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第一章

【第四話】感謝

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 司祭・ウネグは柊也に対し、覚えている限りの状況説明を求めた。
 屈強で強面の彼に根掘り葉掘り聞き出され、彼は警官に尋問されるというのはこんな感じなのか⁈と思いながらも、帰り道で起きた全てを話し続けた。

「——成る程、わかりました。トウヤ様がお逢いしたのは、間違い無く我々の召喚獣であるレェーヴです。一食の礼の為に、最適解では無いと知りながらも、かろうじて適性者である貴方様をこの世界に“純なる子”として転送させたのでしょう。アヤツの事なので『まさか、仕事が遅いのは旅先で遊んでいるからなのでは?』と心配しておりましたが……予想通り過ぎて怒る気も失せますわ」
 応接間のソファーの一つを占領し、重みで軋ませながら腕を組んで座っているウネグが納得顔で頷いた。
「待って、コレのどこが『お礼』なんですか!“純なる子”とか“適合者”とか、ホント意味わかんないし」
 ウネグの対面にあるソファーで、柊也は膝を抱えて落ち込んでいる。
「混乱しているところ大変申し訳ないのですが、時間も惜しいので早速本題に入らせて頂いますぞ」
 ゴホンッと咳払いをし、ウネグが真剣な顔になった。

「トウヤ様にはこの世界を救って頂きたいのです」

「……はい?」
 膝と膝の隙間に埋めていた頭を上げて、柊也はキョトン顔をウネグに向けた。
(待て待て待て!『世界を救え』とか言わなかったか⁈このおっさん!冗談は風貌だけにしてくれ!)
 ウネグの頭に先程は無かった筈の茶色いウサギ耳が生えており、ココは笑うべきポイントなのか否かでも葛藤してしまう。
「“純なる子”は、この世界を緩やかに蝕む呪いを解呪……ないし無力化していく力を持っているのです。その証拠に、ホレ——この通り、私の呪いをトウヤ様はもうお解きになられた!」
 頭に生える愛らしい長耳をピクピクさせて、ウネグがニカッと笑う。

(こっちの姿が本来の容姿って…… 壊滅的に似合いませんってばぁぁ!)

「いや……僕、何もしてないけど」
 柊也は思い当たることが何も無く、首を必死に横へと振った。絶対に自分以外の何かが作用して、呪いとやらが消えたに決まってる。それを柊也のおかげだと勘違いしているに違いない。
「“純なる子”は存在するだけで呪いの効果を清浄化していく力を持っとるのです。なのでトウヤ様は、のでご安心あれ!」
「……へ?僕って、ただココに居るだけで、いいんですか?特別な力とか、魔法とか、剣で戦えとか……そんなんじゃ無くって?ホントに?」
「それらは貴方様にお仕えする従者の仕事ですな」
「……なら、僕でも出来るって事?」
「むしろ、貴方様達にしか出来ぬ事です。この世界の者は色々な面でトウヤ様ほど純粋では無い為、この呪いを解く事が出来ないので」
「純粋さが、呪いを解くって事ですか」
 純粋……そんな事を誰かに言われたのは初めてだ。いつもいつも僕は『お人好しだ』とか『騙されやすい奴』とかしか言われた事なんか無かったのに、と柊也は思った。
「その通りです!残念ながら貴方様は、ギリギリ適合者であるという範囲ですので、正確にはこの神殿に居ればいいとまではいきません。解呪の影響範囲が極めて狭い為、各地を巡り歩き、力を強化しつつ呪いを解いて頂くこととなります」
「ははは……半端者なんですねぇ、僕って」
(まさか異世界とやらに来てまで、そんな扱いを受けるなんてなぁ)
 柊也が項垂れ、膝に額をつけた。
 男なのに気が小さく、低身長なうえ、見た目が年齢と一致しない自分を、柊也はとても気にしていた。中性的な容姿は一部には受けがいいかもしれないが、正直なところ柊也はルナールみたいな容姿に生まれてみたかった様だ。
「レェーヴが『ご飯のお礼』って言った意味が、ちょっとわかった気がしますよ。別に……僕じゃ無くても良かったんですね」
(そう、僕じゃ無くても良かったんだ。なのに、僕が選ばれた。僕は引き当てちゃったってことか)
 ベシベシと柊也が自分の膝を叩く。色々説明されても『わかった!じゃあいっちょ世界を救っちゃうね☆』だなんて納得出来る訳がなかった。
「……戻る事は、出来ないんですか?元の世界に」
 膝から顔を上げ、切実な願いを口にする。
「それに関してはご心配無く。召喚獣が貴方様を元の世界へと送り届ける事が出来ますので」
「ほ……本当に⁈」
「はい。ですがその為には——」
「呪いを解いて、世界を救え?」
「はい、その通りです。トウヤ様は話が早くて助かります」
「ははは……まぁ、うん。そうするしか無いからってだけだけどね」
 乾いた笑いを浮かべる柊也の顔を、ルナールが無言でジッと見つめている。彼に見惚れているといった方が正しいのだが、柊也には伝わるはずがなかった。
「さて、トウヤ様の了承は得られましたし、次は従者の選定ですな」
 ソファーの背に寄り掛かり、適任者は誰だろうかと考えながら、瞼を閉じたウネグが鼻から息を吐き出した。
 スッと手を挙げてルナールが口を開く。
「私が立候補してもよろしいでしょうか」
「……貴方様が、ですか?」
 ウネグが驚いた顔でルナールを見ている。
「従者になるには何か特別な条件が、あるのですか?」
「そうですね……トウヤ様の場合は各地を廻らねばなりませんので、腕の立つ者でなければなりませんなぁ。道中には魔物もおります故」
 それを聞き、ルナールが微笑んだ。
「私は狩人をしている身ですので、魔物も問題なく対処出来るかと」
 微笑むルナールに躊躇した様子は無かった。
「トウヤ様のお考えは?」
 ウネグに問われ、柊也が体を強張らせる。全身から漂うオーラに迫力があり、何度見られても怖いと感じた。
「か、考えも何も、僕にはここに知り合いなんか居ないし、選定になんか加われませんよ?」
「つまり、嫌ではないと」
「まぁ、嫌がる理由も無いので」
「わかりました。ではルナール様にお任せいたしましょう」
 彼の言葉を聞き、ルナールがホッとし笑みを浮かべた。
「他にも選びませんとなりませんが、お時間を頂く事になりますなぁ」
「それに関してなのですが、従者は私のみではいけませんか?」
「一人、ですか?」
 ルナールからの提案にウネグは困惑した。彼の力量を知っている訳ではないので仕方がない。
「んー……」と唸り、ウネグが渋い顔をする。
「トウヤ様は子供でもありませんし、そう何人も必要無いのでは?」
 それを聞き、柊也も頷いた。
「あ、それは僕も同じ考えです。知らない人がゴチャゴチャついてきてもお互いに気を遣いそうで、落ち着かないかと」
「それならば、最初はそのようにしていきましょう。お二人では旅が困難そうであれば、随時従者を指名していく。それで如何でしょうか?」
 ウネグの提案に柊也は頷き、ルナールは渋い顔をした。

(ずっと私だけで十分なのに……残念だ)

 気に入ったモノは占有して大事にしまっておきたい癖のあるルナールは、彼の側には自分だけでいいのにと思ったが、自重して口にはしなかった。が、道中に従者は自分だけでも平気だというアピールは徹底的にしようと決意は固めた。


「決まりましたな。では、私は出発前におこなう儀式の準備をしてまいりましょう。善は急げと言いますから」
 巨体をゆっくりと動かしウネグが立ち上がる。その姿を目で追いながら、柊也が尋ねた。
「儀式ですか?何の?」
「トウヤ様の旅の安全を願う儀式です」
「儀式がいるんですか、面倒ですね」
「はっはっは。面倒かもしれませんが、お付き合い願います。ココは神殿ですからね、大きな声では言えませぬが、何かにつけて儀式でも行わねば、神殿は存在意義を見出して貰えなくなりますからなぁ」
 豪快に笑いながらウネグが言った元も子もない言葉に、ルナールが身の乗り出す。
「早くやりましょう。出来るだけ、早く」
 不自然な程乗り気な態度に柊也は少し違和感を感じ、首を傾げた。
「一時間ほど時間を頂きます。用意が出来ましたら巫女でも寄越しますので、それまでの間、この部屋でゆっくりお休み下さい」
 一礼し、ウネグが応接間から退出する。その様子を見送った柊也が、壊れたままになっている扉を見て苦笑した後、安堵の息を吐いた。


「豪快な方でしたね。私も身長は高い方なのですが、ウネグ様の側に居ると、子供になった気分になりました」
「ルナールさんで子供なら、僕は赤子ですね……ははは」
 柊也が自嘲気味に笑ったが、すぐに押し黙った。目の前の状況が受け止めきれず、会話を続けられないのだ。
「失礼ですが、トウヤ様はおいくつで?」
「二十歳ですよ。ルナールさんは?」
 この外見で⁈とルナールは柊也の言葉を疑ったが、まぁ異世界からの来訪者なのだしそういうものなのかと、すぐに割り切った。
「私ですか?この間、二十六歳になりました」
「そうなんですか」


 柊也が答えた後、また会話が途切れた。
 気持ちが落ち着かず、柊也がソワソワしている。
(呪いを解け?世界を救え?絵に描いたような凡人の僕にどうしろと……でもまぁ?この世界に存在するだけで呪いを解けるって点だけは救いだけど。『試練を受けて強くなれ!』とか『魔王を倒して頂きたい』とか、無理難題をいきなり押し付けられた訳じゃないんだし、もしかしたら僕なんかでもどうにか出来るのかもしれないけど……そもそも、呪いってどんな呪いなのさ!肝心なとこ教えてくれてないし!)
 グダグダと考えながら、柊也が無意識に爪を噛む。すると、ルナールがそっと柊也の手に触れて、それを止めた。
「いけませんよ、爪を噛んでは」
「あ……ありがとうございます、止めてくれて」
 爪を噛む癖は大昔に克服したはずだったので、柊也は言われるまで気が付かなかった。
「いきなりこんな世界へ連れてこられたせい、ですか?」
「……まぁ、そうですね。目が醒める前までは、ただ学費を稼ぐ為にバイトして、大学行って、兄弟に気使っていればいいだけの生活だったから……いきなり『世界を救え』とか言われても、僕には——」

『関係無い話だ』

 そう言いそうになり、柊也は口を閉じた。無関係では無い者がいる前で言っていい言葉じゃ無いと、咄嗟に感じたからだ。
「……優しいんですね、トウヤ様は。いいんですよ?ハッキリと『関係無い話に巻き込むな』と言っても」
 柊也は驚きに目を見開き、隣に座っているルナールの顔を見上げた。
「『何故考えがわかった?』と言いたげですね。私じゃ無くても伝わるくらい、顔に書いてありましたよ?」
 ルナールの言葉に、柊也の顔が赤くなる。相手に考えが丸わかりだというのが、ここまで恥ずかしいものだとは思わなかった。
「そう恥ずかしがらずともよいですよ。可愛らしいじゃないですか、顔に出やすというのは」
「……か、可愛い……って、僕は男ですよ?んな言葉似合いませんって」
「そうですか?私からしたら、充分過ぎる程愛らしくって、とても……っと、すみません失言でしたね」
 ニコッと微笑み、ルナールが言葉を濁した。あまり本心を晒し、警戒させては得策ではないと考えての事だ。
「可愛いっていえば、ルナールさんとかウネグさんの頭のソレ……本物なんですか?」
 失礼かとは思ったのだが、柊也はついルナールに向かい指差してしまった。だがそれを嫌がる事なく、ルナールは椅子から立ちあがると、柊也の前に跪き、獣耳を柊也の目の前に晒した。
「本物ですよ、どうぞ触って確かめてみて下さい」
「え?い、良いんですか?」
「トウヤ様になら、えぇ」
「えっと、じゃあ……失礼します」
 遠慮がちに柊也がルナールのキツネっぽい耳に触れる。チョコレート色した髪を少し避け、根元の方を触ってみたのだが、本当に頭から生えていた事を確認し、驚いた。
「本物だ……。ルナールさん達って、獣みたいな耳があるのが仕様なんですか?」
「えぇ、私達は獣人と呼ばれる系譜の者です。私の様に人間体にただ獣耳が生えただけの者や、顔付き、体の作りまでもがより獣に近い者もいますよ。血筋や魔力の特性によって見た目は様々です」
「すごい……まるでゲームの世界ですね」
「そうですか?私はそうは思いませんが。でもまぁ、そちらのゲームはそういうものなのでしょうね」
 勝手に納得してくれて、柊也はホッとした。根掘り葉掘り訊かれても、上手く自分の思い描いたゲームを説明できる気がしなかったからだ。
「……それにしても、ちょっとくすぐったいものですね。耳をこう……撫でたり揉んだりされるのは初めてなので、ヘンな気分になってきます」
「へ?……あぁ!すみません!無意識にやり過ぎてましたね」
 話しながら、柊也は猫の耳付近を撫でるみたいに、ルナールの狐耳をいじり過ぎていた。その事に指摘されてやっと気が付き、慌てて手を除ける。するとルナールはちょっとガッカリした顔を柊也に向けてきた。
「いいんですよ。むしろもっと触れていてもらいたかったくらいなので、そう謝らずに」
 端正な顔で微笑まれ、柊也の頰がほんのり桜色に染まった。
「いや、流石に……ねぇ」
 視線を逸らし、焦る気持ちを必死に宥める。何に対して焦っているのかもわからず、理解できない感情を前に柊也はただただ困るばかりだ。


「——ご歓談のところ、失礼いたします」
 廊下の方から声が聞こえ、二人は同時に声のする方へ顔を向けた。
「儀式の用意が整いましたので、ご移動願います」
 入り口で会ったた巫女の一人が、恭しく頭を下げる。先程は無かったリスのように小さな耳が頭から生えており、背後にはフサフサの大きな尻尾が揺れていたが、柊也は到着時には眠っていた為、彼女の変化には気が付かなかった。
「わかりました。では行きましょう、トウヤ様」
 跪いていたルナールが立ち上がり、柊也に向かい手を差し出す。自然に差し出された手に少し躊躇したが、それでも柊也は彼の手に手を重ねた。
(郷に入っては郷に従え、だよな。きっとエスコートするのに、相手の性別は関係無い世界なんだろう)
 手を取って立ち上がり、柊也達が巫女の元へ行く。すると巫女は、少し泣きそうなのを我慢しているかのような顔を柊也に向けた。
「失礼を承知で申し上げます。トウヤ様、私の呪いを解呪して頂き、心からの感謝を申し上げます」
 膝に頭がつくのでは?と思う程に頭を下げて、巫女は柊也に感謝の意を伝えた。
「……えっと、どういたしまして?」
 柊也としては何かをした訳でも無いので、お礼を言われてもピンとこなかったのだが、それでも少しだけ嬉しい気持ちになった。
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