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第二章
【第七話】始まりの書⑥
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「……テウト、きて。また君を抱きたい」
椅子に腰掛け、テウトに向かい手を伸ばす。彼女ははにかみながら僕の手を取ると、「でもセフィル様?今日は魔道書の解説をしてくれる約束だったはずでは?」と言い、困った笑顔を向けながらも、嫌がらずに応じてくれた。
ギュッと抱き締め、膝へと座らせる。僕が彼女に口付けをしようとすると、顔を逸らしてテウトが何度も咳をした。
「大丈夫?…… 最近、随分咳をしている気がするけど」
「平気です。ここはどうしたって砂っぽいですから、きっとそのせいですよ。後でまた、掃除をしておきますね」
テウトは力無く笑うと、少し痩けた顔を自ら僕の方へと近づけて、照れながらも口付けをし始めてくれた。絡む舌が温かく、ぬめっとした感触が気持ちいい。もう何度も交わしているが、飽きる気がしなかった。
テウトがこの場所へ戻って来てくれた日から、もうかれこれ三年がすぎていった。
彼女は此処へ戻ると決めた時にはもう、仲間の指示通りここへ火をつける気など微塵も無く、この場所を記した地図を全て破棄してから出発したらしい。此処へ自ら来た事のあるテウト以外、この場所を知る者が今はもう他には居ないおかげで、僕を意地でも燃やそうとする者も現れず、テウトを探す者も訪れたりはしなかった。
穏やかに、ただ二人きりの世界に僕はとても満足していた。
地下にある図書庫を掃除したり、魔道書を共に勉強してみたりもした。のんびりと時間が経過していくのを共にすごす。日の光を浴びたり、一緒に連れて来たラクダの世話をする為テウトが外へ出る時以外は、常に寄り添っていられる。
欲していた環境に浸り、心が充ち満ちる。
蝋燭とオイルランプだけに照らされた空間で、快楽に酔いしれながらテウトを貪れる時間は、幸せ過ぎて怖いくらいだ。
「…… 体が熱くない?」
「セフィル様は、とても冷たいですね」
「温かい方がいい?僕もテウトみたいに体温を上げようか」
「いいえ、このままが良いです。冷たくて気持ちがいい…… 」
ギュッと僕の体をテウトが抱きしめてくれる。
日に日に…… 、テウトの抱擁の力が落ちていっているのに、この時の僕は、全くその事を気にしていなかった。
◇
更に三年が経過し、僕らが婚姻関係になって六年目が経過した。
だが…… 僕にも分かる程、テウトは衰弱してしまった。
彼女はベットで横になる事が多くなり、食事もあまり食べない。最近ではもう何日も水しか飲んでおらず、深く抱き合う事も出来なくなった。
「…… セフィル様。申し訳ありません、私がお世話をして…… 差し上げたいのに」
「そんな事気にしなくていい。でも、元気にはなっては欲しいな」
テウトの腕にそっと触れたが、やせ細っていて骨みたいだ。頰が酷く痩けていて、此処へ来たばかりの姿とは随分違ってしまっている。子供っぽさがあって初々しかったテウトが、今は老婆みたいだった。
「セフィル様、お話があります」
「何?」
寝具で横になるテウトの側に腰掛け、彼女の体にかかる掛布を整える。手だけを布の中に入れてテウトの手を僕が握ると、ゆっくり握り返してくれた。
「私達…… 銀の髪を持つ一族は、とても短命なのです。その分、魔力への耐性が強いので、私達はずっと、ここの護人を任されてきました。それでも、ここの魔力に対抗し続ける事が出来ず、こんな見た目になってしまって……護人とは言っても、やはり所詮は人間ですね」
苦笑いを浮かべ、テウトが言葉を続けた。
「この場所を守る為に張られた結界の中へ入る事が出来るのは、銀の髪を持つ者だけです。でももう、一族の生き残りは私だけになってしまいました。セフィル様に全てを捧げたので、子供もおりませんしね」
「……すまない」
「謝らないで、後悔はしておりません。実験は成功しましたから、もう此処を私達が守る必要はありません。初代の…… 笑える程些細な疑問に、随分長い時間を費やしてしまいましたが…… 私は、全てを見届けた。先代達が誰も叶わなかったのに、私だけは…… 。それで、充分です」
力無く笑い、テウトが僕の頰に手を伸ばしてきた。
「私にはもう、時間がありません。なので、セフィル様。私が動かなくなったら…… 私の体の一部を、貴方に取り込んでもらえませんか?…… 出来ます、よね?」
「あぁ、多分。でも…… 何故そんな事を?」
「そうしたら、此処の結界を出られるかもしれません。確証はありませんが、多分」
「此処を…… 出る?」
「はい。セフィル様の本を持ち、此処をお出になって下さい。仲間に私がこんな事を貴方に勧めたなんてバレたら怒られるでしょうけど…… 此処に貴方を一人になど出来ません。したくなど、ありませんから。…… 世界は広いですよ。旅をして、私以外の存在に触れ、私が居なくなっても——…… 」
言葉が途切れ、テウトが瞼を閉じた。呼吸を確認すると、浅くだが息はしている。どうやら、眠ってしまったみたいだ。長く話す事も辛いのだろう。
『時間がありません』とは…… やっぱり死ぬという事だろうか?
いまいち“死”というものがわからないが、自分がまた一人になってしまう事だけは理解出来た。
椅子に腰掛け、テウトに向かい手を伸ばす。彼女ははにかみながら僕の手を取ると、「でもセフィル様?今日は魔道書の解説をしてくれる約束だったはずでは?」と言い、困った笑顔を向けながらも、嫌がらずに応じてくれた。
ギュッと抱き締め、膝へと座らせる。僕が彼女に口付けをしようとすると、顔を逸らしてテウトが何度も咳をした。
「大丈夫?…… 最近、随分咳をしている気がするけど」
「平気です。ここはどうしたって砂っぽいですから、きっとそのせいですよ。後でまた、掃除をしておきますね」
テウトは力無く笑うと、少し痩けた顔を自ら僕の方へと近づけて、照れながらも口付けをし始めてくれた。絡む舌が温かく、ぬめっとした感触が気持ちいい。もう何度も交わしているが、飽きる気がしなかった。
テウトがこの場所へ戻って来てくれた日から、もうかれこれ三年がすぎていった。
彼女は此処へ戻ると決めた時にはもう、仲間の指示通りここへ火をつける気など微塵も無く、この場所を記した地図を全て破棄してから出発したらしい。此処へ自ら来た事のあるテウト以外、この場所を知る者が今はもう他には居ないおかげで、僕を意地でも燃やそうとする者も現れず、テウトを探す者も訪れたりはしなかった。
穏やかに、ただ二人きりの世界に僕はとても満足していた。
地下にある図書庫を掃除したり、魔道書を共に勉強してみたりもした。のんびりと時間が経過していくのを共にすごす。日の光を浴びたり、一緒に連れて来たラクダの世話をする為テウトが外へ出る時以外は、常に寄り添っていられる。
欲していた環境に浸り、心が充ち満ちる。
蝋燭とオイルランプだけに照らされた空間で、快楽に酔いしれながらテウトを貪れる時間は、幸せ過ぎて怖いくらいだ。
「…… 体が熱くない?」
「セフィル様は、とても冷たいですね」
「温かい方がいい?僕もテウトみたいに体温を上げようか」
「いいえ、このままが良いです。冷たくて気持ちがいい…… 」
ギュッと僕の体をテウトが抱きしめてくれる。
日に日に…… 、テウトの抱擁の力が落ちていっているのに、この時の僕は、全くその事を気にしていなかった。
◇
更に三年が経過し、僕らが婚姻関係になって六年目が経過した。
だが…… 僕にも分かる程、テウトは衰弱してしまった。
彼女はベットで横になる事が多くなり、食事もあまり食べない。最近ではもう何日も水しか飲んでおらず、深く抱き合う事も出来なくなった。
「…… セフィル様。申し訳ありません、私がお世話をして…… 差し上げたいのに」
「そんな事気にしなくていい。でも、元気にはなっては欲しいな」
テウトの腕にそっと触れたが、やせ細っていて骨みたいだ。頰が酷く痩けていて、此処へ来たばかりの姿とは随分違ってしまっている。子供っぽさがあって初々しかったテウトが、今は老婆みたいだった。
「セフィル様、お話があります」
「何?」
寝具で横になるテウトの側に腰掛け、彼女の体にかかる掛布を整える。手だけを布の中に入れてテウトの手を僕が握ると、ゆっくり握り返してくれた。
「私達…… 銀の髪を持つ一族は、とても短命なのです。その分、魔力への耐性が強いので、私達はずっと、ここの護人を任されてきました。それでも、ここの魔力に対抗し続ける事が出来ず、こんな見た目になってしまって……護人とは言っても、やはり所詮は人間ですね」
苦笑いを浮かべ、テウトが言葉を続けた。
「この場所を守る為に張られた結界の中へ入る事が出来るのは、銀の髪を持つ者だけです。でももう、一族の生き残りは私だけになってしまいました。セフィル様に全てを捧げたので、子供もおりませんしね」
「……すまない」
「謝らないで、後悔はしておりません。実験は成功しましたから、もう此処を私達が守る必要はありません。初代の…… 笑える程些細な疑問に、随分長い時間を費やしてしまいましたが…… 私は、全てを見届けた。先代達が誰も叶わなかったのに、私だけは…… 。それで、充分です」
力無く笑い、テウトが僕の頰に手を伸ばしてきた。
「私にはもう、時間がありません。なので、セフィル様。私が動かなくなったら…… 私の体の一部を、貴方に取り込んでもらえませんか?…… 出来ます、よね?」
「あぁ、多分。でも…… 何故そんな事を?」
「そうしたら、此処の結界を出られるかもしれません。確証はありませんが、多分」
「此処を…… 出る?」
「はい。セフィル様の本を持ち、此処をお出になって下さい。仲間に私がこんな事を貴方に勧めたなんてバレたら怒られるでしょうけど…… 此処に貴方を一人になど出来ません。したくなど、ありませんから。…… 世界は広いですよ。旅をして、私以外の存在に触れ、私が居なくなっても——…… 」
言葉が途切れ、テウトが瞼を閉じた。呼吸を確認すると、浅くだが息はしている。どうやら、眠ってしまったみたいだ。長く話す事も辛いのだろう。
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