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【第三章】発想の出所は……

【第八話】『僕らが欲しいのは服であって、新しい“虫”じゃない』①(スキア・談)

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 ルスが話していた装備品を売る店は討伐ギルドから程近く、同じ並びにある。近隣には他にも彫金ギルドや武器・防具などを作成するギルドもある為、討伐任務や護衛などを仕事にしている者達でそれなりに賑わってはいるが、夕方から開店する飲み屋も多い為、目抜通りよりは人が少ないので、すぐに辿り着く事が出来た。
「いらっしゃいませー」
 扉を開けて二人が店内に入ると、後衛職向け装備を中心に完成品がずらりと並んでいた。僕が持っている六年前の知識では、服や装備品はデザイン帳の中から気に入った物を選んでからオーダーメイドで注文するか、金の無い者達は布だけ買って来て自分で縫うのが当たり前だったのだが、今では大雑把なサイズ展開をしている既存品の中から好きな物を買うというスタイルが主流になっている。異世界からの移住者達がやり始めたシステムだそうだ。

「何かありましたら、遠慮なくお声掛け下さいね」
「はい」

 店員に対して、笑顔ながらも短く答えると、ルスは早速服を選び始めた。だが、どう見ても彼女が着るには大き過ぎる物ばかりだ。『まさか』と思い、「もしかして、僕の装備を見ているのか?」と訊くと、彼女は迷いなく「うん」と言う。この先討伐にも一緒に行くならちゃんと装備を一式揃えた方がいいとの判断なのはわかる。だけどまずは真っ先に自分の物を選定したらいいのに、当然の様に自分を後回しにしてしまうのはルスの性分なのだろうな。

「僕は僕で探すから、自分の装備を選んだがどうだ?」

 そう言うと、ルスはハッとした顔をして、「そ、そうだよね、好みとかあるもんね」と申し訳なさそうに俯いた。
 別に服装なんか、よっぽど酷いデザインでないのなら、正直どんな物でもいい。僕の服なんてわざわざ買わずとも、いつも通り無難な物を何処かから拝借すればいいだけの話だから今此処で買う必要すらもないのだが、楽しそうに選んでいた姿を思い出すと強くは出られない。
「…… 別に、好みとかは。——そうだ、一着づつ、お互いの服を選ばないか?好きなデザインが、イコールで自分に似合うとは限らないからな」
 僕からの提案が余程気に入ったのか、「いいね!」と言ってルスがぱんっと軽く手を叩く。反射的にその目潰ししてやりたくなるくらいに笑顔が眩しい。だがそんな衝動的な行動はぐっと堪え、二人で並んでまずは僕の服から選ぶ事になった。


「それにしても、随分とこう…… デザインが奇抜というか、討伐や護衛時に着るにしては、どれもオシャレ過ぎないか?」
 この店は主に布製の装備を中心に扱っているので、ヒーラー、アーチャー、魔法使いや召喚士などといった後衛職向けの製品が多種多様に並んでいる。店の端には薬師や鍛冶屋向けっぽい装備もあり、取り扱っている品の幅は相当広い。
 仕事着である為、動きやすさを一番に考えられているからか、どれを手に取っても機能的だ。だけど昔と比べると随分無駄な装飾が多い気がする。能力増強効果の付与した小さな魔法石をふんだんに使用しているせいで『このまま夜会にでも行くのか?』と思う様な物まであった。特に踊り子や吟遊詩人向けの装備はとにかく派手で、『オスの孔雀かよ!』といった感想を抱いた物すらもある。
「この半年くらいで急にオシャレになったから、異世界からデザイナーさんが来たのかもね」
 年頃であるルス的にはこの変化を歓迎しているのか、どれも素敵だと喜んでいる。どうやら僕の頭が硬いだけみたいだなと受け止め、割り切ってちゃんと真面目に選び始めた。

「うーん…… 。白を着るとイメージ的にヒーラーと勘違いされちゃうし、黒だと攻撃系の魔法使いっぽい印象になるから避けたいよねぇ。でもどっちも似合うなぁ。緑も捨てがたいし、どれも着こなしそうだけど、予算も考えないとだし」

 ブツブツと呟きながらルスは真剣に選んでくれている。今の格好に何かジャケットかマントを羽織るだけでも僕的にはアリかと思うのだが、誰かが真剣に僕の物を選んでくれる経験なんて初めてなせいか、少しくすぐったさを感じた。


       ◇


 装備を選び始めてから十分程が経過した頃。店の扉が開いて、細身の女が一人、大きな荷物を抱えて店内に入って来た。
「お疲れ様ですー。本日の、納品分ですよー」
「あら、今日は早いですね」
 声を聞きつけて店員が対応に当たる。「こっちに一旦置いてもらってもいいですか?」と言う指示に従い、指し示された箇所に持って来た荷物をゆっくり置くと、来店者の視線がこちらの方を捉えた。

「わぁー!獣人さんだー!あ、もしかして貴女も移住者さん、ですかー?」

 ルスの獣耳に埋め込まれている翻訳石を目敏く見付けた女が嬉しそうに顔を綻ばせ、こちらに近づいて来る。初対面なせいでルスが警戒し、一歩下がって僕の後ろに隠れた。一度自分の懐に入れた相手とならどんな距離感であろうが気にならないみたいだが、知らない者は怖いと思う気持ちをどうしても隠せないのだろう。

「初めましてー。本職は薬師ギルドですが、服飾ギルドにも所属している、あんずと言いますー」

 綺麗に切り揃えたセミロングの黒髪をさらりと揺らし、アンズと名乗った女が茶色い瞳を柔らかに細めた。服飾ギルドに所属していると言うだけあって、薬師風のシンプルながらも洒落た格好をしている。自分に似合う格好をきちんと理解している者のセレクトだ。
「もしかして、年上の彼氏さんに装備をお選びでしたかー?」
「あ、えっと…… 」
 ゆったりとした口調ながらも、重ねて話し掛けられてルスが押されている。僕的には『お父様へのプレゼントでもお探しでしたか?』と言われなかった事で少しだけ好感が持てた。

「夫です。今日は、お互いの仕事着を選びに」

 きちんと訂正し、目的を伝える。するとアンズは、「なるほどー。それは大変失礼いたしました。では、今回お互いが贈り合った服を着てお仕事に行かれるんですねー」と言って、顎に手を当ててうんうんと何度も頷いた。

「戦闘で昂った状態で互いの服を脱がし合うのであれば、こちらなんかどうですかー?」

 ニコニコと営業向けの笑顔をこちらに向けて、あんずがグレーの服を手に取った。いかにも後衛向けといったデザインではありつつ極端に職種を選ばずに着られそうな範囲の物でもあるのはいいのだが、何やら聞き間違いをした気がする。

「奥様の方は雰囲気からしてヒーラーでしょうかー。でしたら、旦那様とお揃いのデザインで白い物がこちらにありますよー。どちらもボディラインが目立つシルエットですけど、奥様向けの品の方は聖職者っぽい印象を残しつつも、動きやすい様にスリットと露出を多めにしてあるので、歩くたびに旦那さんの妄想が捗る事間違いなしですー。昼も夜も役立つ服って、素敵ですよねー」

「んんっ????????」
 ルスが大きな瞳をさらに大きく見開き、変な声をあげながら顔を真っ赤にしている。二度目は流石に『僕の聞き間違いか?』と思える範囲を超えている程の内容だったし、ルスの反応からも、営業トークの範疇を優に超えたものである事は間違いなさそうだ。

(異世界からの移住者には、まともな奴がいないのか?)

 マリアンヌとシュバルツの顔が頭に浮かび、険しい表情になる。アイツらとの出会いはたまたま巡り合わせが悪いだけだと分かってはいるが、また変な奴と知り合いになってしまったのかと思うと、ルスとリアンの二人を掻っ攫って何処かに引き篭もりたい気持ちになった。
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