出てしまう。興奮状態だったせいで明け方までほぼ眠れなかったのだから当然なのだが…… とにかく眠い。よくまぁ二時間目まで起きていられたもんだと思うが、もしかしたら自覚なしに意識は飛んでいたかもしれない。枕があるなら今この場でも寝てやんよと言える程、頭がボーッとする。だがしかし、『眠いから寝かせてくれ』なんて言って通用する程、保健室も甘くない。熱も無いし、なんて言ってベッドを占拠させてもらおうかと考えながら歩いていると、理由が思い付く前に保健室前まで到着してしまった。

 さて困ったぞ。
 見舞いに来たとかじゃ寝られないし、やっぱ頭痛か?。
 幸い顔色は悪いみたいだし、通用するかもしれない。

「よっし、これでいくか」
 一人頷き、ドアをノックしようとしたら、——中から話し声が聞こえ、叩く寸前に手が止まった。

「…… ねぇ、流石にまずくない?」
「えーでもさ、めっちゃ寝てるよ?今しかチャンス無くない?起きてる時の先輩、全然隙無いしさ」
「それはそうだけど、でも勝手に写真撮るとか…… 」
「んでも、寝顔なんか今逃したら一生お目にかかれないよ?付き合ってもらえるなんてあり得ないんだし」
「んー…… まぁ確かに」
「アンタさえ黙っててくれてたらバレないって!ね?お願いっ。後で写真そっちにも送るからさ」
「もー…… 絶対だよ?独り占めしないでね?」
「大丈夫だって!」
「…… わかった、撮るか」

 ——おいおい。ちょっと待て。コレ、マズくないか?
 誰かが盗撮されそうになってるよね?

 扉の側で話しているのか、保健室内の会話が廊下まで丸聞こえだ。会話の内容的に先生は今室内に居ないのだろう。話している二人にちょっと任せて、軽く用事を済ませに行っているとか、そんなとこか。
 誰を撮ろうとしているのかはわからないが、盗撮はダメだろと思い、俺はちょっと大きめにドアを叩き、「失礼しまーす!」と言って室内に入った。

「先生いませんかー?」

 室内を見渡し、誰が居るのかを確認する。
 部屋の左手に三つ並ぶベッドのうち、窓に近い端っこの一つが使用中で、どうやら盗撮されそうになっている人物はその中みたいだ。
 物騒な会話をしていた二人は、予想通り扉の側で硬直したまま寄り添いながら立っていた。
 俺に会話を聴かれたのでは?と不安げな顔でこっちを見てくる。バッチリ聴いてはいたが、波風立てたい訳でも無い為、逆ギレされても嫌だし敢えてスルーしてあげる事にした。

「あ、ねぇ。先生どこ行ったかわかる?」

「え?」
 俺の問い掛けのせいで、制服のリボンの色からいって一年生かと思われる二人の肩がビクッと跳ねた。普通に声を掛けられるとは、どうやら思っていなかったみたいだ。
「職員室に…… ちょっと呼ばれて、席外してます」
「そっか、ありがと。君達も体調悪いの?」
「あ、や。…… もう行こ」
「うん…… 」
 こちらも見ず、俺の質問への返事とは言い難いやり取りをしながら、二人が慌てて保健室を出て行く。そんな二人の後ろ姿を見送ると、俺は後頭部を軽くかきながら閉まるカーテンの側まで近寄った。

 そっと白いカーテンを捲り、中で眠るのが誰かを確認する。俺と圭吾の予想通り、ベッドで休んでいたのは、青白い顔色の清一だった。

「盗撮までされそうになるとか、モテる奴も案外大変なのな」

 呆れ声で呟き、勝手にカーテンの中へ入って、寝顔をそっと覗き込む。
 微かな寝息をたてながら深い眠りに落ちている清一は、男の俺から見てもちょっと可愛かった。閉じられた瞼を飾るまつ毛は長くて綺麗だし、薄っすら開く唇は艶があり、ぷっくりとまでしていて愛らしい。スッと整った鼻筋のラインは、ちょっと触ってみたくなる魅力があった。

「ズルイよなぁ…… ったく、お前だけこんないい感じに成長しやがって」

 昔の冴えない雰囲気をバッチリ覚えているせいか、余計に腹が立つ。さっさと先に進まれて、俺だけ取り残された感じもするせいかもしれない。

 筋トレしようと言い出したのは俺なのに、結局ほぼやらんかった自業自得で今の状況になっているのだと充分わかっているけども、それでも…… 自分が欲しかった立ち位置を、幼馴染の清一だけが得ている状況には納得出来なかった。これで、コイツがその状況を喜び、恩恵を存分に活用していたのなら、俺の心境もまた少し違うだろうに。

「…… でもまぁ、俺も一緒に頑張ってたとしても、どうせ今と変わらんかったんだろうなぁ」

 ボヤきながら、俺とは違って見目麗しい清一の頰をプニッと突っつく。すると、眉間にシワを寄せ、「…… んっ」と嫌そうな声を清一がこぼしたが、起きた訳では無かったみたいだ。
 ジッとそのまま清一の顔を見ていると、また穏やかな表情になり寝息が聞こえてきた。

「…… ヤバイ、眠い」

 盗撮魔との軽いやり取りで少し目が覚めていたのに、清一の寝息を聞いていると再び眠たくなってきた。せめて先生が戻って来てから休もうと思っていたのに意識が保ちそうに無い。
 さて困ったぞ…… と俺が考えていると、目の前のベッドで眠る清一が、「…… 充」と俺の名前を寝言で言い、すごく驚いた。

 コイツ…… 今どんな夢を見ているんだ?

 ちょっと嬉しそうに、清一が口元を緩ませている。俺の夢を見ている事は間違いなさそうだが、内容が気になった。が、何かしらの能力者なんかでは無い平凡な俺には、確かめる術などない。

 でも…… 俺の夢を見ているのだと思うと、何でかちょと嬉しかった。

「…… よし、寝よう」
 もう先生を待つのは諦めよう。空いてるベッドで寝て、理由を訊かれたらその時は、『具合が悪かったので休ませてもらった』と説明したらいい。

 俺はそう決めて、清一の眠るスペースから出ようとしたのだが——クイッと学ランを引っ張られ、歩こうとしていた足が止まった。

「清一?起きたのか?」

 振り返り、清一の顔を覗いたが寝たままだった。
 どうやら無意識に俺の学ランを掴んだみたいだ。掴む手を離させようとしたのだが、力が強くて解けない。本当に寝てるのか?って思う位に。

「仕方ないなぁ、ったく」

 ふぅと息を吐き出し、掴まれたまま清一の眠るベッドの中に入っていく。
 体の大きな清一がほとんどのスペースを占領していてかなり狭いが、俺が寝転ぶスペースはかろうじてありそうだ。枕に頭をのせて、清一の方を向く。学ランは掴まれたままで、離してくれる気配は無いままだった。

「この、甘ったれが」

 ニッと笑い、重い瞼を閉じる。
 寝ちゃダメだと張っていた糸が緩み、眠気が一気に襲ってきた。底無し沼にゆっくりズブズブと入り込むような、そんな感覚を抱きながら俺は、眠りの世界に全てを委ねた。


       ◇


 …… 充の香りがする、気がする。

 声も、気配も何となく感じるのに、悔しい事に目が開かない。睡眠不足のせいで眠気が強過ぎる。…… 抗えない。
 何かが近づいて来るのが足音でわかる。だけど、嫌な感じが全く無い。目が開かずとも、心から求める者である確信を持って掛布の中から手を伸ばし、俺はソレを掴んだ。
「清一?起きたのか?」
 瞼も口もまともに動かず、問い掛けに答えられない。

 手を離したく無いな、何処へも行かないで欲しい。

「仕方ないなぁ、ったく」
 呆れている事がわかる声が聞こえた。でも、何でだろう?…… ちょっと嬉しそうにも感じる。

 良かった、離さなくって。

 ベッドが軋む音が聞こえ、温かなものが近づいてくる。
 俺の体にピッタリとくっつき、「この甘ったれが」と言う声が耳元で吐息とともに聴こえ、嬉しさに体が震えた気がした。


 間も無く、寝息が聞こえ始めた。
 目を閉じたまま体を横向きにし、向かい合う。
 耳に届く寝息が心地いい音楽みたいで、いつまでも聴いていたくなる。ずっと、ずーっとこのままこの体温と寄り添って生きていけたら、どんなに幸せだろうか。

「…… 充」
 無意識に、愛しい名前が口を出る。

「充、みつ…… る…… 」
 布を掴んだまま、寒い訳でも無いのに、恋しい体温を欲して側へと近づく。胸板に頰を寄せると、とても心が落ち着いた。
 もう離さない。離したく無い。
 そんな事を考えながら、俺はまた、深い眠りの中へと戻っていった。


       ◇


「…… ったくもう。あの先生ったら、話し出したら長くてイヤになっちゃうわ」
 ブツブツ文句を言いながら、養護教諭の橋下が保健室へと戻って来た。
 扉を閉めて、唯一カーテンの閉まっているベッドへと一直線に歩いて行く。
「…… 体調はどうだーい?」
 寝ている可能性も高い為、小声で声を掛ける。
 反応が返ってこなかったが、一応様子を確認しておこうと思い、橋下はそっとカーテンを開けて中を覗いた。
 橋下側に背を向けて寝ている生徒に近づき、そっと顔を覗き込む。
「…… ん?」

(あら?一組の楓君って、こんな顔だったかしら…… )

 枕に頭をのせ、青白い顔でスヤスヤと眠る生徒の顔に橋下は違和感を覚えた。
 一時間目の終わりすぐ、頭が痛いので少し休みたいと言ってきた顔面蒼白の生徒はもっと大人っぽくてイケメンだったはずだけど…… と、橋下が考えながら首を捻っていると、掛布の奥にチラッとだけ見える後頭部が目に入った。

(まさか、二人寝てるの?)

 そっと掛布を持ち上げ、橋下が布団の中を確認する。
 すると中には、大きな背中を丸め、正体不明の生徒の胸元に頭をくっつけてスヤスヤと眠る楓の姿があった。

(あらー…… 幸せそうな寝顔ねぇ。息苦しくはないのかしら?)

 一緒に寝ているのが誰かはまだわからないが、起こすのが忍び無くなってしまう程ピタリと寄り添って寝ている姿を可愛らしく感じてしまい、橋下はまたゆっくりと掛布を元に戻した。


 音をたてぬよう気を使いながら、橋下がベッドから離れ、机へと向かう。
 生徒名簿を見て、「あぁ、そうだ。あの顔は桜庭君だったわ」と橋下が呟いた。

「楓君の事、守るみたいに寝ちゃってまぁ。桜庭君ったら優しい子ね。…… 勝手にベッドで寝ちゃってはいるけども」

 楓が女子生徒から人気がある事は、橋下の耳にも入っている。勝手に写真を撮る子の話や、持ち物を持っていってしまった話まで風の噂で聞く事があった為、橋下は楓を一人残して保健室から出なければいけない事を少し気にしていた。
 だがまぁ、たいした用でも無いしすぐ戻れるだろうと気楽に考え、廊下に出て二階へ上がった所で話の長い先生に捕まってしまい、話を聞きながらずっと気を揉んでいたのだが…… 。

「桜庭君が機転をきかせて、自分が休んでるっぽくしておいてくれたのかな?」

 推測でしかないが、きっとそうだろうと結論付け、橋下は一人頷いた。
「まぁ、顔色も悪かったし…… このまま休ませてあげよう」
 どちらも普段サボって休むタイプでは無いので、橋下は彼等をそのまま寝かせてあげる事にしたのだった。
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