愛と呼ぶには歪過ぎる

月咲やまな

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【最終章】

【エピローグ②】共感(雨宮七音・談)

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 魔装具店の裏には大きめの庭がある。その一角に建てられた和風のガゼボで今、精肉店の店員である更紗、八代神社の後継者である八代竜紀と七音という、珍しい組み合わせのメンバーでお茶を飲んでいる。

 この集まりは事前に予定していたものではなく、始まりは偶然だった。

 そろそろ魔装具に魔力の補充をしたい更紗。
 遠方から商店街まで買い物に来ていた竜紀。

 そんな二人が魔装具店でたまたま出会い、『そろそろ七音に休憩を取らせたいので付き合ってあげてもらえますか?』とエルナトが言い出した流れで、二人は突如私とお茶をする事になったのだ。
 彼等のパートナーであるカイトとヴァイスとは週に何度もボイスチャットみたいな事をやって話す機会が多いので友人と呼べるレベルで仲が良いが、更紗の方は初対面に等しい。竜紀だって魔装具店で相談に乗って以来、ヴァイス経由で近況を聞く程度だ。

 共通の話題と言えば天気の話か、せいぜいお互いのパートナーの事くらいなせいか、丸テーブルを三人で囲みつつもあまり話題は弾んでいない状態だ。
 三人揃って騒がしいタイプではないせいで余計に何を話せばいいのか思い付かない。だがこのままお茶だけ飲んで解散というのもなんだか気不味い。勤め先が客商売でもある為、ここは今後の為にも私から話を提供するべきだろう。

「えっと、お二人とも最近はどうですか?仲良くやってます?」

 自分的には気軽な話題を提供したつもりだったのに、何故か二人の顔が同時に真っ赤に染まった。耳どころか首まで赤い。一体どんな事を思い出したのだろうと気になってきた。

「え、えっと…… その、まぁかなり仲良くやってますよ。ボクがまだ学生なんで、子供の件は保留ですけど」

 頬をかきつつ、竜紀が教えてくれた。
 あれ?『子作りは進んでますか?』という意味での質問では無かったのだが、どうも勘違いされている様だ。私的には『仲良く過ごしていますか?』という意味での何気ない問いだったのだが、きっと彼の中で夜の営み的な意味での『ヤッてます?』に変換されたのだろう。こちらの言い回しの悪さもあったかもしれないが、これって絶対、思い当たる行為を沢山しているからくる勘違いだよね。

「わ、私の方は、絶賛妊活中状態…… ですね。宿りやすい時期じゃなくても全然離してくれなくって、その、毎晩寝不足気味です…… 」

 優しそうな糸目を更に細くさせ、真っ赤な顔で俯き、声を震わせながら更紗も教えてくれた。
 あぁぁぁ。こちらも激しく勘違いをなさっている。竜紀の話で、この流れで間違いないのだと思い込んでしまった様だ。

 飲んでいた紅茶を砂のように口から流れ出させてしまいそうな状態になったが、無理矢理ごくりと飲み込む。何故私はほとんど知らないこのお二人の閨事情を聞かされねばならないのだ。

「正直私はまだ自分の歳的にも子供は早いと思っているので乗り気ではないのですが…… ウチの夫の言葉には絶対に逆らえないので…… なんか、流れでそんな感じに」

 あぁ、と納得し力強く頷く。
 特製魔装具のおかげで私にはもうカイトの不可思議な魔法は作用しないが、彼には強制力のある言葉などを操る能力がある。更紗もそれをガードする魔装具を身に付けているので効果は無いはずだが、その事を彼に知られたくないせいで言いなり状態のままだと、カストルが呆れ顔で話してくれた事を思い出した。
「着衣プレイにもはまってくれているおかげで飾りボタンにしてもらった魔装具を常に身に付けたままでいられるので、前みたいに頭痛で悩まされる心配が無いのはありがたいんですが…… どうも、彼に振り回されている感が否めないんですよねぇ」
「あ、わかります…… 。僕も、相手に振り回されている感じがして。『疲れた』『もう無理だ』って言っても、回復魔法をかけられながら続けられるので、気が付いたら明け方なんて事も多くって」
「あぁ…… 連続でされたら正直辛いですよね。ウチの夫はそういった類の魔法は使えないんで、私の場合は回復薬を飲まされて…… って感じです」
「何でそこまでして続けられるんだ?って思っちゃいますよね。こっちは早々に空っぽなのに。絶倫なんか所詮架空の存在だと思っていたんでびっくりですよ」
「ホント、それですよねぇ…… まったく」
 共感を込めた視線を投げ掛け合い、深い溜め息を二人が揃ってこぼした。
 最初は何故に突如猥談に⁉︎と思っていたのに、激しく同意したくなる話が続々出てくるせいで、私までうずうずしてくる。

 私だって、夜への不満はたっぷりある!でも…… 話す?ほぼ知らない人達に?と、どうしても迷ってしまう。なのに二人の口からは次々に、普段はヒトには話せない出来事や愚痴ばかりが出てきて全然止まらなかった。

「——そう言えば、ナナリーさんはクルスさんと番なんですよね?」

 更紗から不意に話を振られ、テーブルの中央に置かれた茶菓子に伸ばそうとしていた手が止まった。
 二人でばかり話していた事を気にしたのだろうが、別にこのままでも良かったのにと思ってしまう。だが声を掛けられた以上、今は休憩中だとはいえ、魔装具店の店員という立場では無視するわけにもいかず、「あ、はい」と短く答えた。

 一般的な番とは違って相思相愛の状態ではないが、彼から烏の仮面を受け取ってしまっている為、コレ以外の返事は出来ない。だけどそのおかげで今は仮面さえしていれば店番もさせてもらえるので結果的には良かったのだと自分に言い聞かせている。“クルス”の番であると周囲には思ってもらえるおかげで“エルナト”目的の客達からの敵対心を向けられずに済むのは本当にありがたい。彼等が同一人物である事実を知らぬせいで無駄な努力をし続けている人達の躍起になっている姿を見続けるのは正直しんどいが、我関せずを貫いている。

「良かったですね、おめでとうございます」

 ほんの一瞬。ちょっとだけ複雑そうな表情をした更紗だったが、すぐに嬉しそうな微笑みを顔に浮かべ、パンッと両手を軽く打って祝いの言葉を口にした。
「獣人型同士で良かったですね。僕はてっきり、異種型だろうがナナリーさんとエルナトさんが交際するのかな?と思っていたんで、ちょっと驚きでしたけど」
「…… “エルナト”さんと私が、ですか?」

 確かにプロポーズはされていたが、二人きりの時にしか言われていなかったはずなのに。

 反応に困って首を横に傾げる。
 すると竜紀が、「だって、エルナトさん。ナナリーさんの事は『絶対に誰にも渡さない』感がダダ漏れですから」と言って、少し困った様な表情を浮かべた。
「…… そ、そうなんですか?」
 自分では全く気が付かなかった。そんな状態でよくまぁ好意ダダ漏れな人達の接客をし続けられるなと驚きを隠せない。他の客にも気が付かれているのでは?と思うと空恐ろしい。
「そういえば、確かにそうですね。今さっき店でお会いした時も、ナナリーさんにばかり視線がいっていましたし。…… でも、あれ?そう考えると…… 今の生活って、エルナトさんには辛いんじゃ?」
「あ…… そ、そう言えば、そう、ですよね」と気不味そうに更紗が視線を彷徨わせる。それぞれのパートナー経由で情報が色々と入ってくるだろうから、この二人は私達が同居している事を知っているはずだ。なのでこの反応は、すごくもっともだなと思った。
「その辺は問題ありませんよ。だって彼等は——」から始まり、私はこの二人に彼等の正体について包み隠さず、自分の知っている範囲でのみ話して聞かせた。

 実は、この二人になら彼の事情を話しても構わないと、事前に許可を貰っているのだ。

 私から話さずとも、どうせいつかは彼等のパートナーから聞く事もあり得るから隠す意味も無いだろう、と。


 一通りの話しを聞き終わり、竜紀と更紗がぽかんとした顔をした。
 またまたご冗談を。といった心境だろうか。
「——え。それって二倍大変じゃないですか!あ、いやクルスさんが獣人型だから、もっとか!」と言い、竜紀が自分の事の様に深刻そうな表情で頭を抱えた。更紗は両手で口元を抑え、肩を震わせながら「…… に、二倍どころか、それ以上⁉︎じゅ、獣人型には発情期だってあるのに…… 」と小さくこぼしている。どうやら嘘だとは思われていない様だが、まさかそっちで驚かれるのかと、反応に困ってしまう。

「…… お疲れ様です。腰、揉みましょうか?」
「あ、私は今度ハーブティーでも持って来ますね。滋養に良い食べ物とかも差し入れます!」

 気遣いに溢れた瞳を向けられ、一気に私の顔が赤くなった。
 コレ、夜の心配されてますよね、絶対に!

 …… は、恥ずかしい、もの凄く、とっても。

 なのに口を開いた私は、「そうなんですよぉぉ。“クルス”さん側の体は体力無尽蔵だし、“エルナト”さん側は言葉攻めとかしてくるし、二体同時に相手させられるしでもうっ。こちとら初心者なんですからもっとこう気を遣うというか、やんわりと頼みたいというか、そもそもそういう行為自体今後はご遠慮願いたいというか」——と、堰を切ったように夜伽への不満をぶちまけ始めてしまった。

「うんうん。わかります、キツイですよね」
 温かな手で私の手を握り、更紗が涙ぐんだ眼差しを向けてくれる。竜紀は新しくお茶を淹れ直し、そっと目の前に置いてくれた。
 話題の中身がたとえ猥談でも、共感して貰える事がこんなに嬉しいとは。元の世界でも仲の良い人が多くはいたが、家の事が最優先だった私は“友人”や“親友”と呼べるような程親密な関係の人はいなかった。まさか違う世界で、気兼ねなく話せる相手を見付ける事が出来るとは。

 かたや元“ヨミガエリ”の夫がいる、更紗。
 かたや異世界から来た獣人型の婚約者のいる、竜紀。

 どちらも事情持ちが相手なだけあって、普段はこんなに本音をぶちまける事が出来ないのだろう。そのせいか、話し出したら三人揃って止まらない止まらない。結局私達は、夕刻となり、庭まで“クルス”が迎えに来るまで三人で話し続けてしまった。


       ◇


「楽しかったか?」
 住居スペース側にある玄関から更紗と竜紀をお見送りし、居間に戻る途中で“クルス”に訊かれた。
「はい、とっても」
 心からの笑顔を向けて、そう答える。
「あの…… 実は、今度一緒に買い物やカフェにも行こうって約束したんです。…… 行って来ても、いいですか?」
「あぁ、もちろん」
 諦め混じりに訊いたのに、意外な答えが返ってきた。もう外に危険は無いと判断しているのか、はたまたついて来る気でいるのか…… 後者ではないといいが。

 友人、自由な時間、そしてゆったり流れる生活のペースが心地いい。程よい疲れは気持ちがいいくらいだ。夜は…… まぁ、色々と大変だが、困った事に慣れてきてしまっている自分がいる。絶対に、更紗と竜紀には言えないけども。
 残してきてしまっている弟妹達が気掛かりなままではあるものの、正直最近はこの生活が手放し難いものだと思う様になってきた。いつかは心から『来てよかった』と思える日が来る気がするくらいに。


【エピローグ②・完】
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