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【インバーション・カース 〜異世界へ飛ばされた僕のその後の生活〜】

一年目の過ごし方①

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「アグリオスさん、今日もよろしくお願いします!」
「あぁ、来たか。いいぞいいぞ、お前は本当にいい生徒だな」

 果ての見えぬ本棚の数々が並ぶ『知識の間』には、今日も柊也とアグリオスの二人が居る。
 アグリオスの定番スペースとなっている空中に浮かぶ魔法陣のプレートの上に置かれたソファーに柊也は座り、まるで学生の様にノートと筆記具を片手に、いまかいまかとアグリオスの講義を待っている。
 アグリオスはブカブカの白衣をずるずる引きずりながらホワイトボードの前に立つと、手の平をペシペシと指示棒を叩いた。

「さぁ、今日はどんな質問をオレにぶつける気だ?あぁ?」

 そう言うアグリオスの顔はちょっと嬉しそうだ。
 異世界みたいな場所から来た柊也との会話はいい刺激になるからか、彼はこの時間を最近とても楽しみにしている。

「もちろん、『インバーション・カース』の歴史についてで!」

「随分熱心にそれについて訊いてくんなぁ、お前は」
「まぁ、ここに呼ばれた原因になった現象ですからね、気にもなりますよ。獣人達から教えてもらえる歴史と、史実との差異も気になるし。どうして視点の差だけでこうも受け止め方が違うのかなぁとか…… 色々考察するのが楽しくって」
「そういや、前の世界では大学生だったんだったな、お前は」
「一応は。学費稼ぐ為にバイトばっかしてて、本末転倒気味でしたけどねぇ…… ははは」
「でもまぁ、学びたい気持ちを持ってるのは良い事だな。オレは評価すっぞ」
「ありがとうございます」

       ◇

「…… ——じゃあ次は、ダークエルフの件について訊いてもいいですか?」

 開始から既に一時間が経過しているが、柊也は休憩も無しに手を挙げて質問を続けた。
「あぁ、そんな奴らもいたな。アレはだなぁ…… 」と言いながら、ホワイトボードに描いていた絵を消し、次は三頭身をしたダークエルフのイメージ画をアグリオスが黒いペンで描き始めた。
 彼の絵は上手い訳では無いのだが、妙に味がある。そして、可愛らしい。絵を描くのは好きなのか、彼は講義中必ず絵を描いて相関図的はものを表現する。人間関係がわかりやすいので柊也としてはありがたかった。だが、それをノートに上手く写すセンスが柊也には無い事が、毎度毎度悔やまれる。スマホ的な物でもあれば写真を——といきたい所のだが、あいにく此処には無いままだ。

「なぜ一夜にして滅んだか、だな?聞きたいのは」
「です」と言い、柊也が頷いた。
「えー、ここの世界での限定的なものになるが、“ダークエルフ”と呼ばれた奴らは、エルフ族の中でも、『死』や『死後の世界』に取り憑かれた者達を蔑視した呼び方だったんだ。長寿故に訪れぬ『死』というモノに過剰な期待や切望を抱いた者達が変異し、ダークエルフという存在に変貌していった。んで、タイミングがいいのか悪いのか、千年ごとのニャルラトホテプの現象が重なり、やっと望んでいた『死』を手にしたっていうのが真相だ」
「…… じゃあ、エルフ族そのものの種が根絶した訳では無い?」
「あぁ、深層の森の最奥で今ものんびり暮らしてんぞ。死んじまったのは、ダークエルフとして彼らから離れた奴らだけだ。だけど大量の——それこそ『種族』とまで呼んでも過言では無い人数が一気に死ねば、どんな捉え方をしようが『呪いだ』ってなるわなぁ」
「なるほど…… 」
 柊也は深く頷き、ノートにメモを取る。今は殴り書きに近い字だが、帰ってから清書する予定なので、問題ない様だ。

「今日は此処までにするか。オレも今日の事を記録しておきてぇからな」
「はい、今日もありがとうございました!」
「おう!」
 そう言うアグリオスは満足気だ。腰に手を当て、胸を張り「しっかり学べよ!知識は力だからな」と柊也に言った。
「だけど、それにしたって勉強熱心だよな。別にそこまでしなくても、誰もお前をブッ殺したりなんかしないと思うぞ?」
「いやまぁ、そうなんですけどね…… でもいつか自分が死んだ後に、『ユランの嫁はカスだった』みたいに伝承されたくないなぁって」
 ため息混じりにそう言い、柊也がちらりと足元にずらりと並ぶ本棚の数々に視線をやった。

 柊也の存在は確実にこの世界の歴史に残る。

 そうなった時に、恥ずかしい存在として記録されたくない見栄が彼にはあった。どうせ名が残るならまもとに記録されたい——そう思うのは、まぁ可笑しな事では無いだろう。
「…… 死ぬ?誰がだ?」
「え?僕ですよ。だって、ただの人間だし。いいところ七十か八十くらいで寿命がきますからねぇ」
 目を瞑って、柊也が深いため息を吐いた。今はまだまだ若いから良いが、自分が死んだ時に、伴侶であるユランがどうなるのか今から心配だ。

 悠久の昔——邪神・ニャルラトホテプが片思いの相手が既に死んでいる事を知った時、制御不能なまでに暴走し、この世界が大混乱になった。その事を思うと、自分が死んだら、前回の様にニャルラトホテプの魔力とユランの魂が暴走し、第二の天災が星を襲うのではないかと…… 柊也は今からとても心配だった。

 そうならぬ様、心の支えになる様な想い出を沢山作り、少しでも何かユランに残しておいてやりたい——

 突然大事な者を失った者を身近で見て育った身としては、切実な悩みだった。
「でも、お前——」と言ったアグリオスが、途中で言葉を止めた。『あ、は自分が言うべき事じゃねぇな』と思ったのだ。
「…… どうしました?話の続きは?」
 柊也が不思議に思い、言葉を促す。
 だがアグリオスは、「いや…… 何でもねぇ」と、首を横に振った。
「変なの、アグリオスさんらしくないですよ?」
 思った事をバンバン言う彼が言葉を詰まらせた事を柊也は不思議に思ったが、問い詰めたからといって言ってくれるとも思えず、そのままノートを閉じた。

「次は、また明日来てもいいですか?」
「オレは平気だが、随分と最近多いな。そんなに暇なのか?」
 ホワイトボードに描かれた絵や文字を消しながら、アグリオスが訊く。柊也の事が大好きなユランがこうもここまで彼を放置していて平気なのか?と一瞬思ったが、『…… だよなぁ』と、心の中だけでボヤいた。
「…… 暇ですねぇ、ホント。別に僕はこれといって役割も仕事も無いし。ユランの側にいるくらいしかお役目が無いのに…… 当の本人が僕の事を完全に忘れて放置してますから」
 はははとカラ笑いをしながら、柊也がノートを片手に立ち上がる。
 新婚当時ならばこんな時は直ぐにユランが飛んで来て、『柊也様を返せ!』とアグリオスから彼を奪い取っていく事など日常茶飯事だったのに、今ではもう随分と長い事放置される事が当たり前になってきた。
 時間感覚の差…… 永き時をこれから生きていくからなのか、ユランの時間の使い方に柊也は最近ついていけないでいる。長い期間二人の部屋に帰らなくても、ユラン的には『ちょっと』でしかないのだ。なので、柊也が何故毎度拗ねているのか、ユランはイマイチわかっていない。会える度に『あまり放置するな』と柊也はきちんと伝えているのだが、感覚の差が邪魔してしまい、実行には移してもらえずいにいた。

「あー…… いくらでもこっちは付き合ってやれるから、いつでも来いよ。日々学んでりゃ、そのうち同じ事に打ち込んだり出来んじゃね?」
「…… そうですね。僕の居た世界での知識とかもユランは興味あるっぽいんで、そのうち…… またそう出来るといいなぁとは思っています」
 柊也はそう言うと、ちょっと寂し気な笑みをアグリオスへと向けたのだった。


【続く】
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