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第五章
【第二話】記録院バベル
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「柊也義兄様、お茶のおかわりはいかがですか?こちらにはシフォンケーキもありますよ、よかったらぜひどうぞ」
「あ、いえ、お構いなく…… 」
肩身の狭い思いをしながら、柊也が何度も軽く頭を下げる。
目の前に大量の紅茶やデコレーションケーキ、ケーキスタンドに並べられた小さくて美味しそうなチョコレートが大量に並べられ、柊也は『これなんていうお茶会⁈』と不思議でならない。自分の実弟とは似てに似つかないセフィルにずっと『お義兄様』と呼ばれる理由も全く思い当たらず、困惑し続けていた…… 。
記録院バベルの中へと案内されてからというもの、柊也はあっけにとられっ放しだ。
上を見上げても天井は遥か遠く、横も奥行きも広過ぎて自分が今応接間に居ると言われてもピンとこない。様々なタイプのビーム兵器をぶん回して格闘でも始めそうなサイズの二十メートル越巨人族が報告書の山や書類を片手にノソノソと周囲を歩き、柊也達の存在に気が付いているのかどうかも怪しい。並べられている家具類のほとんどが建物にしか見えず、気分はもう不思議の国に迷い込んだアリスだった。
(や…… 絶対に並行世界って認識は間違ってるって。ここは元の世界とは全く別の異世界です。間違いありません!)
うんうん、と一人納得したかの様に頷く柊也の顔を、隣に座るルナールが覗き込む。
「どうかされましたか?トウヤ様」
「どうかも何も…… ここ、落ち着かなくない?ルナールは平気なの?」
周囲にある家具類とは違い、柊也達は自分達に適したサイズの椅子に座り、十人程度が一緒に使えそうな横長のテーブルを前にしている。ずらりと並べられた甘いお菓子はどれも小さくって柊也達にとって丁度いいサイズだ。巨人族が闊歩するこんな場所で、こんな可愛らしいお菓子は一体誰が作ったのか不思議でならない。
「改めて自己紹介させて頂きます。私はこの記録院バベルの長をしている、セフィルと申します」
セフィルが座る二人に対して丁寧に頭を下げる。手袋をした手を胸にそっと当て、セフィルは言葉を続けた。
「先程から柊也お義兄様が『弟面するお前は何者だ?』顔をしたままですので、ちょっと説明をば。私の愛しい愛しい最愛の妻は、名をトウカと申します。トウカはトウヤ様の妹なので、私は柊也様の義理の弟という事になります」
「…… は?」
確かに『柊華』は柊也の双子の妹の名前だが、彼女とは赤子の頃から離れ離れで面識は無い。今も生きているのかも怪しい、そんな妹の夫だと主張する者が突然現れ、柊也はキョトン顔だ。
「もっとも、この世界に居る私の妻のトウカは今ここに居る柊也様御自身の妹ではありませんが、貴方様の元の世界の柊華は貴方様の本当の妹ですので、どっちの私も私である事には変わらず、つまり私は貴方様の義弟となるのです」
「…… は?」
意味不明過ぎて、柊也が同じ反応をまたしてしまった。今されたセフィルの説明が、彼には全く理解出来なかったのだ。
「私は生まれて此の方、本の精霊としてやらせて頂いております。わかりやすく言えば付喪神の様な存在です。私の様な神や精霊の類は基本的にこの世には一体しか存在していませんが、何処にも存在しておらず、でも何処にでも存在出来る者なのですよ」
「…… な、なるほど?」
「よかったですね、トウヤ様。早速神様にお会いできたみたいですよ」
「え?あ、うん。そうだね?よかった…… かな?」
セフィルの言っている言葉の意味は正直よくはわからないが、よかったと言うルナールに対し、何となく柊也が頷いた。
「私とトウカは夫婦です。一心同体です。彼女は私の全てであり、私は彼女の全てです。つまり、彼女の全ては常に私のものでなければならず、私は夫である故に全てを手に入れる権利があります。この世界のトウカも、貴方様の元の世界の柊華も私の妻なので——」
「わか、わかりました!何度説明されようが、その言い分が僕には理解不能であることは、わかりました!」
この人タチの悪いストーカーだ!絶対邪神系の危険人物だ!柊華は無事なの⁈と、記憶にはない妹が柊也は段々心配になってきた。
「素敵なご関係ですね。でも、肝心の奥様は今どちらに?」
ルナールが不思議に思いながら周囲を見る。
こんなに執着しているのならば常に側へと置いておきそうなものだが、それらしい人物は広過ぎる室内の何処にも見当たらない。
「さぁ?今はちょっと彼女が『貴方はしつこい』と怒ってしまっていまして…… 。あ、でもすぐに私の元に帰ってきますよ。本らしき物がある所に私あり。私から延々逃げ続けるなど、絶対に不可能ですからね」
口元に弧を描きながら微笑むセフィルを見て、柊也の背筋が凍った。端正な顔に浮かぶ暗い笑みは、執着と執念に塗れていて怖いくらいだった。
「それは是非早く見つかるといいですね。何か力になれる事がありましたら、遠慮なくおっしゃって下さい」
セフィルに親近感を覚えたルナールが、嬉々として胸を叩く。『えぇぇぇぇ?マジで⁈』と柊也は驚いたが、二人の考えを否定するような発言はとてもじゃないが言えなかった。
「ありがとうございます、ルナール様。貴方様のような方とお近付きになれて、とても光栄です」
そう言ったセフィルの笑みはとても柔らかく、先程の顔が嘘の様だ。
「ははは、ヘタな事を言えば貴方が付喪神だろうが精霊だろうが殴りますからね?」
「えぇ、充分承知しておりますよ」
顔は笑い合っているのに二人のやり取りが、なんか怖い。だが、珍しくルナールが自分以外と意気投合しているのだけは、柊也でもなんとなくわかった。
柊華に関する意味不明な講義を再びされつつ、基本的にはのんびりとしたまま一時間が経過した。
「…… さて、そろそろ本題に入らねばお茶会だけで一日が終わってしまいますね。まぁ、こうやって柊也お義兄様とご一緒出来るだけ私にとっては有意義な時間の使い方ですから、それはそれで構いませんが」
妹の話を聞かされつつ、半強制的にお茶やケーキを食べる事になった柊也が、『そうだった!』とティーカップに口をつけたまま目を大きくさせた。勧めに勧められ、気分じゃないのに食べ始めたお菓子はとても美味しくって、最初の一口以外は自分からすすんで食べた。お菓子は何を食べてもプロのパティシエが作ったのかなと思うレベルで、どれもこれも美味しく、でも甘過ぎないおかげで手が止まらなくなる。セフィルに言われるまで、柊也は綺麗さっぱり記録院まで出向いた理由を忘れていた程だった。
「そうですね!呪いの事色々教えてもらいたいです」
「正直、私は柊華以外の事には全く関心が無いので、今回の一件も『柊也お義兄様が“純なる子”として送られた』くらいしか把握していません。なので、ちゃんと詳しい者を紹介いたしましょう。巨人族のアグリオスという者がきっと、多少はヒントを持っているかと思いますよ」
よくこんな人が記録院の長なんかやれてるな、という疑問を柊也はひとまず横に置いた。
「…… 巨人族ですか。僕でもそんな相手と話せます?」
先程、廊下だと推測出来なくもなかった長い通路ですれ違った巨人族や応接間に訪れていた者を思い出し、柊也の顔色が曇った。二十メートル越えの存在と、どうやって会話などするのだろうか。
「あぁ、彼なら問題無いですよ。会話が成立するかどうかといった問題はありますけどね。巨人族は皆長生きし過ぎていて、マイペースな者ばかりですから」
「もしかして、この建物も彼らが?」
「はい、もちろんです。『地熱エネルギーの強い場所に建物立てたらエコだ』とか言ってここにしたそうですよ。最初は何処まで高く出来るかと楽しんでいたそうなのですが、途中で飽きたそうです。結果的に上層階が随分と中途半端な造りになっていますが、まぁ愛嬌の範囲内でしょう。柊也様の知る富士山が生まれるはずだった場所にこんな物があって、さぞガッカリしたでしょうが、遠くから見ればシルエットはほぼ似たようなものなので割愛して下さいね」
「えっと、はい」
有無を言わせぬ笑みをセフィルに向けられ、柊也が頷いた。
これだけの建造物を造るにはとんでもない量の材料と時間を浪費したんだろうなと思いながら、柊也が手に持っていたままになっていたティーカップをテーブルに戻した。
「では案内いたしましょう」
セフィルが席を立ち、柊也とルナールがそれに続く。
「まともに移動していたらちょっとした旅行気分になってしまいますので、時短の為に魔法具を使いしょうか」
そう言ってセフィルが向かったのは、一枚の扉っぽい物の前だった。周りには壁が無く、ただ扉のデザインをした板がポツンと置いてある。茶色くて、清めの間の前にあった扉と同じく、セフィロトの樹が彫刻で描かれていた。
「…… 扉しかありませんよ?」
柊也が裏面を見ても、そこは何処にも繋がっておらず、ドアノブがあるだけの木の板にしか見えない。
「魔法具ですからね、繋がるのはこれからです。そうですね…… 柊也様のわかりやすい言葉で言うならば、“どこでも”行けちゃう“ドア”的な物だと思って頂ければ良いかと」
「一瞬で全て理解しましたから、もうそれ以上言わないでね!」
コレがピンク色の扉だったら大問題だったなと思いながら、柊也が軽く唸る。ルナールには二人のやり取りが理解出来なかったが、不思議と彼が拗ねたりしなかったのは、会話の相手が奥さんしか見ていないセフィルだからだろう。
「アグリオスの部屋まで」
セフィルがそう言ってドアノブに触れた途端、扉が淡く光り、蛍のように小さなものが周囲を漂った。
「綺麗だねぇ」
嬉しそうに微笑む柊也を見て、セフィルとルナールも笑みを浮かべる。どちらも『この程度で喜ぶとは安いものだ』と考えていたが、悪意は無い。些細な事でも純粋に喜んでくれる柊也に対し、より好感度がまた上がった。
「では、行きましょう」
「あ、うん」
セフィルが扉の中に入り、それに柊也とルナールが続いて入る。後ろ手でルナールが最後に扉を閉めると、三人は周囲に目をやった。
「…… なんじゃこりゃ」
びっしりと中身の詰まった本棚が延々と並び、人が四人程度通れそうな通路が棚と棚の隙間に存在しているが、果てが見えない。周囲を少し歩いてみた柊也だったが、どこに行こうが本棚か脚立しか置かれておらず、迷宮にでも迷い込んだような錯覚を彼は感じた。
「何ここ!」
「『知識の間』ですよ。管理責任者は私ですが、ほぼ検索機代わりにされています」
柊也の反応が新鮮なのか、セフィルがクスクスと笑っている。ルナールも流石にこの空間は圧巻の一言だったのか、口を開けて周囲を見回していた。
「この世界で発刊された本の全てが揃っています。管理しやすいようにサイズを揃えてしまっていますが、本を開けば元のサイズになるよう魔法をかけておきました。バベルが広いおかげでどうにか管理出来ていますが、この階層だけでは足りず、ここの他にもまだ上の階があるのですよ。今は時間が惜しいでしょうし、後日改めて案内する日を用意致しましょう」
「この世の知識と歴史が全てがここに…… 素晴らしいですね」
そう言うルナールはとても嬉しそうだ。
「ルナール様でしたらいくらでもお貸し致しますので、遠慮無く仰って下さいね。全ては貴方様の…… おっと、失礼。アグリオスを紹介するのが先でした」
わざとらしく話を変え、セフィルが「アグリオス!『連れて来い』と貴方が騒いでいた、“純なる子”である方の柊也様をお連れしましたよ!」と、天井の方に向かって叫んだ。
呼応するように、遠くで軽く何かが光る。
光はゆっくりと柊也達の元へとやって来て、彼らの真上近くでピタリと止まった。
止まった物体から半透明の横長な板が何枚も階段のように降りてくる。それを足場にセフィルが上へとあがり、柊也達も恐る恐るそれに続いた。
移動してきた仄かに光る物体は魔法陣の描かれた丸いプレートの様な物で、三十畳程の広さがある。書類や本の山が出来上がっているアンティークな机や応客用のテーブルセットが置かれており、誰かの仕事部屋の中身をそっくりのそのままプレートの上に乗せたみたいな感じだ。軽く透けているせいで下が見えて少し怖いが、最悪落ちても本棚の上だと思えば、柊也は我慢出来そうだなと思った。
「やっと来たか、遅かったな。あと少しでもこのオレを待たせていたら、お前らまとめてぶっ殺してるところだったぞ」
声はすれども姿は見えず、柊也はきょとんとした顔をしたまま周囲を見渡したのだった。
「あ、いえ、お構いなく…… 」
肩身の狭い思いをしながら、柊也が何度も軽く頭を下げる。
目の前に大量の紅茶やデコレーションケーキ、ケーキスタンドに並べられた小さくて美味しそうなチョコレートが大量に並べられ、柊也は『これなんていうお茶会⁈』と不思議でならない。自分の実弟とは似てに似つかないセフィルにずっと『お義兄様』と呼ばれる理由も全く思い当たらず、困惑し続けていた…… 。
記録院バベルの中へと案内されてからというもの、柊也はあっけにとられっ放しだ。
上を見上げても天井は遥か遠く、横も奥行きも広過ぎて自分が今応接間に居ると言われてもピンとこない。様々なタイプのビーム兵器をぶん回して格闘でも始めそうなサイズの二十メートル越巨人族が報告書の山や書類を片手にノソノソと周囲を歩き、柊也達の存在に気が付いているのかどうかも怪しい。並べられている家具類のほとんどが建物にしか見えず、気分はもう不思議の国に迷い込んだアリスだった。
(や…… 絶対に並行世界って認識は間違ってるって。ここは元の世界とは全く別の異世界です。間違いありません!)
うんうん、と一人納得したかの様に頷く柊也の顔を、隣に座るルナールが覗き込む。
「どうかされましたか?トウヤ様」
「どうかも何も…… ここ、落ち着かなくない?ルナールは平気なの?」
周囲にある家具類とは違い、柊也達は自分達に適したサイズの椅子に座り、十人程度が一緒に使えそうな横長のテーブルを前にしている。ずらりと並べられた甘いお菓子はどれも小さくって柊也達にとって丁度いいサイズだ。巨人族が闊歩するこんな場所で、こんな可愛らしいお菓子は一体誰が作ったのか不思議でならない。
「改めて自己紹介させて頂きます。私はこの記録院バベルの長をしている、セフィルと申します」
セフィルが座る二人に対して丁寧に頭を下げる。手袋をした手を胸にそっと当て、セフィルは言葉を続けた。
「先程から柊也お義兄様が『弟面するお前は何者だ?』顔をしたままですので、ちょっと説明をば。私の愛しい愛しい最愛の妻は、名をトウカと申します。トウカはトウヤ様の妹なので、私は柊也様の義理の弟という事になります」
「…… は?」
確かに『柊華』は柊也の双子の妹の名前だが、彼女とは赤子の頃から離れ離れで面識は無い。今も生きているのかも怪しい、そんな妹の夫だと主張する者が突然現れ、柊也はキョトン顔だ。
「もっとも、この世界に居る私の妻のトウカは今ここに居る柊也様御自身の妹ではありませんが、貴方様の元の世界の柊華は貴方様の本当の妹ですので、どっちの私も私である事には変わらず、つまり私は貴方様の義弟となるのです」
「…… は?」
意味不明過ぎて、柊也が同じ反応をまたしてしまった。今されたセフィルの説明が、彼には全く理解出来なかったのだ。
「私は生まれて此の方、本の精霊としてやらせて頂いております。わかりやすく言えば付喪神の様な存在です。私の様な神や精霊の類は基本的にこの世には一体しか存在していませんが、何処にも存在しておらず、でも何処にでも存在出来る者なのですよ」
「…… な、なるほど?」
「よかったですね、トウヤ様。早速神様にお会いできたみたいですよ」
「え?あ、うん。そうだね?よかった…… かな?」
セフィルの言っている言葉の意味は正直よくはわからないが、よかったと言うルナールに対し、何となく柊也が頷いた。
「私とトウカは夫婦です。一心同体です。彼女は私の全てであり、私は彼女の全てです。つまり、彼女の全ては常に私のものでなければならず、私は夫である故に全てを手に入れる権利があります。この世界のトウカも、貴方様の元の世界の柊華も私の妻なので——」
「わか、わかりました!何度説明されようが、その言い分が僕には理解不能であることは、わかりました!」
この人タチの悪いストーカーだ!絶対邪神系の危険人物だ!柊華は無事なの⁈と、記憶にはない妹が柊也は段々心配になってきた。
「素敵なご関係ですね。でも、肝心の奥様は今どちらに?」
ルナールが不思議に思いながら周囲を見る。
こんなに執着しているのならば常に側へと置いておきそうなものだが、それらしい人物は広過ぎる室内の何処にも見当たらない。
「さぁ?今はちょっと彼女が『貴方はしつこい』と怒ってしまっていまして…… 。あ、でもすぐに私の元に帰ってきますよ。本らしき物がある所に私あり。私から延々逃げ続けるなど、絶対に不可能ですからね」
口元に弧を描きながら微笑むセフィルを見て、柊也の背筋が凍った。端正な顔に浮かぶ暗い笑みは、執着と執念に塗れていて怖いくらいだった。
「それは是非早く見つかるといいですね。何か力になれる事がありましたら、遠慮なくおっしゃって下さい」
セフィルに親近感を覚えたルナールが、嬉々として胸を叩く。『えぇぇぇぇ?マジで⁈』と柊也は驚いたが、二人の考えを否定するような発言はとてもじゃないが言えなかった。
「ありがとうございます、ルナール様。貴方様のような方とお近付きになれて、とても光栄です」
そう言ったセフィルの笑みはとても柔らかく、先程の顔が嘘の様だ。
「ははは、ヘタな事を言えば貴方が付喪神だろうが精霊だろうが殴りますからね?」
「えぇ、充分承知しておりますよ」
顔は笑い合っているのに二人のやり取りが、なんか怖い。だが、珍しくルナールが自分以外と意気投合しているのだけは、柊也でもなんとなくわかった。
柊華に関する意味不明な講義を再びされつつ、基本的にはのんびりとしたまま一時間が経過した。
「…… さて、そろそろ本題に入らねばお茶会だけで一日が終わってしまいますね。まぁ、こうやって柊也お義兄様とご一緒出来るだけ私にとっては有意義な時間の使い方ですから、それはそれで構いませんが」
妹の話を聞かされつつ、半強制的にお茶やケーキを食べる事になった柊也が、『そうだった!』とティーカップに口をつけたまま目を大きくさせた。勧めに勧められ、気分じゃないのに食べ始めたお菓子はとても美味しくって、最初の一口以外は自分からすすんで食べた。お菓子は何を食べてもプロのパティシエが作ったのかなと思うレベルで、どれもこれも美味しく、でも甘過ぎないおかげで手が止まらなくなる。セフィルに言われるまで、柊也は綺麗さっぱり記録院まで出向いた理由を忘れていた程だった。
「そうですね!呪いの事色々教えてもらいたいです」
「正直、私は柊華以外の事には全く関心が無いので、今回の一件も『柊也お義兄様が“純なる子”として送られた』くらいしか把握していません。なので、ちゃんと詳しい者を紹介いたしましょう。巨人族のアグリオスという者がきっと、多少はヒントを持っているかと思いますよ」
よくこんな人が記録院の長なんかやれてるな、という疑問を柊也はひとまず横に置いた。
「…… 巨人族ですか。僕でもそんな相手と話せます?」
先程、廊下だと推測出来なくもなかった長い通路ですれ違った巨人族や応接間に訪れていた者を思い出し、柊也の顔色が曇った。二十メートル越えの存在と、どうやって会話などするのだろうか。
「あぁ、彼なら問題無いですよ。会話が成立するかどうかといった問題はありますけどね。巨人族は皆長生きし過ぎていて、マイペースな者ばかりですから」
「もしかして、この建物も彼らが?」
「はい、もちろんです。『地熱エネルギーの強い場所に建物立てたらエコだ』とか言ってここにしたそうですよ。最初は何処まで高く出来るかと楽しんでいたそうなのですが、途中で飽きたそうです。結果的に上層階が随分と中途半端な造りになっていますが、まぁ愛嬌の範囲内でしょう。柊也様の知る富士山が生まれるはずだった場所にこんな物があって、さぞガッカリしたでしょうが、遠くから見ればシルエットはほぼ似たようなものなので割愛して下さいね」
「えっと、はい」
有無を言わせぬ笑みをセフィルに向けられ、柊也が頷いた。
これだけの建造物を造るにはとんでもない量の材料と時間を浪費したんだろうなと思いながら、柊也が手に持っていたままになっていたティーカップをテーブルに戻した。
「では案内いたしましょう」
セフィルが席を立ち、柊也とルナールがそれに続く。
「まともに移動していたらちょっとした旅行気分になってしまいますので、時短の為に魔法具を使いしょうか」
そう言ってセフィルが向かったのは、一枚の扉っぽい物の前だった。周りには壁が無く、ただ扉のデザインをした板がポツンと置いてある。茶色くて、清めの間の前にあった扉と同じく、セフィロトの樹が彫刻で描かれていた。
「…… 扉しかありませんよ?」
柊也が裏面を見ても、そこは何処にも繋がっておらず、ドアノブがあるだけの木の板にしか見えない。
「魔法具ですからね、繋がるのはこれからです。そうですね…… 柊也様のわかりやすい言葉で言うならば、“どこでも”行けちゃう“ドア”的な物だと思って頂ければ良いかと」
「一瞬で全て理解しましたから、もうそれ以上言わないでね!」
コレがピンク色の扉だったら大問題だったなと思いながら、柊也が軽く唸る。ルナールには二人のやり取りが理解出来なかったが、不思議と彼が拗ねたりしなかったのは、会話の相手が奥さんしか見ていないセフィルだからだろう。
「アグリオスの部屋まで」
セフィルがそう言ってドアノブに触れた途端、扉が淡く光り、蛍のように小さなものが周囲を漂った。
「綺麗だねぇ」
嬉しそうに微笑む柊也を見て、セフィルとルナールも笑みを浮かべる。どちらも『この程度で喜ぶとは安いものだ』と考えていたが、悪意は無い。些細な事でも純粋に喜んでくれる柊也に対し、より好感度がまた上がった。
「では、行きましょう」
「あ、うん」
セフィルが扉の中に入り、それに柊也とルナールが続いて入る。後ろ手でルナールが最後に扉を閉めると、三人は周囲に目をやった。
「…… なんじゃこりゃ」
びっしりと中身の詰まった本棚が延々と並び、人が四人程度通れそうな通路が棚と棚の隙間に存在しているが、果てが見えない。周囲を少し歩いてみた柊也だったが、どこに行こうが本棚か脚立しか置かれておらず、迷宮にでも迷い込んだような錯覚を彼は感じた。
「何ここ!」
「『知識の間』ですよ。管理責任者は私ですが、ほぼ検索機代わりにされています」
柊也の反応が新鮮なのか、セフィルがクスクスと笑っている。ルナールも流石にこの空間は圧巻の一言だったのか、口を開けて周囲を見回していた。
「この世界で発刊された本の全てが揃っています。管理しやすいようにサイズを揃えてしまっていますが、本を開けば元のサイズになるよう魔法をかけておきました。バベルが広いおかげでどうにか管理出来ていますが、この階層だけでは足りず、ここの他にもまだ上の階があるのですよ。今は時間が惜しいでしょうし、後日改めて案内する日を用意致しましょう」
「この世の知識と歴史が全てがここに…… 素晴らしいですね」
そう言うルナールはとても嬉しそうだ。
「ルナール様でしたらいくらでもお貸し致しますので、遠慮無く仰って下さいね。全ては貴方様の…… おっと、失礼。アグリオスを紹介するのが先でした」
わざとらしく話を変え、セフィルが「アグリオス!『連れて来い』と貴方が騒いでいた、“純なる子”である方の柊也様をお連れしましたよ!」と、天井の方に向かって叫んだ。
呼応するように、遠くで軽く何かが光る。
光はゆっくりと柊也達の元へとやって来て、彼らの真上近くでピタリと止まった。
止まった物体から半透明の横長な板が何枚も階段のように降りてくる。それを足場にセフィルが上へとあがり、柊也達も恐る恐るそれに続いた。
移動してきた仄かに光る物体は魔法陣の描かれた丸いプレートの様な物で、三十畳程の広さがある。書類や本の山が出来上がっているアンティークな机や応客用のテーブルセットが置かれており、誰かの仕事部屋の中身をそっくりのそのままプレートの上に乗せたみたいな感じだ。軽く透けているせいで下が見えて少し怖いが、最悪落ちても本棚の上だと思えば、柊也は我慢出来そうだなと思った。
「やっと来たか、遅かったな。あと少しでもこのオレを待たせていたら、お前らまとめてぶっ殺してるところだったぞ」
声はすれども姿は見えず、柊也はきょとんとした顔をしたまま周囲を見渡したのだった。
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