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第一章

【第五話】移動手段としては、それは勘弁して下さい

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 リスにそっくりな大きい尻尾をゆらゆら揺らし、前を歩く巫女の後ろを柊也とルナールが並んでついて行く。
 神殿の廊下はとても広く、学校の廊下などとは比べ物にならない。大理石かと思われる白亜の柱が一定間隔でずらりと並び、柱には蔦の葉が巻き付いていてシンプルな美に彩りをそえている。柊也は観光ですら行った事が無いが、ギリシャの神殿って当時はこんな感じだったのかなぁと思いながらまわりを見ていた。


「そういだ、肝心な事を訊いてもいいですか?」
 隣を歩くルナールを見上げ、柊也が声をかけた。司祭であるウグネより確かに小さいが、柊也よりも随分背が高い。五十から六十センチ程度は差があるかもしれないせいで、顔を見ようとするだけで少し首が痛かった。
「何でしょうか、トウヤ様」
 ルナールが柊也に対し、穏やかな笑みを浮かべた。
「呪いって……どんな呪いなんですか?純なる子って存在が呪いをどうにか出来るって事はさっきの話で理解できたのですが、呪いに関しては一切説明が無かったので」
「あぁ。言われてみれば、そうですね」
 納得し、ルナールが「何処から話しましょうかねぇ」と言いながら、少し唸った。

「……この世界には、気が遠くなるくらい昔から、千年おきに“孕み子”と呼ばれる子供が生まれるのです。『その子は体の内に繁栄を孕み、いずれ国に繁栄をもたらす』と言われています」
「孕み子、ですか。すごい子ですね、一人の力で国を繁栄させられるなんて」
「そうですね……トウヤ様を言う通りと、なれるでしょうね」
 ルナールが渋い顔をし、柊也は少し困った。自分は何か変な事でも言ってしまったのだろうか、と。
「孕み子は、確かに素晴らしい素質を持っていますが……呪われた子でもあるのです」
「呪われた子…… ですか」
「はい。その為、孕み子は各国にある幽閉塔の中に生まれてすぐ閉じ込められる運命にあります。呪いを制御できる純なる子が、この世界へ来るまで…… ずっと、ずーっと」
「ということは、僕は各国の幽閉塔ってのを回る旅をして行く感じですか?」
「いいえ。孕み子は千年おきに一人しか生まれません。なので、旅をして回るのは、拡散された呪いを解除しつつ、トウヤ様の力を強化するきっかけを得る事が目的でしょうね」
「じゃあ、まずはその子に会って呪いを解いて、旅をして後始末って感じですか」
「…… んー、早々に孕み子と逢う事を、私はオススメ出来ません」
「何故ですか?それって、僕が『最適解じゃない』とかって事に関係しています?」
「いえ。あ、いや……はい。それも少しはあります。最高純度の“純なる子”ではないので、今のままではまず、孕み子の呪いを打ち消す事が出来るか否かは賭けではないかと。それよりも私が懸念しているのは、その……今回の孕み子はこの国の王子なのですが、生まれてすぐに幽閉塔へと閉じ込められて己以外の存在をよく知りません。そんな相手に今逢ったら、トウヤ様は元の世界へ帰れなくなりますよ?」
「へ?な、何でですか?」

「『閉じ込められた場所から助けてくれた相手』なんて、一目惚れの王道です。『好きだ、結婚しよう。もう君を帰さない。閉じ込めておけ』くらい当然のように言い出しますよ?王子の様な権力の権化にそんなセリフ、言われたいですか?」

「言われたく無いです!」
 背筋を凍らせ、柊也が即答する。会った事もない同性にいきなり監禁などされたい筈がない。
「ならば、孕み子と幽閉塔が呪いの拡散を緩和している間に、結界から滲み出てきてしまった呪いを解除。打ち消すだけの力を得られた時には孕み子の呪いをどうにかし、元の世界へ逃げ帰るのが一番現実的かと」
「なるほど、それいいですね」
 うんうんと頷き、柊也が納得した。
「それにしても、詳しいですね。ルナールさんって神殿の人じゃなく、狩人ですよね?」
「……え。あー……常識ですよ、この程度の事は」
 ルナールが柊也に向かい微笑みかけた。何かを誤魔化すような笑みだったが、柊也はルナールの言葉を額面通りにしか受け取らなかった。


「——お話中失礼致します。清めの間に着きましたので、儀式のご用意を」
 神殿の最奥にある大きな扉の前に立ち、巫女が深々と頭を下げる。重たそうな鉄製の扉には中心部に大樹が彫刻されており、まるで本で見たセフィロトの木の様だと、柊也は思った。
「この先はお二人で進んで頂きますので、儀式の説明を先に致します」
 そう言った巫女の言葉を、二人は真剣な面持ちで頷きながら聞き続けた。

       ◇

 魔法によって自動的に開かれた大きな扉を、柊也とルナールの二人だけが通って行く。柊也が軽く後ろを振り返ると、案内してくれた巫女は廊下側に立ったまま頭を下げていた。
 扉の奥は神殿内の雰囲気とは打って変わって、鍾乳洞の中みたいだ。無数にあるツノの様な白い鍾乳石のそこかしこには丸い形をしたスノーキャンドルの様な物が無数に置かれ、青色の光が灯っているおかげで洞窟内は仄かに明るい。


「幻想的ですねぇ」
 キョロキョロと周囲を観る柊也の様子は、完全に観光客だ。そんな彼を、ルナールが微笑ましい気持ちで見詰めている。身長差もあってか、まるで保護者とその子供みたいだ。
「足元に気を付けて下さいね」
「はい!」
 柊也が足早に前へ進んで行くと、下層へと続く巨大な螺旋階段が姿を現した。半透明な階段は氷でできているのか、降りるには怖い見た目をしている。

「……まさか、コレ」

 十階はあるであろうマンションの屋上から下を覗き見ているような気分に、柊也はなった。
(これは無理でしょう!割れそうだし、下はほぼ丸見えだし、滑って落ちたら絶対に即死だ)
「怖いのですか?」
「怖いでしょ!コレは普通に!」
 不思議そうな顔でルナールに問われ、柊也は引きつった顔で叫び、声が反響した。
「では、私が下までお連れしましょう」
 ルナールは柔かに微笑むと、柊也の側で跪き、彼を横抱きにして立ち上がった。
「うわぁぁ!」
 人生初のお姫様抱っこをされ、柊也が驚きの声をあげる。軽々と持ち上げられ、男としてのプライドが少し傷付いた。
「暴れないで下さいね」
 柊也に対して忠告し、ルナールが螺旋階段を降り始めた。
「す、すべ、滑らないですか?一箇所に二人分の重みが乗ったら、割れたりするんじゃ⁈」
 恐怖から問い掛ける声が震え、柊也がルナールの胸にしがみついた。
「トウヤ様は、可愛いですねぇ」
 愛らしいと感じる気持ちのせいで破顔しそうになる顔を、ルナールが必死に堪える。
 一六五センチの身長と、大人の男性だとは思えぬパッチリとした大きな瞳をした柊也の風貌はそれだけでも可愛らしいと感じるのに、こうも怯え、頼りきってくる姿がルナールの心を鷲掴みにする。歓喜に震える気持ちを表に出さぬ様必死に耐え、ルナールは柊也の体を自分の方へ強く引き寄せた。
「この階段は、滑らずの魔法が施されているみたいですね。氷の様な見た目をしていますが、本物では無いでしょう。冷気が全くありませんから」
「それは良かった!」
 良かったのだが、だからといって『じゃあ降ります。自分で歩いて行きますね』と柊也は言わなかった。たとえ割れなくても、滑って落ちなくても、半透明である時点で怖過ぎる。男なのにお姫様抱っこは自尊心が傷付く以外に恥ずかしいとも思うのだが、恐怖の方が上だった。
 景観を優先してのデザインなのだと想像は出来たが、それでもこの階段を造った主を柊也は呪いたい気分になった。今はまだ、柊也がこの世界で唯一呪いを解除出来る身だというのに。


「そう言えば、先程は孕み子の事しか話していませんでしたよね」
「あ、そうですね。続きを聞く前に、扉の前に着いちゃいましたもんね」
「この世界をジワジワと蝕む呪いは、『インバーション・カース』と呼ばれています」
「インバーション・カース?」
(確か、逆とかって意味の英語…… だよな。何で英語がこの世界にもあるんだ?)
「わかりやすく言うと、反転の呪いです」
「反転の呪い、ですか。それって具体的にはどんな呪いなんですか?」
「名前の通りですよ。色々な事が逆になっていく呪いです。例えば、好きな物が嫌いになったり、獣人である我々が人間の姿になったりと、人それぞれどの様に変化するかは実際に呪われてみないとわかりません」
「何だ、別にたいしたことない呪いですね」
「いいえ…… 恐ろしい呪いですよ。美しい者が醜くなったり、寿命の長い者が短命になったりしたら、どうなりますか?美を誇っていた者ならば命を断つかもしれませんし、短命になった者は急に死亡するかもしれません。深く愛し合っていた者達が、互いを急に殺したい程嫌いになったりもするのですよ?」
「あ…… そ、そうですよね。すみません…… 」
 そこまで思い至らず、柊也がしゅんとした顔をし、ルナールに謝った。
「魔力の強い者達から影響が出始め、最終的には全ての獣人が呪われます。古代史まで遡れば、長寿を誇っていたダークエルフの一族が一夜にして全滅した例もあります。呪いを制御する術を発見する前まで、孕み子の存在は千年おきにくる大災害の様な扱いを受けていたらしいですよ。生まれた子が孕み子だとわかった瞬間、殺された子もいたそうです」
「……そんな、赤ちゃんに罪は無いのに」
 生まれた事自体が罪だと言われ、産声と同時に死した子と、その身で育てた子を瞬時に失った両親の無念を思うと、柊也は胸をえぐられるような気持ちになった。
「孕み子を殺してしまうと一気に呪いが蔓延するとわかり、その後は幽閉塔に隔離するようになったそうなので……無駄な死では無かったと思っておきましょう」
「そう、ですね」
 柊也は納得できなくても、頷くしかなかった。
「…… 呪い、早く解かないといけませんね」
「その件なのですが、一つ頼み事をしてもいいでしょうか」
「頼み事、ですか。何ですか?一体」
「蔓延した呪いを解くのは、私も賛成です。これ以上悪影響が増え続ける前に、しなければいけない。ですが…… 」
「ですが?」
 歯切れの悪いルナールの顔を、彼の胸に抱かれたまま柊也が見上げた。
「『孕み子の呪いは解けない。だから押さえ込め』と、王家には言われるでしょう。神殿の司祭達も、巫女も、多分この先会う全ての者がそう言うかと思います」
「え?でもウネグさん『呪いを解いて世界を救え』って言ってましたよね。それって、孕み子の事も含むのでは?」
「歴代の純なる子は、誰も孕み子の呪いを解いた者はいないのです。いないが故に、この呪いは太古より続き、断ち切れずにいます。ですが……私は完全に解呪したい。千年後にまた孕み子が生まれぬように」
「それは、全員の望みなのでは?解呪の方法がわからないから、せめて押さえ込めって事ですか?」
「…… 孕み子の誕生は千年おきに訪れる繁栄の時と考える者もいて、そう話は単純では無いのですよ。得られるとされる繁栄も、呪いを押さえ込められればの話なので危険が伴いますが、魔力の弱い者達にとっては、自分達にまで影響が出始めるまでは他人事なのでしょうね」
「他人事だなんて、そんな…… 」
 異世界の人間である自分でさえ心が痛むのに、この世界に住んでいながら他人事だと思える者もいることに、柊也は驚きを隠せなかった。
「解呪した後どうなるのかわからない恐怖もあるのでしょう。始まりが古過ぎて、資料も少ないですからね。方法も不明だとあっては、呪いを押さえ込んで得られる一時の繁栄を望むのも……まぁ仕方がないのでしょう——さぁ、着きましたよ」


 言うが同時にルナールが階段を降り終え、最下層にある小さめのホールを歩き始めた。
 周囲を見渡し、柊也は感嘆の息をつく。そんな二人の目の前には、鍾乳洞内だとは思えぬ透明度の高い小さな池が広がっていた。
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