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【二人目の“純なる子”エピソード】

来世は推しカップルの私室の壁になりたいボクの話⑦

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「流石です、マヒロ様。では帰りましょうか」

 圧倒的有利なヴァントの声が、真礼には悪魔の声の様に聞こえた。
 それなのに嫌いにはなれないのは、『無自覚に惚れている』というヴァントの指摘があながち間違いでは無いからなのだろう。

「この部屋から出るのいやぁぁ。ボクにとって宝の山なのよ?この部屋は!それに、それに…… 放置して神隠しにあいたく無い物も此処には大量にあるのぉぉ!せめて行く前に全て処分…… いやぁぁぁしたくないぃぃ!限定版のフィギュア、初版本の数々、レアなカードがぁぁぁぁ!明日死ぬ!とかじゃないと、んな事できないぃぃっ」

 バンバンとベットを叩きながら悲痛な声で訴えるが、ヴァントにとってはどこ吹く風だ。オタクグッズなど無関心な者からしたら、この部屋はやたらと物が多いなくらいなものなので仕方がない。
「ったくもう…… わかりました。この部屋の物くらいなら持って行っていいですから。それなら俺の嫁になりますよね?」

「え!いいの?ホントに?」

「俺の事が好きだから一緒に来てくれるわけではないのは不本意ではありますが、まぁ…… 体から堕とせと誰かが言っていましたし、それぐらいで合意してもらえるなら安いもんです」
 呆れ声で言われたが、それはボクの方だ!と真礼は思った。
 だが、行かないという選択肢を選ぶ為の交渉をする余地のない現状では、これが最善の様に思えてきた。

「なら、まぁ…… うん。体がどうこうってのは、その…… お手柔らかにね?ボク未経験だから、色々と無理よ?」

「…… それは俺を煽ってます?『あぁ、これは今すぐどうこうして欲しいんだな』とか、深読みした方が良かったりしますか?」
「ちがうよぉぉぉ⁈どうしてそうなるかなぁぁぁ!性欲の塊だな、君達はホントにさぁ‼︎」
「褒めないで下さいよ、そんな。絶倫だなんて」
 照れ臭そうな声なのが、妙に腹が立つ。
「言ってねぇし!」
「言っていませんか。でもまぁ事実なので、近いうちに体感できますよ」
「頼むから、これ以上ボクの幸先が不安になるような事言わないで…… 」
 ガクッと項垂れ、真礼が小さな声で呟いた。
「では行きましょうか、マヒロ様。荷物は後で運んでおきますからご安心を」

「…… もう一生、此処へは戻れないの?」

 生まれ育った世界に思い残しがあり過ぎて、どうしても躊躇してしまう。
「そうですね、世界の均衡がまた安定するまでは…… 少なくとも」
「それってどのくらいなの?」
「わかりません。以前、“純なる子”を呼ぶ為に転移魔法が使われたのは千年前で、その間の状態を観測をしていたデータを調べてみない事には。確約は出来ませんが…… 里帰り程度にこの世界を覗き見るくらいは、どうにかやってさしあげますよ」
「え?それ先に言ってよ!それなら悔い無くルプスにい、い、行けるって思い込んでおく!」
「そのたびに俺の腹の中ですし、嫌なのではと思ったのですが。ホントにただの壁視点で色々観られるだけですよ?」

『来世は推しの私室の壁になりたい』と豪語する身としては、充分悪くない提案だった。

「…… えっちな事されないなら、多分平気かも?知らんけど」
「はっはっは。無茶言わないで下さいよ、嫁を飲み込んで何もしないとか何処の雑魚ですか。——っと、これは言わないでおいた方が良かったですね」
 ごほっと咳払いをし、ヴァントが「えぇ、もちろんです。何もしませんよ」と言い直したが、もちろん当然の如く無駄だった。

「本心ぶちまけた後に言っても意味無いって。…… ったく」

 ふぅ…… と、真礼がため息をついた。
 アホみたいなやり取りだが、やっぱりヴァントと話すのはとても楽しい。『嫁になれ』に関しては困った要求ではあるものの、『段階を踏めば多分きっと平気…… かもしれないと思っておこう、うん。漫画とかでは気持ち良さそうだったし…… 』と、真礼がこっそり決意する。
 どうせ逃げるという選択肢が無いのなら、『大好きな世界観の場所で暮らせるのだ、オタク冥利に尽きるではないか』と考えねばやってられない。

 前回とは違って使命や義務も無い。異世界での嫁業かぎょうがどういったものか想像もつかないが、ここまできたらもう、ノリと勢いで乗り切るしか無いだろう。
 少なくとも、異世界まで迎えに来てくれる程には愛されている。その事実が背中を押し、真礼は「じゃあ、また色々と考え過ぎちゃう前に行きますか!」と、漢らしく宣言した。

「では、何処でもいいので壁に触れて、押し込んでいって下さい。後はこちらで飲み込みますから」
「…… それ、痛い?」
「母から聞いた限りでは、痛くは無いそうですよ」
「そ、そっか。…… よし」

 ゆっくり立ち上がり、真礼が深呼吸をする。
 一番近いベット横の壁の前に移動し、ゆっくり右手を近づけていく。心臓がばくばくと跳ねて、ひどく五月蝿い。恐怖心は無いが、自分が『この世界からは消えてしまう』事実が頭を掠めた。

「マヒロ様…… ありがとうございます、俺を選んでくれて。愛していますよ、一生貴方を支え、仕え、尽くし通すと誓いましょう」

 とても穏やかな口調だが、熱っぽさも感じるヴァントの声が、真礼の不安を打ち消した。
「あはは。ボクの方は…… 愛して無いけどねぇ」
 憎まれ口を叩きつつ、真礼が壁の中にずぶずぶと取り込まれていく。生まれ育った世界とのお別れは、今回はとても平穏に訪れたそうだ。

       ◇

 ——後日。
 二人は王都に住まいを持ち、ヴァントは妖怪ぬりかべとしてのスキルを生かして密偵職に就いたらしい。職務上海外での仕事ばかりだが、能力のお陰で瞬時に帰れるので、家からの通いだ。

 真礼の方は、最初のうちは異世界への密行者である事を隠し通してきたのだが、ヴァントの転職を機に、神殿経由で同じく“純なる子”であった柊也と連絡を取り、同じ異世界仲間として“神龍の嫁のお友達”枠を手に入れて、今では好き勝手に暮らしているそうだ。
 とはいっても、何も権力を振り回して贅沢三昧というわけでは無い。
 家・散歩・趣味の時間という、今までのサイクルにただ戻っただけらしいので、何とも平和な“好き勝手”と言えよう。

 夜は夫がしつこくって色々と大変らしいが、その辺は柊也とのお茶会の時に愚痴りあいながらなんとか乗り切っている。

 ヴァントが友人に、嫁の真礼が『ここへ来て良かったなと思える生活は手に入れた』って言ってくれたと話していたそうなので、二人は二人なりに幸せになったのだろう。

 真礼がヴァントへの恋心を自覚し、それを言葉に出来る日も、きっとそう遠くはないはずだ。


【終わり】
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みんなの感想(1件)

月華
2020.02.07 月華

初めまして
お話すっごい素敵ですね。
私好みで見つけられて良かったです。
今は体調を崩しやすいので体調に気を付け下さい
更新待ってます(*´∀`)

月咲やまな
2020.02.07 月咲やまな

 感想をお書き頂きありがとうございます!
 とっても嬉しいです*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
 涙流して喜ぶレベルで!

 なかなか慣れぬままBL小説を色々模索しながら書いております。あと本編が数話。番外編も数作待機している状態なので、最後までお付き合い頂けると嬉しく思います。

 体調にまでお気遣いいただき感謝致しますm(_ _)m。新型コロナウィルスの問題などもありますしそちらもお身体をお大事に。

解除

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