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【二人目の“純なる子”エピソード】

来世は推しカップルの私室の壁になりたいボクの話⑥

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「気の、せい…… だよね?」
「いやいやいや、俺を居ないものとするのは流石に失礼ですよ?わざわざルールを破ってまで、こっちに来た俺に対して」

「で、でたぁぁぁぁぁ!オバケッ!」

 側に置いてあった推しキャラの枕を強く抱きしめ、悲鳴に近い声を真礼があげた。
「…… おい、アンタ。俺がぬりかべの子だって忘れてませんか?」
 イライラしてきているせいか、さっきから言葉遣いが中途半端だ。

「もしかして、ヴァント?本当に…… そこに居るの?」

 枕をぽとっと膝の上に落とし、真礼がのっそりとした動きでベットから立ち上がった。
「ええ、居ますよ。戻って来てもらう為の手札を用意していたら一ヶ月も経ってしまいました」
 やっと会話が成立し、ヴァントの声に安堵の色がある。
 まだイマイチ信じきれていない真礼が恐る恐る壁に向かい手を差し出す。触れようとした直前で、「俺に触れたら連れて行きますが、覚悟はいいんですか?」と言われ、手が止まった。
「戻るって…… まさか、ルプスにって事?」
「はい」
「出来ないって神官達が言ってたじゃん。世界の均衡が崩れるから、何度も『無理だ』って。『召喚獣が居ないと』って。もしかして、ウルススも此処に来てるの?」
「いいえ、ウルススは無関係ですよ。なのでマヒロ様が戻るとしたら密行扱いとなります。転移管理をしている神殿の者にバレたら、俺達揃って捕まりますね、ははは」
「待てオイ。笑い事じゃ無いわ。犯罪やってまで来いって無茶言うな」
「でも、マヒロ様を連れ戻さないと俺、一生独身ですよ?可哀想だとは思いませんか?」
「脅してるつもりか?脅せてねぇぞ?」
「口が悪いですねぇ、マヒロ様。でもちょっと楽しいんじゃないですか?久しぶりに俺と話せて」

「——っ!」

 本音を言い当てられて、真礼が喉を詰まらせた。
 クマ耳のあるヴァントの姿が見えないのは残念だが、久しぶりに話せて楽しい。返事の無い独り言よりも、ずっと。
「た、楽しそうに見えたとしたら、それはさっきまで本を読んでいたからですぅ!君と話したからじゃないもん」
 ツインテールの黒髪を揺らし、真礼がぷいっと顔を逸らした。が、どこを向こうが壁か窓に囲まれているので逸らせた感が無い。ヴァントがそこに居るのだとわかると、さっきまでは気にしていなかったのに、どこを向こうが視線を感じる気がする。
「ほぉ。これがツンデレってやつですか。実際やられると地味にムカつきますね。俺の好みじゃ無いのでやめて下さい」
「君の為に敢えてやった訳じゃねぇって!素だよ!それをツンデレ言われると、こっちが恥ずかしいわ!」
 枕を掴み、真礼がベットに叩きつけた。
「…… あれ?何でヴァントが何で“ツンデレ”なんて単語知ってるの?」
 キョトン顔をして真礼が訊いた。そういった類の用語は一切興味を示さず、彼には終始聞き流されてきたので、驚くのも無理は無い。
「この一ヶ月間でウルススに仕込まれましたからね。『マヒロ様を嫁として攫うなら、その後の会話も大事だ』と」
 物騒なワードが混じっていた気がし、真礼が『ん?』と首を傾げた。

「という訳で、俺の嫁になる為に帰って来ませんか?マヒロ様」

「…… イヤだよ。好きでもない相手の嫁になる為に異世界に戻るとか、意味わかんない」
「でも、俺達の世界は好きでしょう?剣に魔法、魔物や妖怪が世界に溢れ、獣人が数多く生活する世界なんて、生粋のオタクであるマヒロ様には天国みたいな場所なのですよね?」
「そりゃまぁ、そうだけど。だからって…… 」
 ヴァントの的を得た発言に、真礼が反論出来ない。
 もう一押し足りないなと思ったヴァントは言葉を続けた。

「衣食住は今まで通り保証しましょう。こちら側で発刊される、マヒロ様の欲しいありとあらゆる本もセットでお付けしますから、俺と結婚しませんか?」

 真礼の目が一瞬大きく見開かれた。
「何だよそのプロポーズは。ダッサイなぁ、色気もトキメキも微塵も無いじゃん」
 クスクスと笑い、真礼がベットにどさっと腰掛けた。
「…… でも何でだろうね。それならそっちに戻ってもいいかなぁって思えるのは」

「自覚がないだけで、俺の事が好きだからじゃないですか?」

「どっからくるんだよ、その自信は」
「俺がマヒロ様を好きだからですよ。一緒に居てとても楽しいですからね、一生側に居たら退屈しないだろうなと思えるのって、結構大事なことだとは思いませんか?」
「まぁ確かにねぇ。でもなぁ…… 結婚までしたら付属行為が…… ありますよね?」

「当然じゃないですか!交尾は夫婦の基礎、基本、子作りは俺達の最も強い本能です。嫁にはなるが交尾はしないとか、強姦して報復するレベルの裏切りですよ」

「どう言おうがヤル事には変わらんのか!性欲のバケモノめ、無駄に熱く語りやがって」
「所詮俺達は獣ですからね。ましてや自分は妖怪とのハーフですから、倫理の欠如に関しては人並み以上ですよ」
 ふふんっと自慢気な声が部屋に響き、真礼の背に寒気が走った。

「それ自慢する点じゃないから!道徳の勉強をしてから出直して来い‼︎」

「道徳観や倫理観は知識として持っていますのでご心配なく。従うかどうかは、まぁ別の話ですが」
「別にせず、今従って下さい!誘拐も強姦も犯罪だからね?」
「では…… 嫁にはなって頂けないという事ですか?」
「うん。だって、ハッキリ言ってめっちゃ怖いし。結婚と本をセットでとか、ファーストフードのレジみたいなノリ言われてもさ、何の本を?って感じだし」
「全てですよ、この世の全て。過去・現在・未来を含めてです。友人の一人が本の付喪神なんですよ。頼みをきいてやる交換として、マヒロ様の世界の本をも手にする算段を取り付けてきました」
「…… それって、これから先に発刊される物も含めて全部って事?」
 オタクとしては魅力的な提案に、グラッと数ミリ心の天秤が動いた。
「魔法万能な世界なので電子書籍とやらは無理ですが、紙の本であれば。付喪神的なセフィルは“記録院バベル”のトップなので、多少の事は揉み消せます。まぁ、そもそも世界を超えて本を入手したくらいではバレもしませんけどね。そもそも俺達妖怪は、獣人達のルールから外れた存在ですから」
「君は半分獣人なんだからルールには従えよ」
 真礼が即座につっこんだ。

「…… はぁ。ったくもう。それにしても、交換条件って一体何をやらかしたのさ」
 俺が何かやらかした前提なのか、とヴァントは思った。

「セフィルの逃げた嫁であるトウカさんを探して引き渡しただけですよ。本のある場所なら奴でも見つけられるんですが、それを知られているんで自分じゃ見つけられないと、前々から泣きつかれていたんです。ならばそれを交換条件にしてやろうかなと。俺だったら、壁さえあれば見付けられますからね」
「逃げたんならそっとしておいてあげようよ!きっと、話し合いで解決しないから、その子は逃げたんだよ⁈」
「はっ!『愛が重過ぎる』なんて理由で逃げる方が悪いんです。逃げるなら最後まで逃げないと。世の中弱肉強食ですから、逃げ切るつもりなら相手よりも強くないといけません」 
「…… それ、遠回しにボクにも言ってる?」
「はい」
 ヴァントが断言した。
 悪びれた様子は微塵も無い。
 ヴァントよりも強いはずが無い真礼は、『プロポーズを断る』という選択肢を排除されてしまったが、何て回りくどいやり方だ。

「でも俺はそれなりには優しいので、『一生壁に触れられず、恨みがましい視線を常に感じながらこちらの世界で生きていく』か『好きな漫画や小説に囲まれて俺の嫁になる』かの二択から、この先の人生を選ばせてあげましょう。マヒロ様はどちらがいいですか?」

「壁に触れない、とは?何その条件。二択提示してる感満々だけど、それ答え決まってね?」
「先程言いましたよね、『俺に触れたら連れて行きますが、覚悟はいいんですか?』と」
「え、待って。それってこの部屋の壁だけじゃないの?」
「俺はどこにだって移動できますよ。実際今だって異世界まで来てるじゃないですか。まぁ…… 残念ながらこちらで人化までは出来ませんが、コミュニケーションを取るくらいなら、この様に。ちなみに、何もない場所に壁を作ったり、見えない壁をマヒロ様の目の前に出す事だって出来ますから、欲求不満がピークを超えたら、いきなり取り込む事も無いとは言えないですね」
「かなーり地味だけど、やろうと思ったら絶対に無理ゲーじゃん!壁に触れないでこの先生きてくとか!寝返り打てばぶつかるかもしれないし、疲れたら壁に寄り掛かかる事だってあるんだし、ましてや見えない壁とか!避けれる訳ねぇだろぉぉ」

「そうなった場合は即俺の腹の中ですね」

「いやぁぁぁぁぁぁ!変な所お父さんに似るなぁぁっ!」
 ヴァントのご両親の馴れ初めを思い出し、真礼が叫び、頭を抱えて仰け反った。
「はっはっは。流石に孕むまで壁から出さないとか、そんな暴挙には出ませんよ。耐えきる体力がマヒロ様には無いでしょうからね」
「うん!孕む前に死ぬね、絶対に!ってか、ボクこんな格好だろうが男だからね?人間の男はそもそ孕めませんからね⁈」
 今着ている、ウサギ耳と尻尾の付いた女性物の可愛らしいパステルピンクのパジャマを軽く引っ張り、『わかってる⁈』と真礼が主張する。
「まぁ、その辺はおいおいどうにかするとして——そろそろ答えをお聞かせ下さい。今戻るか、そのうち拉致られるか、どっちにします?」

「それもう、どっちも同じじゃん!どうせ『そのうち』なんて言って、明日か明後日なんだろう⁈わかってんだからな!」

「流石です、マヒロ様。では帰りましょうか」
 圧倒的有利なヴァントの声が、真礼には悪魔の声の様に聞こえた。


【続く】
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