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第四章
【第三話】夫婦の愛の形②
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やたらと長い名称の村から柊也達の二人は旅立ち、次の目的地へ向かう道中の移動は正直今までよりもちょっと疲れるものだった。王都から離れれば離れる程に道が少しづつだが悪くなっていき、強い魔物も増えてきたからだ。
魔狼や巨大な蛇など、柊也が映画以外では見たことも無いような魔物を相手にしても即座にルナールが一人で対処してくれる。圧倒的な力量で終わる戦闘に対し柊也は不安を感じたりはしなかったが、それでも目の前で戦闘が起これば、精神的な負担にはなった。
馬や馬車を使えるなら多少は今よりも楽な道中も、ルナールと馬の相性が悪いらしいせいで利用出来ない。もし、疲れているとハッキリ言えば『では私がお運びしましょう』と嬉々として言われるのが目に見えているので、正直とても言い辛かった。ルナールとの近過ぎる距離は、戦闘シーンを見ている時よりも心臓に悪いのだ。
もう少し進めば山の麓でワイバーンを借り、一気に隣町まで山越えをするらしいのだが、柊也はちょっと怖いなぁと思っていた。空想上の姿しか知らないワイバーンなんかに『僕は乗れるの?』と、どうしても考えてしまう。
ルナールと馬の様に、ワイバーンと柊也の相性が悪くて乗れないという事があったりはしないのだろうか?という心配もあった。乗れないとなった場合は、『疲れた』と言った時と同じく、ルナールに抱えられながら山道を走る事になるのが安易に想像出来る。最終手段としては仕方がないかもしれないが、それだけは出来るだけ避けたかった。
「ねぇ、ルナールはワイバーンには乗れるの?馬みたいに噛まれたりとか、相性がどうこうとかは平気?」
「ワイバーンは平気です。眷属なので」
「え?ワイバーンがキツネの眷属?……ゴメン、何がどう逆転を繰り返したらそうなるの?」
全く繋がりが見出せず、柊也に眉間にシワが寄った。
その表情を見て、やっとルナールは自分の発言にミスがあった事に気が付き、慌てながら「言葉を間違えただけです。ワイバーンには乗った経験があるので、相性の良さは実証済みですから心配いりませんよ」と言い換えた。
聞いていて、何をどう間違えたんだろう?とは思ったが、柊也はやけに慌てるルナールの様子に首をかしげる程度にとどめた。
「トウヤ様はワイバーンに乗った経験は何度おありですか?」
「いや、一度もないよ?むしろあるわけ無いよ!そういった生き物は居ない世界だったし」
「ワイバーンが居ない⁈まさか、そんな世界があるんですか?……では、旅などは陸路だけでの移動で?それでは物流面だとかが大変そうですね」
「やだな、飛行機がバンバン飛んでるから物流はこっちの比じゃ無いくらい便利だったよ」
自分がそれらの発明に関わったわけでも無いのに、何でか柊也の顔がちょっと自慢気だ。
「ヒコウキ……とは?」
全く知らぬ単語に、ルナールがキョトンとした顔になった。
「んとね、こーんな形をした、大半をアルミニウム合金で作った塊が、エンジンを使って空を飛んでるの。飛行機が飛ぶ原理って実はしっかりとは解明されてないらしいんだけどね、一般的には推進力、抵抗力、重力、揚力の四つの力がかかって——って、ごめん。んな話されても、全然楽しくないうえに意味わかんないよね」
指先を動かし、柊也がジェット機の形を空間に描く。飛行機などは子供の頃から興味があったのでちょっとだけ知識があるのだが、専門的な話をしてもルナールには伝わらない事を思い出し、柊也は途中で説明を止めた。
「トウヤ様……アルミニウムはどうやっても人や物を乗せては飛びませんよ?」
素材名だけは知っているルナールに残念なモノを見る様な目を向けられ、柊也が『おぉぉい、ちょっと待て!』と叫びたい気持ちになった。
「『何言ってんの?』って、残念な子を見る様な目を向けないでよ、飛行機は本当に飛ぶんだから!それ言ったら魔法ってなんだよ!何がどう僕らの世界が分岐していったら魔物とか妖怪とかが居る世界にこっちはなった訳⁈って、科学万能世界で育った僕としては、そっちの方が意味がわからんよ!」
珍しく柊也がまくし立てるもんだから、ルナールが少し驚いてしまった。
「すみませんでした、トウヤ様。つい……我々の育った世界が違う事を忘れてしまいまして」
しゅんとした顔でルナールが項垂れる。その姿を見て、柊也が即座に謝った。
「責めた訳じゃ無いよ、なんかむしろごめんね」
ルナールの服の袖を掴み、柊也が上目遣いで顔を見上げる。そんな柊也の表情に、ルナールの心が嬉しさからどくんと跳ねた。
「今度ちゃんとそれらの話をお聞かせ下さい。いずれはこちらの世界でも再現出来ないか、一緒に考えてみませんか?」
「それは楽しそうだけど……流石に僕は飛行機の作り方までは知らないよ?大きな物になると六百万個近い部品を使って作るから、全部なんか覚えられるはずがなかったし。あ、でも熱気球ならこっちでも作れるかもしれないかな」
「ネツキキュウですか。それはどういった物なのですか?」
「んとね、熱気球は——……」と、柊也がまた嬉々としてわかる範囲で原理や形から説明を始め、ルナールが隣を歩きながらその姿を笑顔で見ている。空気の読めない魔物達が邪魔に入るまで柊也の話は延々と続いたのだが、知らない事を前提とした話し方のおかげで、ルナールはいつも以上に楽しい時間を過ごす事が出来たみたいだった。
◇
「————すみませーん!誰か居ませんかぁ?」
山越えの為のワイバーンを貸し出してもらえる施設まで向かう途中。喉の乾いた柊也が、通りがかりに見付けた一軒家に声をかけながら近づいて行く。
主だった村はこの家の周囲には無く、近隣にある他の家からも随分と離れている。広大な畑とよく管理された小さな庭があり、道路近くに面した一階建ての家は茶色い煉瓦造りで、煙突からは煙が上がっているのでこの家の主は在宅中の様だ。家の対面には崖があり、その先には透明度の高い綺麗な湖が広がっている。生活をするには不便そうな場所だが、周辺の眺めはとっても良かった。
「すみませーん!」
何度か大きな声で柊也が家主を呼ぶが、誰も出てこない。
「不在なのでは?」
「いや、居ると思うよ。火を使ったまま外出はしないでしょ、危ないもん」
「ならば今は忙しいのでしょうね。諦めて先を急ぎませんか?私が抱えて走ればすぐ他の水場にお運びして——」
ルナールを言葉を、「はーい」と言う男性の声が遮った。柊也の呼びかけに応じ、やっと家主が出て来たみたいだ。
「ウチに何かご用ですか?」
ヤギの様な耳と角、クリーム色の髪をした細身の青年が一人、爽やかな笑顔で家の中から出てきた。この家の主であるティオだ。
「すみません。旅の者なのですが、お水を少しわけてもらえませんか?」
「旅ですか、それはいいですね。お疲れでしょうし、よかったらウチで少し休んでいきませんか?」
ティオの言葉を聞き、柊也がチラッとルナールの方へ顔を向けた。二人の目が合い、ルナールが頷く。そのジュエスチャーが『まだ時間に余裕があるので、大丈夫』という意味だなと受け取った柊也は、ティオに対し「ありがとうございます。では少しだけ」と返事をした。
「どうぞこちらへ」
木製のドアを開け放ち、二人を中へと促す。「お邪魔します」と柊也が言い、ルナールはティオに軽く礼をすると、遠慮無く家の中に入って行った。
「いらっしゃいませ」
愛らしい容姿をした少年が、ソファーに座った二人に向かい、礼儀正しく頭を下げて挨拶をした。髪色や獣耳、小さなツノの形などがティオ似ているので、彼もヤギの獣人の様だ。
「突然お邪魔しちゃってごめんね」
「そんな、お気になさらず。今お茶を淹れますね」
「あ、僕手伝おうか?」
「それなら私が手伝いましょう」
手伝う為に立ち上がろうとした柊也をルナールが手で止め、先に立ち上がった。
「いいえ、ご心配無く。お気遣い感謝します」
穏やかな笑顔を浮かべ、少年らしくない言葉遣いをしながら、柊也達に向かい丁寧に一礼する。ティオと少年の二人が頷き合うと、少年は一人で台所へと向かった。
そんな彼の後ろ姿を目で追いながら、ルナールが柊也に「あの少年は呪われていますね。しかも二重に。複数持ちはとても珍しいパターンです」と耳打ちした。
「そうなの?じゃあ早く解呪しないと……あ、まずは当人達に相談してからの方がいいか」
モユクとヨモノ兄弟の件を思い出し、柊也が一度は触れた銀色のブレスレットから手を離した。
「ヨモノ達の時と同じく、今でも後でも結果は変わりませんが……柊也様がそうしたいならば」
顔を寄せながらコソコソと相談を始めた二人を不思議に思い、ティオが柊也達に声をかけた。
「どうかされましたか?」
「あ、いえ。えっと……先程までここに居た彼の事なのですが……」
「エリザですか?何かウチのが失礼でも?」
どう切り出そうかと柊也は少し考えたが、遠回しに言ったりする必要もあるまいと、直球で話をぶつける事にしてみた。
「彼、インバーション・カースが起きていますよね?」
「……な……なぜ、それを?」
ティオが目を見開き、不思議そうな顔を柊也達に向けた。無理も無い、ただ見ただけでは彼は普通の獣人であり、人間化も起きておらず、何の異変も無い。なので、なぜその事に柊也達が気が付いたのか、ティオには理解出来なかった。
「自己紹介が遅れて申し訳ありません。僕の名前は九十九柊也、こちらの彼はルナールといいます。二人でルプス王国に蔓延しているインバーション・カースの呪いを解く旅をして回っているんです。そちらに不都合が無ければ、彼の呪いを——」
「ダメです!」と、ティオの大きな声が柊也の言葉を遮った。
「ま、まさか……貴方達はあの、伝説の“純なる子”なのですか?」
伝説ときたか。今度の僕は、超レアなポケットなモンスター扱いなのか?と柊也は思った。でもまぁ千年に一度しか来ない異世界の人間を前にすれば、伝説扱いされても仕方ないのだろう。
「まあ、はい。そんな感じです。ルナールは呪いの印が見えるので、彼の呪いに気が付いたのですが……」
酷く動揺しているティオの様子を見て、柊也が言葉の続きを言うのを躊躇してしまった。
「み、見える?呪いの印が?そんなモノがあるんですか?」
口元に手を当て、ティオが思案げな顔をしていると、台所から戻ってきた少年が「大きな声が聞こえましたが、何かありましたか?」と、驚いた顔をしながら三人に声をかけた。
「何でもないよ!エリザ、すまない……えっと、ちょっとこの方達と三人だけで話したいから、君は席を外してくれないかな」
ティオの動揺が伝わったのか、エリザと呼ばれた少年が素直に頷く。
「わかりました。お茶はここへ置いておきます。私は畑仕事をしていますね」
そう言い、三人分の茶器が乗るお盆を少年がテーブルに置いた。
自分が離席せねばならないのは何故かなどといった理由も訊かぬまま、黙って玄関への向かうエリザの後ろ姿を、ティオが複雑そうな顔で見送る。
玄関ドアが閉まる音が居間まで聞こえると、しばらく黙っていたティオが、言い難い事を言わねばならぬといった表情をしながら申し訳なさそうに口を開いた。
「大変申し訳ないのですが、貴方達が“純なる子”である事は、妻には黙っていてもらえませんか?」
ティオはソファーに座ったまま、柊也達に対して深々と頭を下げる。
「今の状況が、私にとってもっとも理想的なのです。“孕み子”の呪いが消える日までの一時の間だけでも……こんな奇跡は二度と起きないでしょうから、一生分の思い出を私達に育ませて頂けませんか?」
頭をあげ、そう訴えるティオの表情がひどく真剣なもので、何か重い事情があるのだなと思った柊也も、彼に釣られて真剣な顔になった。
魔狼や巨大な蛇など、柊也が映画以外では見たことも無いような魔物を相手にしても即座にルナールが一人で対処してくれる。圧倒的な力量で終わる戦闘に対し柊也は不安を感じたりはしなかったが、それでも目の前で戦闘が起これば、精神的な負担にはなった。
馬や馬車を使えるなら多少は今よりも楽な道中も、ルナールと馬の相性が悪いらしいせいで利用出来ない。もし、疲れているとハッキリ言えば『では私がお運びしましょう』と嬉々として言われるのが目に見えているので、正直とても言い辛かった。ルナールとの近過ぎる距離は、戦闘シーンを見ている時よりも心臓に悪いのだ。
もう少し進めば山の麓でワイバーンを借り、一気に隣町まで山越えをするらしいのだが、柊也はちょっと怖いなぁと思っていた。空想上の姿しか知らないワイバーンなんかに『僕は乗れるの?』と、どうしても考えてしまう。
ルナールと馬の様に、ワイバーンと柊也の相性が悪くて乗れないという事があったりはしないのだろうか?という心配もあった。乗れないとなった場合は、『疲れた』と言った時と同じく、ルナールに抱えられながら山道を走る事になるのが安易に想像出来る。最終手段としては仕方がないかもしれないが、それだけは出来るだけ避けたかった。
「ねぇ、ルナールはワイバーンには乗れるの?馬みたいに噛まれたりとか、相性がどうこうとかは平気?」
「ワイバーンは平気です。眷属なので」
「え?ワイバーンがキツネの眷属?……ゴメン、何がどう逆転を繰り返したらそうなるの?」
全く繋がりが見出せず、柊也に眉間にシワが寄った。
その表情を見て、やっとルナールは自分の発言にミスがあった事に気が付き、慌てながら「言葉を間違えただけです。ワイバーンには乗った経験があるので、相性の良さは実証済みですから心配いりませんよ」と言い換えた。
聞いていて、何をどう間違えたんだろう?とは思ったが、柊也はやけに慌てるルナールの様子に首をかしげる程度にとどめた。
「トウヤ様はワイバーンに乗った経験は何度おありですか?」
「いや、一度もないよ?むしろあるわけ無いよ!そういった生き物は居ない世界だったし」
「ワイバーンが居ない⁈まさか、そんな世界があるんですか?……では、旅などは陸路だけでの移動で?それでは物流面だとかが大変そうですね」
「やだな、飛行機がバンバン飛んでるから物流はこっちの比じゃ無いくらい便利だったよ」
自分がそれらの発明に関わったわけでも無いのに、何でか柊也の顔がちょっと自慢気だ。
「ヒコウキ……とは?」
全く知らぬ単語に、ルナールがキョトンとした顔になった。
「んとね、こーんな形をした、大半をアルミニウム合金で作った塊が、エンジンを使って空を飛んでるの。飛行機が飛ぶ原理って実はしっかりとは解明されてないらしいんだけどね、一般的には推進力、抵抗力、重力、揚力の四つの力がかかって——って、ごめん。んな話されても、全然楽しくないうえに意味わかんないよね」
指先を動かし、柊也がジェット機の形を空間に描く。飛行機などは子供の頃から興味があったのでちょっとだけ知識があるのだが、専門的な話をしてもルナールには伝わらない事を思い出し、柊也は途中で説明を止めた。
「トウヤ様……アルミニウムはどうやっても人や物を乗せては飛びませんよ?」
素材名だけは知っているルナールに残念なモノを見る様な目を向けられ、柊也が『おぉぉい、ちょっと待て!』と叫びたい気持ちになった。
「『何言ってんの?』って、残念な子を見る様な目を向けないでよ、飛行機は本当に飛ぶんだから!それ言ったら魔法ってなんだよ!何がどう僕らの世界が分岐していったら魔物とか妖怪とかが居る世界にこっちはなった訳⁈って、科学万能世界で育った僕としては、そっちの方が意味がわからんよ!」
珍しく柊也がまくし立てるもんだから、ルナールが少し驚いてしまった。
「すみませんでした、トウヤ様。つい……我々の育った世界が違う事を忘れてしまいまして」
しゅんとした顔でルナールが項垂れる。その姿を見て、柊也が即座に謝った。
「責めた訳じゃ無いよ、なんかむしろごめんね」
ルナールの服の袖を掴み、柊也が上目遣いで顔を見上げる。そんな柊也の表情に、ルナールの心が嬉しさからどくんと跳ねた。
「今度ちゃんとそれらの話をお聞かせ下さい。いずれはこちらの世界でも再現出来ないか、一緒に考えてみませんか?」
「それは楽しそうだけど……流石に僕は飛行機の作り方までは知らないよ?大きな物になると六百万個近い部品を使って作るから、全部なんか覚えられるはずがなかったし。あ、でも熱気球ならこっちでも作れるかもしれないかな」
「ネツキキュウですか。それはどういった物なのですか?」
「んとね、熱気球は——……」と、柊也がまた嬉々としてわかる範囲で原理や形から説明を始め、ルナールが隣を歩きながらその姿を笑顔で見ている。空気の読めない魔物達が邪魔に入るまで柊也の話は延々と続いたのだが、知らない事を前提とした話し方のおかげで、ルナールはいつも以上に楽しい時間を過ごす事が出来たみたいだった。
◇
「————すみませーん!誰か居ませんかぁ?」
山越えの為のワイバーンを貸し出してもらえる施設まで向かう途中。喉の乾いた柊也が、通りがかりに見付けた一軒家に声をかけながら近づいて行く。
主だった村はこの家の周囲には無く、近隣にある他の家からも随分と離れている。広大な畑とよく管理された小さな庭があり、道路近くに面した一階建ての家は茶色い煉瓦造りで、煙突からは煙が上がっているのでこの家の主は在宅中の様だ。家の対面には崖があり、その先には透明度の高い綺麗な湖が広がっている。生活をするには不便そうな場所だが、周辺の眺めはとっても良かった。
「すみませーん!」
何度か大きな声で柊也が家主を呼ぶが、誰も出てこない。
「不在なのでは?」
「いや、居ると思うよ。火を使ったまま外出はしないでしょ、危ないもん」
「ならば今は忙しいのでしょうね。諦めて先を急ぎませんか?私が抱えて走ればすぐ他の水場にお運びして——」
ルナールを言葉を、「はーい」と言う男性の声が遮った。柊也の呼びかけに応じ、やっと家主が出て来たみたいだ。
「ウチに何かご用ですか?」
ヤギの様な耳と角、クリーム色の髪をした細身の青年が一人、爽やかな笑顔で家の中から出てきた。この家の主であるティオだ。
「すみません。旅の者なのですが、お水を少しわけてもらえませんか?」
「旅ですか、それはいいですね。お疲れでしょうし、よかったらウチで少し休んでいきませんか?」
ティオの言葉を聞き、柊也がチラッとルナールの方へ顔を向けた。二人の目が合い、ルナールが頷く。そのジュエスチャーが『まだ時間に余裕があるので、大丈夫』という意味だなと受け取った柊也は、ティオに対し「ありがとうございます。では少しだけ」と返事をした。
「どうぞこちらへ」
木製のドアを開け放ち、二人を中へと促す。「お邪魔します」と柊也が言い、ルナールはティオに軽く礼をすると、遠慮無く家の中に入って行った。
「いらっしゃいませ」
愛らしい容姿をした少年が、ソファーに座った二人に向かい、礼儀正しく頭を下げて挨拶をした。髪色や獣耳、小さなツノの形などがティオ似ているので、彼もヤギの獣人の様だ。
「突然お邪魔しちゃってごめんね」
「そんな、お気になさらず。今お茶を淹れますね」
「あ、僕手伝おうか?」
「それなら私が手伝いましょう」
手伝う為に立ち上がろうとした柊也をルナールが手で止め、先に立ち上がった。
「いいえ、ご心配無く。お気遣い感謝します」
穏やかな笑顔を浮かべ、少年らしくない言葉遣いをしながら、柊也達に向かい丁寧に一礼する。ティオと少年の二人が頷き合うと、少年は一人で台所へと向かった。
そんな彼の後ろ姿を目で追いながら、ルナールが柊也に「あの少年は呪われていますね。しかも二重に。複数持ちはとても珍しいパターンです」と耳打ちした。
「そうなの?じゃあ早く解呪しないと……あ、まずは当人達に相談してからの方がいいか」
モユクとヨモノ兄弟の件を思い出し、柊也が一度は触れた銀色のブレスレットから手を離した。
「ヨモノ達の時と同じく、今でも後でも結果は変わりませんが……柊也様がそうしたいならば」
顔を寄せながらコソコソと相談を始めた二人を不思議に思い、ティオが柊也達に声をかけた。
「どうかされましたか?」
「あ、いえ。えっと……先程までここに居た彼の事なのですが……」
「エリザですか?何かウチのが失礼でも?」
どう切り出そうかと柊也は少し考えたが、遠回しに言ったりする必要もあるまいと、直球で話をぶつける事にしてみた。
「彼、インバーション・カースが起きていますよね?」
「……な……なぜ、それを?」
ティオが目を見開き、不思議そうな顔を柊也達に向けた。無理も無い、ただ見ただけでは彼は普通の獣人であり、人間化も起きておらず、何の異変も無い。なので、なぜその事に柊也達が気が付いたのか、ティオには理解出来なかった。
「自己紹介が遅れて申し訳ありません。僕の名前は九十九柊也、こちらの彼はルナールといいます。二人でルプス王国に蔓延しているインバーション・カースの呪いを解く旅をして回っているんです。そちらに不都合が無ければ、彼の呪いを——」
「ダメです!」と、ティオの大きな声が柊也の言葉を遮った。
「ま、まさか……貴方達はあの、伝説の“純なる子”なのですか?」
伝説ときたか。今度の僕は、超レアなポケットなモンスター扱いなのか?と柊也は思った。でもまぁ千年に一度しか来ない異世界の人間を前にすれば、伝説扱いされても仕方ないのだろう。
「まあ、はい。そんな感じです。ルナールは呪いの印が見えるので、彼の呪いに気が付いたのですが……」
酷く動揺しているティオの様子を見て、柊也が言葉の続きを言うのを躊躇してしまった。
「み、見える?呪いの印が?そんなモノがあるんですか?」
口元に手を当て、ティオが思案げな顔をしていると、台所から戻ってきた少年が「大きな声が聞こえましたが、何かありましたか?」と、驚いた顔をしながら三人に声をかけた。
「何でもないよ!エリザ、すまない……えっと、ちょっとこの方達と三人だけで話したいから、君は席を外してくれないかな」
ティオの動揺が伝わったのか、エリザと呼ばれた少年が素直に頷く。
「わかりました。お茶はここへ置いておきます。私は畑仕事をしていますね」
そう言い、三人分の茶器が乗るお盆を少年がテーブルに置いた。
自分が離席せねばならないのは何故かなどといった理由も訊かぬまま、黙って玄関への向かうエリザの後ろ姿を、ティオが複雑そうな顔で見送る。
玄関ドアが閉まる音が居間まで聞こえると、しばらく黙っていたティオが、言い難い事を言わねばならぬといった表情をしながら申し訳なさそうに口を開いた。
「大変申し訳ないのですが、貴方達が“純なる子”である事は、妻には黙っていてもらえませんか?」
ティオはソファーに座ったまま、柊也達に対して深々と頭を下げる。
「今の状況が、私にとってもっとも理想的なのです。“孕み子”の呪いが消える日までの一時の間だけでも……こんな奇跡は二度と起きないでしょうから、一生分の思い出を私達に育ませて頂けませんか?」
頭をあげ、そう訴えるティオの表情がひどく真剣なもので、何か重い事情があるのだなと思った柊也も、彼に釣られて真剣な顔になった。
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