上 下
16 / 87
第ニ章

【第八話】言うならばせめて意思疎通が大事では?

しおりを挟む
「トラビス!トウヤ様のお迎えに行ってくれてありがとな!」
 パフォーマンスが一段落したラウルが、ニコニコ顔で柊也達の元へと走って来た。先程まで彼の側にいた子供達の手には黄色や赤い風船で作られたキリンやらゾウなどが握られていて、とっても嬉しそうだ。
(こっちの世界でもバルーンアートってあるのかぁ。いいなぁ、僕もほし……ごほんっ)
 子供の頃の憧れが少し頭をもたげ、柊也は羨ましい気持ちになったが、すぐに『子供っぽい要求は出来ないよね』と諦めた。
「いいんだよ、片付けの時間まではもう暇だしね」
 穏やかな笑みで、ラウルに対しトラビスが返事をする。チラッと周囲に視線だけをやり、ヴァールスの姿がかなり遠くにある事を確認して、ほっと安堵の息を吐いた。
「トウヤ様、解呪は最後の締めに頼もうかなと思っているんですが構いませんか?」
 人懐っこい笑顔を柊也に向け、ラウルが両手をパンッと叩く。
「うん、出来うる限り頑張るよ……あ、でも過剰には期待しないで下さいね?」
「大丈夫ー!だって、トウヤ様は純なる子だし!」
 両手を広げ、笑顔を向けられた柊也の顔が少し陰った。彼らが抱く純なる子への『なんかスゴイ奴等らしい』という認識のせいで、頭が痛い。
「さてと、トラビス……こっち来て!」
 言いたい事を言ってスッキリしたのか、サクッと話を変えてラウルがトラビスの手を握り、引っ張った。「うおっ!何だよ、いきなり」と声をあげながらも、トラビスが引っ張られるままにラウルについて行く。
「どこに行く気だ?」
 柊也達から離れ、広場の人集りをすり抜けて、中心部をラウルが目指す。そこは主賓であるカオルお婆さんの席があり、彼女の周囲には絶え間なく降っては消える、触れない色とりどりの薔薇の花弁が魔法のおかげで降っていて、とても綺麗だ。
「ばあちゃんに祝いの言葉か?んなの最初か最後にしておけよ。今なんかまだまだ混んでるだろ。……ったく」
 そうボヤきながらも、トラビスはラウルの手を振り払ったりはしない。握られる手の温かさは、彼にとって振り解きたいなどと思えるものでは無かった。
「違うよー、お祝いの言葉はもう早朝にすませてあるしな」
 ラウルは軽く後ろへ顔を向け、トラビスへ言った。頰が少し赤くて緊張した顔をしているのだが、ピエロのメイクのせいでトラビスにはそれがわからない。
 広場の中心に辿り着き、ラウルの足が止まった。花弁が降り注ぐ範囲に入っており、二人を綺麗に包んでいる。映像を投影しているだけみたいなものなのに、会場中に花が多くあるおかげで触れられない花弁一枚一枚から心地よい香りがしている気さえする。フワフワと、羽のように舞い落ちる花弁にトラビスが目を奪われていると、ラウルが満面の笑みを浮かべた。
「実はさ、これお前の為に用意したんだ。綺麗だろう?」
 周囲に聞こえぬ様、ラウルはトラビスの耳元へ近づき小声で言った。
「そうなのか?とっても綺麗だ。すごいよラウル……流石だな」
 少し切なそうな顔で、トラビスが瞼を閉じて俯いた。『お前の為に』と言われたのが嬉しくて、ちょっと涙が出そうになり、それを必死に堪えている。ヴァールスの事を思うと、そんな台詞を友人相手にほざくラウルの神経を少し疑いたくもなった。
 トラビスの複雑な心境を汲み取る事無く、ラウルが彼の前に跪く。トラビスの左手を取り、ラウルが優しく手の甲へ口付けをした。
 何が起きたかわからず、トラビスが無言のまま目を見開く。『今お前何をした?』と頭の中は完全にパニック状態だ。
「トラビス、結婚してくれないか?」
 言うが同時に、ラウルがスッとトラビスの左指を撫でると、虹色に輝くリングが姿を現した。
「……は?」
 間の抜けたトラビスの声は、突然のイベント発生に驚いた周囲の人々の声で掻き消された。

       ◇

 誰かを好きになるなんて、些細なきっかけで簡単におきるもんだ。
『お前の魔法、綺麗だな』
 水で作ったイルカを見たトラビスが、そう言って俺の魔法を褒めてくれたのはもう随分前のことだ。
『俺のウチはみんな狩人だからさ、海の生き物ってあんまり知らないんだよ』
 目を輝かせて、トラビスが水のイルカに魅入ってくれる。でも俺は、彼の柔らかそうな髪、ぴくぴくと動く丸い耳、美味しそうに揺れる細長い尻尾の方に魅入っていた。
 正直どこにでも居そうな雰囲気の少年なのに、性格の良さが滲み出ているのか、俺には彼がとてもキラキラと輝いて見えた。旅芸人の一団で手品師の真似事をしながら村々を回っているから、美女美男子など腐る程見慣れている。そのせいか、余計に彼の素朴さはとても癒された。
 お互いにレーヌ村の出身だというのに、俺は両親と共に巡業に出ている事が多かったから、トラビスの存在にこの日まで気が付いていなかった。その事を悔いたく成る程、俺はトラビスにあっさり簡単に堕ちてしまった。
 仕事が終わり、村へ戻る事が毎年毎年とても楽しみになった。また逢える、トラビスとまた話せるんだ。そう思うだけで、帰りの道中はいつも心踊る思いだったんだ——


「トラビス、結婚してくれないか?」
 思い思いに話していた周囲の人達が一瞬静まり、次の瞬間どっと驚きに声をあげた。揶揄するような発言は一つもなく、まだトラビスは何も答えていないのに祝福する言葉を口にする者までいる。
「……は?」
 間の抜けた声をあげたトラビスを見て、広場の中央へ向かって行った二人に追いついた柊也は、その様子にちょっと違和感を感じた。正直……喜んでいる感じが、無い。どう見たってトラビスは『コイツは何を言っているんだ?』と顔で語っている。でも、周囲の目があって何も言えずに困っている、と柊也の目には写った。
 全くもってその通りだった。彼等は交際などもしておらず、逢うのは年に数週間という間柄だ。ヴァールスとの事もあるのに、お前はバカか?としか、トラビスは思えなかった。
「俺と結婚してくれ!……嫌われてはいないと思うんだけど、違うのか?」
「まさか!友達を嫌う訳がないだろう?」
 握られた手を軽く握り返し、トラビスが苦笑いを浮かべる。
「だよな!じゃあ、けっこ——」
 再度言おうとしたラウルの言葉を、トラビスが口を塞いで遮った。
「まさか、ラウル……本気なのか?」
 耳元に顔を近づけ、周囲に聞こえない声でトラビスが訊く。すると、これ幸いと言わんばかりにラウルがトラビスの頰にチュッとキスをした。
「おぉぉぉぉっ!」
 温かい目で見守っていた人達から歓喜の声があがった。
 咄嗟にトラビスは顔を真っ赤にしながら離れようとしたのだが、ラウルの方が早かった。トラビスの首に抱き着き、「本気じゃなきゃ、こんな風にプロポーズなんてしないさ」と、満面の笑みで言った。ラウルの方がトラビスよりも身長が高い為、縋り付いているみたいな姿勢になっている。
「で、でもお前!だからって、何で?だってお前は、ヴァールスと付き合ってるんだろう?言ってたじゃないか『最高のパートナーだ』って」
 素肌に頬ずりをされながら、トラビスは小声を維持したまま強い口調でラウルに言った。二股なんか絶対に嫌だ。恋人がいると知りながら、結婚など受け入れられる訳がない。
「あぁ言ったな、同業者だって。彼女は仕事上のパートナーだぞ?」
 一切悪びれることなくラウルが言った言葉に、トラビスが言葉を失った。俺の早とちり……だったのか?と思うと同時に、紛らわしい言い方しやがって!と、怒りも込み上げてきた。
「し……仕事の?私的な、パートナーじゃなくてか?」
「当然だろう?ヴァールスは既婚者で二十人以上子供もいる子沢山ママだから、俺の眼中には全く入らないよ。俺は孕ませたいんじゃなくって、孕みたい側だしな」
 ボンッキュッボンのテンプレ的ナイスバディを思い出し、トラビスが絶句した。でもまぁ、自分と同じくネズミタイプの獣人は子沢山の者が多い傾向があるので納得も出来た。それよりもトラビスが驚いたのは、人前で『孕みたい』だなんだとほざいたラウルの言葉の方だった。流石に恥ずかしいのか、小声で言ってくれたので周囲の人達が冷やかす事は無かった。だが、なかなか返事をしないトラビスの様子には、首を傾げる者達が出始め、空気を読みがちな傾向のあるトラビスの心が焦っていく。
(うん……と言うか?言わないとみんなの目がある。でも俺達は付き合ってもいないのに、色々すっ飛ばして結婚だと⁈ラウルは旅芸人みたいなもんだし、俺は村で仕事があるし、ほとんど一緒に生活出来ないじゃないか。それは結婚していると果たして言えるんだろうか。都合のいい男として、扱われ、他の村にも旦那や妻が居るような家庭になるのでは?)
 考えが頭の中でグルグルと回り、言葉が出ない。喉を詰まらせているトラビスとは違い、ラウルの方は尻尾が無いのに、喜びに尻尾をブンブン振っていそうなくらい嬉しそうに縋りついたままだ。
「ねぇルナール。これって、助け舟とか出すべき……かな」
「放っておいていいと思いますが」
 少し離れた位置でそわそわする柊也の肩に、ルナールが後ろから手を置いて耳の側に顔を寄せる。人間タイプ特有の耳に頰を寄せたい衝動に堪えながら、彼は言葉を続けた。
「人の恋路に関わるとろくな事が起きませんからね、放置が一番です」
「そうかもしれないけど……」
 いいの?いいの?と柊也が変わる事なくそわそわしていると、トラビスが空を見上げ、瞼を閉じた。
「……受けるよ」
 降参した表情でトラビスが呟くと、周囲の人達が一斉に祝福の拍手をして、口々にお祝いの言葉を二人へ浴びせた。すぐ側で見守っていたカオルおばあちゃんもニコニコ顔で手を叩いている。
「ありがとぉぉぉ!愛してるよ!トラビス、これからはずっと側にいるからな!」
 ラウルの抱き着く腕に力が入り、トラビスが「うぐっ」と声をあげた。
 空気を読み、取り敢えず了承したが、まさか『愛してる』と人前で言ってもらえるとは思っておらず、両手で顔を覆った。『人前で!言うな!』と叫びたいが、空気を読むと叫べない。
「……拍手、するべき?していいの?これ」
 柊也にはやっぱりトラビスが複雑な心境のままであるようにしか見えず、つい横を向いてルナールにお伺いを立ててしまい——近過ぎた距離のせいで、互いの唇が触れてしまった。
 軽くかすった程度のもので到底キスとはいえないレベルのものだったが、柊也は目を見開いたまま体が固まった。何が起きたのか頭で判断が出来ず、まだ触れていると言えなくは無い距離だ。
 トラビスとラウル、ルナールと柊也のラブシーン(仮)に会場が沸き立ち、祝いの席が更に盛り上がった。その様子を見てラウルが満足そうに頷き、トラビスは柊也達の仲良さげな姿に、自分の事は二の次にしたまま兄の様な眼差しを向けている。
 ルナールと柊也は、「ごめ……ルナール。ちょっと近かったね」「人前ですみません」と言い合うながらそっと体を離した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~

乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。 【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】 エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。 転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。 エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。 死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。 「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」 「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」 全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。 闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。 本編ド健全です。すみません。 ※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。 ※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。 ※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】 ※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。

処理中です...