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本編

【第3話】不安定(楓清一 ◇桜庭充・談)

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 バタンッと自室のドアを閉め、俺は額からダラダラと流れ出る汗を止める術を考えながらその場にしゃがみ込んだ。
『やっちまったー!』と叫びたい気持ちを抑え、髪をグシャッと感情のままに搔き上げるが、そんな事で気持ちが落ち着くはずなど無く、頭の中がグチャグチャだ。
 俯いたせいで腹にかかったままになっていた充の白濁液に目が止まり、俺はソレを指ですくった。

「……充の、だ」
 煮詰まった頭のせいでソレを口に運びそうになったが、慌てて止めた。

 流石にコレを舐めるのは……変態だよな。
 あー!どうせなら直接舐めてみたかった。もうこんな機会、絶対二度と無い。尻とか脚とか、もっと沢山あちこち触っておけばよかった。今更色々やりたい事が頭に浮かんだが、それがもう出来ないんだと思うと、めちゃくちゃ悔しい。

 綿密に考えた策略に嵌めて俺だけのものにするとか、んな事やれたらカッコイイが
 ——高校生程度の頭脳じゃ、漫画じゃねぇんだから出来る訳ねぇだろぉぉぉ!

「……お湯沸かさないと。体拭いてやって、謝って……それから……えっと」
 立ち上がり、必至に今やらないといけない事を考える。
 フラつく足取りのまま一階へ降りて行くと、俺は後片付けの為奔走したのだった。


       ◇


「…… 充、体は大丈夫か?」
 清一に優しい声色で声をかけられ、俺は「あぁ」と頷いた。
 お湯で濡らしたタオルで体を拭いてもらい、ちょっとスッキリしたので、持って来ていた鞄から服を引っ張り出してそれに着替える。

『パンツを持って来い』って言われてはいたが、まさかこの為か?
 …… 清一は元々こんな事する気だったとか?

 流れで何となくそうなってしまった気でいた俺は、ちょっと今の状況をどう受け止めていいのか困った。
「あぁ、平気」
「そうか」
 目を合わせる事なく、清一が黙々と片付けをしていく。ベッドの上に事前にバスタオルを敷いてあったおかげで、作業自体はパッパと終わりそうだ。
 脱いだ服を鞄に詰め込むと、途端に俺は、気不味い空気を持て余してしまった。

 今からゲームの続きする?
 いやいや、ぶっちゃけ全然俺熱冷めてねぇし。
 …… 出来れば速攻で帰ってコレをどうにかしてしまいたい。
 それにしても、俺と違って、何でコイツは普通にできてるんだ?あーもう!
 
 一人でモヤモヤしていると、清一が「送ってくよ。体辛いだろう?」と声を掛けてきた。
「すぐ隣だし、一人で帰れるよ。今日に限って送るとか……いいって別に」
「でも……」
「大丈夫だから!な?」
「……わかった」
 清一が頷き、俺の頭をそっと撫でてきた。

「気持ち、悪くなかったか?」
「いや、全然」

 即答してしまい、お互いに目を見開いて『マジか!』って顔になった。

 何で…… 俺は即答出来たんだ?キモいだろ、普通に考えて。
 いくら気心の知れた幼馴染が相手だとはいえ、男同士だぞ?それともアレか?
 このくらい友達同士よくある話だとか?イヤ、エロ本じゃねぇんだから無いだろ!

 ——まさか、清一がイケメンだからか?結局俺もソコに行き着くのかよ!

 悶々と色々考えながら、俺は清一から視線を逸らして頰を叩いた。
「…… えっと。筋トレありがとな、色々教えてくれて」
「あぁ、役に立ったならいいんだが」

「………… 」

 互いに無言になってしまい、かなり居心地が悪い。
 清一と長年一緒に居て、こんな事は初めてだ。このままこんなふうであって欲しくは無いが、じゃあどうしていいのかもサッパリわからん。

「えっと、俺…… 帰るわ」
「あぁ」


 清一の部屋から出て、一階へと向かう。玄関先まで一緒に行き、靴を履いて外に出ようとした俺に、清一が声を掛けてきた。
「明日、またな」
「お、おう」

 反射的に答えてしまったが、『また』の対象はどれだ⁈
 筋トレか?ストレッチか?
 ただ、『明日また一緒に学校行こうな』とか?

 ——今日の場合他にも色々あるけど…… どれなんだよ⁈

「おやすみ」
 そう言う清一に、同じく「おやすみ」と返す。


 外へ出ると俺は、逃げる様に家まで走り、自室へ駆け込んだ。
 鞄を床に放り投げ、乱れる呼吸を整えようと思ったが無理そうだ。この荒い息遣いは絶対に走ったせいだけじゃ無い。
 体の奥で燻る熱が冷めてくれない。

 …… 人に触れられるのがあんなに気持ちいいとか、嘘だろ?
 もっとしたかったとか……って、ありえんって!

 パイプベッドの中に勢いよく潜り込み、頭まで布団をかぶる。
 まだ時間的にもギリ親は帰って来ないはずだから、今しか無いよな。この熱をどうにかしないと、今夜は眠れそうにない。昂ぶる気持ちのまま、ズボンとボクサーパンツをまとめて下ろし、滾りのおさまらぬ陰茎部を露出させる。体を横に向け、ソレを握ると俺は…… 自慰を始めてしまった。

「はぁはぁはぁ……」

 瞼を強く瞑り、オカズになるような事を考える。いつもなら綺麗なお姉さんとか、可愛い子との様々なシチュエーションを思い浮かべるのに、今日はそれが全然出来ない。
 さっき見たばかりなせいか、清一の汗ばむ肌や、熱っぽい眼差し。あらい呼吸音と、重なる肌の奥に感じた激しい心音やらばかりを思い出してしまう。
 それなのに、萎えるどころか手の動きは全く止まらず、陰茎部を刺激し続けてしまった。

『…… 充』

 耳の奥で名前を呼ばれる幻聴が聞こえたと同時に、俺は体を震わせ、最短速度で自分の手の中に白濁液を吐き出してしまった。

「…… う、嘘だろ?」

 布団を捲り、ジッと手を見る。
 たっぷり指にまとわりつくモノを見ても、信じられない気持ちで一杯だ。さっきとは違い体は少しスッキリ出来たが、気持ちはモヤモヤとしたままだ。

「清一は…… 何であんな事したんだ?」
 答えの得られぬ呟きが、俺の部屋の中で虚しく響いた気がした。


       ◇


 充を見送った後。家のドアの鍵をかけると、俺は速攻で自室に引き篭もった。
 換気のしていない部屋はいつもよりも充の匂いが残っている気がして、つい口元が緩む。
 見たところ何故か怒った感じも無かったし、俺が話しかけても充は応えてくれた。
 あの行為をどう受け止めたかは全く想像出来ないが、この先またいつも通り過ごしてくれるのなら、俺は……俺は——ダメだ。

『あの一回を一生の思い出にして生きていける』とか、そんな嘘は自分自身にも言えそうに無い。

 ベッドに倒れ込み、うつ伏せになって、充の残してくれた余韻を胸一杯に吸い込む。
「ここに、充が寝ていたとか…… どんなご褒美だよ」
 充を好意の対象として意識し始めてから、遊びに来てくれても、一切ベッドには寝かせない様にしてきた。毎晩自分が寝る場所でアイツが寝るとか、想像しただけで鼻血が出そうだったし、自慰に耽ってしまってこの先延々と眠れなくなりそうだからだ。

 案の定、予想通り寝転んだだけで興奮してきてしまい、ボクサーパンツの中がひどく窮屈になっている。ベッドの上に座り、壁に寄り掛かると、俺はTシャツを捲り上げて落ちぬよう端を口に咥えた。腰を少し浮かせてジャージとボクサーパンツをずり下げ、一度達してさほど時間も経っていないというのに、熱の引かぬ陰茎部を晒した。
 コレを充が見たのかと思うと、より興奮してくる。快楽に酔い、グダグダになった充の顔を思い出すと、それだけでもう達してしまいそうだ。

『……充』

 充の名前を考えただけでも気持ちが昂ぶってしまう。そのせいで、切っ先から絶え間無く先走りが零れ出てくる。ソレを自らの掌に絡め、滾る陰茎部を手で擦った。
 いつもいつも充をオカズにさせて頂いているが、今日は実際に触ったせいか、いつもより早く追い立てられる感じがする。

「ふっ……ん……ぅく」

 Tシャツを咥えているせいで、声がくぐもる。自分から出る甘い声なんか気持ち悪くて仕方無いが、充のはいつまでも聞いていたいと思うくらいにめちゃくちゃ可愛かった。

 また聴きたい、もっと触れたい、あのお腹に触って、撫でて……キスもしたかったし、フェラだってしてやりたかった。
 気持ちいいと思うであろう、ありとあらゆる事をしてみたかったな。

 ——なんて、そんな事を考えながら必死に怒張した陰茎部を刺激していると、俺は呆気なく達してしまった。

 亀頭を軽く掌で包み、白濁液を受け止める。コレが充のだったら良かったのに…… と、虚ろな頭で考えていたら、また陰茎がグンッと元気になってしまった。

「……マジか」

 自分の若さと盛んな性欲に呆れてしまう。
 コレをどうにかしない事には寝る事も出来そうに無いので、俺はまた充の事を想い、夕飯を食べる事も忘れて長い夜を悶々とすごした。
 充も同じ思いをしているなど、夢にも思わずに。


       ◇


 次の日の朝。
 普段なら清一が俺を迎えに来てくれるのだが、今日はいつもの時間になっても来る気配が無い。昨日の一件を気に病んでいるのだろうと思い、俺は自分の方から奴を迎えに行ってみる事にした。


 あんな事があったのだ、俺も顔を合わせるのは正直気不味いのだが、だからといって清一を避けるのはもっとイヤだ。アイツの性格からいって、俺から折れないと避けられそうなのは目に見えている。

 今がまさにそうだ。

 色々グダグダと悪い方に考えて、堂々巡りした挙句、何も行動出来なくなるアイツに毎度呆れてしまうのだが、それでも俺は清一を不思議と放ってはおけないんだ。


 仕方のない奴だなと思いながら、玄関を開け、キッチンに居る親に向かい「行ってきまーす!」と声を掛ける。
「清一くんに迷惑かけんじゃ無いわよー!」
「そこは、『いってらっしゃい』だろ!」
「はいはい、朝からツッコミご苦労様。行ってらっしゃい」
「…… ったく。行ってきます」
 ボヤきながらドアを閉め、隣の家に向かう。まだ家に居るといいが、どうだろうなぁ。


 チャイムを鳴らすと、インターホンに出る事なくドアが開いた。
「…… おはよ」
 俺が声をかけると、学ラン姿の清一がキョトン顔でこちらを見てくる。
「あ…… あぁ、おはよう」
 ワンテンポ遅れ、返事がきた。
 きっとこの数秒の間、頭ん中では『何で迎えに来たんだ?』『会いたくないとか無いのか?』とか、メッチャ色々考えてたんだろうなと思うと、清一には悪いが、ちょっと笑ってしまいそうになった。

「遅刻するぞ?行こうぜ」
「……鞄、持って来る」

 そう言って、室内に戻って行く清一の目の下にはクマが出来ている。俺も人の事は言えないが、明らかに眠れていない感じだった。


 ドアを押さえ、閉まらないようにしながら清一の事を待っていると、「お待たせ、行こうか」と言いながら奴が戻って来た。
 背中に大きなリュックを背負い、手にはランチバックを二人分持っている。こんな日でも、清一は俺の弁当を作ってくれたみたいだ。

 清一は高校に入ってからずっと、俺の母さんの代わりに弁当を作ってくれている。弁当を作ってくれる程度の余裕は、共働きだろうがウチの親にだってあるのだが、『俺が作りたい』と奴から頼み込んできたので毎日作ってもらう事になった。清一が何を思ってそう言い出したのかは知らないが、美味しいのでありがたく享受させて頂いている。周囲には、俺の食べる昼メシが清一の作っている弁当だとは誰にも言っていない。俺と違ってモッテモテになりやがったアイツの弁当を毎日俺が食べてるなんて知られたら、何を言われるかわかったもんじゃないからだ。

「はいこれ、今日の分」
 靴を履き、手に持っていた弁当を清一が渡してくる。
「いつもありがとな」
 まだ少しぎこちないながらも笑顔で受け取ると、清一がちょっと嬉しそうにはにかんでくれた。
「んじゃ、行こうか」
「そうだな」
 二人で一緒に家を出て、学校へ向かう。さほど時間もかからずに、清一とは元通りに接していけそうだなと、俺は思った。


       ◇


「充ー。メシ食おうぜー、メシ」
 圭吾がパンの入る袋を片手に、声を掛けてきた。
「いや待て、また早弁かよ」
 二時間目と三時間目の間にある休憩時間に誘われ、俺は咄嗟にツッコミを入れた。
 めっちゃ痩せてるくせに、圭吾はやたらに飯を食う。痩せの大食いを地で行くタイプだ。太らないのは羨ましいが、食べてもすぐに腹が減るらしく、その点はちょっと不憫だなと思う事がある。

「いただきまーす」

 隣の席に座り、俺のツッコミはスルーしながら圭吾がパンを食べ始めた。匂いに惹かれるのか、琉成までこっちにやって来て、無言のまま圭吾のパンに食いついた。
 コイツら仲良いなぁと思いながら二人を見ていると、『またか』と言いたげな顔でジッと琉成の頭を見ていた圭吾が口を開いた。

「そういや、今日は清一も充も、二人揃って体調悪そうだな」

「そうか?」
「目の下にクマつくってさ、何?一緒に徹夜でゲームでもしてたのか?」
 圭吾にクマの事を指摘され、俺はドキッとした。
「いや…… 睡眠不足ではあるけど、一緒にじゃないよ。そう言えば、あっちの理由は聞いてないや」
「あれ?清一教室にいねえのな。どこ行ったんだろ?」
 圭吾のパンを食べながら、琉成が教室内を見渡して言った。
「ホントだ、気が付かんかったわ」
 授業中に寝てしまわない様にするのに精一杯で、清一が居ない事に気が付いていなかった。一緒に学校に来たのは間違いないから…… 保健室にでも行っているんだろうか?人の事は言えないが、顔色悪かったもんなぁ。
「…… なぁ、充」
「ん?」

「お前も顔色悪いからさ、保健室行って来い。次の授業の先生には言っておくから。んで、ついでに清一の様子見てきてやれよ」

 圭吾にそう言われたが、俺は「いや、別にそこまでは——」と答えようとした。なのに、「いいから行ってこい」と言葉を遮ってまで言われてしまい、気迫負けした俺は、仕方無く無言で頷いた。
「ほら、休み時間のまだあるうちに、行った行った」
 追い払うみたいな仕草をし、「早く行け」と圭吾に念を押される。
「あ、あぁ」
 頷いて、席を立つ。
 俺が保健室へ向かうと、「しっかり休めよー」とイマイチ空気の読めていない声で琉成が声をかけてきた。


「朝からぎこちなかったもんなーアイツら。仲直りできるといいけど」
「そうなのか?全然気が付かんかったわ」
 圭吾の呟きに対し、琉成がきょとんとした顔をした。
「付き合い長いと、長いなりに色々あるんだろうけど…… アイツらの場合は特に色々と難しいんだろうなぁ」
 ため息をつき、ボヤきながら圭吾が二個目のパンの袋を開封する。すると、口に入れようとするや否や、琉成が圭吾のパンに噛り付いた。

「……俺が常に空腹なの、お前のせいじゃね?」

「ほうかもな!」
 口にパンを頬張りながら琉成がとてもいい笑顔で笑ったせいで、彼は圭吾から腹に一発、激しい強打を食らう羽目になったのであった。
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