愛と呼ぶには歪過ぎる

月咲やまな

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【最終章】

【最終話】捕捉②(雨宮七音・談)

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 もう私には、帰る場所が無い…… のか。
 その事実が心に重く伸し掛かる。弟妹達は大丈夫なんだろうか?私のやっていた分をあの子達が負担しているのかもと思うと気掛かりでならない。

「…… 忘れろ、とは言いませんが、僕の事も…… 気に掛けてはもらえませんか?七音」

 腕を掴むエルナトの手に力が入り、私の肩口に彼が額を乗せた。体温がとても高くて声が少し震えている。触れ合う部分から、彼が心から切望している気持ちがありありと伝わってくる。それはクルスからも同様で、心がざわついて落ち着かない。何故こんなにもこの二人は私を?と不思議でならない。何度も返事を誤魔化し、流し、なあなあにしてきた事に苛立ったりはしていないのかとも思う。

「元の世界には戻してやれない。でもその代わり、他の事なら何でも叶えてやるから…… 傍に居てはくれないか?」

 座る位置をずらし、クルスが私の素足を手に取る。そして懇願する目でそう言うと、足の甲にそっと口付けてきた。
 とくんっと心臓から未経験の疼きを感じる。

 どうしてそんな事まで出来るの?

 競うようにエルナトは私の首筋に口を近づけ、下から上へと舐め上げてくる。突然の生温かな感触に驚き、「ひゃ!」と情けない声をあげると、二人が同時にくすりと笑う。どちらもとても楽しそうだ。でもその事に対し違和感を覚えた。二人共私に対して恋愛感情を伝えている者同士なのに、どうして互いにいがみ合ったり、競ったりなどといった事をしないのだろうか?兄弟的な関係だからというだけで、好きな者を独占したいという感情を抱かないなんて事はあるんだろうか?
 恋愛経験どころか初恋もした事がなく、恋なんか他人事であり、空想の世界や遠い何処かの物語でしかなかった身ではいくら頭を捻ってもわかるわけが無かった。

 少し気が散っている間に二人の行動が段々と悪い方へ加速していく。クルスの唇は肌に啄むような口付けをしながら徐々に上へとあがっていき、既に内腿へと達してしまった。我が身ながらうっとりするくらい美しい深雪の様な柔肌がうっすらと桜色に色付いていく。恥ずかしさと未経験の感触のせいで体が震え、何とか脚を閉じられないかと動かしてみたのだが、あっさりと両の膝裏を掴まれ、クルスに阻まれてしまった。

 駄目、いや、エルナトも見ているのに!

 体を震わせながらゆっくり後ろに振り返り、目でそう訴える。するとエルナトは私の心境を察してくれたのか、「あぁ」と言って、「クルスを止めて欲しいんですか?」と訊いてくれた。そんな彼に対し、無言で何度も頷き返す。どっちを選んだ訳でもないのだからこんな恋人みたいな行為をされるのは間違っていると思うからだ。それに抜け駆けみたいな真似を目の前でされてはエルナトも気分が悪かろうとも考えてしまう。それなのにエルナトは、私が想像だにしていなかった言葉を私の耳元で囁き始めた。

「いいんですよ、クルスの手でどうぞ存分に乱れて、僕にも見せて下さい」

「…… え?」
 驚きの方が勝り、きょとんとした顔をエルナトに向ける。すると彼はニコッと微笑み、「だって、どっちも僕ですから」と意味不明な事を言い出した。
「七音は自分の右手に嫉妬しますか?しませんよね?それと同じです」
 彼が何を言っているのか全くわからない。確かに二人共存在しているというのに、『どっちも僕』とはどういう意味なのだろうか。

「完全に同一の意識と意志で動いているんだ、俺達は。一つの脳と魂で、二人分の体を動かしていると言った方がわかりやすいかな?」

 顔を上げ、膝立ちになったクルスが自分の胸にそっと手を当ててそう言った。じゃあ何でエルナトはクルスの前での魔法使用は厳禁だと警告したりなんかしていたんだろうか?同じ意識で動いているのならそんな事を私に言わなくても、“ヨミガエリ”を食らわないと自分が決意するだけで済む話じゃないか。
「魔法の、件は?何であんなふうに、わざわざ警告したりなんか…… 」
 声を震わせると、エルナトが掴んでいた手を離し、私の腰に腕を回してきた。

「あぁ言えば、七音は魔法を使い難くなるでしょう?…… 全ては、他の獣人型から君を守る為ですよ」

 本心、なんだろうか?
 でも確かに、何度も何度も注意されたおかげで獣人型達の前での魔法使用に対する危険性を気にする様にはなった事を考えると、ありがたい対応だった気もする。

「俺には七音を食う気は無いから、もう心配しなくていいぞ。君を食らってまで叶えたい願いなんか無いんだしな」

 甘噛みされた箇所からブワッと一気に全身へ熱が広がる。驚きを感じるたびに落ち着いていた鼓動や火照りが急激に悪化し、膣奥からじわりと水分が流れ落ちるのを感じた。『食う』というワードのせいで小水を漏らしたのかもしれない。まさかこの歳で?赤ん坊みたいな失態のせいで眦に涙の大粒が溜まった。

「食べないって言ったのに、肌を噛まれたから急に怖くなったのか?」

 ははっと笑い、クルスが私の涙を指先で拭ってくれる。愛おしそうな瞳を向けられたのに下着の濡れが広がった気がする。
「…… いい匂いがし始めましたね。どうやら始まったみたいだ」
 獣耳を背後からエルナトに噛まれた。
 何が始まったというのだろうか?と一瞬不思議に思ったが、何もかも未経験だというだけで、知識すら無い子供でも無いからかやっとこの体調変化の理由がわかった。

「「——発・情・期」」

 同じ声、同じタイミングでエルナトとクルスがニタリと笑う。
 全てに合点がいき、小水かと思って恥じたコレがもっともっと羞恥に塗れたモノであると理解した瞬間、体の変調が更に悪化してしまった。無意識のうちに蓋をしていた何かを一気に解放してしまったみたいな感覚だ。
「そうそう。月下香の香りには、獣人型の発情を促す効果があるんですよ」と、エルナトの声が弾む。
「良かったな。もし万が一上手いこと帰還出来ていたら、今頃その熱を発散する術が無くて延々と苦しむ事になっていたぞ。そこまでの熱は、獣人型同士がまぐわうくらいでしか発散し難いモノだからな」
「や、やだっ」
 こんな熱知らない。漏らしたのだと勘違いしてしまう程に溢れ出る蜜に不快感を覚える。肌の全てが過敏に彼らの体温に反応して震えてしまうし、思考する力が段々と低下していく。クルスの言う通り、元の世界に戻ってしまってからこんな状態になっていたらと考えると、心底ゾッとした。

「愛していますよ、七音。僕ならその熱を溶かしてあげる事が出来る」
「このまま此処に残って、俺の隣で永遠に…… この愛に応えてくれないか?」

 息が詰まる程の背後からの力強い抱擁。
 熱っぽい視線を向けられながらの頬を包む優しい手。

 一人分の意思から向けられているらしい二人分の愛情で、帰還を切に願っていた気持ちが揺らいでいく。家族からの愛情とは全く違う、激しい情愛が心地いい。この昂る熱をどうにかしてくれるという甘い言葉も嬉しくてならない。

「…… 俺達はもう番だ。離れるだなんて言わないでくれ」

 ゆっくりと近づいてくるクルスの端正な顔立ちにうっとりと瞼を閉じてしまう。“番”という言葉に魂までもが歓喜に震えている気がしてしまうのは、獣人型という器に魂が収まっているからだろうか。
「んっ。あ…… 」
 閉じていた唇を押し開き、クルスの舌が割り入ってくる。大人な口付けなのに驚くよりも、嬉しさの方が勝ったのはきっと発情期のせいだ。

「“ヨミガエリ”はどうしたって遅発情になってしまうんで、他の獣人型よりも発情状態が重いんですよ。…… って、もう聞こえてませんね」

 弾む声でそう言い、エルナトが私の着ている服の前ボタンをゆっくりと外していく。抵抗する気なんか起きず、クルスの与えてくれる快楽に我が身を任せ、もっともっとと自ら舌を突き出した。
「あぁ…… 気持ちいい。君の舌はこんなにも熱いんですね。唾液は甘くって花の蜜みたいだし、すべすべした八重歯も舐めていて気持ちいい…… 」
 エルナトの声が興奮気味だ。彼らは感触をも共有しているのかと思うと不思議な気持ちになってくる。

 最初から全てわかっていて、監視下の元で踊らされ、結局は彼の思い通りに全てが収まりそうな状況なのに二体が与えてくれるこの熱と淫猥な行為のせいで思考力が益々消えていく。
 そんな中、必死に思考回路を繋げて呆然と考える。心を尽くして説得に成功し、もし元の世界へ帰っても、そこに待っているのは居場所の無い現実だ。死んでいる人間が別の姿で戻っても行き場なんて無い。きっとどう足掻いたって、その事実は変わらない。ならばもう…… このまま此処で彼に身を任せ、愛に溺れ、過剰な愛情に包まれている方がずっとずっと幸せな気がしてきた。

「愛してますよ、七音」
「ずっと、ずっと傍に居るから、いつか俺を愛してはくれないか?」

 彼の懇願する声で心が歓喜に震える。だけど、『私も』と言える程気持ちは彼に追い付いてはいない。いや…… 一生無理な気がする。だけど、そんな気持ちに近づく努力はしてもいいかも、と薄れゆく思考の中で考えた。
 理性からも手を離し、目の前に居るクルスの首に両腕を絡め、ぎゅっと抱きしめる。嬉しそうに私の名前を呟きながら抱擁を返してくれ、エルナトも背後から私を挟み込む様に抱き返してくれた。二人分の熱が私の中に常時あった疲労感を拭い取り、愛情で埋めてくれる。獣の様に発情していようが、未経験の愛欲に抱かれる事に多少の不安が付き纏うが、彼となら堕ちるのも悪くないかもしれない。
 三人分の体が絡み合う様子は愛と呼ぶには歪なものかもしれないが、それでも私は…… 彼の手を取ると決めた。


【終わり】
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