愛と呼ぶには歪過ぎる

月咲やまな

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【最終章】

【第一話】二人の友人(七音・談)

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 精肉店の裏手での一件から、数日が経過した。
『——んでね、この間アカデミーが貯蔵している禁忌の魔導書をしまっているエリアに入れたから、七音が使えそうな本を近々送るよー』
『おい。よくそんなエリアに入れたな、お前はヒト型だろう?…… お前の事だ、ロクな方法じゃ無さそうだな』
『あはは。まぁいいじゃないか方法なんてさ』
 そんな話をしているのは、カイトとヴァイスの二人だ。しかも何故か私の部屋で、ボイスのみの状態である。

 商店街の一角にある魔装具店の最奥に用意された私の部屋の窓はほとんどがはめ込みタイプで、換気用の細長い窓が上の方にあるだけだ。普段は掃除の時くらいしか開けないのだが、今は開いたままになっている。そこから五分ほど前に、風とともに蝶の形をした光が二頭入って来て、『やあ!』『久しぶりだな』と話し始めた時は心底驚いた。聞いただけですぐに声の主がわかったが、こんなボイスチャットみたいな事をこの世界で出来る相手がいるとは思っていなかったからだ。しかもこの行為はちゃんとエルナトとクルスの許可を貰ったうえのものだとカイトから聞き、私は二度驚いた。

『ボクらはどっちも結婚とかしているからね、だから君の友達になってもいいってカストルに許可をもらえたんだ』だ、そうだ。

 何でも、下手に嫉妬深い生き物に変貌する可能性のあるこの周辺の女性達と友人関係になるよりもずっと、“絶対に七音に惚れない確信のある男”が友人である方がずっと安全だと考えた結果らしい。ちなみに、独身の男性なんか以ての外なんだとか。

 女性達への警戒心はわかる。だが独身男性への警戒心は別に不要では?私はモテたりなんて現象とは無縁なのに——と、話を聞かされた時には思っていたのだが、心でも読んだみたいにカイトから即座に、『今の君ってモテ顔だって事忘れてるでしょ』と言われて、今の顔を思い出した。

 そうだった、今の私はモデル体型なうえに猫耳属性付きの赤髪美女だったんだった。

 どうも元の姿で過ごしていた期間が長過ぎて、こっちの世界でのこの容姿にだけはまだ馴染めない。身長の変化による距離感の違いや、匂いや音の違いを敏感に察知出来る事にはすっかり慣れてはきたのだが、美人であるという事を自覚するのは相当度胸が必要な気がした。現状がどうであろうと、自画自賛したり自惚れたり出来る土台が自分には無いからだ。
 今でも毎日、『好きですよ』と朝の寝ぼけ顔をしたエルナトから幸せそうな顔で言われたり、掃除中にはクルスから壁ドンされながら『俺の番はお前だけだ』と熱烈な視線を贈られつつ宣言されたりしているというのに、こればかりは簡単にどうにかなるものでは無いらしい。

 ——などと、少し前の出来事を思い出しつつ、冒頭の会話に対して「そうですね…… 方法を聞いちゃったら同罪になりそうなので、このまま黙っていてくれるとありがたいです」と返事をした。
 正直な所、本当に心からカイトを友人だと思っている訳ではない。異世界人でもある獣人のヴァイスは厳つい見た目とは反してヒトの良い雰囲気があるおかげですぐに信頼出来る様になったのだが、カイトの方は果てしなく胡散臭さがつき纏っている。

 彼は元々並行世界から来た人間で、私と同じく“ヨミガエリ”という形でこの世界へ来た事。
 とある出来事のせいでもう一人の魂を失い、ヒト型に転じてしまった事。
 元々は蛇の獣人型であり“ヨミガエリ”でもあった身のおかげか身体能力は相当高く、それに加え前々から使えていた魔法が今でも使える事などなど——

 他では到底話せないであろう秘密まで私とヴァイスに教えてくれているのに、それでも。彼の妻である更紗にすら教えていないとても大事な話らしいのに、信頼出来ないままなのはどうしてだろうか。
『それがいいねー』
 明るい声で言った後、『まぁ管理者達にバレて事件に…… 何て失態はしないけどな』と、すっと冷めた声でカイトがこぼす。こういう一瞬一瞬のせいで彼の人柄が掴めないのだと、私は改めて思った。

『そうだ。この間ナナリーが送ってきた術式を擬似的に試してみたんだが、あれじゃ空中分解を引き起こして発動すらしない結果になっていたぞ』
『わぁ…… あれも駄目ですか。じゃあもう転送技術とか、時空転移とかの発想を組み込むしかないのかな』
 ブツブツと独り言を言いながら、目の前に広げてある紙に術式を色々書き込んでいく。元の世界へ戻る方法を多々考えているがどれも上手くいかず、前途多難のまま一歩も前に進めていない。
『必死だねぇ、七音は』

 カイトは私を、本名である七音と呼ぶ。

 裏路地での一件の翌日。魔装具店に客として訪れたはカイトは会ってすぐ、彼が“ヨミガエリ”であった過去を私に教えてくれた。その時に、逆にこちらが“ヨミガエリ”である事を指摘され、そうだと話した流れで本名もセットで教えてしまってからずっと。

 嫌ではない。

 むしろ自分はあくまでも“七音”なのだと再確認出来る気がして嬉しいくらいだ。
 ヴァイスは初対面の時に“ナナリー”だと自己紹介しているため、そのままの呼び方である。最後の音を伸ばすか否かの差なので、カイトが私を“七音”と呼ぶ事に対しては特に何も思っていないっぽい。そもそも彼の婚約者である竜紀以外への興味が薄いので、違いがあると気が付いていない節までありそうだ。

「お二人は何か良い術式とか、参考になるものとか知りませんか?」
 頬杖をつき、机をトントンと叩きながら二人に問い掛ける。『んー』と揃って唸った後、先に答えてくれたのはヴァイスの方だった。
『無いな。オレ達の使う魔法はその星の地脈や天脈などと魔力を介して仲良くなり、イメージ通りの状態を現実化させてもらっているといった感じなんだ。火や水といった属性に対してイメージを具体的に伝える為に術式という手段を利用しているだけで、きちんと具体化出来るならそれ程術式は重要じゃない』
「そ、そんな…… 」

 羨まし過ぎる。

 それで良ければもっと楽に術式を組めるだろうに。
『ボクの場合はね、「黙ってオレの言う事をきけ」って念を込めるだけで使える感じだね。代わりに二人みたいに傷を治したりとか、空を飛んだりみたいないかにも魔法ですってのは使えないけども。まぁ、元々精神系の魔法しか使えなかったからかな』

 …… アレ?カイトの方は何で全然羨ましいと思えないんだろう。

 ヴァイス以上に楽そうな魔法の使え方だというのに。真っ黒な何かが声の端々から見え隠れしているからだろうか。
 いずれにしても二人の方法は参考にならない事が分かった。これはもう、カイトが近日中に送ってくれるらしい禁書の到着を待つしかないか。
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