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【第一章】出逢い

【第十話】討伐ギルド・後編(スキア・談)

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「——つまりは、『助けてもらった優しさに触れて、この人に一目惚れした』と言うわけね?」

 腕組み状態にあるシリルが要約を口にしながら訊いてくるが、どう見たってルスの話を信じている感じではない。だが、僕らが所詮は『仮初の夫婦でしかない事』や『契約を交わして、僕がルスの身に取り憑いている状態にある事』をきちんと伏せた上でルスが事実説明をやり遂げたので、ひとまずは良しとしよう。
「はい。スキアさんが森の中で倒れているワタシを見付けてくれていなかったら、あのまま獣の餌食になっていたかもしれませんから」
 ルスは一言も『一目惚れをした』とは言っていないのだが、反射的に訂正するというバカはせず、話の補足をしていく。
「で?コボルト達はどうなったんですか?」
「崖下までは追って来なかったので、多分諦めてくれたんじゃないかと」
 クレアの問いにルスが答えると、「じゃあ、早急に野良コボルトの討伐依頼を作っておくわ。町に住むコボルト族の者達の理解も得ておかないといけないわね。あとは、しばらくはゴブリン討伐を控えた方が良いかしら」
 シリルが今後の流れを組んでいく。ルスを追っていたコボルト達はとっくに僕が始末しているのでその必要は無いのだが、敢えて伝える方が不信感が増しそうなので控えておこう。
「でもぉ、ゴブリンくらいしか狩れなかったのってロイヤルさん達のパーティーくらいでしょう?他の人達ならコボルトに遭遇しても対応出来ると思うけど」
 アスティナの言葉に、「それもそうね」とシリルが同意する。結局、野良コボルト討伐依頼を新たに作成はするが、ゴブリンの討伐も引き続き継続して張り出される事となった。奴らは放置すると鼠算的に増えるので懸命な判断だと僕も思う。

(使い捨ての兵としては優秀だったが、自分が人間側に立ってみると面倒な種族だよな)

 魔族側についていた時の事を一人振り返っていると、頬に指を当ててアスティナが軽く首を傾げた。ルスよりもずっと年上だろうに、可愛らしい容姿のせいでその仕草が似合っている事が地味に怖い。
「…… それにしてもぉ、ロイヤルさん達三人は一体何処に行ったんでしょうねぇ?」
 町まで無事に辿り着いたのならちゃんと助けを呼びに行くくらいの良識が奴らにもあるとアスティナは思っていたのか、『まさかぁ、そうじゃなかったのぉ?』と不思議でならないみたいだ。
「警備隊から被害の発見報告みたいなのは届いていないし、確かに不思議ね」とクレアも不思議そうな顔をした。

「——面子が潰れそうで、他の町まで慌てて逃げたんじゃないのか?」

 近くのテーブルで寛いでいた一人の男が突然そう口にした。それに続き、ギルド内に居た他の者達も「気位ばっか高い奴らだったからな、ありそうだ」と言って笑い始める。
「装備の見た目にばっか拘って、ロクに腕も磨かずに毎回ゴブリンばっか狩っている様なパーティーだったしなぁ」
「ルスちゃんは獣人だとはいえ、『小さな女を囮にして自分達だけ逃げて来ました』なんてバレたら、プライドがボロボロになっちまうしな!俺には出来ねぇよ」
「まず、名前からしてヤバイ奴らだったからなぁ。口を開けば虚勢ばっかで、あの三人とはパーティーを組みたがらない奴も居たくらいだし」
 次々と出てくる悪口を聞き、「…… 悲しいかな、否定出来ないご意見ばかりですねぇ」と言って、アスティナが周囲の声に納得し始めた。

(…… うん。久々にやったけど、問題無さそうだな)

 僕の仕掛けた術通りに操られていく奴らを見て、心の中だけでそっと笑う。
 耳奥は誰だって真っ暗だ。つまりは僕の領域となる。なので僕は近くに居る男達の耳奥でそっと『どうせ逃げんただろ。アイツらならやりそうだ』と、自分の心の声として受け取りそうな声量で影を通して囁いてみたんだが、思い思いに本音を吐き出している様子を見ている限り、上手いこといったみたいだ。

「ルスちゃんの生存率はどう考えても相当低かった。でも、獣人の身体能力と回復能力持ちのおかげで単身でも逃げ切れる可能性もあったから任せたとはいえ、どうしたって批判は避けられない。ならそうなる前に、この町よりももっと遠くに逃げた…… 確かに、あり得る話ですね」
 クレアも頷く様子を見て、ルスが残念そうな顔で「…… そう、なんでしょうかねぇ」と呟いた。僕のおかげで助かったとはいえ、奴らにあっさりと見捨てられたとは思いたくないのだろう。
「そう落ち込まないで。慰謝料として、今回の報酬は全て貴女が受け取ると良いわ」
 子猫や子犬を相手にするみたいな瞳でシリルがルスの頭をよしよしと撫でてやる。四人分の報酬を貰えると聞き、ルスの獣耳がぴくっと動いて顔色もちょっと回復してきた。この三人とは随分と慣れているのか、相当距離が近かろうがルスも平気そうだ。

「い、いいんですか?でもワタシ、ゴブリンの討伐時には全然お役に立てていなかったんですけど…… 」

 気不味そうにするルスに対し、「町の方へ攻め込んでは来ない様にコボルト達を遠くに連れて行く囮になってくれたんだもん、当然よ!むしろ危険手当てって事で多めに支払ってもいいくらいだわ」と宣言し、シリルは自分の大きな胸の谷間辺りをトンッと叩いた。ぶるんっ胸が揺れ、周囲の視線が一気に集まる。
「そうですね、そうしましょう。あ、もちろんヒーラー報酬は別途加算しますからご安心を」
 眼鏡の縁をスッと指先で上げ、クレアが言う。どうやら受付嬢達には依頼の報酬内容を決定する権限も与えられているみたいだ。
「え?いやいやいや、それは流石に貰えません!」
 慌てて首と手を横に振るルスの姿を前にして、受付嬢の三人が首を傾げた。
「くれるって言ってるんだし、貰っておいたらどうだ?」
 金に困っている様子なのに何故躊躇するのか僕にもわからず、背中を押す一言を告げてみる。

「駄目ですよ!だってヒーラー報酬は、『ヒーラーを守ってくれた人が貰う物』でしょう?ワタシは貰えません。——あ、でもスキアなら貰ってもいいのかな…… 助けてくれたし」

 本心としては喉から手が出るくらいに欲しいのか、語気強く発言していた声が段々と小さくなって僕の方をチラッと見上げてきた。『貰っとけって、もっと言ってくれていいんだよ?』とでも言いた気な顔だ。だが根が真面目なのか、善人故なのか。いくら金が欲しくても、ハッキリと本心を言うのは気が引けるのだろう。だけど『絶対にいらない』という結論にまでは至れない辺りが人間らしくて好ましい。

「待って。そんなシステム、私は初耳なんですけどぉ?」

 アスティナの可愛い顔の眉間に皺ができ、ゆらりと周囲を見渡した。青い瞳がギラリと光り、可愛い容姿が一転して、捕食者の様な殺気を放つ。
 後ろめたい気持ちがあったのか、店内に居る数人の男達の体が強張った。

「あのね、ルスちゃん。…… ヒーラー報酬というシステムは、『ヒーラーを守ってくれてありがとう』って意味で戦闘職の人達に支払うお金ではなく、貴重な人材であるヒーラー達に少しでも長くこの町で活躍して頂く為、多めに支払っている別枠報酬なんですよ?」

「…… 依頼書には“ヒーラー報酬あり”とは書いているけど、詳細までは書いていないからすっかり騙されちゃったみたいね。依頼を受けに来るリーダー達は当然知っているから、ギルドメンバー全員に周知しておく必要性を失念していたわ」
 クレアとシリルの説明を聞き、「多分、初耳です。もしかしたらワタシが忘れているだけかもですけど」と自信無げにルスが言う。
「待機中にパーティー参加のお願いをされる事はあっても、自分から依頼書を見て募集をかける事が無かったので…… 」
 心の距離感を詰める為にも落ち込むルスの頭を撫でて慰めようとしたのだが、三人組の方が僕より少し早かった。

「可哀想にぃ!」
「大丈夫ですよ、ルスちゃん。私が過去の討伐任務参加分の書類を全て遡って、くだらない不正行為に関わったパーティーのリーダー達から貴女の分の報酬を取り返してあげますから!」
「悔しいわよねぇ。泣きたいなら、お姉さんの胸を貸してあげてもいいのよ?」

 アスティナ、クレア、シリルの三人が同時にルスの小さな体に抱きつこうとしたが見事に衝突して失敗に終わる。…… 僕の嫁は、随分と受付嬢達から好かれているみたいだ。
「次の新曲は『ヒーラーはパーティーのカ・ナ・メ♡』とかにしちゃいますぅ?」
「ありですね。ヒーラー職に従事している者達は医師や薬師達並みに貴重な人材だと、どうも理解していない大馬鹿者が多いみたいですから」
「不正に報酬を得ていた連中には多めに貢がせましょうか」
 ふっふっふ、と不遜な声で受付の三人組が笑う。僕が読み取り済みであるルスの知識だけでは意味不明な会話を前にして困惑していると、彼女の方からそっと耳打ちしてくれた。
「このギルドの受付嬢達は全員でアイドルユニットを組んでいるの。他にも二人程居るんだけど、シフトの関係で今はお休みしているみたいだね」
「…… アイドル、ユニット?何だそれは」
「んとね、不定期でステージの上に立って、歌って踊る人達って感じ、かな?」
 僕が次の憑依先を探す為に俗世から距離を置いていた六年間の間に随分と意味不明な職が誕生していたみたいだ。

「一部の移住者からの熱烈な要望に応えたらしいよ。『可愛い女の人はアイドルになるべきだ』って言われて」
「復興中だっていうのに、随分とお気楽だな」

 念の為、語気は強くなりつつも小声で言った。確かに受付嬢達は美形揃いの様だが討伐ギルドの受付業務や雑務が結構あるはずだ。移住者達のリクエストだからって、何もそこまで応じる必要は無かろうに。
「ステージに立つことで得られる収益は全て町の復興費用にしているらしいし、彼女達もきっと楽しんでいるんだと思うよ?本当に嫌なら断るんじゃないかな」
「…… それもそうか」
 まぁどうせ僕には関係の無い話だ。魔物達に破壊された町の復興作業に尽力しつつ、同時に移住者達の我儘にまで振り回されて人間達も大変そうだなとは思うが、所詮は他人事なのでそろそろ帰れないものかと考え壁に掛けられているからくり時計を見上げる。針はもう二十一時半を指していて、ルスの小さな弟の事が柄にも無く気になってきた。

「なぁ、流石に弟を迎えに行ってやらないとマズイんじゃないのか?」

「そ、そうだね!——あのっ!」と、明後日の方向に話が盛り上がる受付嬢達にルスが頑張って話し掛け、『町に戻る途中で拾った』と目を泳がせながら嘘をつきつつ、ゴブリンの遺体を収めた魔法石を引き渡す。そして無事に通常報酬と追加で支払われた報酬の全てを受け取った。締めてニ十ゴールドになり、金貨の入る袋を手にしたルスの体が震えている。大金を扱う経験どころか度胸すらこれっぽっちも無いからなのか、眦には涙が溜まり、今にも泣き出しそうだ。
「…… 僕が預かっていてやろうか?」
「——!」
 呆れながら提案すると、ルスは無言のまま何度も頷いて僕の胸にぐいっと袋ごと押し付けてきた。『今日会ったばかりの男をそんなに信用していいのか?』と少し思ったが、憑依までされている身としては、今一番自分から離れていかない相手である僕が大金の預け先としては最適なのだろう。


「じゃあ、気を付けてねぇ」
「この子の夫を自称するんなら、ちゃんと責任持って護衛してあげるのよ」
 元気に手を振り見送るアスティナの横で、渋い顔をするシリルが相変わらず僕を睨んでくる。助け、助けられてお互いに一目惚れしたのだなと受け止めようのさっきのある話は、やっぱり信用されていないっぽい。
「…… ルスちゃんはまだまだ若いんです。なので婚姻届をきちんと出す前に、もう一度熟考するんですよ」
 クレアはルスの耳元でそう囁き、彼女の手をぎゅっと握った。こっちも一切僕を信用していない眼差しで、彼女を危機的状況から救った事実は考慮してくれていない。やはりどう考えてもこの見た目が問題な気がする。『幼女を拐かしたオッサンとその幼女の図でしかないよな』と、討伐ギルドを後にして、再び混み合った町の中を歩きながら何度も思った。
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