愛と呼ぶには歪過ぎる

月咲やまな

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【第五章】

【こぼれ話】執心男子の回想①(カイト・談)

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 ・オルシュ・アヴァール。オレが生まれた時に両親が与えてくれた名前だ。
 この地域一体を管理する裕福な家庭に生まれ育ち、公爵の地位をも得ていたが、自分にとってはどうでもいい代物だったので自慢でも誇りでも何でもない。地位、権力、金。それらはあるに越したことはないが、だからって別に渇望する程の物でもなかった。オレにとって興味の対象は生涯ずっと——

 ・リズ・ミセリア、ただ一人だけだ。

 彼女は随分と前から同じ屋敷で暮らしていたが、オレの血縁者ではない。伯爵だった両親と親戚一同を火災で亡くし、異母姉妹である・アフア・ミセリアと共に幼くしてウチに引き取られただけの居候だ。

 黒髪に黒い瞳の平凡な容姿の姉と、色素が薄いせいで儚げな印象のある容姿の良い妹。

 二人は居候ではあるが、伯爵家の血筋だからか、引き取ったその当時から『いずれは姉妹のどちらかが公爵夫人になるのでは?』と噂されていた。趨勢すうせいを探るでも無く、軍配は端麗な妹に上がるだろうと常々言われ続けていた。だがオレはもう幼いうちから既にサラサにしか興味は無く、妹側とは挨拶程度の接点すらも持つ気は起きなかった。
 この世の不幸を一身に背負った様な真っ黒な瞳。気を抜けば、すぐにおどおどとしだす仕草。常に今にも泣き出しそうな表情をしながらも、礼儀作法はしっかりと守る、根底に根付いた律儀さ。サラサの全てがオレの加虐心をくすぐり、好奇心を掴んで離さない。

 あぁ、コレを泣かせたい。
 いたぶりたい。
 絶望に突き落とし、災厄に塗れて苦しむ姿が見たい。

 親と共に訪れた茶会で、初めて逢ったサラサに抱いた感情だ。
 幼心に感じたその衝動は我慢を知らず、当時はまだ両親と共に暮らしていた彼女の屋敷に——

 オレ自身の手で、火の手が回りやすそうな箇所に火を付けた。


 彼女を屋敷に引き込んでからは人前では努めて優しく接し、『お優しい人』だとサラサにしっかり認知させる為に、数年程待ってからオレは行動に移した。『どうして』と驚く彼女の顔を見る為だけに。

 長い黒髪を無造作に掴んで床を引きずり倒したり、階段から突き飛ばしたり。古井戸の中に突き落とし、何時間も放置した事もあった。

 突然の変貌が理解出来ずに『何故こんな事を?』と絶望し、オレを見上げて震えながら涙するサラサの姿を見るたびにゾクゾクと全身が歓喜に震えた。なんという僥倖の瞬間だろうか、と。

 この瞬間の為に自分は生まれたんだ。

 全てが全て、そう断言出来る程に重畳ちょうじょうの時間だった。
 だが、このまま放置しては正直都合が悪い。避けられてしまうし、下手をしたら逃げ出す可能性だってある。なので毎回必ず、全ての記憶を『【イヤだな、オレがそんな事するはずがないだろう?君の不注意で怪我をしただけだよ】』や『【気のせいじゃないかな】』などと言い、サラサとその周囲の記憶を書き換えた。

 コレは自分だけが持つ特殊能力だ。

 “人を強制的に操る能力”と、“記憶を書き換える能力”がオレにはある。それは言葉であったり視線を使う事で発動し、後で知ったのだが、この力は魔法の一種だそうだ。自分の育った世界ではそういった能力のあるものがオレ以外には居なかったので知らなかったのだが、違う世界に来た今なら納得出来る。


 優しく接して甘えに甘えさせ、そこから絶望に叩き落とし——
 そして、それらを全て無かった事にする。

 繰り返されるその行為に誰も違和感を覚える様な事は無かったのだが、サラサだけは違った。記憶の書き換えは出来ているのに、何故か緩やかに彼女の心が壊れていった。体に残る加虐の痕跡のせいかもしれない。最初はそう考えたのだが、どうやらサラサには魔力に対しての抵抗力があったみたいだ。幸にして強い力ではなかったおかげでほぼ問題は無かったが、小さな差異は心に影響していき、サラサが感情を揺らす事が極度に少なくなってしまった。

 コレではつまらない。
 彼女の泣き顔だけがオレの心を揺さぶり、高揚させるのに。

 どうすればいいのか考えに考えたのだが、何も妙案が浮かばないまま、姉妹達は成人の時期を迎えた。
『…… 婚儀、か』
 公爵という立場上嫁を迎え入れ、アヴァール家を存続させる為にも世継ぎが必要だ。

 あぁ、そうだ。婚儀を利用すれば…… 。

 くくっと笑いが自然と込み上げてきた。
 執事を即座に呼び出し、婚姻の準備を進めさせる。この強い衝動を満足させる為にも婚儀は少しでも早い方がいい。本来ならば準備に一年かける場合もあるが、どうせ末路は決まっている。来賓も呼ぶ気は無いし、急がせれば数ヶ月で執り行えるだろう。

『サラサを呼んで来てくれ。大事な話がある、と』

 婚儀を行うと決めた日からは暫くは怒涛の様に忙しかった。公爵家の婚姻の相手となったのは姉のサラサであると屋敷内には周知させたおかげか、彼女への周囲の当たりが一気に改善され、少しだけ顔色が良くなった気がする。どうせ妹が花嫁に選ばれるだろうと高を括っていたクリシス本人や使用人達からサラサはずっと冷遇されていたのだから、今まではかなり生きづらかっただろう。そのおかげでより一層、普段はオレに依存してくれたのだから、当時は周囲のその扱いを変えさせる気などさらさら無かったのだが…… 今思えば、自分以外にまで冷遇されていた事実が腹立たしい。

 正式な日取りが決まり、準備も順調に進み、衣装合わせや装飾品選びに珍しく心を弾ませるサラサの姿を見られてとても嬉しく思え、自分にもこんな感情があるのかと日々驚きの連続だったが…… 末路を変える気は無い。

 心を真っ黒に染め上げて嘆き苦しむサラサの姿を早く見たい。

 その一心でオレは、婚儀の日を指折り数え続けた。
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