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第四章

【第十一話】一夜の始まり

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 水晶球を介したウネグとの通信を終え、柊也が背筋を軽く伸ばす。
 短時間だと思っていた会話だったが、硬くなった体をこうやって伸ばしてみると、ずっと同じ姿勢で話していた事の弊害を実感した。『後でルナールにマッサージでもしてもらおうかな?』と一瞬考えたが、そんな考えは即捨てた。今更だが、恥ずかし過ぎる!
 今日やっと自分がいったいルナールの事をどう思っていたのかを自覚してしまったせいで、側に寄ったり触れられるなんて、これまで以上に気軽に出来そうにないなぁ、と少し染まった頰を軽く押さえながら柊也は思った。
「柊也様、奥の方も見てみませんか?」
「そうだね。休める部屋があるといいけど」
 そう話しながら二人が神殿の奥の方へと進んで行くと、すぐに台所を発見した。会社や学校にある給湯室程度の広さだが、主だった道具が一式揃っており、今すぐにでもここに住んで生活できそうなくらいだ。この地域の神殿担当管理者はもしかして料理好きなのかな?と、柊也が不思議に思っていると、ルナールも「料理のお好きな方が管理されているのですかね」と言い、ちょっと嬉しい気持ちになった。
 同じ事思ってたんだ。とても些細な事なのに、そんな小さな事がすごく嬉しい。
 『恋、おそるべし!』なんて考えながら、ルナールが床に置いた大きい荷物に柊也が手を伸ばす。鞄の中に入る食材を取り出しながら、柊也は勝手に今夜の夕飯のメニューを悩み出した。
 顔や身長、性格などなど全てにおいてルナールには遠くおよばない。それぞれの良さが互いにあるなど、全く柊也は思っていない。月に恋する兎くらい無謀な相手に惚れてしまったと柊也は思い込んでいる。ならばせめて、料理できる子アピールでもして、少しは好感度をアップ出来ないだろうか?と、姑息にも考える。幸いにして、勝手は大幅に違えど一通りの家事は出来る。そこから気を引けたなら、ちょっとは自分を好きになってくれないだろうか?いい思い出としてルナールの中に残る事が出来るんじゃ?——と、淡い期待を胸の中で膨らませる。
 自分が既にルナールから相当好かれているなどとは、柊也は全く気が付きもしていないみたいだ。
「今夜は僕が作るよ。たまにはゆっくり休んでいて」
 柊也がそう言うと、ルナールが渋い顔になった。
「どうしたの?そんな顔して。あ、僕が料理できないとか心配になった?まぁ、勝手が違うから自信は正直無いけど、簡単なものなら多分いけるよ。ルナールは竃に火だけ着けてくれる?」
「…… えっとトウヤ様、あの——」
 ルナールの歯切れの悪さを柊也が不思議に思っていると、「あの、柊也様!」と困り顔をしながら、ルナールが柊也の服の袖を掴んだ。
「ん?何?」
「お気付きかと思っていたいたのですが私、食事は——」
「あぁ。ルナールって少食だよね、知ってるよ。邪魔になるからって食材も大して持ち歩いていないし、丁度いいね」
 竃の前にしゃがみ、柊也が中に薪を放り込む。棚を開けて鍋やフライパンを取り出した時、またルナールが柊也の服を掴んだ。
「違うんです、私は飲食が一切出来ないんです。なので作って頂いても飲み込めないので、食事は柊也様の分だけで。なので、私がご用意します!」
 その言葉を聞き、柊也は驚きを隠せなかった。随分食べないなとは思っていたが、全く無理だと気が付きもしなかった自分にもビックリした。
「…… え?待って、それってたまに突然倒れて死んだみたいになったりするのと何か関係あるの?まさか、別の呪いか何か⁈僕に出来る事ないの?」
 柊也が勢いよく振り返り、ルナールの服の胸元をギュッと強く掴んだ。
 胸に飛び込み、抱きついているみたい状態のまま、ルナールの顔を柊也が見上げる。思わず抱き返してしまいそうな手をどうしていいのかわからないまま、ルナールが固まった。
「あ、えっと…… 違うような違わないような…… 。これは、自由の代償だからあきらめがついているというか、たまにしか困らないし、むしろ柊也様が今まで本気で気が付いていなかった事にびっくりしたと言うべきか…… あーもう可愛いですね、トウヤ様は」
 ルナールがボソボソと喋り、後頭部をかく。困惑している柊也とは対照的に、距離の近さが嬉しくってしょうがない。
「何で…… そんな大事なこと、僕には話してくれなかったの?」
 柊也に悲しそうな顔を向けられたが、それすら可愛くってしょうがない。
「話す程の事でもないと思いまして」
「なあなあに誤魔化されるよりは、早々に言って欲しかった!」
 全然自分はルナールに信用されていなかったんだろうか?大事なことではないと判断したのだとしても、それならそれで自分には話して欲しかった気持ちでいっぱいだ。ルナールとの距離を感じ、柊也が落ち込む。
「すみません、トウヤ様。これからは気を付けますので」
 そっと肩を抱かれ、柊也の心が少し揺れた。そんな柊也の髪に顔を沈め、ルナールが頬ずりをする。なんだか少し誤魔化されているような気もするが、柊也は少し絆されてきてしまった。
「食事は一緒に作りませんか?トウヤ様と同じ事をするだけで、私は楽しいので」
「そうなの?」
 もしかして、今まで飲む真似とかまでしてくれていたのも同じ理由からなのかな?と思うと、それだけで気分が持ち上がる。むしろ、『コイツ、可愛い奴め!』と思えてしまい、恋心の恐ろしさを柊也は再び実感したのだった。


「——トウヤ様、お喜び下さい!こちらの浴室は温泉付きでしたよ!」
 食事を簡単に済ませ、柊也は後片付けをしていた。その間、狭い台所ではする事が少なかったルナールが申し訳なさそうに、『私は浴室でも見てきますね』と言って少し離れたのだが、戻って来た時にはとても素敵な笑顔で目を輝かせていた。
「温泉⁈いいね!」
 尻尾があれば振っていそうな程、柊也も喜ぶ。
 元の世界に居た時から温泉が好きな柊也と、温泉には柊也との素敵な思い出がいっぱいのルナール。二人がテンションアップしたのは当然の流れだった。
「こっちはもうすぐ終わるから、温泉入ろうか!」
「はい!」
「恥ずかしいから、入るのは別々にね!」
「はい⁈」

       ◇

「——ただ今戻りましたぁ!」
 バンッと扉が開き、ルナールが温泉から戻って来た。頭にタオルをのせてはいるがまだまだ濡れていて、髪からは雫が垂れている。
「はやっ!烏野行水か!」
 柊也はもう先にゆっくり入浴を済ませていて、二人が交代したのはほんの十分程度前の話だ。服を脱いだり着たりする時間も含めて考えると、あまりに早過ぎる。入隊直後の自衛官だってもっと長く入ってるぞ⁈と、柊也は思った。
「一人で入っていてもつまらないので!」
「…… そ、そうなの?」
 そう言われてしまうと、お風呂入り直して来たら?とは言いずらい。『裸を見るのも見られるのも恥ずかしい!』などという身勝手な理由で同時入浴を拒否した身としては、「そっか」としか言葉を続けられなかった。
 体はちゃんと洗って来たみたいなので、それならばあとは濡れた髪をどうにかするだけだ。
「ルナール、そこに座って。僕が髪を拭いてあげるよ」
 先程まで自分の髪を拭いていたタオルを手に持ち、柊也がベットのマットレスを『ここに座って』と言うようにポンポンと叩く。
「え?い、いいんですか?」
 ルナールの獣耳がピンと立ち、尻尾が揺れる。
「うん。そのままじゃ寝られないしね」
 嬉しそうに笑い、ルナールがベットに腰掛ける。マットレスの上で尻尾がぽすんぽすんと揺れていて、嬉しさが滲み出ていた。
「尻尾の水分はちゃんと取ってきてるんだ。こっちは拭かなくても平気だね」
「いいんですよ?そちらも拭いて下さっても」
「どっちもは大変だなぁ」
 柊也がベットの上にあがり、しゅんと肩を落としたルナールの背後に立つ。膝立ちだとやりずらいので、立ってみたのだが…… 微妙にムカついた。
(随分と大きいですね!羨ましいっすわ!あーもうっ)
 タオルでルナールの髪を柊也が乾かそうとしている間中、柊也は尻尾で脚を撫でられ続け、ちょっと変な気分になる。
(こ、これはどういう意図かな?頭拭いてもらって嬉しいのかな?)
 獣耳も丁寧に拭き、水分を出来るだけしっかり取る。ルナールの髪や体からはいい香りが漂い続け、時々見えるうなじは真っ白で実に色っぽい。そわそわした気持ちになりながら、このくらいでいいかな?と髪を一房手に取って確かめる。タオルではこのくらいが限界だなぁ髪の毛長いもんなぁと困っていると、『もっとして欲しいな』と言いたげな目をしながら振り向かれ、柊也はまた必死に髪を拭いてあげたのだった。


「ありがとうございました、トウヤ様」
 そう言ったルナールの顔はとてもご満悦なもので、大の大人とは思えぬ程可愛い顔をむけられ、柊也は直視出来なかった。
「どういたしまして」と答えた柊也の顔は風呂でのぼせた後の様に真っ赤で、ベットの上に胡座をかいて座っているのだが、視線は逸らしたままだ。
「ん?」
 ルナールが小首を傾げて柊也を見る。そんな仕草がまた可愛くって、『人の気も知らないで!あーもうっ』と、普段散々人の気も知らぬまま色々ルナールにやっているくせに、柊也が叫びたい気分になった。
「トウヤ様、おやすみ前にお酒でもいかがですか?」
 そう言いながら、ルナールがベットから立ち上がり、荷物を開けて中を探す。
「地酒が残っているので、こちらをおだししますね」
「いいね。頂こうかな。あ、でも…… 」
 僕だけ本当にいいの?と言いたげな顔を柊也がし、ルナールがにっこり笑って応えた。
「お酌はお任せ下さい」
「…… うん、お願いしちゃおうかな」
 枕をギュッと抱き、柊也がお酒を飲む準備を始めたルナールの背中をじっと見ている。あと少ししかこうやって一緒に過ごせないんだなぁと思うと、彼は感慨深い気持ちになった。
 そんな柊也の姿を横目に見て、ルナールはこそばゆい気持ちになった。小さな体で枕を抱きしめる姿が可愛らしくってしょうがない。眼差しは妙に熱っぽい気がするのに、『風呂は別々で』の様に、やけに距離を置かれたりなどもして、今日は一体どうしたんだろうか?と、ちょっと気になった。
「さぁ、どうぞ」
 レーヌ村でもらった地酒をお猪口に入れて、ルナールが柊也に手渡す。おつまみの一つでも作ろうかと提案したりもしたのだが、『一緒に居たい』と言われては、即隣に座る事をルナールは選んだ。
「いただきます」
「はい、どうぞ」
 くいっと一口で飲み干し、ほっと柊也が息を吐き出す。
 一杯、二杯と次々に勧められ、素直にそれを飲むたびに、ルナールがちょっとそわそわした顔をした。
 早く酔って欲しい。酔ってさえしまえば、またトウヤ様に触れられる。その一心で、ルナールはどんどん柊也に酒を飲ませた。
「相変わらず美味しいお酒だね。温泉の中じゃないのが残念だよ」
「では、今からでも一緒に入りますか?」
 ぼんっと柊也の顔が赤くなり、必死に頭を横に振る。前に風呂場などで見たルナールの筋肉質な上半身を思い出してしまったのだ。同性の裸体だというのに、それがルナールのものだと思うだけですごくドキドキしてしまう。『もっときちんと見ておけばよかった!』と、恋心を自覚したばかりの柊也は激しく後悔しながら、また地酒をくっと一気飲みしたのだった。
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