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第四章

【第五話】「夫婦の愛の形④(時々、ティオ談)」

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 エリザが庭でトマトを収穫しながら物思いに耽っている頃。室内では柊也とルナール、家主であるティオの三人が神妙な面持ちで話をしていた。
「大変申し訳ないのですが、貴方達が“純なる子”である事は、妻には黙っていてもらえませんか?」
 ティオが座ったまま、柊也達に深々と頭を下げた。
「今の状況が、私にとってもっとも理想的なのです。“孕み子”の呪いが消える日までの一時の間だけでも……こんな奇跡は二度と起きないでしょうから、一生分の思い出を私達に育ませて頂けませんか?」
 とても真剣な顔でそう訴えられ、柊也は困った。
 呪いを解かずにここから旅立つ事自体は構わない。“孕み子”を助ければ結果的に呪いが消える事を彼もちゃんとわかっているのならば、解呪するしないでこちらが迷う事はないのだが……少年の解呪を妻には内緒にという流れはどうにも受け入れ難い。もしかしたら、先程の少年とティオの妻の二人は解呪して欲しいのに、ティオだけがそれを拒否したいので秘密にしておいて欲しいという状況なのでは?と、どうしても考えてしまう。
「彼の……エリザ君のお母さんは、解呪を望んでいたりはしないのですか?」
「それはちょっとわからないです。妻の御義母さんには今回の件をまだ伝えていなかったので。でも……今の状態を言えば、解呪を望むとは思います」
 肩を落としながらティオが俯く。微妙に彼と話が合っていないものを感じた柊也は軽く頭を傾げた。
 妻の両親に今回の件は言うべきだとは思いつつも、今の状況を手放し難い気持ちが強過ぎて解呪しようという発想すら思い付かなかったと、ティオは純なる子相手にはどうしても言い辛い。そもそも、今回は純なる子が転移されてこないまま二十六年が経過しているので、解呪してもらわねばと、そもそも思い付きもしなかった。
「えっと……なら、エリザ君自身はどうなんでしょう?彼が解呪を望むのなら、お母さんには内緒のままで解呪する事も出来ますが」
「ダメです!妻には内緒にと、呪いを解かないで欲しいと今さっきも言いましたよね⁈」
 言いましたよねと言われても、柊也はいまいちピンとこない。話が噛み合っていない感があるのは気のせいでは無いな、と柊也は思った。が、どう違うのかまでは見当がつかないので、ひとまず話を突き通す。
「それは聞きましたが、呪われた本人の意思は大事かと」
「妻は——エリザだって、特に今の状況に不満は無いはずです。あればとっくに実家へ帰っているでしょうし」
 どうしてもティオの言葉が理解出来ず、柊也の頭の中が疑問符でいっぱいになっていると、隣に座るルナールが「トウヤ様、もしかしたらエリザという少年が、彼の妻なのでは?」と耳打ちした。
「……は⁈ま、待って。いやいや、流石にそれは無いでしょ」
 男性同士での婚姻はこの世界へ来てから何度も御目にかかってきたので少し慣れてきた感があった柊也だが、流石に先ほど会った少年とティオが婚姻関係だとは想像出来ず、反応に困った。
(まさか……年少者相手の結婚も認められてるのかな、この世界は。でもまぁ元の世界でも昔は五歳で嫁いだ子の例もあるし……こっちじゃよくある事なのか⁈)
 柊也が二の句を継げずにいると、ルナールが代わりに質問をした。
「ティオ、もしかしてエリザという少年が貴方の奥様なのですか?」
「もちろんです!そうに決まって——……あ」
 途中で柊也達の困惑を察し、ティオの言葉が止まった。
 今の姿の妻に慣れ過ぎて、他者がティオの発言に対し疑問を抱く可能性をすっかり失念していた事に、今やっと気が付いたのだ。
「い、言い訳をさせて下さい!」
「……言い訳である自覚は、あるんですか」
 眉間にシワの寄ったルナールが、座ったまま後ろに少し体を引く。その様子を横で見ていた柊也が、『あ、こっちでも小児性愛的なものは性的倒錯者扱いなのか』と察した。
「ボクはなにも別に、年少者が好きだとかでは無いですよ⁈」
 身を乗り出すティオの顔がとても焦っている。おかしな性癖を持っているとは思われたくないみたいだ。
「た、たまたま、たまたまエリザの少年版がボクのツボだっただけで!オカン系な女性が、急に中身がそのままで、あんなふんわりとした姿になんかなったら、誰だって惚れますよ!」
「いや、流石に誰でもでは無いですよ」
 柊也が珍しくはっきりと否定した。彼の価値観的に、同類にはされたくないみたいだ。
 確かにエリザは可愛らしい子だとは思うが、柊也の目から見てすら十歳にも満たないかもしれない姿の相手に惚れるという感覚がどうしても理解出来ない。だがしかし、『この人は自分の妻だ』という前提が存在するのなら、どんな姿になろうとも愛せてしまう気持ちは、少し理解出来る気がした。

       ◇

 ボクは元々自他共に認める程、恋愛に対して淡白な性格だ。結婚するのが当たり前、激情に満ちた恋愛が当然であるこの世界では、とても珍しい部類に入ると思う。
 好きになった相手の尻ばかり追いかける周囲の者達を見る度に『お前らは万年発情期のウサギか!』と、冷めた目をしながら思ってしまう。
 子供の頃はまだ良かった。初恋を経験せずとも誰にも責められない。
 だが、大人になってしまうと『結婚はいつするのか』と親がせっつき始めた。『自分のペースで』『いい人がいたら』と流しに流しても、ボクの性格を理解している親にこそそんな言葉は通じるはずが無く、『んな事言ってたらアンタは一生結婚しないでしょうがぁぁぁぁ!』と怒られる毎日だった。

 そんな日々が続いていたある日のこと。
 ボクが趣味で作っている銀細工を『そんなに作品があるなら、部屋に並べておくだけなんて勿体無いし、露店でも開いて売ってみたらどうだ?』と、旅商人をしている友人から提案され、ボクはお小遣い稼ぎ程度に近隣の村へ農作業の合間にそれらを売りに行く様になった。片手間で拵えた我流のアクセサリーばかりだが意外に評判が良く、『ウチの村にも来てみないか?』とあちこちから声をかけて貰えるまでになった。
 本業にする程の自信は無く、あくまでも趣味の範囲のまま露店業を続けていた時、偶然ボクの店にまだ女性体だった頃のエリザがやって来た。
 肉食獣の様な目をしたお客達の中で唯一、達観した様な、悟った様な不思議な空気感を放つエリザからボクは珍しく目が離せなくなった。結婚適齢期真っ只中なお年頃のボクには一切関心が無く、純粋に商品だけを見てくれている事にも好感が持て、ウチの親も毎日毎日『結婚はいつ⁈跡継ぎはどうすんのぉぉ!』と五月蝿いし、『あ、面倒だしもうこの人でいっかぁ』と軽い気持ちで結婚を前提としたお付き合いを申し込み、何でか上手くいった。
 後日風の噂でエリザの評価を聞き、彼女がどこか遠慮しつつも年下のボクについてきてくれる理由を察したが、かえってボクには有難い話だった。過剰にボクを求めてこない距離感や、友人夫婦みたいな関係が、ボクには丁度良かったんだ。
 彼女が二重の呪いにかかり、性別どころか、年齢までもが変わってしまったあの日までは。


 エリザが呪われた日からは、全てが変わった。変わってしまった。
 自分の内側の奥深く、最深部に厳重な箱にでも詰めて眠らせておいた劣情を全て引っ張り上げ、最前線に突如として置かれたみたいな日々が予兆も無しに始まった。いくら求めても、肌を重ねても、体を奪っても満たされぬ激しい情愛に、心も体も壊れそうだ。
 自分が同じ立場になってみてやっと、周囲の奴等が好きになった相手を追い回す気持ちがわかる様になった。家に閉じ込めたり、逃さぬよう体を縛ったりまでしてでも相手の全てを奪いたい——そんな気持ちや考えが常に頭を占領し、他の事に手が出せなくなる。貪り尽くしたい欲求のみが生活の大半を占め、それをある程度は許されてしまう環境下である事も災いして、暴走に拍車がかかる。
『このままではエリザに嫌われるかもしれない』
 そんな不安が頭をよぎっても、“姉さん女房”特有の貫禄からくるものなのか全てを受け止めてくれるもんだから、より奇行に拍車がかかってしまう。満更でもなさそうな幼な顔が、これまた堪らない。いつまでもこんな生活が続けば互いの身を滅ぼしかねない程、日常生活が遠いものとなっている。農作業だってしないといけないし、掃除や洗濯だって放置したままだ。二人暮らしなのだからそれらはボクらでやらないといけないのに、台所や洗面所に立ってせっせと仕事に励むエリザの姿を見ると、訳も変わらずムラムラして、衝動的に襲ってしまう。今まで淡白だった反動が、一気に来たみたいだ。

       ◇

 ——って、んな話は客人に、ましてや『純真で無垢なる魂を持つ子』だなんて言われている、物語でしか見たことも無い“純なる子”相手になんぞ話せるはずが無く!
 焦った勢いで『言い訳をさせてくれ』と言ったボクに対し、やけにキラッキラした瞳を向けてくるトウヤ様相手にはこんな、言い訳なのか妻自慢なのか、ただの独白でしかないかもしれない事など話せない。
 彼と目が合うだけで、ボクの暗い一面や傲慢な性格を反省したくまでなってくる。不純物無しの魂で、ボクの様に疚しい心根の者達を強制的に正しく導く者でもあるという噂はどうやら本当のようだ。そういう作用は呪いに対してだけにして欲しい……なんて、自分勝手な事を考えながらボクが困っていると、窓の外から何か大きなものが飛ぶ様な音が聞こえ、ルナール様が窓の方へ顔を向けた。
「すみません、トウヤ様。何やら外で物音がしたので確認してきますね」
「あぁ、この音か。何の音だろうね?僕も一緒に行こうか?」
 ルナール様が立ち上がり、それに続こうとしたトウヤ様の肩に手を置いて止める。
「いいえ。トウヤ様はお休みになっていて下さい。こちらで『ティオの言い訳』でもお聞きになりながら、ね」
「……うぐっ」
 考えを見透かすような暗い目をルナールに向けられ、ボクは喉が詰まるのを感じた。
 トウヤ様の持つ純朴な眼差しとは違い、ルナール様の瞳には闇を感じる。何かもうどうしてだとかの理由も無く、目が合うだけで呪わるゴルゴーンみたいだ。トウヤ様を見詰める時だけは底抜けに優しい瞳なのが、余計に怖い。
 ルナール様はトウヤ様が好きなんだろうな、と初見でも今のボクならわかる。少し前までのボクだったら他人どころか身近な人の恋心にすら全く気が付かなかっただろう事を考えると、これは良い変化なのだろう。
「わかった。何かあったら呼んでね?」
「はい、トウヤ様。そちらも何か困った事がありましたら、すぐにでも私を呼んで下さい」
 畏まった顔でルナール様が軽く頭を下げる。『何もないよ、心配性だなぁ』と安易に読める表情をしながら、トウヤ様が「うん」と短く答えた。
「ルナール様、外にはエリザが居ますから何か異常があったら彼女も保護をしてもらえませんか?」
 農業は出来ても、腕っぷしには残念ながら自信が無い。庭に魔物でも出没していたのだとしたらボクでは手の内ようがないので、男としては情けなくとも素直に頼んでみた。プライド何ぞ、妻の安全にはかえられない。
「……もちろんです、ティオ」
 一瞬だけ少し驚いた顔をされたが、くすっと笑いながらルナール様が引き受けてくれた。
 ほっとした顔を彼に向けて、ちょっとだけ安堵する。だが、ソファーの対面に座るトウヤ様と目が合った途端、またボクは『どうやってこの人を納得させようかな……』と、頭を悩ませたのだった。
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