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【第一章】出逢い

【第三話】決死の逃走(とある少女・談)

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「はぁはぁはぁ——」
 長い時間全速力で走り過ぎて喉が痛い。履き慣れてはいる靴だけど、編み上げブーツタイプの革靴は走るのには適していないせいで靴擦れをおこしている。踵もつま先も血が滲み、この痛みでは爪も破損していそうだ。怪我を治そうと思えば走りながらでも回復魔法で治せるが、今はスタミナの回復に努めないと危険な状況にある。少しでも走る速度が落ちればコボルト達はすぐワタシに追い付くだろう。最初は小石を投げた一体だけだったコボルトも、今では仲間が集まって来ていて何匹にも増えている。振り返れないから正確な数はわからない。だけど叫び声や足音からして追って来ているのは十や十五どころの話ではないだろう。

(いつまで、持つかな…… ワタシの魔力)

 酸欠気味なせいでぼんやりとしてきた頭の中でそんな事を考えた。追いつかれるか、魔力切れを起こせばワタシは難なく彼らに捕まるだろう。そうなればまず間違いなく、死ぬ。先行していた一体に石を投げて怪我を負わせたし、ワタシは手を下してはいないにしても、彼らの奴隷であったゴブリンを殺した事には変わりないから当然か。

 攻撃系の魔法をワタシは使えないし、まともな武器も無く、コボルトはワタシ程度が力で対抗出来る相手では無い。自分一人の犠牲であの三人が助かるのならそれも悪くないけれど、町にはワタシの帰りを待っている幼い弟がいるから簡単に諦める訳にもいかないのが辛いところだ。

(だけど、このまま逃げ切れるんだろうか?)

 もうかなりの距離を走った気がする。ロイヤルさん達や町に被害があっては大問題だからと、正反対の方向に走り続けて来た。だけど、そのせいでもう、彼らの助けは見込めない。あの三人が無事に町へ辿り着いていたとしても、話しを聞いて、救助隊がワタシを探すにはヒントがなさ過ぎる。この世界の連絡手段である伝書鳥も町に置いて来ているし、生き残る為には何処か隠れられる場所を見付けなければ。

『待テェェェェェ!イイ加減ニシロ、コノアマァ!』

 コボルト達にも疲労が見えるが、残念ながら怒りがそれを上回っている。この様子では簡単には諦めてくれないだろう。
 腰から下げていた水筒と非常食を入れたポーチ、テーピングや裁縫セットなどの入る小さな鞄、ずっと手に持っていた杖を横に投げ捨て少しでも身を軽くした。無駄な行為かもしれないが、何もしないよりはきっとマシだろう。

 木々の間を駆けているせいで頬や素脚部分が枝に引っ掛かり傷を作っているが構っている隙は無い。ゴブリンの討伐の為にと町を出発した時はまだ朝だったのに、今はもう夕日が空を染め始めている。このまま夜になって仕舞えば一層ワタシの状況は不利になるだろう。魔物は夜目が効くが、生粋の獣人ではないワタシの目ではほとんど周囲が見えなくなる。体は傷だらけ、ランタンなんか持って来てもいないし、火属性の魔法も使えないから灯りを得る手段は何も無いときたもんだ。

 (あぁ、これが『絶体絶命の大ピンチ』ってやつなのかな)

 一年前では知りもしなかった言葉が当然の様に頭の中に浮かび、ふっと自嘲気味の笑みが自然と顔に浮かんだ、その時——
 目の前に広がっていた数多の木々が一瞬にして無くなった。

 視界が一気に開け、茜色の綺麗な夕焼け空が前方に目一杯広がる。眼下には広大な森が何処までも続いていた。
「——あっ」
 勢い余って前に出した足で地面を蹴ろうとしたが、そこには何も無い。どうやらワタシは崖まで走って来てしまっていたみたいだ。
 一、二度空を蹴るばかりで、次の瞬間には視界が急速に下方向へ流れていった。自由落下というやつだ。何か周りに捕まる物はないかと考える暇も無く、既に小さな傷だらけになっている体が下方に並び立つ木々から伸びる枝の隙間を落ちていく。魔力ももうほとんど残っていないのか、自分に回復魔法を使う事も不可能だった。
 バキッ!ガサガサガサッ!と大きな音が響き、衝撃で周りの木が破損していくのがわかるがどうする事も出来ない。ドンッという音と共に地面が激しく揺れ、全身に容赦の無い激痛が走った。背を思いっ切り打ったからこれはきっと背骨が折れ痛みだ。

(…… 参った、なぁ)

 瞼は開いているのに視界がぼやけ、生温いモノが肌に触れた。多分自分の血だ。だけどそれを確かめようにも体は動かず、指一本すら自由に出来なかった。全身が痛いけど、痛過ぎて段々とその痛みすら麻痺していく。脳から麻酔成分でも出ているんだろうか。もしかしたら、なけなしの魔力を無意識にそういう方面に使っているのかもしれないが、今の自分には確かめる術は無かった。

(リア、ン…… )

 まだ幼い弟の姿が目の前に浮かんでは消える。どうしよう、どうしようどうしよう…… 。あの子を保育所に預けたままにしてあるのに、この先あの子はどうなってしまうんだろうか?将来的には強くなれる保証のある子だけど、今はまだ非力なリアンには家族と呼べる相手はワタシしかいない。しかも此処はワタシ達が元々生まれ落ちた世界とは全く別の世界だ。異世界なんて不可思議な場所に移住しようと勝手に決めたのはワタシなのに、『此処へボクを連れて来たクセに、一人残してお前が先に死ぬのか!』と怒る事すら出来ないくらいに幼い、まだ赤ん坊のリアンが心配で堪らない。だけど、意識は容赦無く遠くなっていく。

(ごめん、ね。本当にごめん、リアン、リアン、リァ——)

 この先。一人で生きていく為のお金どころか、家族とのささやかな思い出さえも残してやれない事を悔やみながら、不甲斐なさを噛み締めながら、ワタシは薄れていく意識から手を離した。
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