愛と呼ぶには歪過ぎる

月咲やまな

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【最終章】

【こぼれ話】君を捕捉する理由(カストル・談)

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 永い永い人生の中。
 言葉では言い表す事も出来ないくらいずっとずっと昔の事だ。

 僕が初めて、エルフ型でありながら“ヨミガエリ”を利用して回帰魔法を展開しようとした時、禁忌指定されたとある魔法に手を染めてしまった。僕の中にはもう回帰魔法の核となる様な強い感情は残っておらず、また回帰させるには『もうこれしか方法が無い』と考えた結果行き着いた苦肉の策だった。

 自身の体を二つに分離し、一体には獣人型の形を取らせ、“クルス”と名付けた。
 これで“ヨミガエリ”と番になり、その身を食らい、願いを叶えるだけの魔力を得られる。代償として真っ当には死ねず、死後の魂は碌な目に合わぬ事が確定したが、『要は死ななければいいだけの話だろ』と割り切る事にした。
 好きでもない相手を口説き落とし、番になった途端即座に食らい、何度も死ぬ“ナナリー”を次回こそは生かすために時間を戻す。

 …… 不毛だった。
 でも、やめられなかった。

 今更やめたら今までの努力はなんだったのだと思ってしまうからだ。
 繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し——疲弊して心が死んでも、それでも同じ事を繰り返し続けた。

 そんな日々に終止符を打ったのは、“ナナリー”の自殺だ。
 散々死を怖がっていた彼女がとうとう自ら死を選んだ。その理由は知らないし、知りたくもない。知る価値すら見出せない。

 終わりの結果生まれたのは、“雨宮七音”という名の“ヨミガエリ”。

 “ナナリー”と同一の魂を持つ、並行世界から来た“雨宮七音”。
 その仕組みの詳細は古書店の店主であるセフィルが教えてくれた。別々の世界でありながら同一のタイミングで死を迎えた魂の双方が、獣人型と化した一体の器に宿り、“ヨミガエリ”として生まれ変わったのだと聞かされた時は心底驚いた。僕の中で“ナナリー”は落ち着いたイメージのある芯の強そうな女性という第一印象はすっかりと消え去り、『死にたくない!』と叫び泣き、縋り付くモノへと変貌してしまっていたからだ。

 ベースは同じ魂なのに、生い立ち次第でここまで違う存在に変わるのか

 ——と、不思議に思う。
 …… 僕の言葉が“最初のナナリー”を殺していなかったら、彼女も“七音”と同じく落ち着いた性格のままだったのだろうかと考えると、正直心が痛む。大人しい“ナナリー”を狂気の存在へと変えてしまったのは、結局は自分なのだと痛感してしまうからだ。


 パン屋の袋を抱えて来店した女性を一目見てすぐ、目の前の女性が元々は“ナナリー”だった“ヨミガエリ”である事に気が付いた。
 昨夜見た“ナナリー”の自殺。そして翌日現れた獣人型の女性。名前を『ナナリーです』と名乗ったのが決定打に。

 夏の日差しを浴びる薔薇の様に美しい赤毛を持つ、猫タイプの獣人型女性体。
 背はすらっと高く細身なのに自己主張の激しいたわわな胸、淡雪の様に白い肌色、キリッとしたキャッツアイは冷め切った僕の心を容易く射抜き、彼女が“ナナリー”の“ヨミガエリ”であるとわかっていながらも、僕に恋心を抱かせた。

 永年深層で眠っていた分、余計に感情の昂りが抑えきれない。

 すぐにでも奥の部屋に監禁し、その身の全てを奪い尽くしたい衝動に駆られるレベルだった。
 そんな感情を無理矢理押し殺し、冷静なフリをしながら褒めちぎるだけで済ませた僕を褒めて欲しいくらいだ。結局感情を抑え切れずにクルスの方でまで口説こうとしてしまったが…… 。


 よく微笑み、働く事を美徳とし、甘やかし倒したい僕に気遣いを見せてくれる七音だったが、ふとした瞬間に滲み出る疲労感が気になってしょうがない。休憩も多く与え、栄養不足でも無く、睡眠だって…… まぁ、最初の頃はちゃんあげていたのに、不意に疲れを感じている顔をする事がある。『愛している』とはまだ言ってもらえていないが、それでも僕の傍に居てくれると決めさせた日からもう半年が経過しているのに、だ。

 その理由は多分、心の方の疲労感が抜けきらないせいだろう。

『貴方が少しの慈悲も持たず、泣きながら「帰りたい」と懇願する七音さんにすら同情しなくなるくらいあの子を愛してさえいれば、永遠に彼女は、君のモノになりますよ』
 そう言っていたセフィルから教えてもらった七音の過去。
 彼女の生い立ちを聞けば、そう簡単には癒せない疲れが心にまで染みついてしまったのも納得出来た。


 仲睦まじい両親、親戚夫婦、祖父母、九人もいる弟妹達と七音は暮らしていたそうだ。かなりの大家族ではあるが、互いに助け合っていれば大人数だからこそ何とでもなっただろう。

 だが実態は違った。

 愛情に溢れた家族の姿はただの虚像であり、子供達はほとんど放置されていたのだ。いや、放置されていただけの方が、まだマシだったかもしれない。子供同士だけならば協力し合ってどうにかしたろうが、七音は掃除洗濯などといった家の管理や家族全員分の食事の用意だけでなく、祖父母の介護の補助に加え、学校の勉強や頼まれ事でも手の抜けない状況にあった。

 それでは疲弊していくのも当然だ。

 金銭面での負担をかけられないからと奨学金目当てで必死に勉強し、その上で乳飲み子から卒業したばかりの小さな弟妹達の面倒までも見ていたと聞いた時は絶句した。

『…… 親は、何をしていたんですか?』

 驚きを隠せぬままセフィルに訊くと、『子作りですよ』と言われ、言葉が出なくなった。
『七音さんの母親は、出産依存症なんです。なかなか子供が宿らず、病院に通い続け、六度の失敗の果てに七音さんは産まれました。待望のお子さんだったのですから、それはもう相当な多幸感だったのでしょうね。…… やっと産まれた七音さんに愛情をたっぷり注ぎ、愛に溢れた家庭を与えていれば今でも元の世界で幸せに暮らしていたのでしょうが、残念ながら、あの世界での彼女の母親は違いました。子を腹で育て、産む苦しみ、非力な赤子に乳を与える事にのみ幸せを見出してしまったんです』
 それなのに、七音の誕生以降、彼女の両親は自力での妊娠を望めぬ状態になってしまっていたそうだ。永年続いた精神的ストレスが要因だったのだとか。
 もう子供は望めないとなると余計に欲しくなる。渇望し、胎の中に再び子を欲しがる妻を前にし、妻を深く愛している七音の父は、よりにもよって自分の弟夫婦に助けを求めてしまった。

 彼の弟は七音の母親に惚れているのに、だ。

 せめてその感情が過去ものになっていればまだマシだったのかもしれないが、弟はこの時期でもまだ七音の母親を愛したままだった。それでも彼の弟が別の女性と結婚したのは、その相手もまた、自分と同じ人を愛している女性だったからだ。

 弟の妻は、恋する相手と同性ゆえに結婚を夢見る事も出来ず、親友であるからこそ恋心を抱いているとは伝えられずにいた、傷心の女性。

 互いの失恋の傷を舐め合い、好きな相手と少しでも近くで生きられればそれでいいというささやかな望みを叶える為だけの結婚で、弟夫婦の間には一切の恋愛感情も肉体的繋がりも無かったという。

 最愛の妻の為に夫は弟夫婦から子種のみをもらい、妻は夫とよく似た子供を出産する。
 弟夫婦は、愛している一人の女性に自分達の子供を産んでもらえる。

 一人の女性を愛する、三人の男女。

 彼らにとってはこれ以上無い関係に四人は満足し、ただただ子供を作り、産むという行為にのめり込んでいったそうだ。
 この四人にとって七音の後に産まれた九人の子供達は、『自分の子供だ』と言えるのだろう。だがこの関係性は酷く歪んでいて他人には理解し難いモノだ。だけども彼らを止める者もなく、今でもその関係が続き、結果的に七音を過労で殺してしまったのに…… それでも彼らは次の子供を妊娠したそうだ。

 次に産まれる子供には、“ななり”と名付ける予定らしいとセフィルが話していた。

 これが彼らの弔い方なのだろうが、僕には理解出来なかった。七音の代わりなんか誰にも出来ないというのに…… 。
 心の比重が明らかに狂ってはいるが、きっと彼らもちゃんと、産まれた後の子供達の事も愛しているのだと思う。酷く疲れてはいても七音が家族の為にと頑張ってしまったのはきっと、両親からの愛情を汲み取れていたせいだろう。
 体外受精や出産の為の費用にばかり収入の大半を当てたりなどせず、もっとちゃんと既に産まれた子供達にも目を向けていれば、七音は死なずに済んだだろうに。


 ——話をセフィルから聞き終わり、僕は深い溜息をついた。同じ話を隣で一緒に聞いていたカイトも不快顔だ。どうでもいいからと言うよりは、ちゃんと『流石に理解出来ない』といった心境にある事が見て取れる。
『今存在している“ヨミガエリ”はもう、七音さん一人です。彼女を食らって時をまた戻し、これまでの日々を無かった事にしたとしても——』と言うセフィルの言葉を引き継ぎ、僕は自分の考えを述べた。

『…… 七音はまた、死ぬでしょうね』

『えぇ、確実に。あの四人の大人達の考えが変わる事はありませんから』
 ゆっくりと頷き、セフィルが紅茶のカップを手に取って一口飲み込んだ。
『不快な内容ではありましたが、聞けて良かったです』

 どうあっても“ナナリー”と“七音” 彼女達は死と隣り合わせの運命にでもあるんだろうか。

 ニコッと笑い、テーブルに頬杖をついていたカイトが『…… ボクも聞いておいて正解だったよ。喜んで手伝えそうだ』と言う。味方も得られたし、七音を引き留めるのは案外容易そうだ。

 もし静かに泣いて懇願されようが元の世界に七音を返してやろうなんて考えそうな弱さは微塵も無くなった。あんな世界に彼女を返しても、また“ナナリー”みたいに七音が死ぬのなら——

 僕が貰ってあげる。

 君に優しくはない世界なんかには帰さない。
 いつか僕を好きになってもらえるように、精一杯甘やかして、じわじわと諦めさせて、傍に居たいと自発的に言ってもらえる努力をしよう。


【こぼれ話・完】
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