愛と呼ぶには歪過ぎる

月咲やまな

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【第五章】

【第十話】不幸な再会(更紗・談)

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 同じ商店街の中にある魔装具店での買い物を終え、勤め先である精肉店に戻って来てから少しの時間が経過した。
 今朝の出勤時、私は仕事を十日間も無断で休んでしまったと思っていたので朝の挨拶をしてすぐに平謝りしたのだが、何でも、私に対して夫だと自称しているカイトから『妻が高熱を出しているので休ませる』と直接言いに来ていたらしい。私の部屋には魔法通信具が無い為、多分、私がベッドで気を失っている隙にでも店に行っていたのだろう。…… 何とも抜かりないヒトだ。

 そもそも風邪などではないので全く心配いらないのだが、本当の事情を店主夫婦に説明なんか出来るはずがなく。店主の奥さんである蓮華れんげさんに散々『病み上がりなのに』と心配され、二人からの御厚意で今日は休憩時間を多めに貰えている。そのおかげで隙間時間を使って魔装具店にも行けたし、体調は…… 腰以外は本当にどこも悪く無いので、ここからの時間は休んでしまった分を取り返さねば。

「そうだ。その作業が終わったらでいいから、そこにある段ボールを表に出して来てもらえるかい?そろそろ回収が来る頃合いなんだよ」

 店の奥で販売用の肉を小分けに切っていると、蓮華さんに雑用を頼まれた。「わかりました」と答え、早々に目の前の作業を終わらせ、バラバラのまま積み上げてあった段ボールを梱包用の紐で一纏めにする。自分は獣人型ではないので全てを一気には運べないが、二往復もしたら終われそうな量だ。

「よいしょっと」
 纏めた段ボールを持ち上げ、店の前に出た。大小のレンガが敷き詰められた商店街の道は朝から客で賑わい、活気に溢れている。勤め先である精肉店からは揚げたてのコロッケの匂いが立ち上り、近隣の店からは果物の甘い香りやお花、珈琲や海苔を焼く匂いなんかもしていて、ごった煮状態なのにどれもこれもいい匂いばかりなおかげで…… かなりお腹が空いてきてしまった。

 そう言えば、もうそろそろお昼になるのか。

 彼から逃げるみたいに出勤したせいで朝食を食べる余裕が無かった。腹にいれた物なんて魔装具店での待ち時間でお茶と共に出された小さな焼き菓子くらいなので腹の虫が苦情を訴えている。昔と違って、この街に来て以来三食きっちり食べていたので、お腹のコレは当然の抗議だ。いつもならこの後休憩させてもらってお弁当を、といきたい所なのだが、残念ながら今日は持って来ていない。なので近所のお弁当屋さんでおにぎりでも買って来て、売り物にするにはちょっと形が崩れてしまった揚げ物でも蓮華さんから分けて貰おう。
 よし!じゃあ、もう一仕事頑張りますか。
 そう決意し、残りの段ボールを店の奥まで取りに戻ろうとした、その時——

「姉さん!本当に…… 此処に居たんだ…… 」

 突如背後から、過去の古傷を容赦なく抉る声が聞こえ、全身が一気に凍りついた。
 ——が、気のせいだ。

 絶対にあり得ない。知らない声だ。
 私は誰にも呼ばれてもいない。幻聴だ。早く、店に戻らないと。

 声の方に振り返る事なく、でも少し小走りになりながら、私は店の中に戻ろうとした。なのに「姉さん!姉さんってば!」と、私には不快感しか与えない、でも他人の耳には聞こえの良いであろう、よく透き通った声を発する者が手首を掴み、無理矢理声のする方へ体を向けさせられた。

「姉さん!良かった、探したのよ。心配したんだから!」

 感動物語でも演じたいのか、女は私の了承を得る事もなく、そのまま体を引き寄せて抱き締めてきた。相手が男なら『痴漢です!助けて‼︎』と大声で言える所なのだが、残念ながら同性相手では通じぬ手なので苦虫を噛み潰したみたいな顔をしてしまった。

「会いたかった…… 姉さん」

 少し涙ぐんだ、でも演技臭い声に胡散臭さしか感じない。だが周囲を歩いていた人達には充分効果的だったみたいで、興味津々な表情を隠せないまま、周りには人だかりが出来始めてしまった。

 マズイ。
 このままでは、彼女のペース飲み込まれて、この女の一人芝居に皆が酔いしれてしまう。

「——っ!」
 仕方ない。話もしたくないけど、店の裏に連れて行ってから追い返そう。
「わかったから、少し黙って。…… 裏で、ゆっくり話しましょう?」
 触れられたくなんかないくって俯いたままぐっと女の体を押して離れると、チッと舌打ちする音が微かに聞こえた。この場を自分の独壇場にして、断りづらい状況を作り、言質を取った流れで私をまた責める気だったのだろう。…… この女の考える事なんかお見通しだ。
「そうね。わかったわ、そうしましょう」
 にっこりと微笑む顔は相変わらず天使か聖母みたいだ。私の目には、悪魔にしか見えないが。


 精肉店の建物の裏に入ってすぐ、目の前の女…… 妹、の…… クリシスは、私を即座に壁際に追い込み、大きな声をあげ始めた。
「ワタシと一緒に家に戻りましょう?姉さん!」
 押された衝撃で近くにあった木箱に私の脚がぶつかり、ガタンッと音がたったのに、クリシスは気にも留めていない。私の脚がどうなろうがクリシスにはどうでもいい話なのだから当然か。
「む、無理を言わないで。そもそも追い出したのは貴女なのに、今更何でまた此処に?」
 長年蔑ろにされ続けてきた私にとっては当たり前の疑問が口から出た。

 …… そう。
 悔しい事に私は、妹に家を追い出された身なのだ。
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