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【第一章】出逢い

【第八話】いざ、仮初の夫婦に(ルス・談)

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「目を瞑ってろ」と言われ、一秒後には「もう開けていいぞ」とスキアが許可をくれる。指示通りに行動しはしたが、ワタシにとってはただ瞬きをしたにすぎなかった。

 なのに、たったそれだけの間でもう、目の前の情景は一変していた。

 森の中に響いていた獣の遠吠えも、梟の鳴き声も消えて、耳に届くのは町の騒がしい営みの音に変わっている。喧嘩でもしているかの様な怒鳴り声、店への呼び込み、酒を飲んで歌う人達の声が聞こえ、『町に戻って来たんだ』と実感した。平和そのものの音を聴き、ちょっと嬉しくなる。コボルトの群れをこの町から随分遠く引き離したのだ。かなり大袈裟かもしれないが、今夜のこの光景を守ったのは自分なんだと考えてしまう。
「な?一瞬で戻れただろう?」
「すごいね、ありがとう!」
「あぁ、そうだ。ついでにコレを渡しておくよ。アンタのだろう?」
 お互いの体を包んでいた両腕を同時に解くと、半透明の魔法石を差出してきた。水晶にも似た石の周囲にはぐるっと細いリボンが巻き付いているみたいにして魔法陣が描かれている。討伐と遺体の回収といった依頼を無事にこなして要求された数を満たしている証だ。
「…… もしかしたら、ロイヤルさんに渡したやつ、かも?」
 見覚えはあるが確信はない。三十体のゴブリンを倒し、魔法石の中にその遺体を収納した後は、確かにパーティーのリーダーだったロイヤルさんに渡したのに。
 首を傾げ、「どうしたの?コレ」とワタシが訊くと、スキアは少しの間の後に「——拾った」と言ってニコッと笑った。

「逃げる時に落としたんじゃないのか?」

「そっか、成る程」
 確かにあり得る。あの時は皆かなり慌てていたし、一目散に走れば何を落としてしまっていてもおかしくはない。ワタシもなけなしのお金で買った杖をなくしたし。まぁ、もっとも、自分の場合は逃げる流れで身を軽くしようと捨ててしまったのだけれども。
「じゃあ、保育所に弟を迎えに行く前に討伐ギルドに寄ってもいいかな。これを渡してワタシの分の報酬を受け取ってこないと」

(じゃないと、リアンを預けている保育所の延長料金が払えない!)

 休まずに働けども収入が少なく、その日暮らしの様なぎりぎりの生活をしているせいで、残念ながら貯金なんかほぼゼロだ。
「わかった。じゃあ、そうしようか。——そうだ、歩きながら今後の僕達の関係性を決めておこう。若い女性が突然知らない男と一緒に行動をし始めたら、何かしら気にする奴も出てくるだろうからな」
「関係、性?」
「あぁ、そうだ」と言い、ギルドのある方角へ歩き始めたスキアに続く。
「大事だろう?今のままだと、誰かに『あら、この人は?』と訊かれたら何と答える気だったんだ?『契約を交わして力を借りた』って馬鹿正直に答えるのか?召喚士でもないアンタがそんな事を何も考えずに言ってみろ、良くて魔女扱いか、下手をすると悪魔と契約した者扱いを受けて処刑コースかもしれないぞ?」
「…… 処刑は痛いから嫌だなぁ。リヤンにも迷惑がかかるかも」
「折角見付けた契約者様だ、また他をまた探すのも面倒だしな。だからちゃんと僕達の関係を決めておく必要がある。護衛やパーティーメンバーみたいな関係は何かと引き離される要素があるからダメだな。アンタに小さな弟がいる事を考えると、出来れば家族の方が何かと都合がいい。お互いの外見を考えれば一番自然なのは父親と娘だが…… でも、親子はマズイ。契約印が安定するまでの間は定期的に僕が触れて魔力を流し込まないといけないんだ。もしその光景を誰かに見られたら色々と面倒な事になる。同じ理由で兄妹もダメだな。まぁ、そもそも僕らは微塵も似ていないから血縁者を語るには無理があるし、誰も信じない様な嘘では意味がない」
「そうだね、この町の人達はワタシには弟しかいないって知ってる人もそこそこいるし」

「となると、夫婦が一番都合がいいな。恋人同士や婚約者も悪くはないが、割って入ろうとする邪魔者がいると面倒だ。どちらにしても僕が周囲からロリコン扱いを受けるなら、『コイツは嫁だ』と突っぱねるのは一番マシだ」

「成る程」
 自分はそこまで全然考えていなかった。ワタシ程度では彼の言っている事の半分もきちんとは理解出来ないけど、色々考えてくれている事だけは伝わってくる。

「じゃあ、ワタシ達は夫婦って事で決まりだね」

 彼の言葉に全面的に同意して笑顔を向けたのだが、何故かスキアからは訝しげな顔が返ってきた。
「本当に、本当に良いのか?夫婦だぞ?そう簡単に受け入れられる関係性じゃないと思うんだが」
「でも、スキアは夫婦が一番丸く収まると思うんでしょう?なら、ワタシはそれで良いよ」

「…… もしこの先。アンタに好きな奴ができても、僕達が夫婦だったらその感情を諦める羽目になるのに、それでも本当に良いのか?これは期限付きの偽装結婚とかじゃないんだぞ?」

 彼が疑念を抱く気持ちがわからなくもない。「んー」とこぼし、真っ暗な空を見上げる。
 正直なところ、ワタシには『好き』という感覚がよくわからない。唯一の家族である弟のリアンの事は大事に思っているが、好きかと訊かれると返答に困ってしまう。

『母さんから一任されたから面倒をみている』
『唯一の家族だから一緒に居る』
『此処へ連れて来てしまったのは自分だから、責任があるし——』

 どれも絶対にリアンには言えない台詞だけど、実のところそれが本心なのだ。
 “家族愛”すらわからない自分に“恋”なんか理解出来るはずがなく、そんなワタシが恋愛感情を誰かに抱いた経験なんか当然無い。だから彼のしてくれている心配は無駄でしかないのだが、自分の事をそこまで考えてくれるスキアの優しさは嬉しかった。
「大丈夫、心配しないで。でもありがとう。スキアの気遣いはとても嬉しいよ」
 彼の着ている服の袖を軽く掴み、笑顔を向ける。少しの間こちらをじっと見詰めてきたが、スキアは結局、「わかった」と言って頷いた。

「これで僕らは…… 愛情ありきの間柄じゃないから所詮は仮初ではあるけど、“夫婦”だ。だからって、手を抜くつもりはないから安心して」

 落ち着いたスキアの顔立ちが優しく緩む。そんな顔を見ていると、胸の中がじわりと温かくなった。
「んじゃ手始めにアンタは僕に何を求める?“夫”への要望や夢くらい、多少はあるんだろ?」
「…… え?た、例えば?」
「よく聞くやつだと『浮気はするな』とか、『金を稼げ』かな?」
「考えた事もなかったから、急には…… 」
「アンタくらいの歳なら色々理想を持っていそうなもんだが、そっか」
 夫への要望なんか考えた事も無かった。そんな夢見る余裕もなかったし、そもそも結婚する意義も意味も理解出来ていないから何も浮かばない。だけど…… そうだな、結婚=家族になるのだと考えれば——
「あ。一つ…… いや、二つある」
「何だ?言ってみろ」

「ご飯は毎日食べたいな。あとは、週に最低でも一回は帰宅して欲しい」

「…… それって、わざわざ言葉にして求める様な事か?」
 不思議そうな顔で訊かれたが、ワタシはふふっと短く笑い、「約束できる?『旦那様』」と、わざとらしい声で問い掛けた。
「あぁ、いいよ。そもそも僕は契約者であるアンタからそう長い時間は離れられない。契約印が安定するまではちょっとの距離を離れる事すら困難だ。飯もまぁ心配するな、どうとでもなるから」
「ありがとう」
 そんな会話をしながら討伐ギルドに向かう道のりは、いつもよりちょっとだけ楽しいものだった。
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