古書店の精霊

月咲やまな

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第二章

【第一話】訪問者

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 すっかりセフィルの古書店からの登下校に慣れ始めた、ある日の夕方。
 柊華が学校からセフィルの店へ帰宅すると店内に客が居て、彼女は驚いた。今までほぼ毎日に近い頻度で幼少期から通っていたのに、一度も客がいた事が無かったので驚くのも無理は無い。
 そもそもセフィルは柊華を誘い込む為だけに店を構えており、彼女が来るタイミングでしか店を開けず、柊華が店内に居る時は誰も邪魔出来ぬ様に店を閉めていた事を彼女は知らない。

 背の高いスーツ姿の男性と目が合い、柊華は戸惑った。
「いらっしゃいませ…… ?」
 自分の言った言葉が適切であるか自信が無く、語尾が疑問形になってしまったせいで、客である男性が吹き出した。
「あ、すみません…… 」
 男性が口元を隠し、恥ずかしさに顔を赤くした柊華へ謝る。
「君は、この店の子かな?」
「えっと…… 」
 セフィルさんの子供では無いし、妻だというのは建前だ。じゃあ、私はセフィルさんの何なんだろう?——と、あれだけ散々愛されておきながら自分の立ち位置をイマイチ曖昧にしか把握出来ていない柊華が答えに困っていると、店の奥からセフィルが紅茶をのせたトレーを片手に店内へと戻ってきた。
「柊華さんは私の妻ですよ。とても愛らしいでしょう?」
 丸テーブルの上に紅茶を並べながら、セフィルが自慢気に言った。
「…… 彼女、学生さんですよね?」
 戸惑う男性に向かい、セフィルが微笑みを返す。
「彼女は一応十八です。問題など、どこにあるというのです?」
「いや、何も」
 有無を言わさぬ笑みを向けられ、男性が黙った。
「どうぞお座り下さい。飲み物は紅茶ですよね。ケーキも用意しましたので、残った分は甘党の奥様に持ち帰るといいですよ」
「…… 何故知ってるんだ?」
 戸惑いながらも、男性が促されるまま椅子へ座る。不信感たっぷりの視線をセフィルに向かい投げつけたが、彼はそれをさらっと受け流した。

「さて、柊華さん。僕はこの方と少し込み入ったお話があるので、貴女は先に家へ帰っていてもらえますか?」
「わかりました」
 柊華は素直に頷くと、店の奥へと入って行く。その様子を見届けると、セフィルは男性の対面の席に腰掛け、書類の入る分厚い封筒をどこからともなく取り出した。
「さて、本題に入りますか」
「…… 名指しで俺に電話をかけてるくらいだ、信憑性のある話なんだろうな」
 眉間に皺を寄せ、男性が胸ポケットからメモ帳と筆記具を取り出す。
「えぇ、もちろんです。悪い様にしないで下さると約束して頂けるなら、たっぷりと望むままの貴方に情報を差し上げますよ。……ね、日向ひむかさん——」

       ◇

 ——数時間後。

 来客者を見送り、居住スペースへと続く螺旋階段を上へと登って行く。思いの外、彼との話が長くなったが、満足のいく内容だった為気分が良い。

「ただいま戻りました」
 ドアを開けて中へ入ると、室内のとまり木から小さな体をしたアフリカオオコノハズクが、私の肩に向かい飛んで来た。軽く首を傾け、梟である彼が留まり易い様にしてやると、音もなくストンとおさまる。
「柊華さんはどこだい?」
 嘴の上を指でかいてやりながら声をかけると、梟がベットの方へと顔を向けた。
「ありがとう、見張っていてくれて。後で君が見た柊華さんの記録を、私にくださいね」
 私の言葉に対し頷き返すと、梟はソファーの近くにあるとまり木へ戻って行った。


「柊華さん」
 パーテーションから顔を出し、ベットの方へ声をかける。
 キングサイズのベットの中心に横たわる柊華の姿に、私はクスッと笑ってしまった。
 柊華の小柄な体はこのベットで横なると子供の寝姿みたいで、実際よりもより小さく感じる。こんな小さな体で毎夜長い時間私を受け入れてくれているなんて、信じられないなと改めて思った。
 かなり疲れているのか、体に布団も掛けず、セーラー服姿のまま寝入っている。
「今日は体育がありましたもんね。お疲れ様です」
 そっと腕を伸ばし、柊華の頭を優しく撫でる。頰に口ずけをしてみても起きる気配が微塵も無い。
「仕方がないですねぇ。今夜もたっぷり頂く為にも、今は寝かせてあげましょうか」
 掛け布団をベットの上に出現させ、柊華の体にそれをかける。肩までしっかり布団で覆い隠すと私は腰掛けていたベットから立ち上がった。
「おやすみなさい、柊華さん」
 聞こえぬことは重々承知の上で声をかけると、何も無い壁に向かい歩いて行く。掌をスッと前に出すと、見えない様に隠してあった本棚の列が目の前に現れた。
 年代順に並べた古書がズラリと並ぶ本棚をジッと見詰め、一番古い一冊を手に取る。
 そっと表紙を撫でると、胸の奥底から愛おしむ気持ちが溢れ出て、私は顔を緩ませた。

「…… テウト…… 」

 ぼそっと愛しい人の名を呟きながら私が本の表紙をめくると、私の存在が現在から消え、古書の中へスッと呑み込まれていった。
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