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【二人目の“純なる子”エピソード】

来世は推しカップルの私室の壁になりたいボクの話④

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 あっという間にそこそこの月日が経ち、なんやかんやあって柊也が“孕み子”の完全なる解呪に成功したという朗報がカムイの街にも届いた。

 その報告を聞いた司祭や神官、巫女達が手放しで歓喜し、街中はお祭り状態だ。
 歴代の“純なる子”は呪いを“孕み子”の身の内に押さえ込み、呪いの効果を千年間のみ無いものとしてきたが、柊也は完全に解呪を成し遂げた為、もうこれから先、この世界はインバーション・カースによる弊害には永遠に襲われなくなったそうだ。その代償として柊也はこの世界に残らねばならなくなった。

 ——が、最初の一発目以外は、結局本当に何もしていなかった真礼は、ここへ留まる理由が無い。

 そのせいか、司祭達は『早くこの穀潰しには帰ってもらおう!』という空気感満々に「今までのご滞在、ありがとうございました」と恭しく総出で頭を下げる姿を見て、真礼は溜め息をついた。

「はいはい、用無しは帰れって事ね。分かってますよー」

 爪磨きで爪の形を整えつつ、真礼が面倒くさそうに答える。
 今日も今日とて綺麗なドレスを身に纏い、周囲に反感を買う態度をあえて取る。ここへ残る柊也の価値を少しでも上げておこうという真礼なりの気遣いなのだが、それに気が付いたのは当然、四六時中行動を共にしていたヴァントだけだった。

「ウルススが戻りましたので、儀式の間へ移動願います」

 頭を下げて、巫女が言う。
 この身一つで帰還せねばならぬ事を事前に聞かされていた真礼は、爪磨きをサイドテールに置くと、寝転がっていたソファーから立ち上がった。
「さて、帰るかー」
 ぐぅと背筋を伸ばし、真礼がチラッとヴァントの方を見る。
 司祭達の列に並び、結局一度も本領を発揮せぬまま、終始ただのお世話係りでしか無かった彼もがまるで他人行儀で、真礼の心がチクッと痛んだ。

       ◇

 儀式の間に全員が到着すると、部屋の中心にはもう召喚獣ウルススが待機していた。

「久しぶりだね、マイソウルメイトよ!」

 ヒグマをそのまま猫サイズにしたくらい小さな姿をしたウルススが、手を挙げて真礼との再会を喜んだ。
 長い事色々な世界を巡り、“純なる子”を探すうち、この世界には無いオタク文化にハマったウルススは、オトコの娘である真礼に逢った途端、何でか甚く感銘を受け、勝手にソウルメイト認定をし、勝手に部屋へと押し掛けてオタク談義を一夜ぶっ通しでした後、そこそこにしか事情を説明しないままこの世界へ真礼を転移させた張本人だ。

 なぜこの世界に自分が居るのかをウルススが大雑把に話した段階で既に、『ボクは周囲を観察して終わっちゃいそうだなぁ』と真礼は言っていた。

 だが『真礼様だって行けば仕事するだろ。何たってオタク大好き異世界転移だし!』と、ズバ抜けた素質の高さもあって軽い気持ちで送り出したのだが、まさか本当に仕事をしないで突き通すとは流石に微塵も考えていなかった。

『全てが終わったので帰ってこい』と指示があり、渋々戻って即司祭から『アレは無い!』と叱られながら真礼側の事情を聞かされた時、ウルススは『今は「異世界を救えとか言われたけど無理なんで〇〇始めちゃいました」系もあったよね。そっかぁ、そっちに走ったかぁ』と、終わりよければ全て良し!効果もあって説教など右から左に聞き流し、落胆する事はなかった。

「久しぶりだねー、元気にボクの代役こなしてくれた?バレたりしなかったかい?」

 きゃっきゃと愛らしく、床に魔法陣の描かれた異質な部屋の中で真礼とウルススが手を取り合いながらはしゃいでいる。
「もちろん!沢山バイトして、真礼様が不在の間に発売された推しキャラのアイテムと新刊はちゃんと揃えておいたから安心して戻って平気だよ!」
「ありがとぉぉぉっウルスス好きぃ!」
 イベントで売り子をやっている人の代わりに、好きなサークルの同人誌を買っておいてくれた友人同士の様なやり取りをし、真礼がウルススを抱き上げて頬ずりをする。その様子を見て、ヴァントが隠す事なく不機嫌な顔になった。

「マヒロ様、そろそろ送還の儀式を…… 」

 司祭に声をかけられ、真礼がウルススを床に下ろす。
「…… もう、逢えないんだね」
 真礼はウルススの頭を撫でながらボソッと呟いた。視線も全てウルススに向けられているのだが、彼はその言葉が自分へ向けられたものでは無いなと思った。
「それは真礼様次第じゃないかな」
「今からでもココへ残りたいって?無理だよ、推しの新作がボクを待ってるんだし、帰る」
 普段は敢えて空気を読まないが、本当は読む事が出来るので、今ここで『何となくまだ名残惜しい』程度の気持ちでは残れない。延期を願う事も出来ない雰囲気である事は、真礼もちゃんとわかっている。
「そっか。じゃあ楽しみにしてて、部屋の真ん中に敢えて山積み未開封のままだから!」
「君はホントわかってるねぇ、流石だわ!ウルスス、ありがと」
「——マヒロ様!」
 司祭にせっつかれ、真礼が渋々感一杯に立ち上がる。
 水色のシルク製ドレスの裾を持つと「これ脱いで置いていった方がいい?」と巫女達に向かい訊いた。
「いえ、お持ち帰り下さい。滞在して頂いた礼です」
 そう答えたのは、巫女ではなくヴァントだった。
 今真礼が着ているドレスは偶然彼が個人的に用意した物なので、持ち帰ってもらいたいというのだ真相なのだが、それを伝える事を彼はしなかった。

「そっか、ありがと。一番気に入っていたから遠慮無く貰っておくね」

「……っ」
 真礼の言葉で、ヴァントが喉を詰まらせた。
 大量に用意された服の中にこっそり混ぜておいたプレゼントに対し、そう言ってもらえて嬉しかったからだ。
「お似合いですよ、とても」
 ヴァントは笑顔で言ったつもりだったが、表情は切なそうなものだった。


 今までの無駄な日々が妙に名残惜しい。
 王都までの警護を命令されて神殿に来たはずなのに、蓋を開けてみれば我儘放題な“純なる子”の世話係で終わったというのに、真礼が居なくなると思うとヴァントは胸に苦しさを感じた。

「当然だろう?ボクに着こなせない可愛い物は無いからね。帰ったらファンタジー系でコスプレにも挑戦してみようかなぁ。実体験有りだと、ちょっと違う雰囲気出せるかも⁈…… なんてね。んじゃ、お世話になりました皆さん」

 背を正し、礼儀正しく真礼が司祭達に向かい頭を下げた。今までとは一転した態度に、周囲がどよめく。
「じゃあ送り届けますねー」
 ウルススが天井高く飛び立ち、空中をくるんと回る。緑色に輝く五芒星の美しい魔法陣を空間に描き出すと、瞼を閉じたくなる程の眩い光を部屋中に放った。

「さようなら、ヴァント。…… 何だかんだ言ってもさ、ボクは君の事——嫌いじゃぁなかったよ」

 その言葉を最後に、真礼は元の世界へと帰って行った。


【続く】
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