古書店の精霊

月咲やまな

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第三章

【第十一話】天神様の花嫁⑤

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 壁に預けていた柊華の体が崩れ、板の間にへたり込みそうになったが、男が咄嗟に柊華を抱きとめ横抱きにして持ち上げた。
「お前にもう逃げ場はない。さっさと全てを諦めて、その身を全て我へと捧げるのだな」
 そう言って、男が紅い行灯の照らす室内を奥へと歩いて行く。天井からは雅なすだれが吊り下がり、その向こうには五畳分程の畳が並び、ご丁寧にも寝床が一式用意されていた。
 それらを目にした柊華が人生最大の危機感をおぼえ、体の奥に感じる火照りから目を逸らし、柊華が腕を突っぱねて男の胸を押す。

「いやぁぁ!セ、セフィルさんっ!」

 瞼を強く瞑り、柊華は大声で叫んだ。より怒らせてしまう可能性など省みる余裕が無く、ただ恐怖に震え、愛しい者の名前を口にする。
 助けて欲しい、自分の時代に、大好きな古書店へと帰りたい。彼は彼でかなり難ありの存在だが、そんな事は些細な事だと笑えるくらいにこの状況から逃げ出したい気持ちがあまりに大きく、柊華は我も忘れて、抱き上げられている腕の中で体を捩った。

「…… なぜ、お主がその名前を?」

 男が驚き、その場に立ち止まった。
 キョトンとした声が柊華の耳に聞こえ、柊華も暴れる動きがピタリと止まる。
 トーンといい、雰囲気といい、絶対に柊華の知っている声だった。

「セフィル…… さん?」

「あぁ。だが…… 私はお前に名乗ったか?」
 互いに顔を見つめ合い、首を軽く傾げる。もう彼の右目は狐火の様な炎は灯っておらず、その目には柊華の見慣れた魔法陣が刻まれていた。
「セフィルさん!やっぱり迎えに来てくれていたんですね!こんな、こんな妖しい演出なんか必要無いのに!」
 烏天狗の面の奥に潜む瞳に確信を持ち、柊華が彼の首へと抱きついた。黒い羽根飾りに顔を埋め、少し擽ったいのを我慢する。先程まで感じていた恐怖心や淫猥な疼きは鳴りを潜め、柊華の心が安堵に満たされた。セフィルは本当に頼りになる存在なのだと改めて実感し、そんな彼に自分は愛されてる事を、柊華が深く実感する。

「セフィルさん、セフィルさんっ」

 歓喜から何度も名前を呼び、顔をすり寄せる。そんな柊華の髪に彼はそっと頰を寄せたが、何か少し様子がおかしい。普段のセフィルならばもっと柊華の喜びに応え、それこそ抱き締め返しているはずだ。

「…… あぁ、そうか。理解した。お前は“お雪”では無いのか」

「えぇ、そうですよ。あ、そっか…… 今は見た目がいつもと違ってますもんね。私です。柊華ですよ、セフィルさん」
「柊華?ほう…… 」
 感慨深げな眼差しを柊華に向け、セフィルは再び寝床へと歩き出した。

「その名は初めて聞いた。という事は、お主は、未来の私の嫁ということか」

「 ………… え?」
 セフィルの言葉を聞き、安堵していた柊華の心が途端に凍りつく。
「はじめまして、我のお雪では無い、我が嫁よ。お主はなかなかなお転婆の様だ。我の記憶を勝手に読み解きおって…… 。この様な機会はそうそう…… いや、この先も多くはなかろうて。ならばする事は一つ」
 ニヤリとした笑みを浮かべられ、柊華の頰に冷や汗が伝う。

「さぁ、夜伽を始めようか」

 有無を言わさぬ声で断言され、柊華は『やっぱりぃぃぃ!』と心中で叫んだのだった。
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