72 / 86
【第五章】
【こぼれ話】執心男子の回想③(カイト・談)
しおりを挟む
重い瞼をゆっくり開くと、よく見慣れた自室の寝室の天井と共に明るい日差しが飛び込んできた。
『…… あぁ、そうか』
思い出した。教会でサラサとの初夜を迎えた後、寝室に場所を移したのだったな。
サラサが気を失っても尚彼女をずっと抱き続け、欲望の全てを吐き出してから自分も眠りについた頃にはもう、柔らかな暁の日差しがカーテンの奥を染め始めていた。まだ薄ら暗い室内に置かれた大きめのベッドの上でぐったりと倒れているサラサの左手を取り、結婚指輪代わりにと彼女の薬指に血が出る程の噛み跡をつけた事に満足して、自分も布団の中に潜った。
昨晩は本当に…… 最高だった。
全てはこの一言に尽きる。
本能にどっぷりと溺れながらサラサの体を存分に貪り、必死に快楽に対して抗おうと踠く姿に酔いしれながら飲み込む彼女の涙は最上級の美酒にも等しかった。否応無しに痴楽を感じてしまい、心と体がバラバラになって堕ちていくサラサの痴態は、今まで何度も見てきた、痛みに泣き苦しむ姿やおどおどとした仕草などといったどの表情よりも素晴らしく、卓越していて、オレの心を易々と完全に支配した。自分の全てを鷲掴みにされる感覚が心地いいと感じられる日が来るとは驚きだ。今までの加虐行為はお遊びでしかなかったのだなとまで思えるとは。
優しく肌を撫であげ、悦楽に震えたサラサの耳朶を強く噛んだ感触。白い柔肌に所有印を無数に残し、花弁がその身の上に散り落ちたみたいになった艶姿——
少し思い出しただけでもこの身が沸る。…… もっと早くに気が付いていれば良かったなと強く後悔したが、もう彼女を娶ったのだから、この先たっぷりと楽しめば良いか。
そんな事を考えながらごろんと寝返りをうったのだが、何故か、隣に居たはずのサラサの姿が無かった。もぬけの殻と化した箇所に触れるとすっかり冷たくなっている。彼女がベッドから抜け出してからもう随分と経っているみたいだ。となると、風呂などではないのだろう。
『勝手に部屋へ戻ったのか…… 』
着替えでも欲しかったのだろう。それなら自分の部屋に戻っているに違いないと考え、オレは室内に置かれているベルを鳴らし、執事を呼び出した。
『サラサをすぐに連れて来い。部屋に居るはずだ』
指示を聞き、会釈してから執事が退室する。彼女が来るまでの間に軽く沐浴をして着替えを済ませたのだが、いつまで経ってもサラサが来ない。
どうしたんだ、彼女は自室じゃなかったのか?
不思議に思いながら寝室のドアを開けて廊下に出ると、バタバタと使用人達が青い顔をしながら屋敷中を駆けていた。
『騒がしいな、何があったんだ?』
一人を呼び止めてそう訊くと、『クリシス様が何処にもいらっしゃらないのです。その…… サラサ様も部屋にはおられず、今お二人を探している所でして…… 』
『サラサも、なのか?』
クリシスはオレが処分を下したから居なくて当然だが、サラサもとなると話は別だ。失敗したな、昨夜のうちに【永遠にオレの傍に居ろ】と言っておけば良かった。
軽く舌打ちをし、『早く探し出せ。庭や地下室、屋上も見て来るんだ。見付けたら執務室へ来る様に伝えろ』
『は、はい!』
指示を出し、一足先に執務室へと向かう。まだかかるだろうと思いながら仕事机の引き出しにかけてあった鍵を開けたのだが、同じタイミングで部屋の扉が勢いよく開き、いつも冷静な執事が真っ青な顔をして『カイト様!大変です!』と大声を荒げた。息を切らせ、汗の滲む額を手袋をしたままの手で拭う。
『騒がしい、どうした?』
『サラサ様が!庭で、首を——』
◇
遺体を前にしても不思議と心は凪いでいた。目の前の遺体がサラサだというのにだ。妻にした女なのだから、悲しい、苦しいなどといった感情に支配されるべきなのだろうが、何も感じない。いじり倒した玩具が壊れ、『もう部品が無いから直せないね』と言われたくらいの感覚だ。
執務室に遺体を運ばせたばかりであり、白い布で全身が覆われていて顔が見えないままだから、いまいち眼前のコレがサラサの遺体なのだと実感がわかないだけだろうか。この部屋に、今は一人だ。何故こんな事をしたんだと泣き叫んだとしても誰からも何も思われないというのに、死とはこんなものなのかと考えてしまう。
彼女の傍に近づき、絨毯に膝をついて布を少しだけ捲る。遺体からする様々な異臭に対し顔を歪めていると、遺体の左手に違和感を抱いた。気になって更に布を捲り、その手を取ってみる。
『…… 薬指が、無い?』
破損していて、左手の薬指だけが根本から綺麗さっぱり無くなっている。周囲に落ちているという事もなく、獣に食われていたなどといった報告も別段受けていない。となると、可能性として考えられるのは——
『まさか…… 自分で、切り落としたのか?』
答えはわからない。だからコレは一つの考えでしかないが、そうかもしれないと考えただけでゾクッと、全身が歓喜に震えた。この指は昨夜オレが結婚指輪代わりにと噛み跡を残した箇所だ。その指をサラサ自身が切ったとなると、そこから読み止めるのは——
彼女からの激しい拒絶。衝動的にナイフで切り落としたと考えれば納得も出来る。
『そんな事が、君にも出来たのか』
僥倖で顔がにやけ、抑えがきかない。
『寸前までお前は、オレの事だけを考えながら死んでいったんだな』
憎しみや恨みつらみだろうが一向に構わない。…… あぁ、嬉し過ぎてどうにかなってしまいそうだ。
その場で立ち上がり、仕事机の方へ戻る。走り書きにはなってしまったが、今後の指示を全て紙に書き留め、執事宛にと残しておいた。
『奴ならちゃんと、最後までどうにかするだろ』
机の引き出しの奥にしまってあった木箱を取り出し、中に入っていた一丁の拳銃を持って弾を込めた。安全装置もちゃんと解除する。そしてすぐさまサラサの遺体の傍に戻ると、彼女の側でまた膝をついた。息がやたらとあがって酷く苦しいのに、心地よさをも感じる。
間違いなく終えられる様に、自身のこめかみに拳銃を押し当てた。
『この程度でオレから逃げられると思うなよ?——サラサ』
一切の躊躇なく指が動き、意識が暗転する瞬間。オレは確実に、性行為時にも似た興奮で満ちた顔で笑っていた。
『…… あぁ、そうか』
思い出した。教会でサラサとの初夜を迎えた後、寝室に場所を移したのだったな。
サラサが気を失っても尚彼女をずっと抱き続け、欲望の全てを吐き出してから自分も眠りについた頃にはもう、柔らかな暁の日差しがカーテンの奥を染め始めていた。まだ薄ら暗い室内に置かれた大きめのベッドの上でぐったりと倒れているサラサの左手を取り、結婚指輪代わりにと彼女の薬指に血が出る程の噛み跡をつけた事に満足して、自分も布団の中に潜った。
昨晩は本当に…… 最高だった。
全てはこの一言に尽きる。
本能にどっぷりと溺れながらサラサの体を存分に貪り、必死に快楽に対して抗おうと踠く姿に酔いしれながら飲み込む彼女の涙は最上級の美酒にも等しかった。否応無しに痴楽を感じてしまい、心と体がバラバラになって堕ちていくサラサの痴態は、今まで何度も見てきた、痛みに泣き苦しむ姿やおどおどとした仕草などといったどの表情よりも素晴らしく、卓越していて、オレの心を易々と完全に支配した。自分の全てを鷲掴みにされる感覚が心地いいと感じられる日が来るとは驚きだ。今までの加虐行為はお遊びでしかなかったのだなとまで思えるとは。
優しく肌を撫であげ、悦楽に震えたサラサの耳朶を強く噛んだ感触。白い柔肌に所有印を無数に残し、花弁がその身の上に散り落ちたみたいになった艶姿——
少し思い出しただけでもこの身が沸る。…… もっと早くに気が付いていれば良かったなと強く後悔したが、もう彼女を娶ったのだから、この先たっぷりと楽しめば良いか。
そんな事を考えながらごろんと寝返りをうったのだが、何故か、隣に居たはずのサラサの姿が無かった。もぬけの殻と化した箇所に触れるとすっかり冷たくなっている。彼女がベッドから抜け出してからもう随分と経っているみたいだ。となると、風呂などではないのだろう。
『勝手に部屋へ戻ったのか…… 』
着替えでも欲しかったのだろう。それなら自分の部屋に戻っているに違いないと考え、オレは室内に置かれているベルを鳴らし、執事を呼び出した。
『サラサをすぐに連れて来い。部屋に居るはずだ』
指示を聞き、会釈してから執事が退室する。彼女が来るまでの間に軽く沐浴をして着替えを済ませたのだが、いつまで経ってもサラサが来ない。
どうしたんだ、彼女は自室じゃなかったのか?
不思議に思いながら寝室のドアを開けて廊下に出ると、バタバタと使用人達が青い顔をしながら屋敷中を駆けていた。
『騒がしいな、何があったんだ?』
一人を呼び止めてそう訊くと、『クリシス様が何処にもいらっしゃらないのです。その…… サラサ様も部屋にはおられず、今お二人を探している所でして…… 』
『サラサも、なのか?』
クリシスはオレが処分を下したから居なくて当然だが、サラサもとなると話は別だ。失敗したな、昨夜のうちに【永遠にオレの傍に居ろ】と言っておけば良かった。
軽く舌打ちをし、『早く探し出せ。庭や地下室、屋上も見て来るんだ。見付けたら執務室へ来る様に伝えろ』
『は、はい!』
指示を出し、一足先に執務室へと向かう。まだかかるだろうと思いながら仕事机の引き出しにかけてあった鍵を開けたのだが、同じタイミングで部屋の扉が勢いよく開き、いつも冷静な執事が真っ青な顔をして『カイト様!大変です!』と大声を荒げた。息を切らせ、汗の滲む額を手袋をしたままの手で拭う。
『騒がしい、どうした?』
『サラサ様が!庭で、首を——』
◇
遺体を前にしても不思議と心は凪いでいた。目の前の遺体がサラサだというのにだ。妻にした女なのだから、悲しい、苦しいなどといった感情に支配されるべきなのだろうが、何も感じない。いじり倒した玩具が壊れ、『もう部品が無いから直せないね』と言われたくらいの感覚だ。
執務室に遺体を運ばせたばかりであり、白い布で全身が覆われていて顔が見えないままだから、いまいち眼前のコレがサラサの遺体なのだと実感がわかないだけだろうか。この部屋に、今は一人だ。何故こんな事をしたんだと泣き叫んだとしても誰からも何も思われないというのに、死とはこんなものなのかと考えてしまう。
彼女の傍に近づき、絨毯に膝をついて布を少しだけ捲る。遺体からする様々な異臭に対し顔を歪めていると、遺体の左手に違和感を抱いた。気になって更に布を捲り、その手を取ってみる。
『…… 薬指が、無い?』
破損していて、左手の薬指だけが根本から綺麗さっぱり無くなっている。周囲に落ちているという事もなく、獣に食われていたなどといった報告も別段受けていない。となると、可能性として考えられるのは——
『まさか…… 自分で、切り落としたのか?』
答えはわからない。だからコレは一つの考えでしかないが、そうかもしれないと考えただけでゾクッと、全身が歓喜に震えた。この指は昨夜オレが結婚指輪代わりにと噛み跡を残した箇所だ。その指をサラサ自身が切ったとなると、そこから読み止めるのは——
彼女からの激しい拒絶。衝動的にナイフで切り落としたと考えれば納得も出来る。
『そんな事が、君にも出来たのか』
僥倖で顔がにやけ、抑えがきかない。
『寸前までお前は、オレの事だけを考えながら死んでいったんだな』
憎しみや恨みつらみだろうが一向に構わない。…… あぁ、嬉し過ぎてどうにかなってしまいそうだ。
その場で立ち上がり、仕事机の方へ戻る。走り書きにはなってしまったが、今後の指示を全て紙に書き留め、執事宛にと残しておいた。
『奴ならちゃんと、最後までどうにかするだろ』
机の引き出しの奥にしまってあった木箱を取り出し、中に入っていた一丁の拳銃を持って弾を込めた。安全装置もちゃんと解除する。そしてすぐさまサラサの遺体の傍に戻ると、彼女の側でまた膝をついた。息がやたらとあがって酷く苦しいのに、心地よさをも感じる。
間違いなく終えられる様に、自身のこめかみに拳銃を押し当てた。
『この程度でオレから逃げられると思うなよ?——サラサ』
一切の躊躇なく指が動き、意識が暗転する瞬間。オレは確実に、性行為時にも似た興奮で満ちた顔で笑っていた。
1
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。



人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。


甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる