愛と呼ぶには歪過ぎる

月咲やまな

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【最終章】

【第八話】捕捉①(雨宮七音・談)

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 魔塔経由でとなれば高額な使用料を請求される事で悪名高い瞬間移動魔法を使われ、私達三人は即座に魔装具店へと戻って来た。
 そんな刹那の瞬間、私の脳裏に過ったのは映画館で観たマフィアの拷問シーンだ。古くて頑強そうな鉄製の椅子に手足を拘束された状態で座らされ、色々問い詰められるというものである。爪を剥がされたり、手を銃で撃たれたり、ビニール袋を頭から被せられて呼吸を奪われたり——などなど。苛立ちの上に笑顔という仮面をつけた二人から言い訳を求められているのだ、無理も無いと思って頂きたい。
 そんな身の毛もよだつ場面ばかりが次々と浮かんだのに…… どうして私は、『今こんな状況にあるんだろう?』と、真っ赤に茹で上がった顔で不思議に思った。

「あ、あの…… 」
「んー?」
「ん?」

 目の前に座るクルスと目が合ったが、私は「いえ、すみません」と小さくこぼし、さっと即座に目を逸らす。
 とてもじゃないがこの体勢で彼を直視は出来ない。恥ずかしい、恥ずかし過ぎる!

 部屋に常備されている月下香のポプリ。その香りのせいでむせ返る程の甘い匂いを漂わせている寝室のベッドの上で、ヘッドボードに寄り掛かってエルナトが座っている。私はそんな彼の脚の間に脚を投げ出した体勢で座らされ、背後から伸びてきたエルナトの腕で上半身を羽交締めにされている状態だ。
 一方クルスはといえば、こんな状態にされている私の脚と脚の間に片膝を立てながら腰掛け、じっとこちらの様子を観察しつつ足首から太腿にかけてゆるりと素肌を撫で上げていた。ただでさえ体調不良のせいで肌が過敏になっていいるのに勘弁して欲しいと心底思う。だが止めて欲しいと訴えようとした言葉は、クルスのやけに熱っぽい瞳のせいで、本来言うべき二の句を紡ぐ事は出来なかった。

「——で?」
「『で?』とは…… 」
「言い訳くらいは、聞いてあげてもいいですよ」とエルナトが背後から囁く。耳元で吐息混じりに言われ、肌が粟立った。なのに同時にかっと全身が熱を持っち、その差に体が勝手に驚いたのか、くらっとして頭が少し揺れる。

 …… 言い訳、か。

 事情を説明して了解を求めたり、物事の道筋を説明する行為なのに、どうもマイナスイメージが先に立ってしまい言葉が出てこない。『言い訳すんな!』と職員室で説教されている同級生の姿をふと思い出し、余計に怖気ずいてしまった。ずっと優等生として生きてきたせいで叱られ慣れしていない弊害かもしれない。

『家族が待っているから、早く帰らないといけなかったんです』

 そんな本心をそっと胸の奥に飲み込む。
 衣食住と仕事までくれている彼等に挨拶も無しに元の世界へ帰ろうとしていた不義は、どんな言葉や理由を並べても償いきれるものではないだろう。ましてやこの二人は、何故か私を妻にと望んでくれたヒト達なのだから。
「こんな体で無茶をして…… 」とこぼし、背後からギュッとエルナトが強く抱き締めてきた。クルスが目の前にいるのに!と焦ったが、彼が気にしている様子がまるで無い。それどころかクルスは私の穿いているスカートから伸びる膝に顔を近づけ、頬擦りをしだしているじゃないか。
「——っ!?」
 普段の落ち着いた姿からはとても想像のつかないうっとりとした表情をしながら頬で膝を撫でられ、ずくんと下っ腹の奥が疼いた。心音が早くなり、体の熱が一向に引いてくれない。驚きと体の変調のせいで声が益々喉から出てこなくなる。

 止めないと!

 と頭では思っているのに体は不思議と彼の行動を喜んでいる気がして、頭の中は軽いパニック状態だ。

「…… 黙秘、ですか?そうですか、そうですか」

 何も好きで黙っているわけではないのだが、今口を開けたら変に甘い色を持った声が出てしまいそうな気がして、キツく引き結ぶ。怒りを買っている状況なのにそんな場違いな声なんか二人には絶対に聞かせたくはない。なのにエルナトは拘束を解いてはくれず、クルスも勝手に私の素肌の感触を楽しみ続けている。
「七音が、元の世界へ帰りたがっている事には前々から気が付いていましたよ」

 やはりそうか。

 更地に迎えに来られてしまった時点で何となくそうだったのだろうなとは思ったが、合っていた事にガッカリした。本心を全然隠せていなかった迂闊な自分が許せない。これだったらいっそ『帰りたい』と伝えて助力を仰いだ方がマシだった様に思えてくる。短い期間だったとはいえ、自分なりに頑張っていたから玩具の人形みたいに彼等の手の上でただ踊っていただけだっただなんて簡単には認めたく無かった。

「七音を止めなかったのは、足掻きに足掻いて、やり尽くしてからの方が『自分は元の世界には決して帰れないんだ』と、諦めがつくと思ったからです」
「もし七音が先に雇用契約書を破棄していたら、その時点で止めるつもりだったんだ。でも君は、そんな体で元の世界に戻って一体どうする気だったんだ?」
 エルナト、クルスの順に本心と疑問をぶつけられた。
 そしてクルスの言葉に合わせるみたいにエルナトが私の猫耳に触れてくる。確かに今の私の姿は獣人型なせいで猫耳や尻尾がある。これらは元の世界では仮想空間でもないと絶対に存在しない類の存在だ。魔法で姿を一時的に変えるくらいは可能だが、素でこの容姿は、最悪研究対象とされてしまうだろう。
「姿を変えるくらい魔法で出来ますから、元の容姿になればいいかな…… と」
 得意な魔法とは言い難いが、今の自分ならば永続的に変えることは可能だろう。もし難しくても、ヴァイスに勧めたみたいに幻覚を見せ続けるという方法もあるしと楽観視していた。なのにそんな私の言葉を聞き、エルナトとクルスが大袈裟な仕草をしながら大きな溜息をこぼし始めた。

「七音は知らなかったみたいですね、“ヨミガエリ”は容姿を誤魔化す事が出来ないんですよ」

「…… え」
 目を見開き、絶句する。古書店から借りている本にそんな事書いてあったろうか?と不思議に思ったが、よくよく考えてみると、“ヨミガエリ”のページは熟読したとは言い難かった事を思い出した。帰還例が無い事を知った辺りから正直あまり記憶していない。あぁ、もっときちんと読み直しておけば良かった。
「獣化は可能だが、何故かそれ以外の容姿を誤魔化せる類の魔法系が全く使えないし、効かないんだ。だから仮面はとても重要なアイテムとして利用されている」
「じゅ、獣化?」
「気が付いていなかったのか?“ヨミガエリ”はベースになっている獣に変化出来るんだぞ」

 何らかの救済処置、だろうか?
 獣化出来れば魔物や獣人型達から逃げられるシーンも多そうだ。

「でもまぁ、獣化出来ようがこの状況は何も変わらんだろうな」
 クルスの指摘が正論なせいでまた言葉を失ってしまう。私はペットとして家族の世話になりたい訳じゃない。弟妹や祖父母の面倒を見る為に戻りたかったのだから。

「…… そもそも、良識ある家庭ならもう、七音の葬儀も埋葬も終わっているのでは?今更七音が帰って来ても、幽霊扱いが関の山でしょうね」

 エルナトの指摘で一気に全身の血の気が引いた。鏡で見ずとも顔色は真っ青に違いない。でも…… 確かにその通りだ。本にも“ヨミガエリ”が発生する条件は、同じ魂を持った並行世界の住人が同一のタイミングで死んだ時、その魂をこの世界の器の中に押し込んで創るといった感じの事が書かれていたじゃないか。

 “ヨミガエリ”。
 それが“黄泉から帰って来た者”を指す言葉なのだと今更腑に落ち、私は顔を上げる事が出来なくなった。
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