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第三章

【第一話】失言

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「次の方どうぞー」
 隣の控え室で待っている人達に向かい、ルナールが声を掛ける。
「はいはい」
 そう返事をして診察室へ入って来た男性を、僕は椅子へ座る様促した。
「えっと、どういった状態になられているのかお話ししてもらえますか?」
「俺の場合は、足が動かなくなりました」
「なるほど。それはいつから?」
「一週間程度前からです」
「そうでしたか、わかりました。ではこれからそれを直ぐに治しますね」
 医者っぽい笑顔を意識してニコッと笑い、僕は室内で真っ青な顔をしている男性に声をかけた。
「お願いします!」
 乞われるまま患部となる場所に手を近づけると、僕は銀色のブレスレットを外した。別に触れる必要はない。ってか、金のブレスレットさえ着ければ、今の僕ならば村中の呪いを一気に解呪くらいできるかもしれない。なのに、なのに何で“純なる子”とやらである僕が……こんな風にお医者さんごっこみたいな事してんのかなぁ……————

       ◇

 ——話は、三日程前に遡る。
 レーヌ村を旅立って、ここへ来るまでには数カ所の村を経由した。それらの村では無茶振りなどされず、話も簡単に通じ、難なく二人は解呪行為をこなした。
 次はシャスピエール・ラマノーゾ・ランヴァイル・テンティイシオ……以下略としたくなる、長い正式名称を持つ村を目指している。レーヌ村と同じく漁業を生業としている者が多く住んでおり、観光となるポイントも無い為、村の規模はレーヌよりも更に小さいらしい。
 徒歩で八時間くらいの道程を、二人でのんびりと潮風にあたりながら柊也とルナールはどんどん歩いて行く。途中の村で『徒歩の旅は大変でしょうから、よければ馬車を用意しよう』と提案されたのだが、『馬とは相性が悪いから』というルナールの発言によりそれは断っていた。
「そういえばさ、馬とは相性が悪いって、どう悪いの?」
「……前に、耳を噛まれました」
 苦虫を噛み潰したような顔でルナールが教えてくれる。思い出したくも無いだろう事を言わせてしまったと察し、柊也が「えっと、なんかごめんね?」と言って謝った。
「いいんですよ。でも、私の個人的嫌悪感でトウヤ様を長い距離歩かせる事になった事はとても申し訳ないと思っています。ので、私にトウヤ様を運ばせて頂けませんか?」
「歩けるよ!大丈夫っ!」
「でも、疲れたら言って下さいね」
 頭を撫でながらルナールが言った言葉に対し、柊也が渋々頷く。出来れば抱えられての移動など恥ずかしいので避けたいが、流石に八時間以上ずっと歩きっ放しになった経験など無いので、正直最後まで歩く自信は無かった。

 柊也の足の様子を確認しながら、道中で遭遇する魔物をルナール一人が倒しつつ、時々休憩も入れてシャスピエール——(略)村に向かったおかげで、柊也はなんとか歩き切る事ができた。
 レーヌ村とは違い、彩色の少ない家々が並び軒数も少ない。だが、商店や宿屋などの主要な店はきちんとあり、泊まる場所に悩む事は無さそうだ。村そのものは森に囲まれ、夕暮れの海に向かう緩やかな坂道の方には仕事を終えた船が並んでいる。
 漁に使う網を直している人が数人地面に座り、魚の入る箱を運んでいる人も歩いていた。
「おや、見ない顔だねぇ」
 村長の家はどこだろうか?と思いながら柊也達が村の中に入って行くと、年配の男性が声をかけてきた。
「こんにちは!神殿からの使いで呪いを解きに来た者ですが、村長の家を教えてもらえますか?」
「……神殿から?しかも、呪いを……ま、まさか、アンタらあれか?最近噂になってる、“純なる子”って奴か⁈」
「はい。あ、でも彼は違いますよ。彼は狩人のルナールで、護衛についてくれています。僕は九十九柊也といいます。えっと、その、純なる子ってやつをしてます」
 頰を軽く指でかきながら、照れくさそうに柊也が言った。『自分が“純なる子”ですよ』と名乗るのはやっぱり照れてしまう。
「君がか⁈まだ子どもだろう!あぁ、そういえば純なる子は異世界から来るんだったな」
 前にも似たような反応をされたなぁ。レーヌの村長さんもそれ以外の人達もみんなそうだった。……そんなに僕って子どもっぽい?身長のせい?それなら貴方達が規格外に大きいんですよ!と柊也は思ったが、言葉をぐっと飲み込んだ。
「はい、そうです。んでも、僕二十歳なのでこれでも大人ですよ」
 ニコニコと笑顔でそれだけを告げる。ルナールは一切発言する事なく柊也の斜め後ろに立っていて、無駄に相手の男性を頭に被るフードの奥でキッと睨み付けていた。
「そうかそうか。わかった、こっちだ。俺が案内しよう」
「ありがとうございます」
 人付き合いを苦手とするルナールの代わりに、柊也が会話を全てこなした。
「行こうか、ルナール」
 柊也がルナールの服の袖を掴んで軽く引っ張り、顔を見上げる。彼と目が合った瞬間、険しかったルナールの目付きが途端に柔らかなものになった。
「はい、トウヤ様」 
 案内を買って出てくれた村人が、『着いて来てるかな?』と思いながらチラッと背後を振り返る。背の高いルナールの袖を引きながら歩く柊也の姿を見て、『うん、やっぱ子どもっぽい子だわ』と改めて思ったのだった。

       ◇

「んあー!アンタさんが“純なる子”ってやつなんかい!」
 この村で村長をしているという人に会うなり、大きな声でそう言われた。白い髭がとても立派で、ちょっとサンタっぽい容姿をしている村長さんは、この村で医師の仕事もしている。
「はじめまして、九十九柊也といいます。以後お見知りおきを」
「ほえー!ちっこい子じゃのう。もちろん協力は惜しまんぞ。安心して我々を頼ってくれ」
 自身の胸をドンッと叩いて、村長がむせこんだ。張り切った気持ちが腕の振りを加速させ、やり過ぎたみたいだ。
「大丈夫ですか?」
「おぉ、おぉ、もち……ゲホッゲフォォォッ!」
 大丈夫だとは思えぬ程咳き込み始めたので、柊也が慌てて側に寄り添い、背中をさすった。

「……あー失礼したねぇ。ワシは村長をやっとるアイクという者だ。解呪とやらはこの病院を使ってくれ。必要ならばウチの看護師も使っていいぞ。泊まる場所は宿屋の主人にでも頼んでおくんで、アンタさん達は心配なさんな」
 勧められた椅子に並んで座る柊也達に向かい、アイクが言った。
「ありがとうございます、アイク村長。ですが看護師さん達は必要無いので、そちらの方は通常のお仕事をなさって下さい」
「そうなんかい?はぁー、解呪っちゅうもんはアレか、やっぱり特殊な処置をするんじゃろう?村人にはそうさなぁ順番に通院してもらって少しづつ治していくのがいいじゃろう。アンタさんを疲れさせたら本末転倒じゃて。白衣はワシのを着るがいい。この隣にある予備の診察室を使ってくれて構わんから、早速明日からでも頼めるかい?」
「あぁいえ、別に疲れたりとかは——」
 レーヌ村の時のように『派手に!』とか『踊ってみましょうか』みたいな要求では無いので疲れる事は無い。なので柊也はそれを告げようとしたのだが、『みなまで言うな』と言いたげに、アイクが手を挙げて柊也の言葉を遮った。
「いいや、無理はよくない。アンタさんが私らの事を気遣ってくれている事は見ただけでわかっとる!んだが同じ癒し手として、無理はさせられんからな!」
 医師という立場から気を使われてしまい、柊也は『多分、この村程度なら一気に解呪出来るよ!』とすっかり言いづらくなってしまった。
「えっと……ありがとうございます?」
 急ぎの旅と言えなくもないのだが、ルナールが口を挟んでこないという事はこれでいいのかな?『僕はどうしたらいい?』と目で訴えながら、柊也がルナールの顔を見た。
「お言葉に甘えましょう、トウヤ様。この村の規模でしたら、一人ずつおこなっても四日程度もあれば済むでしょうし」
 柊也の耳元へ口を寄せ、ルナールが小声で言った。
「わかったよ、ありがとう」
 お互いに微笑み合った後、柊也がアイクに顔を向けた。
「では、お言葉に甘えさせて頂きますね。よろしくお願いします」
 丁寧に頭を下げて、柊也がアイクに感謝を伝える。
「今日はもう遅い。解呪治療は明日から始めてもらう事にして、今日は宿屋に案内すっとしようか」
 よっこいしょっと重い腰を上げて、アイクが立ち上がる。柊也とルナールも彼に続くと、三人で宿屋へと向かったのだった。

       ◇

「……なんかさ、また無茶振りされた気がするのは……僕だけ?」
「気のせいではないでしょうねぇ」
 村長達の好意で貸してくれた宿屋の一室で二人。ルナールは着替えなどを鞄の中から出して備え付けのクローゼットの中へとしまい、柊也はお茶を淹れる用意をしている。
「純なる子ってホントあやふやなイメージなんだねぇ。レーヌといい、前の村といい、このシャスピエール・ラマノー……あー無理!ここの村の人達といい、さ」
「いいんでよ、今から村長宅へ戻って『このくらい皆まとめて一気に解呪出来るから明日にはもうここを出る』と、ハッキリおっしゃっても」
「んー……でもさぁ、それを言うと人の夢を壊すみたいな気持ちになるっていうか、善意を無駄にしちゃう様な気がするというか……」
 お茶の入るカップを二つテーブルへ置き、「さぁどうぞ」と柊也がルナールに声をかけた。
「ありがとうございます」
 ベットの側にお茶を乗せたままの丸テーブルを柊也が慎重に運び、二人で並んで腰掛ける。
「お優しいですね、トウヤ様は」
 手にカップを持ち、ルナールは淹れてもらったお茶の温かさで心と体を温める。
「僕が優しい?どこがだよ。人の顔色を伺って、言った方がいいかもしれない事を言えないでいるだけさ。そのせいでルナールに迷惑かけてるんじゃないかって、いっつもヒヤヒヤしてるもん」
 自虐的な笑みを柊也が浮かべた。
 お茶を一口飲み、ふぅと息を吐き出す。ルナールは僕を過大評価しているなと柊也は思ったが、でもそれがちょっと嬉しい。
「トウヤ様がこの世界へ召還されて来てからまだ一ヶ月も経っていませんが、その間ずっとトウヤ様は周囲から求められる勝手なイメージに、内心はどうこう思っているのはまぁ別として、きちんとお付き合いしてくれている。それだけでも、トウヤ様の人の良さを実感出来ます」
「人が良い……か。褒めてるのかどうかは、イマイチ微妙だね」
「すみません、私の言い方が悪かったです。純なる子の心の綺麗さを褒めたいのですが……言葉選びが下手で申し訳ない」
「そんな事無いよ、僕がちょっと捻くれているだけだからさ」
「捻くれている……ですか?トウヤ様が?そうは思った事はありませんが」
「そう?ありがとう、ルナール。僕からしたら、君の方が優しいけどね」
「私が優しい、ですか?」
 ルナールは少し驚いた顔をしたが、すぐに柔らかな笑みに戻った。柊也にそう評価してもらえている事がすごく嬉しい。
「うん、僕は好きだなぁ。ルナールのそういう所」
「好き……ですか?私を、トウヤ様が?」
 柊也は今、この世界がである事をすっかり失念していた。元の世界では同性愛はどうしてもまだマイノリティである為、柊也は今言った『好き』の重さを全く理解していなかった。
「うん。あ、ごめん迷惑だったかな?急に飛ばされて来た僕みたいな奴に、こんなふうに懐かれるのは、イヤ?」
 右隣に座るルナールを見上げ、柊也は少し困った様な顔をした。親友や友人へ好意的に思っていると告げた程度にしか考えていないなんて、ルナールには伝わっていない。
「まさか!……私がトウヤ様を迷惑に思ったりなどあり得ません。ただ……初めてだったもので、動揺してしまって……」
 『好き』だという言葉が、これほどまで心に響くものだとルナールは言われてみて初めて思い知った。心臓がこれでもかという程鼓動を早め、手が震え、嬉しいはずなのに涙が溢れそうだ。動揺するあまり、諸事情があって飲めもしないお茶を口に含み、ルナールが咳き込んだ。
「大丈夫⁈」
「げほっ!——だ、大丈夫です」
 咳き込むルナールの背中を柊也がさする。「平気?まだ熱かったのかな、ごめんね?」と声をかけた。
「平気です、もう……大丈夫」
 咳き込んだせいもあって、ルナールの目が潤んでいる。お茶の入るカップをテーブルに戻し、ルナールは柊也の両手をギュッと握った。
「トウヤ様……大事に致しますね」
 熱の篭った瞳を向けられ、柊也の心がバクンッと跳ねた。
 あれ?……僕、もしかしてなんかやっちゃったんじゃないかな……。そうは思ったが、期待を裏切る発言は——出来なかった。
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