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第三章
【第八話】昔話
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台所に置きっ放しになっていた鞄を勝手に返してもらい、ついでに『相談料』としてルナールがクイネ宅にある一番見た目が綺麗なお酒を掻っ払う。柊也はまだクイネ達と居間にいて、ルナールが泥棒みたいな真似をしている事には全く気が付いていない。
「お待たせしました、トウヤ様。では宿屋に帰りましょうか」
「……うん」
本当にいいのかなぁ?と柊也は思ったが、ルナールはもう帰る気満々だし、クイネも諦めた感がある。なので、もう帰るという選択肢以外は、選ばなくってよさそうだなと判断出来た柊也が、ルナールに向かい渋々頷いた。
「えっと……では、あとはお二人でしっかり話し合って下さいね」
「はい、そうします。何だかんだすみません、ボクの勘違いと思い込みで家まで来てもらっちゃって。しかもご飯をお出しすると言ったのに……」
クイネが俯き、気絶するシュキュウを見た。彼は今、膝枕をした状態にされていて、目を開ける気配が無い。この状態から叩き起こして『夕飯の用意をしろ』とは、誰も言う気にはなれるはずがなかった。
「明日か、明後日か、別の日にでもウチへ食べに来ませんか?シュキュウの作るご飯はとっても美味しいんですよ」
「機会を作れそうだったら、是非に」
約束をして守れなかったら申し訳ないので、柊也は曖昧な返事をした。
「では行きましょう、トウヤ様」
ルナールが柊也の前に手を差し出し、立つのを手伝う。柊也の腰の後ろに手を回すと、玄関へ向かって歩き始めた。
「玄関までお見送り出来なくてすみません」
クイネがそう言い、ペコッと頭を下げる。すると柊也が立ち止まり、クイネの方へ顔を向けた。
「こちらこそ、お力になれなくってすみませんでした。しっかりご夫婦で話し合って下さいね。では、僕達はこれで失礼します」
柊也も頭を下げると、クイネがまた「はい、是非そうさせて頂きます」と頭を下げた。
「では」「はい」と何度もお互いに下げ合うもんだから、ルナールが痺れを切らして「行きますよ!さぁ」とお母さんみたいな顔で宣言し、柊也を攫う様に抱え上げて玄関へ歩き始めた。
「お邪魔しましたー」
大きな声でクイネの居る居間へ声をかける。
その後はもう、柊也は一度も地面に下ろしてもらえぬまま、宿屋へと連れ帰られてしまったのだった。
◇
宿屋の食堂で柊也は夕食を食べたのだが、ルナールはその間側には居なかった。
『ちょっと眠いので、私は横になりますね。すぐに起きますから……申し訳ありません』
夕飯を食べに行く直前、まだ部屋に居た時にルナールが急にそう言ってすぐ、前に一度トラビスの小屋であったみたいにバタンとベットに倒れ、ピクリとも動かなくなった。
柊也が食事を済ませ、部屋のお風呂に入った後も、ルナールはまだベットの上でうつ伏せに倒れたままで、動いた気配は無かった。これを見たのは二度目だが、電池の切れたオモチャみたいに全く全然動かない様子がちょっと怖い。顔の側に近づいても呼吸がかなり浅く、まるで死んでいるみたいだと、柊也は思った。
髪をタオルでガシガシと拭きながら、ベットの端っこに座る。一人っきりだと思える時間を持てたのはここへ来て、すごく久しぶりかもしれない。だが、この部屋には本がある訳でもなく、テレビや据え置きゲーム機などの暇潰しになる様な物が全く無いので正直何をしていいのか思い付かない。
持て余した暇を潰したい気持ちが眠るルナールに傾き、彼の白い頰をぷにっと柊也が突っついた。でも全然反応が返ってこず、つまらない。だけどめげずに獣耳を軽く触ると、猫の耳に触れた時みたいな感触に、柊也の体の毛が逆立った。
「……やっぱ気持ちいいなぁ」
ルナールが起きないのを良い事に、ルナールの獣耳を柊也が弄り続ける。外側の柔らかい毛を指先で撫で、摘んでは軽く寝かせてと、もうやりたい放題だ。
続ければ続ける程柊也の口元が緩んでいき、プルプルと震えた。
ペットは飼った事がない。友人宅の猫の耳をちょっといじらせてもらった事はあるがすぐに逃げられてしまうので、こんなに獣耳をいじる事が出来る機会はそうそう無い。何故にこんな気持ちいい感触なのかと思いながら柊也が弄り倒していると、ルナールの意識がふっと戻って目を開けた。
「あ……」
ヤバッ、バレた!と柊也は思ったが、ルナールの方はそれどころでは無かった。
「……くっ」
ルナールは耳がとっても弱く、意識が消えていた間に与えられた感触が全て、目覚めた瞬間一気に獣耳から全身を襲い、快楽で頭と視界がくらっと揺れた。
「はぁはぁ……っ」
呼吸が荒れて、ルナールが自分の体をギュッと抱きしめる。そんなルナールを見て、柊也が心配そうな顔をした。
「ルナール、大丈夫?ゴメン……勝手に耳を触ったの、怒ってる?」
「い、いえ……すみません、違うんです」
虚ろな眼差しをルナールが柊也に向ける。目が合った瞬間、柊也の心臓がバクンッと跳ねた。
(……え?あ……えっと、何だろう?今の……)
酒にでも酔ったみたいな熱っぽい視線が妙に色っぽく、艶かしい。ルナールは男だってちゃんとわかっているのに、何でこんなに『綺麗だな』って思っちゃうんだろう?と柊也が焦った。
どくっどくっと跳ねる胸を手で押さえ、呼吸をゆっくり柊也が整える。ルナールも、腹の奥までもが疼くのを感じ、それを鎮めようと深呼吸を繰り返した。
「……す、すみませんでした。耳に触られ慣れしていないので、心構え無しだと……ちょっと、その、焦ったというか——」
『気持ちよかったというか』と続けそうになり、その言葉はぐっと飲み込んだ。
「もうしないよ、ホントごめん」
「それはダメです!」
「え?」
大きな声でルナールが否定したもんだから、柊也が驚いた。
「あ……すみません。嫌だとかは無いので、いつでもどうぞ」
ちょっと照れくさそうな、はにかんだ様な笑顔を向けられ、柊也がバッと顔を逸らした。
(なんなん?なんなん?ホント!心臓に悪いって、今の顔!)
柊也の真っ赤な顔から、変な汗が出る。何をどうして慌てているのか、柊也は自分自身がわからず戸惑ってしまった。早く話を逸らさないと……と柊也が思い、「そういえばさ!」と顔をルナールから背けたまま声をあげた。
「クイネさん達、大丈夫かな」
「ああ、彼等なら問題ないでしょう。まぁ……離縁しようが私達には関係無い話ですけどね」
ベットから体を起こし、ルナールが柊也の隣に座った。
「それは後味が悪いからイヤだなぁ……あのまま放置しておけば、それなりに仲良くやっていけただろうに、洗いざらい話をさせちゃったのはこっちなんだしさ」
「ですが、パラフィリアの者とあのまま夫婦関係でいるよりは……いっそ別れた方が、シュキュウは幸せだと思いますけどね。まぁ、そもそも別れられない可能性もありますけど。彼等は異常に執着心も強かったりしますから、戸籍上では離れられても肉体的には無理でしょう」
「肉……体的?」
柊也がキョトンとした顔をルナールに向けた。
「クイネだったら、離縁しても実家から拉致監禁くらい平気でするでしょうね。地下室にでも閉じ込めて、死ぬまでそこから出さずに交尾を強要するくらいしても不思議じゃないでしょう」
「……うわ。って事は、クイネさんってサディストって事?」
「どうでしょうか……そういった言葉で分類分けするのは難しいのではないかと。シュキュウに睨まれるのも好きな様でしたし、好きな相手に嫌われたいけど、好かれもしたいみたいでもありましたから。もう、自分が気持ち良ければなんでも良いのではないかと」
「あんな可愛い顔してるのに、ビックリだ」
信じられん!と驚いた顔を柊也がした。
「そういえば……クイネさんの家の居間にあった地図の事なんだけど、何で僕の世界の地図が飾ってあったんだろう?」
柊也がクイネの部屋を思い出し、疑問点をルナールにぶつけた。
「あの地図はこの世界のものですよ。地名などは全て英語で書かれていたので、外国の品ではあるでしょうけどね」
「え?いやいや、そんなはず無いよ。学校でも習ったし、間違える筈ないって。あれは確かに僕の世界の地図だったよ」
「えぇまぁ、そうとも言えるかもしれませんね」
「そうとも、言える?」
言葉の意味がわからず、柊也がルナールの方へと体を向けて首を傾げた。
「はい。ピンとこないかもしれませんが、この世界はトウヤ様の世界の並行世界の一つなんです」
ルナールも同じ様に、柊也の方へ体を向けて座り直し、二人はベットの上で向かい合う様な形になった。
「並行世界?」
「幾万もある分岐の先にある、“もしもの先の世界”ですよ」
「あ、いや知ってる。ゴメン、ちょっと驚いちゃって。え?でも待って、僕の世界とは似ても似つかないよ?魔法だってあるし、何かすごく呪われてるし、獣人の世界だし」
「ここは遥か昔に分岐して、独自の文明が発展した世界なのでしょうね。異世界だともいえるレベルで変化しているみたいですし、違う世界には変わりないので、異世界という認識で問題無いかと」
「でも、それでもやっぱりここは並行世界で間違い無いんだよね?」
「はい。召喚獣がそうだと言っているので、そうなんだと思いますよ」
頷くルナールの腕を、柊也がすがる様な目付きで掴んだ。
「じゃ、じゃあ!僕の双子の妹もこの世界に居るって事⁈僕の世界にはルナールも居て、互いに他人同士で生活してるって事だよね?」
「……双子の、妹さんですか。まぁ多分。でも、探して見つかるものだとは思えません。こちらの世界の妹さんはトウヤ様の事を知りもしませんし、会っても意味は無いかと」
「あ、うん。わかってる……でも、そっか、生きてる世界もあるかもしれないのか……」
ルナールの腕を掴む手に力が入る。そっと俯いた柊也の顔はちょっと青白かった。
柊也に対しルナールは温かな紅茶を一杯淹れた。気持ちが落ち着く様、数的のブランデーを垂らし、それをベットに座ったままでいる柊也へと手渡す。
「ありがとう。でも、ルナールは飲まないの?」
「えぇ、喉が渇いていないので」
「そっか……じゃあ僕だけ頂くね」
微笑み合い、ルナールがベットに座る。紅茶を一口飲んでほっと息を吐き出すと、柊也がぽつぽつと昔の事を話し始めた。
「……僕の妹はさ、柊華っていうんだけど、赤ん坊の頃に誘拐されちゃったんだって」
「誘拐ですか……それは酷い」
「僕は兄さんと弟の三人兄弟の真ん中で育ったんだけど、両親は急に消えた妹の柊華の事を、ずっと必至に探し続けていたんだ。僕達の事はほとんど放置してさ、そこに居ない子の影ばかり見て、追いかけて、僕ら兄弟の事は全然構ってくれなかった。何年も何年も……柊華が見つからなくって、不安だったり、寂しいって気持ちは、必至に仕事して誤魔化して……だから僕らは、あんまり両親との思い出とかが無いんだ」
「…………」
ルナールはただ頷き、柊也の話を聞き続けた。
「お祭りだって、まともなのは行った事もないし、学校以外での旅行だって今回が初めてでさ。随分昔になるけど『娘さんを探してあげる』なんて胡散臭い霊能者相手に大枚叩いてきたせいで大きな借金がまだあってさ、働いてる割にはウチにお金が無いから、アルバイトして自分で学費稼いで学校に行って、今まですっと……毎日毎日バタバタとした生活をしていたんだ」
柊也が苦笑し、紅茶をまた一口飲み込んだ。
「よくそれで、トウヤ様はひねくれ者にならずに成長されましたね」
「んな事ないよ、隠してるだけだって。僕は……“純なる子”ってやつの最適解では無いってウネグさんに言われる程度には、どこかしら歪んでるさ」
「いいえ、魂の本質は何があってもそうそう変わるものではありません。トウヤ様は……素晴らしい“純なる子”ですよ。絶対に“孕み子”も、私と同じ事を言うでしょう」
「あはは、ならいいけど」
から笑いする柊也へルナールがそっと近づく。彼の後頭部に額を置き、後頭部を優しく撫でた。
「……ここが並行世界だっていうんなら、僕もこの世界にもう一人居るんだね。もしかしたら、妹や兄さんや……家族と一緒に、この世界で会った人達みたいに、のんびりと仲良く生活しているかもしれないのかぁ」
「そうですね、もしかしたら……そうかもしれません」
「そっか……。じゃあ僕は、この世界に居る僕とその家族の為にも、本気で頑張らないとな。呪いで世界が壊れない様、与えられた使命ってやつを達成する為にさ」
「ありがとうございます、トウヤ様」
ルナールはそう言うと、柊也の頭に口付けを落とす。
次に柊也とルナールが目を合わせた時には、心の有り様が深く力に影響し、解呪の力がより大きなものになっていたのだった。
「お待たせしました、トウヤ様。では宿屋に帰りましょうか」
「……うん」
本当にいいのかなぁ?と柊也は思ったが、ルナールはもう帰る気満々だし、クイネも諦めた感がある。なので、もう帰るという選択肢以外は、選ばなくってよさそうだなと判断出来た柊也が、ルナールに向かい渋々頷いた。
「えっと……では、あとはお二人でしっかり話し合って下さいね」
「はい、そうします。何だかんだすみません、ボクの勘違いと思い込みで家まで来てもらっちゃって。しかもご飯をお出しすると言ったのに……」
クイネが俯き、気絶するシュキュウを見た。彼は今、膝枕をした状態にされていて、目を開ける気配が無い。この状態から叩き起こして『夕飯の用意をしろ』とは、誰も言う気にはなれるはずがなかった。
「明日か、明後日か、別の日にでもウチへ食べに来ませんか?シュキュウの作るご飯はとっても美味しいんですよ」
「機会を作れそうだったら、是非に」
約束をして守れなかったら申し訳ないので、柊也は曖昧な返事をした。
「では行きましょう、トウヤ様」
ルナールが柊也の前に手を差し出し、立つのを手伝う。柊也の腰の後ろに手を回すと、玄関へ向かって歩き始めた。
「玄関までお見送り出来なくてすみません」
クイネがそう言い、ペコッと頭を下げる。すると柊也が立ち止まり、クイネの方へ顔を向けた。
「こちらこそ、お力になれなくってすみませんでした。しっかりご夫婦で話し合って下さいね。では、僕達はこれで失礼します」
柊也も頭を下げると、クイネがまた「はい、是非そうさせて頂きます」と頭を下げた。
「では」「はい」と何度もお互いに下げ合うもんだから、ルナールが痺れを切らして「行きますよ!さぁ」とお母さんみたいな顔で宣言し、柊也を攫う様に抱え上げて玄関へ歩き始めた。
「お邪魔しましたー」
大きな声でクイネの居る居間へ声をかける。
その後はもう、柊也は一度も地面に下ろしてもらえぬまま、宿屋へと連れ帰られてしまったのだった。
◇
宿屋の食堂で柊也は夕食を食べたのだが、ルナールはその間側には居なかった。
『ちょっと眠いので、私は横になりますね。すぐに起きますから……申し訳ありません』
夕飯を食べに行く直前、まだ部屋に居た時にルナールが急にそう言ってすぐ、前に一度トラビスの小屋であったみたいにバタンとベットに倒れ、ピクリとも動かなくなった。
柊也が食事を済ませ、部屋のお風呂に入った後も、ルナールはまだベットの上でうつ伏せに倒れたままで、動いた気配は無かった。これを見たのは二度目だが、電池の切れたオモチャみたいに全く全然動かない様子がちょっと怖い。顔の側に近づいても呼吸がかなり浅く、まるで死んでいるみたいだと、柊也は思った。
髪をタオルでガシガシと拭きながら、ベットの端っこに座る。一人っきりだと思える時間を持てたのはここへ来て、すごく久しぶりかもしれない。だが、この部屋には本がある訳でもなく、テレビや据え置きゲーム機などの暇潰しになる様な物が全く無いので正直何をしていいのか思い付かない。
持て余した暇を潰したい気持ちが眠るルナールに傾き、彼の白い頰をぷにっと柊也が突っついた。でも全然反応が返ってこず、つまらない。だけどめげずに獣耳を軽く触ると、猫の耳に触れた時みたいな感触に、柊也の体の毛が逆立った。
「……やっぱ気持ちいいなぁ」
ルナールが起きないのを良い事に、ルナールの獣耳を柊也が弄り続ける。外側の柔らかい毛を指先で撫で、摘んでは軽く寝かせてと、もうやりたい放題だ。
続ければ続ける程柊也の口元が緩んでいき、プルプルと震えた。
ペットは飼った事がない。友人宅の猫の耳をちょっといじらせてもらった事はあるがすぐに逃げられてしまうので、こんなに獣耳をいじる事が出来る機会はそうそう無い。何故にこんな気持ちいい感触なのかと思いながら柊也が弄り倒していると、ルナールの意識がふっと戻って目を開けた。
「あ……」
ヤバッ、バレた!と柊也は思ったが、ルナールの方はそれどころでは無かった。
「……くっ」
ルナールは耳がとっても弱く、意識が消えていた間に与えられた感触が全て、目覚めた瞬間一気に獣耳から全身を襲い、快楽で頭と視界がくらっと揺れた。
「はぁはぁ……っ」
呼吸が荒れて、ルナールが自分の体をギュッと抱きしめる。そんなルナールを見て、柊也が心配そうな顔をした。
「ルナール、大丈夫?ゴメン……勝手に耳を触ったの、怒ってる?」
「い、いえ……すみません、違うんです」
虚ろな眼差しをルナールが柊也に向ける。目が合った瞬間、柊也の心臓がバクンッと跳ねた。
(……え?あ……えっと、何だろう?今の……)
酒にでも酔ったみたいな熱っぽい視線が妙に色っぽく、艶かしい。ルナールは男だってちゃんとわかっているのに、何でこんなに『綺麗だな』って思っちゃうんだろう?と柊也が焦った。
どくっどくっと跳ねる胸を手で押さえ、呼吸をゆっくり柊也が整える。ルナールも、腹の奥までもが疼くのを感じ、それを鎮めようと深呼吸を繰り返した。
「……す、すみませんでした。耳に触られ慣れしていないので、心構え無しだと……ちょっと、その、焦ったというか——」
『気持ちよかったというか』と続けそうになり、その言葉はぐっと飲み込んだ。
「もうしないよ、ホントごめん」
「それはダメです!」
「え?」
大きな声でルナールが否定したもんだから、柊也が驚いた。
「あ……すみません。嫌だとかは無いので、いつでもどうぞ」
ちょっと照れくさそうな、はにかんだ様な笑顔を向けられ、柊也がバッと顔を逸らした。
(なんなん?なんなん?ホント!心臓に悪いって、今の顔!)
柊也の真っ赤な顔から、変な汗が出る。何をどうして慌てているのか、柊也は自分自身がわからず戸惑ってしまった。早く話を逸らさないと……と柊也が思い、「そういえばさ!」と顔をルナールから背けたまま声をあげた。
「クイネさん達、大丈夫かな」
「ああ、彼等なら問題ないでしょう。まぁ……離縁しようが私達には関係無い話ですけどね」
ベットから体を起こし、ルナールが柊也の隣に座った。
「それは後味が悪いからイヤだなぁ……あのまま放置しておけば、それなりに仲良くやっていけただろうに、洗いざらい話をさせちゃったのはこっちなんだしさ」
「ですが、パラフィリアの者とあのまま夫婦関係でいるよりは……いっそ別れた方が、シュキュウは幸せだと思いますけどね。まぁ、そもそも別れられない可能性もありますけど。彼等は異常に執着心も強かったりしますから、戸籍上では離れられても肉体的には無理でしょう」
「肉……体的?」
柊也がキョトンとした顔をルナールに向けた。
「クイネだったら、離縁しても実家から拉致監禁くらい平気でするでしょうね。地下室にでも閉じ込めて、死ぬまでそこから出さずに交尾を強要するくらいしても不思議じゃないでしょう」
「……うわ。って事は、クイネさんってサディストって事?」
「どうでしょうか……そういった言葉で分類分けするのは難しいのではないかと。シュキュウに睨まれるのも好きな様でしたし、好きな相手に嫌われたいけど、好かれもしたいみたいでもありましたから。もう、自分が気持ち良ければなんでも良いのではないかと」
「あんな可愛い顔してるのに、ビックリだ」
信じられん!と驚いた顔を柊也がした。
「そういえば……クイネさんの家の居間にあった地図の事なんだけど、何で僕の世界の地図が飾ってあったんだろう?」
柊也がクイネの部屋を思い出し、疑問点をルナールにぶつけた。
「あの地図はこの世界のものですよ。地名などは全て英語で書かれていたので、外国の品ではあるでしょうけどね」
「え?いやいや、そんなはず無いよ。学校でも習ったし、間違える筈ないって。あれは確かに僕の世界の地図だったよ」
「えぇまぁ、そうとも言えるかもしれませんね」
「そうとも、言える?」
言葉の意味がわからず、柊也がルナールの方へと体を向けて首を傾げた。
「はい。ピンとこないかもしれませんが、この世界はトウヤ様の世界の並行世界の一つなんです」
ルナールも同じ様に、柊也の方へ体を向けて座り直し、二人はベットの上で向かい合う様な形になった。
「並行世界?」
「幾万もある分岐の先にある、“もしもの先の世界”ですよ」
「あ、いや知ってる。ゴメン、ちょっと驚いちゃって。え?でも待って、僕の世界とは似ても似つかないよ?魔法だってあるし、何かすごく呪われてるし、獣人の世界だし」
「ここは遥か昔に分岐して、独自の文明が発展した世界なのでしょうね。異世界だともいえるレベルで変化しているみたいですし、違う世界には変わりないので、異世界という認識で問題無いかと」
「でも、それでもやっぱりここは並行世界で間違い無いんだよね?」
「はい。召喚獣がそうだと言っているので、そうなんだと思いますよ」
頷くルナールの腕を、柊也がすがる様な目付きで掴んだ。
「じゃ、じゃあ!僕の双子の妹もこの世界に居るって事⁈僕の世界にはルナールも居て、互いに他人同士で生活してるって事だよね?」
「……双子の、妹さんですか。まぁ多分。でも、探して見つかるものだとは思えません。こちらの世界の妹さんはトウヤ様の事を知りもしませんし、会っても意味は無いかと」
「あ、うん。わかってる……でも、そっか、生きてる世界もあるかもしれないのか……」
ルナールの腕を掴む手に力が入る。そっと俯いた柊也の顔はちょっと青白かった。
柊也に対しルナールは温かな紅茶を一杯淹れた。気持ちが落ち着く様、数的のブランデーを垂らし、それをベットに座ったままでいる柊也へと手渡す。
「ありがとう。でも、ルナールは飲まないの?」
「えぇ、喉が渇いていないので」
「そっか……じゃあ僕だけ頂くね」
微笑み合い、ルナールがベットに座る。紅茶を一口飲んでほっと息を吐き出すと、柊也がぽつぽつと昔の事を話し始めた。
「……僕の妹はさ、柊華っていうんだけど、赤ん坊の頃に誘拐されちゃったんだって」
「誘拐ですか……それは酷い」
「僕は兄さんと弟の三人兄弟の真ん中で育ったんだけど、両親は急に消えた妹の柊華の事を、ずっと必至に探し続けていたんだ。僕達の事はほとんど放置してさ、そこに居ない子の影ばかり見て、追いかけて、僕ら兄弟の事は全然構ってくれなかった。何年も何年も……柊華が見つからなくって、不安だったり、寂しいって気持ちは、必至に仕事して誤魔化して……だから僕らは、あんまり両親との思い出とかが無いんだ」
「…………」
ルナールはただ頷き、柊也の話を聞き続けた。
「お祭りだって、まともなのは行った事もないし、学校以外での旅行だって今回が初めてでさ。随分昔になるけど『娘さんを探してあげる』なんて胡散臭い霊能者相手に大枚叩いてきたせいで大きな借金がまだあってさ、働いてる割にはウチにお金が無いから、アルバイトして自分で学費稼いで学校に行って、今まですっと……毎日毎日バタバタとした生活をしていたんだ」
柊也が苦笑し、紅茶をまた一口飲み込んだ。
「よくそれで、トウヤ様はひねくれ者にならずに成長されましたね」
「んな事ないよ、隠してるだけだって。僕は……“純なる子”ってやつの最適解では無いってウネグさんに言われる程度には、どこかしら歪んでるさ」
「いいえ、魂の本質は何があってもそうそう変わるものではありません。トウヤ様は……素晴らしい“純なる子”ですよ。絶対に“孕み子”も、私と同じ事を言うでしょう」
「あはは、ならいいけど」
から笑いする柊也へルナールがそっと近づく。彼の後頭部に額を置き、後頭部を優しく撫でた。
「……ここが並行世界だっていうんなら、僕もこの世界にもう一人居るんだね。もしかしたら、妹や兄さんや……家族と一緒に、この世界で会った人達みたいに、のんびりと仲良く生活しているかもしれないのかぁ」
「そうですね、もしかしたら……そうかもしれません」
「そっか……。じゃあ僕は、この世界に居る僕とその家族の為にも、本気で頑張らないとな。呪いで世界が壊れない様、与えられた使命ってやつを達成する為にさ」
「ありがとうございます、トウヤ様」
ルナールはそう言うと、柊也の頭に口付けを落とす。
次に柊也とルナールが目を合わせた時には、心の有り様が深く力に影響し、解呪の力がより大きなものになっていたのだった。
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