コイシイヒト

月咲やまな

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本編

【最終話】Refrain——コイシイヒト

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 何気ない、平穏でのんびりした日々が流れゆき、とうとう今日は司さんの休暇最終日となってしまった。
 添い寝をせがまれた二日目以来、一緒のベットに寝ていても別に何も起きる気配も無く、きてしまった最後の日。最初のうちは、いつ何が起きてしまうんだろうとドキドキしてなかなか寝付けなくって、変な心労を感じてしまったりもした。だがあまりに何も無いので、最近は布団に入った途端に熟睡してしまっている。

 元々そういう夫婦的な営みの少ない関係だったのかな?
 それとも司さんが淡白なのか。
 …… 記憶の無い妻には、やはり手出しし難いのか。
 ——って、何変な事ばかり気にしてるんだろう?
 夫婦だからといって、イコールでそっちの事を気にしちゃうのって、何でなんだろうか。

 いずれにしても、一週間ってもっと長いものだと思っていのに、好きな人と過ごす時間のなんと流れの早い事か…… 。


       ◇


「今日の体調はどうだい?」
 司さんと二人で少し遅めの朝食をとっていると、ここ数日間毎日訊かれる問いを受けた。
「大丈夫ですよ。傷が痛むような事も無いですし」
 額に少し大きめの絆創膏を貼っている事と、記憶が相変わらず戻っていない事以外、いつもとなんら変わりがないので、私はそう答えた。
「そうか。じゃあ長い時間の外出だとかは…… 出来るか?」
 首を少し傾げ、私の様子を窺いつつ訊かれる。
 三十を超えた大人を相手に使う言葉としては適切ではないかもしれないが、そんな彼がちょっと可愛いと思ってしまった。
「平気だと思いますよ。歩いた程度で傷が開くとは思えませんしね」
 微笑みながら返事をすると、司さんは「よかった」と言いながら、とても嬉しそうな笑顔を私に向けてくれた。
「じゃあ、すぐに用意して出ようか。実は、今日唯に着て欲しい服がもう用意してあるんだ。——おいで」
 そう言い、持っていた箸を箸置きに戻すと、まだ朝食の途中だというのに司さんは立ち上がり私の方へ手を差し出してくる。
 お行儀が悪いなと少し思ったが、一緒に外出する事がそんなに嬉しいのならと、私は食べかけのご飯に名残惜しさを多少感じつつも箸を置き、彼の手を取ったのだった。


 クローゼットを開け、中から少し大きめの白い紙袋を取り出す。その紙袋には高級ブランドのロゴがあった。
「…… そ、それは?」
 憧れつつも、貧乏学生であった私では一度も手の出なかったブランド名の紙袋に少し声が震える。
「ああ、唯の服を作ってもらったんだよ」
「——は!?オーダーメイドで注文したら、百万とかするようなブランドの服をですか!?」
「…… へー。そうなんだ?」
「そ、そうなんだ?って何他人事みたいに言ってるんですか!」
 司さんの金銭感覚に、急に不安を感じ始めた。
「そんな物着られません!」
 少し怒りながら断る。そんな物断じて受け取れない!
「友人の妹のブランドなんだ、これ。裁縫が得意でね、よく皆に服をプレゼントしてくれる。もっとも、本人が望んでしてるのか、彼女の兄が強引に作らせているのかは…… 俺じゃわからないけどね」
 着ないと答えた私の言葉など全く聞かず、司さんは紙袋から白い服を引っ張り出した。
「プレゼント品だから、財布に負担はかけていないよ。唯が着たくないのなら仕方ないが、返したら彼女ガッカリするよ?この服は、とても気合を入れて作ってくれたらしいからね」
 そう言いながら、真っ白でレースの多いワンピースを私の方へ広げて見せた。
 襟ぐりが広く、白百合の刺繍が胸元を大きく飾っている。袖はシフォンで作られていて透け感がとても綺麗だ。腰回りはラインを強調するようにフィット感があり、丈は前は膝丈だが後ろは足首近くまである変則的なでデザインだった。
 ブランド物の服だとかそういう事と関係なく、自分好みだ。ちゃんと私に似合いそうなデザインで、作り手の人がちゃんと私の事を考えて作ってくれた事がぱっと見ただけでとても伝わってくる。

「サイズもほぼピッタリだから誰かに譲る事も無理だ。——さぁ、どうする?」

 私の心の揺らぎを見抜いているのか、司さんがニヤッと私に向かい意地悪く微笑む。
「む、無駄にしちゃう訳にもいかないですよね…… 。でも、もう駄目ですよ!?今後こんな高い服、タダでなんてもっと駄目ですからね!?今度ちゃんとお礼しないと駄目ですよ⁈」
「はいはい、わかったよ」
 本当は着たいくせに、金銭が絡むと素直じゃないなって完全に見抜いているような顔で目を細め、司さんが楽しそうに笑った。


「どうだ?一人で着られたか?」
 私に背を向け、ベットに腰掛けている司さんが、振り返る事無く訊いてきた。
「なんとか着れましたけど、後ろのチャックとホックがちょっと…… 」
 無理に後ろへ手を回しても、あと少しで届きそうなのにギリギリのところで届かない。

 私ってこんなに身体硬かったっけ!?

 記憶では結構背中に手の回る方だったので、自分の身体の劣化にちょっと納得出来ない。背中を仰け反らせながら必死に手を伸ばしていると、司さんが笑いながら私の方へと近づいてきた。
「無理しなくていい。これくらい手伝う。ごめん、髪を除けてもらってもいいか?」
 そう言い、司さんは私の背中側に回ると、白いワンピースのチャックに手をかけた。
「あ、はい。すみません」
 慌てて自分の長い後ろ髪を除け、軽く俯く。司さんは髪が引っかからない状態になった事を確認すると、チャックを一番上まであげ、その上にあるホックを止めてくれた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
 言うと同時に、私のうなじに司さんが軽くキスを落とす。
 突然の事に驚き、私がビクッと全身を震わせると「ご馳走様」なんて冗談っぽい雰囲気の言葉を口にしながら、私の両肩を軽くぽんぽんっと叩いた。

 う、うなじに…… キス…… ふあぁぁぁぁっ。

 ドキドキと心拍数を上げる身体をぎゅっと自分で抱き締める。私達は夫婦なのにこんな事で何動揺してるんだろうとも思うが、何せそういう経験の記憶が無い訳で。免疫の無い頭では、どうしても動揺しがちになってしまった。
「ごめん、嫌だったか?」
 後ろから、顔を覗かせながら司さんに訊かれた。
「驚い、ただけで、嫌な訳が無いじゃない、ですか…… 」
 真っ赤な顔を伏せながら、どぎまぎとした口調で答える。
「可愛いな、唯は」
 嬉しそうに司さんが呟く。
 そのまま私の身体に腕を回し、後ろからぎゅっと抱き締めてくれた。

 うわぁぁぁぁぁ!!

 声を出してはマズイと思うも、心の中では大絶叫してしまう。
 今日の司さんはいったい何なんだ⁈
「似合ってるよ、そのワンピース」
 頭の上から聞える、ちょっと艶っぽい雰囲気の感じられる彼の声。
「ありがとうございます!」
 そんな声にまた動揺し、咄嗟に出た私の声は、完全飲み屋の店員の返しだった。
「彼女に頼んで正解だったな。仕事の帰りに、店にも探しに行ったりもしてたけれど、イメージに合う物が全然無かったからな」
「…… そんなに前から、この服を?」
「あぁ」

 私の為なのに、やっぱり何だろう?この感じ…… 心の中がもやもやっとする。

「さぁ、休みは今日で終わりだし、もう出よう。時間がもったいない」
 そう言うと、司さんがそっと私の身体を離した。
 ベットの横に置かれていた、さっきまで私の着る服が入っていた大きな紙袋に、埃除けのカバーに入る背広を詰め込む。
「背広なんか、どうするんです?」
 不思議に思い尋ねると、ニコッと微笑み彼が「内緒」と答える。
 ここで無理に訊きだそうとしても、きっと司さんは言ってしまうようなタイプではないなと思った私は、それ以上は追及しなかった。


 目的地へはタクシーを使うらしい。
 私が化粧などに悪戦苦闘している間に司さんが電話で来るように頼んでいてくれていたので、タクシーへはすぐに乗る事が出来た。行き先は運転手さんにメモを渡して指示をし、『どこに行くんですか?』と訊く私の問いには『秘密』と微笑むばかりで、行き先は教えてもらえなかった。

 行き先不明のまま、タクシーに揺られる事数十分。段々と、見た事のある景色が窓の外を流れていく事に、私は気が付いた。

 あのお店まだあるんだ、今度行ってみようかな。
 そこの角を曲がると、駅前に出るのよね。

 そんな事を考えながら私がじぃと外を見詰めていると、司さんが私の傍に近づき、「もしかして、もう分かってきたか?」と訊いてきた。
「ここら辺は結構よく来る場所なので、土地勘はありますけど…… 知ってる場所が多過ぎて、逆に目的地までは見当着きませんね」
「よかった。本当だったら、目隠しして連れて行きたいところだからな」
「そんな事したら、運転手さんに変な顔されちゃいますよ?」
「そうだな。変な趣味のカップルが乗ってきたとか思われたら、恥ずかしいからな」
 笑顔を浮かべ、小声で言った私の言葉に、司さんも楽しそうな表情で答えてくれた。

「あのお店、輸入品の食材が多くて見てるだけでも面白いんですよ」だとか、「今度あそこの公園に一緒に行ってみませんか?散歩するにはいい場所なんです」などと、外を見ながら話していると、運転手さんが「もうすぐで着きますよ」と私達に向かい声をかけてきた。
「あ、はい」と返事をし、司さんが鞄から財布を取り出す。
 相変わらず外ばかり見ていた私の目の前に見えてきた目的地は、私がもっとも憧れを抱いている場所で、言葉が出なかった。
 無言で窓に手を当て、私が外を見ていると、タクシーはその場所の入り口に向かい、どんどん進んでいく。駐車場を通り過ぎ、建物の正面に向かうと、大きな正面入り口前で止まるタクシー。
 軽く後ろを向き「着きましたよ」と告げる運転手さんに料金を払う。
 料金を支払い終わると、タクシーの自動ドアが開き、司さんが先に車から降りた。
 軽く腰を折り、「さあどうぞ」と言いながら、司さんがタクシーの車内に座る私に向かい手を差し出す。
「ありがとうございます」
 お礼を言い、司さんの手を掴む。長めのスカートの裾を少し持ち上げ、私はゆっくりとタクシーから降りた。建物の正面入り口に立つ。

「ここの事…… 何故、知ってるんです?」

 私はすぐに、司さんに向かい尋ねた。
「有名な場所だからね、もちろん知ってる」
「いえ、そうじゃなくって」
「あぁ、そういう意味か。——ここは、俺の人生で一番の、思い出の場所なんだ」
「そうなんですか…… 」
 すごい偶然もあるものだと思いながらそう言うと、司さんが少し苦笑いをした。

 どうしたんだろう?もしかして、その思い出には私の欠落した部分が関係しているんだろうか?

 気になり「あの——」と声をかけようとした途端、司さんの顔がひどく驚きに満ちた青い色になった。
「え?」
 慌てて司さんの視線の先を見ると、そこにはこのホテルのドアボーイと思われる一人の男性の姿がある。金髪に眼鏡をかけ、品のある紳士的な雰囲気がやけに目立ち、人目を引いていた。
「…… お知り合いですか?」
 そう訊きはしたが、二人の表情の差の激しさに関係が読み取れない。
「気にしないで行こう、時間が勿体無い」
 答えにならぬ返答をし、私の腕を掴むと、司さんが速い足取りで入り口のドアに突き進んでいく。すると、入り口前に立つ金髪の紳士的な雰囲気の男性が私達に向かい軽く微笑み会釈をし「ようこそ、ホテルカミーリャへ」と言いながら、ホテルの中へと大きなガラス扉を開けてくれた。
 そんな彼の横を、無言で素通りする司さんと、引っ張られている私。
 ズンズンと、金髪紳士風の彼を無視して、司さんと共に前へと突き進む。
「いいんですか?今の方お知り合いなんじゃ?何か一言でもお話していった方が…… 」
「暇つぶしに付き合う為に来た訳じゃないから、今はいい」
 後ろから声をかけた私に、司さんが不機嫌そうな声で答えた。
「アイツも仕事のついでに見に来ただけで、話がしたかった訳じゃない。関わると面倒なヤツだからな」
「そうなんですか?…… 司さんが、いいのなら私はいいんですけど…… 」
 納得はしていないが、間に入ってどうこうするのも変かなと思い諦める。
「お気に入りだった君の、現在の様子が気になっただけだろうよ」
「私が…… あの人のお気に入り?何の事です?」
「もう行こう、エレベーターもすぐ来るみたいだから」
 エレベーターの並ぶ方へと司さんが私の腕を引っ張って行く。
「あ、はい」
 彼に引かれるまま着いて行ったが、結局私の問いには答えてはもらえなかった。


 慌てて乗り込んだエレベーターが、どんどん上へと上がっていく。
 二人っきりのエレベーターの中。さっきの出来事のせいか、ちょっと空気が重い感じがした。

 …… 苦手な人だったのかな。
 それとも、何かすごく嫌な事があった相手なのか。
 さっきの『お気に入りだった君』って言葉もすごく気になる。
 “君”って、流れ的にも“私”の事で合ってるんだよね?きっと。
 あの人と私が昔何かあったって事?
 知り合いにすらならずに人生が終わりそうなタイプの人だったのに、いったい彼と私の間で何があったんだろう?
 司さんに訊きたいけど、答えてはもらえないような気もするし…… どうしよう?

 悶々とそんな事を考えているうちに「着いたよ、ここで降りるから」と言う司さんの言葉と同時に開く、エレベーターのドア。
 知らぬ間に司さんは私の腕を離していたみたいで、先に降り、ドアが閉まってしまわぬ様にと押さえてくれた。
「あ、すみませんっ」
 私はそう言うと、慌ててエレベーターから降りた。


「さてと。そこの椅子に座って、ちょっと目を瞑ってもらえるか?」
 閉じるエレベーターのドアの前。近くに置かれた高級そうな椅子を指差し、司さんがちょっと楽しそうな顔で言ってきた。

 よかった、さっきの短時間の間に機嫌直ったんだ。
 …… って事は、それ程酷い関係の相手ってわけでもないのかな?うーん、わかんない。

「ほら、早く座って。目瞑って」
 座りはしたが、考え事をしていたせいでまだ目を瞑っていない私を司さんがせっつく。
「そうでした、すみませんっ」
 私はギュッと目を閉じると「これでいいですか?」と司さんに訊いた。
「いいって言うまで、そのまま目を閉じていて。出来そうにないなら…… 目隠しでもしようか?」
「い、いえ!流石にそこまでは。大丈夫です、開けませんっ」
「よし、このまま少しここで待っていてもらえるか?すぐに戻る」
 絨毯のせいで足音も無く、司さんの気配だけが消えていく。どうしたんだろう?気にはなるが、目を開けてしまう気にはならなかった。忠犬気質が私をそうさせた。


 そのまま待つ事数分。
 忠犬のようにきちんと待っていた私の側に、司さんが戻って来て、声をかけてくれた。
「待たせてすまなかった。じゃあこのまま歩くけど、目は開けないこと。段差はないから安心していい」
 司さんは私の右手を取り、立ち上がらせると、ゆっくり歩き始める。
「は、はい」と言いはしたが、正直怖い。ただでさえあちこちぶつかったり転んだりだとか普通にやってしまう私なのに、目を閉じたまま歩くだなんて、すごく緊張してしまう。そのせいで、ちょっと手が震えてきた。
「すまない、怖いよな。でももう少しだから」
 気遣うような彼の声に少し気持ちが落ち着き、私はコクッと頷く。
「大丈夫です、司さんが居るし」
「ありがとう、嬉しいよ」
 目を瞑っていて顔は見えないが、そう言う司さんの声は本当にとても嬉しそうな色を持っていた。


「さぁ、いいよ」
 司さんの声を合図に、ゆっくり瞼を開く。

「…… うわぁ…… 」

 目の前に広がった光景に驚き、動きが止まる。
「綺麗だろう?」
 さっきまでは私服だったはずの司さんがスーツ姿で私の隣に立ち、周囲を見る様にと促す。促されるまま見渡し、私は感嘆の息をついた。
 美しい白亜のマリア像が天に向かい祈りを捧げ、ステンドグラスで描かれた天使達が彼女へ祝福を与えている。私達の立つ周囲には、深赤の薔薇の花弁が散らばり、心地よい香りを放っていた。
「…… ホント、綺麗なチャペルですね」
「来た事は、あったか?」
 司さんが心配声で訊いてきた。
「無いです!こんな…… こんな綺麗な場所自体、一度も…… 」
 日常生活を普通に送っていては来る事もないし、周りの友人達はまだ学生である記憶しかない私には、こんな神聖な空間に来る機会など今まで一度もなかった。チャペルなんて、結婚に憧れる友人達と冗談半分で買った結婚情報誌の中の写真と、ドラマのワンシーンでちょっと見たくらいだ。
 ふと上を見上げると、天井には薄い配色を心がけて作られたステンドグラスが。
「すごい…… 天井から、日の光が優しく降り注いでるみたいに見える」
 そのステンドグラス越しに降り注ぐ光が、赤いバージンロードの上でキラキラと光輝いて見える。
「ここのデザインをする為に、有名なチャペルはほとんど見て回ったそうだよ。付き合わされた妹の方としては、とんだ災難だったろうな」
「司さん、ここをデザインした方とお知り合いなんですか?」
「知り合い…… まぁ、そんな感じだね」
「すごいなぁ、顔が広いんですね。この服もそうだけど、こんな綺麗なチャペルを見学させてもらえるなんて」
「見学じゃない、貸切だ」

「…… ⁈こ、こんな高そうなチャペル…… あっ!まさか、またここもタダで借りたんじゃ!?」

「…… 」
 司さんが急に口を噤んだ。視線も合わせようとしないし、これは絶対に図星だ…… 。
「き、記念日の話をしたら『使え』って向こうから言ってきたんだ!祝いの品みたいなもんだよっ」

「…… 記念日?」

 不思議そうに訊く私に向かい、司さんが気まずそうな顔で額を押さえ、「…… あー、やっちまった…… 」と呟いた。
「何でもないよ、何でも——」
 珍しく必死な表情で誤魔化そうとする司さんだけど、余計に気になる。
「何の記念日なんです?いったい」
 ずいっと私が詰め寄ると、その度に司さんは逃げる様に一歩ずつ後ろに下がる。
「い、今の唯には話してもピンとこない話だから。な?」
「それでも気になるじゃないですかっ。そんな言葉聞いちゃったら」
「そうだけど、でも…… なぁ」
「言って下さい。記憶はなくても私は貴方の、司さんの妻なんでしょう?秘密なんか嫌です」
 記憶にない話をされても困るだろうという、彼なりの気遣いなのは解るが、何も分からないままでいる方が私は嫌だ。たとえ記憶がなくても、二人の間に築きあげられてきた関係は司さんの中から消える事はないのだから、きちんと今の私にもそれを教えて欲しい。
 ——その結果、私が“私”に嫉妬心を抱く事になったとしても、それでもやっぱり私は、事実を知りたかった。

「…… 唯と再会した日だったんだよ、今日は」

「さい…… かい?」
 って事は、私達一度別れたり、離れた時期があったって事だよね?
「もうきっと会えないなと思ってたのに、偶然再会出来てね。嬉しくて、ずっと、いつか同じ日にその気持ちを形に出来ないかって考えいた」
「…… それで、ここを?」
「このホテルの、前のオーナー夫婦の出会いのエピソードとかに偉く熱入るくらいだから、このホテルのチャペルなら唯も喜ぶんじゃないかなって思ったんだ」

 確かに、このホテルを作った夫婦の出会いのエピソードに憧れ、『大学卒業したら絶対このホテルに就職してやるんだ』って息巻いてる私だけど……ここが好きな事、司さんには話してたんだ。

「見慣れた場所で悪いかなとも思ったんだけどな。貸切で使えって言われたら、断る理由も無いだろ」
「ん?なんでここが、私の見慣れた場所…… なんですか?」
「唯はここで働いてたからな」
 その言葉を聞くなり、私は「えぇ!?」と驚きと嬉しさが混じる声で叫んだ。

 よくやった私!夢をちゃんと叶えていたのねっ。努力家じゃない!競争率の高い就職先に、なんて幸運!

 記憶にはないけど、働いていた事実があったって事が嬉しくって、嬉しさにガッツポーズをとってしまった。
「ははは。今の唯をアイツに見せたくなるな、きっと喜ぶよ」
「アイツ?」
「ホテルの入り口で待ち伏せしていた金髪の奴だ。ここのチャペルを作ったのも、アイツだよ。もっとも、新しく改築した奴と言うのが正解だろうけどって……そんな話をしたくてここに来た訳じゃないのに、何で俺はアイツの話しばっかしてるんだ…… 」
 司さんは言葉の途中で段々と声が小さくなり、額を押さえながら私から視線を反らした。
「司さんは、その人の事好きなんですね」
「は…… ?好き!?——違う!振り回されてばっかで、いっつも俺達は奴の玩具状態で!…… あー…… でもまぁ、悪い奴じゃないし、楽しくは…… あるけど。えっと、アイツとは学生の頃からの付き合いで、古い友人なんだ。で、ここの現オーナーでもある。だから…… 」
 最初は嫌そうな顔をしていた司さんの表情が、段々と困り顔になっていった。
「って、今はアイツの話をしたいんじゃない!」
 そう大きな声で言いながら、『その話はこっちへ置いといて』とでも言いたいのか、司さんが箱みたいな物を右から左に移動させるような仕草をした。
 見た事のない表情や、声に、ちょっと嬉しくなってきた。学生時代の彼は、こんな感じだったのかな?と少し感じられたから。
「司さんって、そんな顔もするんですね」
「そんな顔って…… 変な顔でもしてるか?」
 私に尋ねながら、眉間にシワをよせる。
「いえ、見る事が出来て幸せな気持ちになる表情をしていますよ。学生の時こんな風だったのかなーとか、友達の前ではこんな風なのかな?とか。色々想像が膨らんじゃいます」
「あぁ、それはちょっと解る。俺も、この一週間唯と過ごしている時、学生時代の唯と交際してたらこんなふうだったのかなと思ってた」
「ヤダッ、そんな事思ってたんですか?」

「あぁ。嬉しかったよ、唯の過去も手に入ったみたいで」

「司さん…… 」
 記憶の無い事をそう思ってくれていた事を知り、とても嬉しい気持ちになった。

「そうだ、一番大事なプレゼント忘れてたよ」
「まだあるんですか!?」
「うん」と言いながら、司さんはチャペル内にあるベンチの上にいつの間にか置いていた紙袋の前まで行き、中から白い薄手の長い布を引っ張り出してきた。
「何です?それ」
 不思議に思い、その様子を見る。
「ちょっとまた、目瞑ってくれるか?」
 言われるままその場から動かずに目を瞑ると、私の頭の上で何かもそもそと司さんがやっている。ピンだろうか?ちょっと髪に何かが引っかかる感じも。
「何をしてるんです?」
「もうちょっと待ってくれ。こういうのは…… 慣れていなくて」
 答えにならぬ返答しかもらえず、司さんが何をしているのか気にはなったが、そのまま目を開けずにじっとしていると、顔の前と髪の後ろに何かがフワッと被さってきた。
「いいよ、ゆっくり目を開けてもらえるか?」
 優しい声で司さんは言うと、そっと私の左手を取った。
「…… これ?」
 目の前が白い。
「ベール?」
「そうだよ、チャペルに白い服ときたら、やっぱりこれがないとな」
 嬉しそうな顔でそう言うと、司さんが私の手を引き、チャペル内にある祭壇の前までゆっくりと歩いて行く。
 一段、二段と階段を少し上がり、祭壇の前まで着くと、司さんが私の両手を取りギュッと強く握ってきた。
 ふぅと息を吐き出し、司さんが真剣な顔を私へ向ける。

「…… 『汝日向唯は、この男日向司を夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、死が二人を分かつまで愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに誓いますか?』」

 私に向かい合い、真剣な声で司さんが告げた。
「…… だったかな?自信ないけど、確かこんなセリフだったよな」
 肩を軽く竦め、司さんが自信無さな顔をする。
「映画とかでしか聞いた事無いけど、そんな感じの言葉だった気がします。私も全然自信はないですけど」

「じゃあ、唯は…… 『誓いますか?』」
「…ち、誓いますっ!!」

 場違いな程大きな声で、即答した。
 そんな私に向かい司さんはクスッと小さく微笑むと、頭にかかる白いベールを持ち上げ、それをゆっくり私の後ろの方へとやった。
「では、『誓いの口付けを——』」
 そう言い、司さんが私の顎に軽く手を当て、上を向かせる。言葉を合図にするように、互いに引かれ合う唇と、ゆっくり閉じられていく瞼。
 司さんは高い身長を私に合わせるように腰を折り、そっと優しく唇を重ねてきた。
 予想以上に柔らかくて、温かい彼の唇の感触を直に感じ、嬉しさにぶるっと震える。きっと、何度も重ねてきた唇なのだろうけど、それを思い出せない私は、彼にどう反応を返して良いのかわからない。
 ギュッと瞼を強く閉じ、完全に受身でいると、司さんの右手がそっと私の頬を優しく包んだ。
「震えてる、嫌だったか?」
 少し離れた唇が動き、司さんが囁く。
「き…… 緊張はしてます」
「もう敬語はいらないんじゃないか?今の唯も、もう…… 心も身体も俺の妻なんだろう?」
 ほんの数センチ顔を動かしただけでも再び唇が触れてしまいそうな距離のまま、司さんがいつもよりも低い声で言った。
「そう、ですよね。でもっまだ慣れてないせいか…… やっぱりなんだか、急に普通には話せなくって」
「まぁ、いいか。そんな唯にもそそられるし」

 そそられる?え?今『そそられる』とか言った?

 司さんの柔らかい物腰や、気遣いに溢れた普段の姿からは想像出来ぬ言葉に、驚いた。そんな私の気持ちのブレに対し司さんはクスッと軽く笑うと、私の腰をグッと抱き寄せ、お尻に手を回してきた。
 急にお尻を触られ、恥ずかしさと驚きとで私は「きゃあっ!」と叫んでしまう。
「可愛い反応だね」
 そう言いながら、お尻を撫で続ける司さんの手の動きに身体が反応してしまい、変な声が出そうになり必死に堪えた。
 他に誰もいないとはいえ、ここは神聖なるチャペルの中だ。
「駄目ですよ、こんな場所で変な所触っちゃ——」
 私は必死に司さんの胸を押し、抵抗した。
「駄目じゃないよ」
 彼が間髪入れずに私の言葉を否定する。
「夫婦間の愛を、姦淫だと裁く神はいない」
 言葉と同時に、司さんの手が私の着る白いワンピースのスカートを捲り、ショーツ越しにお尻を撫で始めた。

 ——やだっ、そこばかり!

「やぁっ!」
 頬を真っ赤に染め、グッと司さんの事をまた押してみたけど、全然びくともしない。
 司さんがショーツの左右をずらし、私のお尻の割れ目にそれを食い込ませる。
「いい弾力だな、美味しいそうだ」
 クスクスと楽しそうに笑い、今度は内股の方へ司さんの手が入ってきた。
「そこは——」
「何だ、やっぱりね」
 司さんの指がクッと上に上がり、股間にまで食い込む下着に触れた。
「下着が濡れてるよ?唯は、イヤラシイ奥様だな」
 耳元で意地悪く囁く声。
「子供みたいな身体なのに、ココはこんなにして…… 」
「つ、司さんがお尻だとか触るからっ!」
 恥ずかしさを誤魔化すように、私は大きな声を出してしまった。
「お尻をちょっと撫でただけで、こんなふうに濡れる子はそうそういないよ?」
「え…… そ、そうなんですか?」
 耳年増ではあるが、流石にそういう事には疎い。
 本当の事なのか、冗談なのかわからない。
「うん。唯はイヤラシイ子だから、こんな風に感じちゃってるみたいだけど」
 湿るショーツ越しに、司さんが軽く指を動かして私の陰部を擦る。
「んあっ」
 無意識に出てしまう嬌声に、司さんが嬉しそうに微笑んだ。
「ココは、俺を忘れてはいないみたで安心したよ」
 動く指に呼応するように、下腹部から少しづつ聞こえ始める卑猥な水音。
 くちゅ…… とたつ音はとても小さな音だというのに、チャペル中に響いているんじゃないかという不安が胸に湧く。
「直接触って欲しいんじゃないか?こんな布越しじゃ、あまり気持ちよくはないだろう?」
「そ、そんな事は…… なぃ…… です」

 嘘だ。
 記憶にはなくとも、体が司さんを覚えてる。
 求めてるのがわかる。
 ……確かに、気持ちいい。

 ——気持ちはいいが、布越しに触れられるだけじゃ物足りないって、直接触って欲しいって、もっと奥も触れて欲しいって主張するように、陰部の中がひくついているのが自分でもハッキリわかってしまう。
「素直じゃないな、唯。恥ずかしいからか?」
 司さんはそう言うと、私の内股から手を離し、ギュッと強く抱き締めてくれた。その事に嬉しくって、司さんの身体から感じる彼の気持ちに答えようと、私も彼の背中に腕を回して抱きつき「司さん」って名前を呼ぼうとした瞬間——
 私の身体は、チャペルの中央に敷かれているヴァージンロードの上にゆるりと押し倒されてしまった。

「え?」

 驚いた顔のまま、頭に被る白いベールを下敷きにした状態で天井を見上げる私の身体の上に、司さんが四つん這いの状態で跨る。
「赤い絨毯に、白いドレスはよく映えるな」と言うと、私の唇をキスで塞ぎ、左腕で自分の身体を支えながら、私の胸を少し強めの力で揉み始めた。
「んんんっ!」

 こんな場所でこれ以上なんて、さすがに駄目!

 もっと司さんが欲しいとは…… 正直想うけど、場所が場所なので、私は必死になりながら何度も彼を今まで以上の力で押してみた。だが当然の様に押し返す事など出来るはずが無く、司さんは丹念に私の胸を揉むのを止めない。
 それでも負けてなるものかと司さんの胸を押し続けていると、ギュッと閉じていた私の唇の中に、彼の熱い舌が無理やり割り入ってきた。舌と舌とが触れた瞬間、ビクッと全身が震え、胸を押していた手から力が抜け落ちていく感じがする。
 それどころか、全身に力が入り難くなり、私の口の中へ司さんの舌が更に深くへと入ってきた。
「…… ん、くっ…… ぁ」
 まるで別の生き物みたいに、口の中で蠢く舌の動き。触れるだけのキスの時に感じたような、ほんわかした幸せな気持ちなど全く感じず、体の芯を直接弄られてるみたいな感じがする。歯茎や舌に絡みつくように動く司さんの熱い舌。
 胸を触っていた手は白いワンピース越しに私の胸先をくっと摘み、強めに引っ張る司さんのしなやかな指の動きに身体が甘美に震えてしまう。
 そんな敏感な部分を引っ張られたりなどしたら本当だったら痛いはずだと思うのに、気持ちよさに震えてしまうだなんて、自分の体が信じられない。

 もっと優しくしてもらえると思っていたのに…… 。

 絡まる舌からたつ水音に聴覚をも犯されながら一瞬そんな気持ちが心に湧いたが、司さんの膝が私の陰裂に当たった瞬間、そんな気持ちもすぐにどこかへ飛んでいってしまった。
「——んん!!」
 司さんの膝が左右に少し動くだけで、下腹部がうずく感じがする。
「…… はぁ」
 深く息を吐き出しながら、司さんの唇が私の唇から離れた。それと同時に、私の胸の中に入り込んでくる新鮮な空気。
「息、止めてたのか?鼻で呼吸するんだ、キスする時は」

 そうなの?というか、私…… 息止めちゃってたんだ。

 それどころではなかったせいか、言われるまで気が付かなかった。酸欠のせいでなんだろうか?頭の中が動かず、身体が痺れるような感じがする。
「口でのキスはまだ辛そうだから、今度からしばらくはここにしようかな」と言いながら、司さんが私の着るワンピースの胸元を引っ張り、下着で覆われていた左胸をそのままに右胸だけを露にした。
「ホント、身体は小さいのに。ね」
「き、気にしてる事言わないで下さいっ」
 身長に見合わぬ大きな胸に対し、コンプレックスを感じている私は、ちょっと拗ねた顔で視線を逸らした。
「俺は好きだよ」
 司さんがぐっと胸の側面を押し、深く谷間を作る。そして出来た谷間に顔を埋めてきた。

「司さん…… 何か、思ってたよりもえろぃです…… 」

 私の胸に埋まり、ちょっと楽しそうにしている司さんに、私は困り顔で呟いた。
「大好きな人の胸に埋まりたい願望は、誰でもあるんじゃないか?」
「流石にちょっと解りません…… 」

「あまり、俺の素は見たくないか?もっと、優しい方がいいか?…… やっぱり」

「そ…… それは…… 」
 どう答えていいのかわからない。
 優しくして欲しい気持ちはあるが、司さんの全てを知りたいし、感じたい。さっき強めに触られた時、ぞくっとしてしまった自分もいる。布越しに陰部を擦られた時も、もっとちゃんと触って欲しいって思ったりもしたし…… 。
 困った顔をしていると、司さんがちょっと意地悪く微笑み、「無理に決まってるよな、唯の体はもう俺仕様になっているんだし」と言った。
 意地の悪い笑みなのに、その笑みの中に甘美な快楽を見出してしまい、全身がぞくっとする。ギュッと左胸の先を下着越しに摘み、司さんが露になっている右胸の膨らみにキスをした。
「さっきから、司さんテンション変ですよ?」
「仕方ないだろう?こんな場所で、花嫁衣裳を纏う妻を押し倒す機会なんて、そうそう得られるものじゃないんだ」

 花嫁衣裳?…… あ、それでこのワンピースは白いんだ。

 なんて事を私がふと考えていると、司さんが私の左胸を覆っていた下着に指をかけ、ずるっと全て下へおろした。
 ぷるっと震えながら完全に露出状態になってしまった両胸が視界に入り、私は「ふああああっ」なんて情けない声をあげた。
 そんな私をちょっと楽しそうな顔で一瞬見たかと思うと、司さんは長い舌をぺろっと口の中から出し、私の胸の先にその舌を絡ませるように舐め始めた。逆の胸先は指で軽く引っ張ったり、弾いたりして、まるで胸を玩具代わりに遊んでいるみたいだ。
「ふぅん…… んぁっ」
 漏れる声が我慢できない。なんでそんなに胸ばっかり…… 。
 私の胸元にある司さんの頭を両手で掴み、「ぃやっ、止めて。そんな胸ばっかり——」と声を震わせながら言うと、彼は「あぁ、胸だけじゃこっちが可哀相だったな」と言い、私の太股の方へと手を伸ばしてきた。
「ちがっ」と言い、咄嗟に脚を閉じようとしたが「遅い」と言いながら、先に司さんの温かい手が内腿に。

「そんなに触れられるのが嫌か?」

 内腿を撫でながら、耳元で響く司さんの低い声。
 嫌な訳が無い。司さんの肌を直に感じるだけで、もう全身が心地よさに溶けてしまいそうなくらいになっているのに。

 でも、場所がっ。
 流石に此処では——

 ギュッと目を瞑り、ブルブルと首を横に振りはしたが、場所のせいで感じてしまう背徳感が心から拭えない。
「…… 葛藤してるね。さて、唯の心はどっちに転ぶかな?」
 そう囁くと、カプッと司さんが私の耳たぶを軽く噛んできた。
「ひゃぁっ」と声をあげ、震える手で司さんの服の胸元にしがみ付く。耳たぶを少し強めに噛んだり、軽く舐めたり、息を吹きかけたりとをされるたびに、全身をビクッと震わせながら出てしまう吐息混じりの声が我慢出来ない。
 内腿に触れる手も、優しく脚を撫で続けながら徐々に上へとあがってきている感じがする。
「弱い場所だらけで、楽しいね」
 クスッと笑いながらそう囁き、司さんがそっと私の耳から唇を離してくれた。
 もうまともに呼吸が出来ず、肩で息をしていると、内腿を擦っていた手が純白のショーツにまで達してゆっくりと下へ引っ張っていく。
 『イヤ』と言いそうになり、私は咄嗟に両手で口を塞いだ。あまりにも抵抗すると、司さんに本気で嫌がっているんじゃないかって思わせてしまうような気がしてきたからだ。

 徐々に脚を伝い、下へと脱がされていくショーツ。
「ここまで濡れてくれるなんて、男冥利に尽きるね」
 右足は完全に抜き取り、左脚は足首付近まで脱がすと、司さんはそこに湿り気で少し重くなってしまっているショーツを放置した。
 そしてすぐに私の左脚の太股をぐっと持ち上げたと思うと、司さんは私の陰部の方へと顔を近づけてきた。

「——っ!?だ、駄目!汚いですっ!!」

 自分の口を塞いでいた手を慌てて離し、司さんの頭をぐいっと押して、叫ぶような声をあげた。嫌がってるって思われたっていい、流石にそんな所を見られてしまうなんて恥ずかし過ぎる。
「俺の奥さんに、汚い場所なんてないよ。それに、好きだろう?舌で弄られるの」
「し…… 知らなぃっ」
 真っ赤な顔を横振り抵抗を続けてはいるが、自分の脚の間から見える司さんのいやらしい微笑みに力が段々と入らなくなってきた。
「知らないなら、試してみたらいいんだよ。秘密はいらないんだろう?俺は教えてあげたいな、こうされるのがこの体は好きなんだって事を」
 囁くような声でそう言いい、司さんがペロッと自分の唇を舐める様に私は魅せられた。濡れる唇にステンドグラスから零れる光が降り注ぎ、淫靡さに拍車をかける。
 この…… 舌が?
 緩やかに動く舌の赤さもまた、私の身体に甘い痺れを与えてきた。
「 …… 」
 “知りたい”“感じてみたい”という欲望にあっさり負け、無言のまま震える手を除ける。真っ赤な顔と目元を腕で隠し、私が司さんの方から顔を少し反らすと、彼は何も言わずに私の陰部の方へと顔を再び近づけていくような感じがした。
 合意したと受け取ったのだろう。
 舌先が割れ目にそっと触れただけだというのに、ビクッと脚が跳ねるように動いてしまった。
「ぬるぬるしてる…… 。奥から止まる事なくいやらしいものが溢れ出てきてるの、自分でも分かるだろう?」
 陰部の傍で囁かれ、吐息がくすぐったい。外輪からゆっくりと舌が這う様に動き出す。陰裂も、小さな突起の様な肉芽も、丁寧に零れる蜜と唾と絡ませながらの愛撫される。呼応するように私の呼吸は粗さを増していき、甘い吐息が卑猥な水音と混ざった。
 耳の方も熱を持ち始めているのか、腕に当たってる部分がやけに熱くなってきた。
 優しく、とても丁寧に。
 でも、中を弄らずに続ける優し過ぎるその愛撫で、お腹の奥がなんだかもぞもぞとしてくる。子宮が疼くというか…… もっと深くを弄って欲しい、もっと激しくして欲しい。
 そんな想いが、お腹の奥と頭の中に浮かび、消えずに積もっていく。

「こんな愛撫じゃ、全然物足りないだろうに。言わないのか?ちゃんとして欲しいんだろう?深くまで弄って欲しいんじゃないのか?」

 頭の中を覗いたかのように、今の私の心のままを司さんが口にする。
 気がつかないうちに、態度にでも出てしまっていたのだろうか?

 そっと指を陰部に当て、前後にと司さんが動かし始めた。が、やっぱり中までは弄らずに、外側だけを蜜に濡れる長い指で滑らせながら撫でるだけだ。
「欲しい?」
 問いに対し、無言でコクッと頷く。
「駄目だよ、きちんと言わないと」と言いながら、司さんが肉芽をキュッと強めに擦りあげた。
「んあぁ!」
「喘ぎ声が聞きたいんじゃない、俺を欲しいって一言が欲しいんだ」
 そう言い、突起を執拗に攻める司さんの指のせいで甘美な声しか出ない。
「可愛いけど、違う」
「ほ…… ほしぃ…… 」
「ん?」
「欲しい…… です」
 小さな、喉の奥から無理やり搾り出したような声で言葉を紡ぐと、その言葉を心待ちにしていたのか、言ったと同時に突起を攻めていた指が滑る様に私の中へと入ってきた。

「——ぁあ!!」

 背を思いっ切り反らせ、出てしまう甘く高い声。温かな指が膣の中を滑り、ぐちゅ、ぬちゅっと卑猥な音をたてる。その中を今度は司さんの長く熱い舌までもが割り込んできた。別々の動きをしながらも、丁寧に膣壁を愛撫する指と舌のせいで、私の身体の震えが止まらず、電気の様なものが走るみたいな痺れまでも感じ始めてしまう。
 時折舌の感触が消えたかと思うと「絨毯にまで零れ落ちてるよ。そんなに気持ちいいのか?」なんて意地悪い声が脚の間から聞える。
 もう快楽に全身が支配されているのか、全然まともに言葉が返せずに、私は甘い吐息ばかりが口を出てしまった。
「はぁ、んあ、あぁぁぁ!」
「快楽に弱いね、うちの奥さんは」
 陰部にかかる吐息にすら達してしまいそうなくらいの気持ちよさしか感じられないのに、司さんは寸でのタイミングで愛撫の動きを緩め、それを許してくれないような感じがする。
「もぉ…… んんっ」
「何?止める?やっぱり、教会でなんかしたくない?」
「ち…… が——」
 私の言いたい事が判ってて、苛めている感じがする。『場所なんかどうでもいい、もうイキたいの…… 』そう言いたいのに、蜜の溢れかえる陰部を執拗に攻められ、全然言葉を発するような余裕が無い。
 このまま弄られ続けてくれれば、達する事が出来るのに、やっぱり直前で止められてしまい、もう狂いそうだ。

「…… 唯は、指なんかでいいのか?“初めて”なんだろう?」

 そうだ…… 。体はもうすっかり司さんに拓かれて性感帯だらけみたいだけど、“今の私”にとってはこれは初めての経験だ。情欲と快楽に脳の奥まで浸食され、そんな基本的な事までも分からなくなる程全てが司さんの愛撫に溺れきっていて、言われるまで忘れていた。
「ちゃ…… ちゃんと」
 司さんの肩をぎゅっと力なく掴む手。頭を軽く持ち上げ、脚の間にいる彼の方へ視線を向けた。
 すると、司さんは陰部の奥深くにまで指を入れながらも、その動きを止め、私の言葉を待つように優しい表情をこちらに向けてくれた。

「ちゃんと、司さんが欲しいです…… 」

 恥ずかしさに震える声と、真っ赤な頬。
 一仕事終えた後の様に私は頭を床に戻すと、司さんが膝をついて座り、私の両腕をぐいっと引っ張り上半身を起こした。

「欲しいなら、それなりの事はしないとね」

 私の耳を指で軽く擦りながら司さんはそう言うと、私の右手首を引っ張って、自身のズボンの方へと導いた。
「分かるだろう?何をして欲しいか」
 ズボンの中で苦しそうにしているソレを、司さんが私の手で撫でさせる。布越しでも判る位にソレはひどく熱く、硬くなっていて、私の指が擦れるたびに司さんの息が不規則に乱れた。
「…… っ」
 彼の言葉に口を引き結びながら無言で頷くと、震える脚を無理やり動かして赤い絨毯の上へ、私も膝をついて座り直す。
 濡れる内腿に恥じらいを感じたまま、おそるおそる司さんのズボンのチャックに手を伸ばし、それをゆっくりと下げてみた。
 チラッと視線を上げると、司さんがちょっと赤い顔で気恥ずかしそうに微笑み、髪に優しくキスをしてくれる。
 じわっと感じる温かい気持ちを胸に、また視線を下へと戻してゆっくり司さんのズボンと下着に手をかけそれを下へ。すると、脱がしやすいよう司さんが少し動いてくれたので、難なく彼の怒張を露わにする事が出来た。
「あ…… 」
 ゴクッと唾を飲む音が、自分の喉から聞える。切っ先が先走りで濡れ、苦しそうなくらいに滾る怒張のサイズを前に、気後れしてしまう。

 コレを…… えっと…… 。

 どうしたらいいの?と頭では思うのに、私の体が勝手に暴走しているのか、濡れた舌先を少し出しながら自然と口が司さんの怒張の方へと近づいていく。怒張の先を舌先で丹念に舐め、裏の筋をなぞるように舌を這わせと、その度に司さんの身体がビクッと動き、私の髪に触れる手に少し力が入った。
「く…… あっ」
 時折聞える司さんの甘い吐息のせいで、身体の奥が益々疼き出す。
 大きく口を開け、無理矢理痛みを堪えて口中へと彼のモノを押し込み、舌で愛撫しながらソレをスクロールさせていると、自分の陰部がソレを欲しがるかのようにひくついているのを感じた。快楽を欲する陰部からは蜜が溢れ、内股を伝い落ち、バージンロードを淫猥に濡らす。左手で司さんのズボンを掴んで身体を支え、口では彼の熱いモノに愛情を注ぎながらも、そっと陰部に手を伸ばした。
 震えながらも、指をそっと当ててゆっくり中へと入れてしまう。
「舐めるだけでも興奮するのか?」
 嬉しそうな声でそう言い、私の頭を司さんが優しく撫でてくれた。
 口からも、自身の陰部からも、卑猥な音がクチュクチュとたちチャペルの中を響いているのにもう自制心が全く働かない。
 もっともっと…… と、そればかりで指や舌が動き、腰が震えてきた。
「自分の指じゃ全然足りないだろう?」
 確かに…… 司さんのくれる快楽とは比べられない程物足りなく、もどかしさすら感じてしまう。
 司さんの手が私の顎に触れ「止めていいよ」と言いながら、少し顔を上へと押す。
 ゆっくり口の中から硬いモノを抜き取り、顔を司さんの方へと上げると、私の口の端から零れ落ちる、涎か彼の愛液か判らぬものを彼が嬉しそうに微笑みながら指で拭い取ってくれた。

「正直、まさかしてくれるとは思わなかったから嬉しかったよ。ありがとう」

 優しい言葉と、鼻先への軽いキス。
 小さい口では大き過ぎるソレは全てが口の中に入りきらず、物足りなかったと思うんだけど…… それでも喜んでもらえたみたいで、すごく嬉しかった。
「おいで。跨って、自分で入れてみるといい」
 そう言いながら私の手を取ると、床へ腰を下ろした司さんが、優しく私を自分の方へと誘導する。心臓が五月蝿いくらいに跳ねる中、おどおどした動きをしながら司さんを跨ぐ様にして身体を近づけると、彼が私の脇の方へ腕を入れて軽く持ち上げてくれた。
「分かる?どこらへんに、だとか」
 膝で身体を支え、司さんの肩につかまる。
「た…… たぶん」と、小さな声で呟きながら、自らの陰部をそっと司さんの、いつ弾けてもおかしくなさそうなくらいに熱を持っているモノに当てがった。
 ちょっと触れただけなのに、ビクッと身体が震えてしまう。これからへの行為への期待からなのか、不安からなのか…… 頭の中が全く動かず、判断が出来ない。
「そのまま腰おとして」
 司さんが私の腰を掴み、少しだけ下の方へと力を入れた。
「んああああっ!」
 彼の怒張の先が、少しだけ膣の中に入っただけなのに、大声で叫んでしまった。
「あ!やぁっああぁ」
 ホント少しだけなのに、身体が激しく震えて、全身に変に力が入ってしまう。必死に司さんの服にしがみ付きながら、陰部に感じる圧迫感に戸惑ってしまう。不安からか、目が段々と涙目になってきた。
「怖いか?気持ちいいだけだから、大丈夫。ちゃんと濡れてるし、ほぐれてるから平気だ」
 耳元に聞える司さんの優しい声と、熱い吐息。
 腰を掴む手は震えていて、このまま無理に下へと私をおろしてしまわぬよう必死に堪えているみたいに感じる。

「俺はすごく唯が欲しいが、君は違うのか?」

 私の頬を撫でながら、司さんが訊いてきた。
 体の奥は疼き、陰部からは蜜が止まる事なく流れ落ちて今も熱い司さんの怒張を濡らしているし、膣壁はそれを引き入れようとするようにヒクついている。
 なのに、経験の記憶がないというだけで、怖くて腰がそれ以上下に落とせない。

「…… 愛してるよ、唯」

 いとおしむような声でそう言い、司さんがぎゅっと抱き締めてくれた。
「だけど、すまない——」
 その声と同時に、私の体を一気に快楽が突き抜け、今まで手が届きそうで届く事のなかった奥底に急に叩き落されてしまった。
「——んああああ!!」
 背を反らして声を張り上げる私と、快楽に顔を歪める司さん。全身をビクビクッと震わせる私の頭の中は、真っ白だ。何が起きたのかわからず、ただ例えようもない満足感だけが全身を満たしている。

「ほら、気持ちいいだろう?」

 低い声で囁き、司さんが私の腰を持ち上げ、また下へ。
 快楽に満ちる身体を、更に追い討ちをかけるように司さんが膣壁を熱い怒張で擦りあげてくる。硬直していた身体は嘘の様に腰を動かし始め、自ら快楽を貪りだしてしまう。
 それに合わせる様に、司さんも快楽を求め身体を動かす。
 止まらぬ快楽の波が全身を包み、甘美な嬌声をチャペルに響かせた。
「ずっと触れたかった、こうしたかった」
 司さんの声が震えている。
「もう一度、俺を愛してくれて…… ありがとう」
 少し涙目のように見える司さんの温かく大きな右手が優しく私の頬を包み、快楽に濡れる唇にキスをくれた。

『私の方こそ、諦めずに好きなままでいてくれて、ありがとうございます』

 ——そう言いたいのに、快楽を貪る身体の動きが止まらず、口から出る声を全て喘ぎ声に変えてしまう。せめてもと、ぎゅっと司さんの服に強くしがみ付くと、頭を優しく撫でながら「わかってるよ、大丈夫」と答えてくれた。
 司さんなら、私の全てを受け止めてくれる。この人なら、私の何もかもを受け入れてくれる。そんな安心感が心を満たし、身体に感じる快楽をより増幅させてきた。
「もぉ、ぁあああっ!」
 ギュッと全身に力が入り、再び身体を包む大きな快楽の波が私を襲う。何も考えられなくなっている耳奥に「いいよ、何回でも好きなだけいけばいい。俺を覚えて、身体に染み込ませて…… 何度でも、俺だけを愛して」と言う、切なそうな声が響いた。
 身体から力が抜け落ち、司さんに身を預ける。意識はかろうじて保っているが、これ以上は自分で身体を動かすのはさすがに無理だ。
 そう思っていると、司さんが私の身体をギュッと抱き締め、体勢をぐるんと変えて、再び真っ赤なヴァージンロードの上へと押し倒した。
「すまない、きつかったよな。でも、どうしても唯に求めて欲しかったんだ。…… 忘れないで、覚えていて。俺は絶対に傍から離れないから、覚えていて——」と言いながら、膣に入る司さんの怒張がぐっと質量を増した感じがし、脚がびくっと跳ねた。
「んんんんっ」
 背を反らせ、下敷きになってる白いベールをギュッと掴む。
 ただでさえいっぱいいっぱいだったのに、これ以上はもう——
 司さんが私の脚をガシッと掴み「俺も、いい?」と訊いてきた。

 …… こ、これが動くの?

 陰部の奥深くに入る存在感の大きいソレの事を考えると、膣がきゅっ締まり、それにより司さんが甘い吐息を零した。
「いいって思って、いいな?」
 その言葉と同時に、司さんが膣壁を丹念に擦りあげてくる。私の弱い部分を的確に突きつつ動く。彼の激しい動きに私の胸が揺れてしまい、それがまた気持ちがいい。
 言葉にならぬ声をあげ、全身に感じる快楽に身体の震えが止まらない。
「気持ちいいか?キツくないか?…… 大丈夫?」
 気遣う司さんの言葉に、コクッと力なく頷いて答える。
「ならよかった。キツくても止めてあげる自信…… 今は無いから」
「き…… もちいぃ、から…… だぃじょ…… んっぁ」
 無理に話そうとしても、言葉が紡げない。快楽に溺れると、ここまで自分が無くなってしまうだなんて思ってもいなかった。
 ぬぷっぐちゅっ…… 。卑猥な水音さえももう、心地よくさえ感じてしまう。
 もっともっとっとヒクつき、司さんの滾る怒張を中へ中へと導こうとする陰部の動きも、私の身体をより快楽一色に染め上げていく。
「もぅ…… くっ」
 司さんが私の身体を包む込むように覆い被さり、ぐいっと秘部の最奥へ硬いモノを押し込んできた。
 ドクンッと熱いモノが私の身体の中で跳ね、何かが弾けた様な感じがすると同時に感じる快楽の激しい波。

「——ああっ!」

 声を上げ、私は白い喉元を晒しながら背をも反らせる。きっとまた快楽の底まで堕ちてしまったのだと思うけど、働かぬ頭ではもう何度目なのかもわからなくなってきた。
 その直後お腹の奥に感じる、熱い何かが流れ込むような感触。
「ぁ…… ぁっぃ…… 」
 ギュッと司さんが強く瞼を閉じ、身体を震わせている。
「くっ…… んぁ…… 」
 こぼれる司さんの甘い吐息と、子宮奥に感じるふんわりとした温かさとに至福感を感じていると、紅茶を飲む司さんの姿がふと頭に浮かんできた。

「…… 熱い紅茶、コーヒーばかり飲んでるって…… 」

「——え?」
 私の突然の呟きに、司さんが不思議そうな声をあげた。
 急に頭に中に浮かんできたイメージを追いかける。
「『もっと警戒心持て』って言われて…… どうしたんだっけ」
 気だるい身体のせいか、言葉がゆっくりとしか出てこない。
「…… 一年前の、今日だ」
「そうなんですか?…… そうですよね、ここ数日の記憶じゃない。あれは私の住んでる、違う…… 住んでいたアパートだし」
 鮮明にとはいかないまでも、想い出程度には少し思い出せる感じがする。もっと思い出せないかと瞼を閉じて記憶を追いかけようとしていると、司さんが私の下腹をきゅっと指で押してきた。

「唯の記憶は、子宮にあるのか?」

 からかう様な声で、そう訊かれた。
「そ、そんな事あるわけないじゃないですか」
「いや、でも中出ししたら少し思い出したみたいだし」
「中…… 」

 ——そうだ、ヤダ!まだ繋がったままじゃないっ。

 頬を染め、司さんから視線をぷぃっと反らす。
「いっぱいしたら、もっと思い出せないかな?」と言い、司さんが私の額に額を重ねてきた。
「偶然ですよ…… そんな。それよりも、もう…… その…… 」
「抜いてって?」
 コクッと頷く。
「無理だよ?まだ全然足りない」と、サラッとした口調で司さんが言った。
「…… え?」
「秘密はいらないって唯は言ってくれたし、夫婦なんだからそろそろ子供も欲しいしな。今日は、“出来るまで”するよ」
 ニコッと爽やかな笑顔で微笑む司さん。互いの状態に全く合っていない素敵な顔だ。
「出来るまでって…… こ…… 子どもの事、ですか?」
「大丈夫。ホテルの部屋もちゃんと取ってあるし、唯はやれば出来る子だから平気だ。二人分の着替えも持参しているから、明日の朝直接職場にも行けるし、何も問題はない」
「で、でも傷でも開いたら——」

「頭の傷だし、“こういう事”で開くような箇所じゃないんだろう?」

 ニッと悪戯っ子の笑顔で言われた。言質を取られている私は、反論出来ない。
「それより——」と言うが同時に、子宮にまで届く存在感のあるモノが質量を増したような感じがしてきた。
「唯の記憶回復の為にも、そろそろ本気だそうかな」
「…… でも、こんな場所でまだ続けるんですか?」
「場所変えたい?」
「…… そうですね、出来れば」
「じゃあ、もう一回『種付け』が終わったらだな」
「や、やっぱり今日の司さんテンション変ですよぉ」
「今更逃げようったって、逃がさないぞ?警察官ってのは、執念深い生き物だからな」
「んああっちょっと、待って——」


       ◇


 …… 結局、司さんに流され、私達はチャペルという神聖な場所で背徳的行為に二度も及んでしまった。
 わ、私的にはもっと多かったけど…… まぁ、もう回数なんか数えられないからそれは置いておいて——

 その後に、ホテルに取ってあったという部屋に移動してからも、せっかくの豪華な部屋だったのに、記憶に残ったのはベットの天井やシーツの感触ばかりだった。
 この日はこんな記念日の祝い方でいいの?と、ちょっとだけ思ったけど、私達らしいなと今なら思える。
 たぶん、あれから結構いっぱい色々と思い出せたおかげだろう。

 …… 自分の記憶を呼び起こす刺激が何故夫婦生活なのよ!?

 と、自分にツッコミを入れたくなる事も最初は多かったが、戻る記憶の内容が内容で、納得しか出来ない自分がいる。

 まだ全部の記憶は取り戻せてはいないまでも、料理や家事に関しては、司さんと交際が始まったと同時に忙しい仕事の合間をぬって専門の学校に行ったり自宅で猛勉強したりしていた記憶が戻ったおかげで、今では難なくこなせるようになり、問題では無くなった。

 定期健診の時に『何がきっかけで記憶回復してる?』と病院の先生に訊かれた時は、流石に正直には言えなかったけど…… でもまぁ、いいよね?先生には秘密でも。
 診察室に一緒に居た宮川先生がニヤッと笑っていたのが少し気にはなるけど…… 気にしても仕方ないので無かった事にしよう。

 二人で、のんびりゆっくり思い出を重ねつつ、記憶を取り戻していければそれでいい。
 いつかきっと、今の状況もいい思い出になるだろうし。

「全部思い出せるのは、君が生まれた後になるかなぁ」

 二ヶ月目でまだ真っ平らなお腹を軽く擦り「よしっ」と気合を入れた声を出すと、私はフライパンの中に入る料理の味の確認した。
「…… こんなもんかな?」
 そう呟いた時、玄関のドアの鍵がガチャッと開く音と「ただいまー」と言う司さんの声が玄関の方から聞えてきた。
「おかえりなさーい」
 大きめの声で返事をしながら、今出来たばかりの料理を、事前に出しておいた平皿に盛り付ける。
「お、今日は随分と豪華だな。何かいいことでもあったのか?」
 ネクタイを緩めながら、食卓テーブルの側に立つ司さんが嬉しそうな声で私に訊く。
「うん、そうなの」
「珍しい紅茶の葉でも手に入ったのか?」
「違うよ、そんな事じゃここまではしないって」
「…… んじゃ、なんだろう?何かの記念日でもないし」
「あのね、実は今日病院に行ったらね、お腹に私達の——」


【終わり】
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