愛と呼ぶには歪過ぎる

月咲やまな

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【第五章】

【第一話】報告の手紙と度重なる求愛

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 閉店間際に竜紀とヴァイスが駆け込んで来て、魔装具店が何故かなんでもお悩み相談室と化した日から一週間程が過ぎた。
 長い期間二人が悩んでいた件が、ヴァイスが言いたくてもずっと言えずにいた、たった一言を告げただけであっさり解決した為拍子抜けしつつも、その後は全て七音の提案通りに事は進んだ。『今ではもう幻術魔法を使えるまで魔力が馴染んできた』と、ヴァイスから七音個人宛に伝書鳩が運んできた手紙で報告を受けた。八代家の両親にも報告をし、最初はヴァイスが獣人型の姿をしていたせいで随分と心配されたそうだが、『結婚する相手はこのヒトじゃないと、跡は継がない!』と駄々をこねたおかげで、どうにか婚約にまでこぎつけたそうだ。そもそも結婚相手は親の決めた相手との見合いでなければいけなかった訳ではなく、自分で見付けた相手がいるのならそのヒトとでも問題無かったらしい。『先に言ってよ!』と竜紀が親に文句を言ったら、『だってアンタ、誰とも付き合おうとしていないんだもの』と母に呆れた声で言われたそうだ。
 すぐに兄である竜斗も協力してくれ、今ではすっかりヴァイスも竜紀の家族と馴染み、普通に生活を送れている。ただあくまでも周囲に彼は“獣人型の女性体である”という幻覚を見せているだけなので、どうしたって本来の体格並にスペースを取ってしまう為、パーソナルスペースを徹底しての生活には相当難儀しているそうだ。

「…… そっか。元の体がかなり大きいから、何もないはずの位置からでも体がぶつかったりとかしちゃうのか」

 竜紀達からの手紙を読みながら、七音がクスッと笑った。
「おや、何だか楽しそうですね」
 居住スペースの居間に置かれた一人掛け用のソファーに座っている七音の後ろから手紙を軽く覗き込み、エルナトが声を掛けた。
「実は、竜紀さん達から現状報告をもらったんです。エルナトさんの魔装具のおかげもあって、結構上手くいっているみたいですよ」
「それは良い事ですね。ナナリーから提案を貰った時はどうなる事かと思っていたんですけど、作った甲斐がありました。あー…… でも、彼の卒業前に、ヴァイスさんの妊娠報告がこないといいんですが」
 二人の頭の中に、帰り間際の二人の様子が蘇る。ヴァイスが大事そうに竜紀を腕に抱えているまではまぁ納得出来る範囲だったのだが、二人揃って妙にソワソワとしていて、まるで発情期のきた獣みたいな匂いを振り撒いていたからだ。どう考えたってあの後私室でよろしくやった事が想像に容易い。
「…… 無いとは、言えなさそうですねぇ」
 あははと乾いた笑いをこぼし、七音はそっと手紙を畳んだ。最後の行にヴァイスの筆記で『答え合わせくらいなら、もう出来る』と書かれていたからだ。多分これは元の世界への帰還魔法についての件だろう。正しい術式が組めているかの確認くらいならやれると言いたいのだと思う。はっきりと詳しく記載されている訳では無くとも、エルナトに見られるとマズイ気がしてならない。多分そう感じるのは此処最近の彼の視線のせいだろう。

(…… 今までみたいに過保護だからというより、まるで見張られているみたいなんだよね。私の気のせい…… だといいんだけど)

 竜紀達とのやり取り以降、そうとしか受け取れない視線を背中に感じる事が増えた気がする。だが目が合うと普通に話し掛けてくるので、確信が持てない。でも、それだけならまだいい。私室に篭ってしまえば流石に一人っきりにさせてもらえているので、視線から逃げる事が可能だから。
 それよりも、七音にとって最大の問題は——

「ところで、彼らの心配もいいですが、僕らの入籍はいつにしますか?」

 、プロポーズに対する返事の催促をされてしまった。コレが…… 目下の最大の悩みになっている。
 にっこりと微笑みながらエルナトが七音の肩の上に両手を置いた。返事を誤魔化し、彼女が自分の部屋にそそくさと逃げるのを防止する為だろう。
「え、えっと…… それは、まだ早いのでは?」
 二人は逢ってまだ十五日にも満たないので、七音の言い分は当然である。なのに七音はクルスからも『俺達もそろそろ番わないか?もういいだろ、“ヨミガエリ”探しなんて面倒な事は』と毎朝の様に言われ始めてしまい、二重に頭を悩ませていた。『私、プロポーズなんてされていましたっけ?』と忘れる暇も無いくらいの頻度で。

(寝起きすぐのぼけっとした顔でクルスさんは攻めてくるしっ!エルナトさんもエルナトさんで、二人きりになるたびに訊いてくるし。何なの、一体…… )

 まさか竜紀達に当てられたのだろうか?うん、きっとそうだ、と七音が勝手に結論付ける。あの日を境にだから、まず間違いないと。
「でもあまり先延ばしにしていると、クルスに取られてしまうかもしれないので僕としては不安で不安で…… 」
 しゅんっと項垂れられてしまい、七音は言い知れぬ罪悪感を抱いた。だがすぐに『——やっ!無茶苦茶な事言ってるのそっちですよ⁉︎』と気が付けたから良かったが、美形な見目をした者の母性をくすぐる表情は非常に危険なものだった。

「クルスさんの誘いを受ける気はもちろんありません。…… 食べられるだなんて、怖過ぎますし」

『“ヨミガエリ”であるとバレれば、クルスに食われる』
 初めてその話を彼女にした日以降も、エルナトは折を見ては七音の耳元で同じ様な話を囁いていた。まるで何か意図して、そうであると思い込ませるみたいに、何度も何度も何度も。
「何も、奴だってナナリーを急には食べないですよ。“ヨミガエリ”は、番にしてから頂くんですから」と言いながら、エルナトが指先で七音の首筋をそっと撫でる。動脈のラインに沿って、上から下へ降りていく指先のせいで、七音の体が軽く震えた。
「自分のモノにしてからじゃないと、ただの殺人になってしまいますからね」
「…… 差が、よくわからないんですが」

「『自分のモノだから、腹に仕舞う』んですよ。大事に、大事にする為に。誰にも触れさせない為に」

 そっと首から指先を離し、「もっとも、一般的にはそうだってだけの話で、違う目的で番を食らう者も一部にはいますけどね」とこぼして、珍しくエルナトは七音から軽く視線を逸らした。
「あ、でも、“ヨミガエリ”であるとはバレない自信があって、どうしてもクルスがいいと言うなら、僕はこれ以上止めはしませんよ」
 急にパッと明るく笑い、エルナトがくしゃりと七音の頭を獣耳ごと撫でた。作り笑いには見えないのできっと本心なのだろう。

「でも、僕とクルス。そのどちらでもない他人相手では、絶対に祝福出来ないですけどね」

 すっと冷めた瞳で言われ、七音の背中に冷たい汗が伝う。
 いや、ちょっと待って欲しい。まず前提がオカシイのでは?と七音が頭を抱えた。そもそも結婚相手を探してもいなければ、交際したい相手がいるでもなし。ほとんど接客もさせてはもらえず、古書店に行った日以降一度も外出すらしていないのだ。そんな状況下では誰かと知り合う機会すらほぼ無いというのに、『一体このヒトは何を心配しているんだろうか?』と七音は不思議でならない。

「とにかく、ちゃんと考えておいて下さいね?僕はもう、ナナリーの添い寝無しでは眠れないので」

「…… せめて、もっと考える時間を」と呟き、膝の上で手をぎゅっと握る。何でこんなに急かされているんだろうかと気になったが、初対面の時既に彼は一目惚れがどうこう言っていた事を思い出し『あれ?そう言えば…… このヒト、最初からこうだった!』と七音は心の中で叫んだ。

「んー…… そうですねぇ。やっと好きになれたヒトを逃したくないので『いくらでも待つ』とは言えませんが、でも、今日はまだ、逃してあげましょうか」

 そう言って、七音の頭からエルナトが手を離す。
「じゃあ僕はこれからお向かいに商品の納品で行かないといけないので、留守番をお願いしますね。店の方はクルスが対応してくれるので、七音は寝室の片付けや掃除を頼めますか?」
 エルナトの口から『寝室』という単語を聞いただけで七音の腹の奥が不思議と少し重たくなった。普段この部屋では漂っていないはずの甘い香りも微かに感じ、少し肌に汗が滲む。

(何だろう?この感覚は…… )

 疑問符が頭に浮かぶが、この反応の正体が全くわからない。チリチリと胸の奥が焼ける様な錯覚まで起き始め、七音は胸の辺りをギュッと掴んだ。
「わ、わかりました。この後すぐに取り掛かりますね」
「えぇ、お願いします。昨夜はちょっと寝相が悪かったので大変かもしれせんが、大丈夫ですか?」
 可愛い顔で首を軽く傾げられ、七音の頭の中に今朝の様子が蘇った。今朝はまたまたエルナトとクルスが揃って七音の体に絡みつき、寝衣がかなり大胆に捲れ上がっていたのだ。『アレってもう、寝相が悪いとかそういう問題なんだろうか?』とは思うが、当人達は本当に寝ている間の事みたいだし、どうやら全く自覚がなさそうなのでそういう事にせざるおえない。『真相なんか知りたくない!』と顔を背け、七音は無自覚に染まる頬を手でそっと冷やしながら、「…… 頑張ります」とぶっきらぼうに答えたのだった。
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