愛と呼ぶには歪過ぎる

月咲やまな

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【第五章】

【第九話】初デートっぽい時間

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 魔装具店を急遽休みにし、商店街をクルスと七音の二人が歩いている。七音は先程受け取った烏の仮面を、クルスは店にあった猫の仮面で顔を隠す。

 傍から見たら完全に獣人型同士の番だ。

 クルスが言った通り商店街の中には獣人型の者達がちらほらと歩いていた。立ち話をしているヒト達がしている噂話によると、近隣の民宿の部屋の大半が獣人型の宿泊客で埋まっているらしく、『この辺に“ヨミガエリ”が居るみたいね』といった内容を口々に言っていた。
 目的の品が売っている薬局まで向かう道程でそんな話を小耳に挟みながら七音は、『クルスさんの仮面を受け取っておいて正解だった』と強く思った。この仮面のおかげで獣人型の者達とすれ違ったとしても、見向きもされないで済んでいる。このまま一切の魔法を使わずにいれば逃げ切る事は簡単そうだ。

「まさかこんなに多いとはな。まぁ、アレだけ目立った“ヨミガエリ”だ、当然と言えば当然か」
「そうですね、ははは」

 諜報員の魔法効果が嫌な方向で絶大な威力を発揮している。結局七音にとってはほぼどうでもいい情報ばかりを集めて消えたというのに、あの失態が此処まで尾を引くとは予想だにしていなかった。
「まぁそのおかげでこうしてナナリーと出逢えたんだ、感謝しないとな」
 顔全体が隠れてしまうタイプの猫の仮面をしているせいでクルスの表情が七音には全く見えない。だが声の調子的に嬉しいのだろうなと七音は受け取った。周囲に怪しまれないようにという理由で繋いでいるクルスの手に力も入ったので、まず間違い無いだろう。

(でもこれって、外出の為だったとはいえ、まさか…… 期待させてしまってる?)

 そう思うと七音の額に嫌な汗が伝った。大丈夫だろうか?と心配にもなってくる。でも、『誰のモノにもならない為に』とクルスは言っていたし、きっと思い過ごしだろうと楽観視した。当然その『まさか』だし、そしてまた一つ、元の世界へ帰れない理由が増えてしまったとも知らずに。

「そういえば、薬店はどの辺りなんですか?」
「あぁ。この先をもうちょっと行った辺りなんだが、その前に雑貨屋なんかもあるから良かったら寄ってみないか?」
「いいんですか?是非、行ってみたいです」
 古書店でも雑貨が何故か多数並んでいたが、あれらは見た感じ全て売り物っぽくはなかった。魔装具店で扱っている物は装飾品が主であり、そもそも七音の手の届く価格では無いので論外だ。『でも、雑貨店なら部屋をちょっと飾るのに丁度いい品があるかもしれない。インクを使わねば書けない羽ペンなんかよりももっと使い易い筆記具がないかも見てみたいし、本に挟む栞なんかもあるといいな』と七音の中で期待が膨らむ。

(あれ?でもこれって、ちょっとデートっぽいかも)

 今まで一度もそんな機会が無かったから想像の域を出ないが、多分こんな感じだろう。きっとこの先こんな経験は二度と無いだろうから、擬似的に楽しんでみるのもアリかもしれない。仮面をしていてちょっとだけど舞踏会みたいな気分も味わえるし、一石二鳥だ。そう思うと、七音は少しだけ足取りが軽くなった気がした。


       ◇


 買い物を無事に終え、二人が帰路に着く。目的の物を扱っていると言っていた薬店はファンタジーの世界に出てくるような店内で、薬草を吊るした物が数多く壁に並んでいたり、正体不明の物体のアルコール漬けなんかもあって七音の興味を引く物ばかりだった。そんな店で本当に女性向けの品を扱っているんだろうか?と思って最初は少し不安にもなったのだが、梱包以外は七音の世界と遜色ない品が奥の目立たない位置にきちんと置いてあったおかげで、難無く一週間を乗り切れそうだ。
 そそくさと、クルスから預かったお金で商品を買う姿を離れた位置から見ていた彼が、『…… んなもん必要無いんだがなぁ』と思っていた事は、当然七音は気付いていない。


「他に必要な物はないか?買い物に出たついでだから、このまま色々買って帰ろうかと思うんだが」
 買った品々は全てインベントリの魔法のかけられたクルスの鞄の中なので、手に持っている荷物は少ない。なので他にも色々買って帰ったとしても、量が多過ぎて迷惑をかける心配はなさそうだ。だが、生活に困らないだけの物はこれでもう揃ったし、薬店に入る前に立ち寄った雑貨店で栞と万年筆も買えたので、このまま帰っても問題ないだろう。
「いえ、大丈夫です。化粧品にもまだ余裕がありますし」
「そうか?服とか鞄だとか、ナナリーの好みの物を買ってもいいんだぞ?」
「いえいえ。部屋にある物だけで充分ですよ」
 最初はサイズに問題があったが、全て手直し済みだ。デザイン自体は全て見事に七音好みのものばかりだったので、買い換える必要も追加で欲しいといった要望は持っていない。『どうせすぐに元の世界へ帰る身なのだし』という気持ちも内心あるので、これ以上自分にお金を使われるのも嫌だった。
「…… そうか?わかった。だが、戻る途中で何か目に付いた物があったら気軽に言うんだぞ?」
「わかりました」と七音は笑顔で応えたが、『そうは言っても、君は絶対に欲しいとは言わないんだろうなぁ』とクルスは思った。


       ◇


「…… ——戻りましょう?姉さん!」
「む、無理を言わないで。そもそも追い出したのは貴女なのに、今更何故此処に?」

 七音とクルスが魔装具店へ帰る途中。切迫した感じのある大声と、聞き覚えのある気弱そうな声が七音とクルスの耳に届いた。声のした方へ揃って顔を向けると精肉店の看板が目に入った。大声の方は誰のものかわからないが、気弱そうな声の主は先程まで魔装具店に客として来ていた更紗で間違いないだろう。

「何かあったんでしょうか?」
「さあな。だが、只事じゃ無さそうだ」

 ガタンッと何かにぶつかる様な音も建物の裏手から聞こえ、精肉店の店主夫婦も何事かと声のする方へ慌てて移動し始めた。
 他人事だしと素通りする事も出来るが、今日会ったばかりのヒトが何かトラブルに巻き込まれているのかもしれないと思うと気になってしょうがない。手助けが出来る様な問題では無いかもしれないが、それでもこのまま捨て置ける程、七音は割り切れる性格ではなかった。
「…… 行ってみるか?」と、精肉店を指差し、クルスが言う。
「いいんですか?」
「気になるんだろう?彼女とは、さっき会ったばかりだしな」
 大声の主は明らかに女性のものだったので、更紗が頭を悩ましている原因である“夫”とは無関係そうだ。彼女とは友人関係と言う訳でもないのでクルス的にはこのまま素通りしても全く構わないのだが、七音が気になるというのなら関わってやるのも致し方ないかと思った。
「じゃあ、行ってみましょう」
「そうだな」
 微かに血の匂いまでし始めたのを嗅ぎ取り、二人は小走りなりながら精肉店の裏手へと向かった。
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