愛と呼ぶには歪過ぎる

月咲やまな

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【最終章】

【第四話】カイトから送られて来た荷物

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 エルナトが運んで来た荷物を受け取り、七音が「ありがとうございます」と礼を言った。薄茶色をした紙に包まれたそれは持っただけでこれが書籍であるとすぐにわかった。光り輝いた魔法製の蝶を介してボイスチャットの様なやり取りを三人でした時に話していた品だろう。『禁書・禁忌指定されている本らしいのに…… 宅配便で送るなんて不用心過ぎやしませんか?』と七音は思ったが、心の中だけに留めた。
 空いている席にエルナトも腰掛けると、クルスがもう一杯分のお茶をカップに注ぎ入れ終わっていた。
「その荷物、ネコの宅急便が届けてくれたんですよ。久しぶりに見たけどとっても可愛かったです」
 ジャスミンの香りをくんっと少し嗅ぎ、ゆっくりお茶を飲みつつエルナトが教えてくれた。

(何なんですかその魅惑的な響きは)

 鳩が文書を届けてくれている世界だ、もしかしたら本物の猫が荷物を運んでいるのでは?と想像して七音の心が躍る。是非とも色はクロネコでお願いします、何てくだらない事を思いながら「次はいつ来ますか?」と前のめりになりつつ七音はエルナトに訊いた。

「ははは!猫、好きなんですね。御自分の耳や尻尾だって充分可愛いのに?」

 からかい混じりの声でそう言って楽しそうにエルナトが笑う。その直後、七音を中心として左右の両方から片腕ずつが伸びて来て、彼女の獣耳を軽く掴んだ。

「——ひゃんっ!」

 エルナト、クルスの二人が同じタイミングで触れてきたせいで変な声が出てしまった。七音の赤い毛色をした尻尾がボワッと膨らみ頬が赤く染まる。
「は、離して下さいぃぃっ」
 半泣きになりながら七音が懇願すると、意外にもパッと同時に手を離してくれた。浅い呼吸を繰り返しつつ、七音が自分の両耳を両手で押さえる。今までだって何度か触られているのに、今回はいつも以上に全身がざわついた。下っ腹の奥が変に疼く感じもするし、バクバクと心臓が跳ねる。

(な、何?コレ…… )

 動揺が隠せない。なのに、明らかに様子のオカシイ七音に対し、普段だったら『どうかしたのか?』と訊きそうなのに、二人がその言葉を口にする気配は無かった。ただクスッと意味深に笑い、クッキーを手に取って齧ったり、お茶を楽しむ。実は彼女の体調不良の理由を彼が既に知っているからだとは、七音は夢にも思っていない。

 何度も深呼吸を繰り返し、やっと体が落ち着いてきた。七音は何事もなかったフリをしながら本を包む包装を丁寧に剥がし、中から取り出して鈍色をした表紙をそっと撫でる。禁書故なのかタイトルは削られていて読み取れない。だがそんな破損を差し引いても褒めたくなる程装飾がとても丁寧で、いかにもお高そうな印象だ。もし紛失でもしたら…… そう考えるだけでゾッとする。すると逆にちょっとだけ体調が回復したのだから、なんとも不可解な体調不良だ。
 それはさておき——

(中身が、き、気になるっ)

 元の世界への帰還方法がわかるかもと思うと本の内容が気になってしょうがない。だが『何の本が届いたんですか?』と訊かれでもしたら困る。読みたい欲求と心の中で小さな戦闘を繰り返していると、エルナトが「——さて」と不意に一言こぼした。
「充分休憩も取れましたし、僕はポプリ用の花を集めてから、枕でも干すとしましょう。今日は天気がいいですからね」
 確かに、と七音も顔を上げて遠くの空を見渡した。栄えた地域は全て高層ビル群ばかりの世界で生まれ育っているからか、澄んだ空がどこまでも広がっているこの光景の何と珍しい事か。
「じゃあ俺は家庭菜園で収穫でもしておくか。しばらくは…… 作業出来そうにないからな」
 そう言うクルスの顔が随分と嬉しそうだ。

(しばらく収穫作業が出来ないなんて、遠征任務でもあるんだろうか?)

 と、七音は不思議に思った。『お出掛けですか?』と声を掛ける前にクルスは立ち去り、エルナトが二人で使ったカップを片付け始める。七音がおかわり出来る様に保温ポッドなどはその場に残し、トレーの上に使用後の食器を乗せた。
「お昼ご飯の用意が出来たら声を掛けますから、七音はこのままゆっくりして下さい」
 ニコッと微笑んで、エルナトも早々に家の方へ戻って行く。

(コレは…… 自由時間というものよね?しかも、そこそこ長い)

 七音は心の中だけでガッツポーズを取ると、何の憂いもなく届いた本を読む事が出来ると喜んだ。
 早速、鈍色の古書を開いてひとまず一通りざっくりと目を通す。文字は何とか読めそうだが、正直言ってかなり難易度は高そうだ。神や悪魔といった信仰に関するものや、召喚について主題になっているっぽい。本当にこれが帰還のヒントになるのだろうか?と不安になってきたのだが、後半の方へいくと付箋の貼られたページが増えてきた。きっとこれらはカイトが貼った物だろう。転移魔法に関してや、多彩な魔法陣の術式なども書き込んだメモも挟んである。こっちは多分ヴァイスの文字だ。もしかしたら七音に送る前に一度、ヴァイスにも目を通してもらったのかもしれない。彼は七音よりもずっと魔法には詳しそうなので、彼女にとってはとてもありがたい工程だった。

(でも、古書に付箋は貼っちゃぁ駄目でしょ…… )

 瞼を閉じ、呆れ顔になりながら『古書なのに、紙が駄目になったらどうするんだか』と思ったのち、七音は書かれている文章に視線を戻した。
「そっか。…… あぁ、なるほど?…… でもコレは転用するにはちょっと…… 」
 ブツブツと呟きながらも本を読み進めていく。ピンポイントで答えとなるものが書かれている訳ではないが、帰還に必要なパズルのピースが徐々に集まっていく感覚をありありと感じ取れる。
 最初は宗教色の強い魔法書の類かと思っていたが、付箋の貼られていた辺りには科学の発展していない世界にも関わらず量子力学に近い知識をベースとした多世界解釈に関しても書かれていて実に興味深かった。一通り読み終わった頃にはもう、『これならいけるかも!』と力強く断言出来る術式を思い付くまでに至る程に。

 並行世界は全て同一空間上に重なり合って存在しているものだから、双方に干渉出来る繋がりを無理矢理作るという方法を取ろうかと思う。無限に存在している並行世界ではあるが、私は此処と元の世界しか認識していないから他の世界には干渉出来ない。そもそも、並行世界は理論的には存在を否定出来ないと言うだけで観測不可な関係うえ、本来は行き来する事など不可能な世界なのだ。今回七音がした経験は神隠し並みの、例外中の例外と言える。なので間違って此処とも違うまた他の並行世界へ繋がってしまう心配は絶対に無いだろう。
 一番簡単な帰還方法は、魂のみを分離させて自分同士の中身だけを入れ替える方法だが、今自分本来の体がどんな状態なのか知りようが無いから避けた方が良さそうだ。

 帰還の安全性を高める為、出来れば向こうとこちらとで道標になるを用意しておきたい所だ。だが、どちらにも存在する物となるとなかなか思い付かず七音が唸る。身一つで来ているから荷物なんか無い。あ、でも——

(そうだ、フクロウのガラス製の置物っ)

 “ナナリー”の部屋で見付け、監視装置に改造したガラス製の置物の存在を思い出し、七音の顔がパァッと明るくなった。しかも彼女の住んでいたアパートの位置は実家の所在地と同じ場所だ。好条件が二つも揃っているではないか。
 ガラスの置物を早めに回収し、魔法陣を展開する場所はあのアパートにしよう。今あの部屋は空室になっているし好都合だ。問題があるとすれば、一人で出掛けねばならない点か。
「…… ん?」

(まさに、今がそのチャンスなのでは?)

 ハッと気が付き、即座に周囲を見渡す。エルナトもクルスの姿もなく、目視出来る範囲には七音一人の状態だ。行くなら今しかないのでは?と考え、唾をごくりと飲み込む。先にこの術式がちゃんと合っているかをヴァイスに確認してもらいたい所だが、はたしてそこまでの時間はあるだろうか?
 緊張で煩くなっていく胸元をぎゅっと掴み、思案する。
 時間は無い。迷っている時間も返事を待つ時間すらも惜しい。間違っていても死ぬ訳じゃないし、ここはもうぶっつけ本番で挑むしかないのでは?と心が逸る。七音は椅子からすくっと立ち上がると、古書を抱きしめ、このチャンスを逃してなるものかという一心で私室へと急いで戻って行った。

 その様子を、寝室の窓の奥からエルナトが仄暗い笑みを浮かべながら見ていたとも知らずに。
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