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【第四章】
【第十四話】悩み多きお客様⑧
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なんだ、この二人は相思相愛じゃないか。
というが七音の率直な感想だった。だがヴァイスに対して過剰なまでに頑なになっている竜紀の気持ちもよくわかる。産まれ育った世界の違い、種族が異なるせいで発生する差異、子供と大人程もある体格差、子孫を後世に残さねばならぬ己の立場。どんなに惹かれ合っていようが、ちょっと考えただけでも元の世界へヴァイスを追い返そうと必死にならざるを得ない理由が山の様に見付かるからだ。
(よりにもよって、唯一の共有点が性別ってのがまた…… )
ここまでくると二人をまだよく知らぬ七音から見ても不憫になってしまうレベルだ。せめてそこさえも違うのならば他は努力や妥協でいくらでも何とかなっただろうに。こんなにも竜紀が思い悩んでいるという事はきっと、血統の維持は直系でなければならないのだろう。親戚から養子を貰えば解決する問題では無いのも余計に彼を追い詰めている要因なのかもしれない。
(可哀想に。どんなに難題が山積みであろうが、子供の問題さえ無ければ、この二人なら邪魔する者なんか蹴散らしてしまえるかもしれないのに)
そうは思うも、無責任な言葉を口する事も出来ず、七音は黙ったまま何とかしてあげられないかと思案した。
次の代に血を残さねばならない竜紀がここまで必死になっているのはきっと、これ以上彼と一緒に居ては別れ難くなってしまうからだろう。だが、『それさえもし解消出来たなら、もしかしたら。あるいは…… 』と思う気持ちが捨て切れない。自分と同じく此処とは違う世界からやって来て、心細い思いをしているであろうヴァイスを、長女気質を絵に描いたような七音は他人事だと放っておく事など出来そうになかった。
結婚する時期が来たからと、ヴァイスと僕は離れ離れになれるんだろうか?
僕以外には他には頼る相手も居ないこの世界に、彼を一人放ってはおけない。
…… ならもう、元の世界へ送り返すのが互いの為だ。
そんな気持ちから、少しでも、今抱えている愛情がより一層深くならないようにまともな会話すらこの二人は交わしていない。なのに体だけは終始当り前の様に寄り添っていて、どうしょうもなく惹かれ合ってしまう強い想いが見て取れる。
「あの、ちょっと気になったんですけど」と、七音が二人に向かって挙手をした。
「さっきヴァイスさんが『子供の件は』と何かを言い掛けましたが、その続きって、竜紀さんは一度でも聞いた事があるんでしょうか?」
「い、いいえ」
「何故です?」と首を傾げながら七音に訊かれたが、竜紀はすぐには答えられなかった。どうせ『子供の件は諦めて欲しい』と懇願されるに決まっていると彼は思い込んでいる。
でも、これだけは絶対に譲れない。
千年以上続く八代家に産まれた者の義務、宿命とも言える責務を投げ捨てるなんて、たとえ心惹かれる相手から是が非にでもと哀願されようとも…… 子供が望めぬ以上は無理な相談だ。
「それは、聞くだけ…… 無駄だと、思って」
「…… 無駄だからと、続きを聞かないのは勿体無いのでは?あんな大声で言おうとしていたんですから、もしかしたら有益な情報だったりするかもしれないのに」
七音に諭され、意固地になっていた事を竜紀は徐々に反省し始めた。でも、話を聞くだけなら、聞く…… だけならと何度も思うも、聞けば決意が揺らぎそうな気がして怖い。結論は揺るぎないものではあるが、そこに至る過程で、何も知らぬ今よりもより苦しむ結果になるのではと思うと、なかなか『続きを話して』とは口に出来なかった。
「怖がる必要は無い。何も」
ヴァイスは身を屈めて竜紀の顔を覗き込むと、そう言って彼の右手をぎゅっと握った。
「子供は、俺が産めばいいから大丈夫だ」
「…… ッ」
「…… え?」
絶句し、竜紀と七音が目を見開いたまま黙ってしまった。当然だ、一番の難題がたった一言で解消されてしまったのだから。
「…… は?え?でも、お前雄じゃん」
動揺しているせいか口調が激しく崩れ、竜紀は目を見開いたままヴァイスの巨体を無遠慮に指差した。その指はガタガタと震えていて、頭の中は混乱し続けている。七音はそっと額に手を当てて、この場合はなんと声を掛けてやればいいのかと迷った。
「それは性的嗜好が姿形に影響しているだけで、元々俺達の種は両性具有なんだ。俺は子供が産めるから、お前の血を後世に残す事は可能だぞ」
その言葉を聞き、ぼろ、ぼろぼろっと大粒の涙が竜紀の瞳から零れ落ちてくる。次々に流れ出る様子に驚き、ヴァイスは大きな両手で彼の頬をそっと優しく包み込むと嬉しそうに微笑みながらコツンッと互いの額を重ねた。
「…… ははっ!やっと、やっと言えた」
安堵に満ちたヴァイスの声で七音まで胸の奥に熱いものを感じた。今さっき知り合ったばかりのカップルだが、恋とはなんと美しいものなのだろうかと嬉しく思う。だがそれと同時に『話し合い、大事!』と、奥地に住む原住民みたいな口調のプチ七音が彼女の脳内で叫び声を上げた。
「もっと早く言ってよぉぉぉ!」
「何度も言おうとしたが?」
ヴァイスの言葉を毎度毎度遮ってきた張本人が理不尽な文句を叫ぶ。そんな竜紀の頬をよしよしと撫でながらヴァイスは、「これで俺を番と認めるか?」と問い掛けた。
「当り前だろぉ!どんなに周りから反対されたって、絶対に一緒になってみせるからな!」
学生らしい元気な声でそう宣言した竜紀の瞳は、過去最高の輝きを放っていたのだった。
というが七音の率直な感想だった。だがヴァイスに対して過剰なまでに頑なになっている竜紀の気持ちもよくわかる。産まれ育った世界の違い、種族が異なるせいで発生する差異、子供と大人程もある体格差、子孫を後世に残さねばならぬ己の立場。どんなに惹かれ合っていようが、ちょっと考えただけでも元の世界へヴァイスを追い返そうと必死にならざるを得ない理由が山の様に見付かるからだ。
(よりにもよって、唯一の共有点が性別ってのがまた…… )
ここまでくると二人をまだよく知らぬ七音から見ても不憫になってしまうレベルだ。せめてそこさえも違うのならば他は努力や妥協でいくらでも何とかなっただろうに。こんなにも竜紀が思い悩んでいるという事はきっと、血統の維持は直系でなければならないのだろう。親戚から養子を貰えば解決する問題では無いのも余計に彼を追い詰めている要因なのかもしれない。
(可哀想に。どんなに難題が山積みであろうが、子供の問題さえ無ければ、この二人なら邪魔する者なんか蹴散らしてしまえるかもしれないのに)
そうは思うも、無責任な言葉を口する事も出来ず、七音は黙ったまま何とかしてあげられないかと思案した。
次の代に血を残さねばならない竜紀がここまで必死になっているのはきっと、これ以上彼と一緒に居ては別れ難くなってしまうからだろう。だが、『それさえもし解消出来たなら、もしかしたら。あるいは…… 』と思う気持ちが捨て切れない。自分と同じく此処とは違う世界からやって来て、心細い思いをしているであろうヴァイスを、長女気質を絵に描いたような七音は他人事だと放っておく事など出来そうになかった。
結婚する時期が来たからと、ヴァイスと僕は離れ離れになれるんだろうか?
僕以外には他には頼る相手も居ないこの世界に、彼を一人放ってはおけない。
…… ならもう、元の世界へ送り返すのが互いの為だ。
そんな気持ちから、少しでも、今抱えている愛情がより一層深くならないようにまともな会話すらこの二人は交わしていない。なのに体だけは終始当り前の様に寄り添っていて、どうしょうもなく惹かれ合ってしまう強い想いが見て取れる。
「あの、ちょっと気になったんですけど」と、七音が二人に向かって挙手をした。
「さっきヴァイスさんが『子供の件は』と何かを言い掛けましたが、その続きって、竜紀さんは一度でも聞いた事があるんでしょうか?」
「い、いいえ」
「何故です?」と首を傾げながら七音に訊かれたが、竜紀はすぐには答えられなかった。どうせ『子供の件は諦めて欲しい』と懇願されるに決まっていると彼は思い込んでいる。
でも、これだけは絶対に譲れない。
千年以上続く八代家に産まれた者の義務、宿命とも言える責務を投げ捨てるなんて、たとえ心惹かれる相手から是が非にでもと哀願されようとも…… 子供が望めぬ以上は無理な相談だ。
「それは、聞くだけ…… 無駄だと、思って」
「…… 無駄だからと、続きを聞かないのは勿体無いのでは?あんな大声で言おうとしていたんですから、もしかしたら有益な情報だったりするかもしれないのに」
七音に諭され、意固地になっていた事を竜紀は徐々に反省し始めた。でも、話を聞くだけなら、聞く…… だけならと何度も思うも、聞けば決意が揺らぎそうな気がして怖い。結論は揺るぎないものではあるが、そこに至る過程で、何も知らぬ今よりもより苦しむ結果になるのではと思うと、なかなか『続きを話して』とは口に出来なかった。
「怖がる必要は無い。何も」
ヴァイスは身を屈めて竜紀の顔を覗き込むと、そう言って彼の右手をぎゅっと握った。
「子供は、俺が産めばいいから大丈夫だ」
「…… ッ」
「…… え?」
絶句し、竜紀と七音が目を見開いたまま黙ってしまった。当然だ、一番の難題がたった一言で解消されてしまったのだから。
「…… は?え?でも、お前雄じゃん」
動揺しているせいか口調が激しく崩れ、竜紀は目を見開いたままヴァイスの巨体を無遠慮に指差した。その指はガタガタと震えていて、頭の中は混乱し続けている。七音はそっと額に手を当てて、この場合はなんと声を掛けてやればいいのかと迷った。
「それは性的嗜好が姿形に影響しているだけで、元々俺達の種は両性具有なんだ。俺は子供が産めるから、お前の血を後世に残す事は可能だぞ」
その言葉を聞き、ぼろ、ぼろぼろっと大粒の涙が竜紀の瞳から零れ落ちてくる。次々に流れ出る様子に驚き、ヴァイスは大きな両手で彼の頬をそっと優しく包み込むと嬉しそうに微笑みながらコツンッと互いの額を重ねた。
「…… ははっ!やっと、やっと言えた」
安堵に満ちたヴァイスの声で七音まで胸の奥に熱いものを感じた。今さっき知り合ったばかりのカップルだが、恋とはなんと美しいものなのだろうかと嬉しく思う。だがそれと同時に『話し合い、大事!』と、奥地に住む原住民みたいな口調のプチ七音が彼女の脳内で叫び声を上げた。
「もっと早く言ってよぉぉぉ!」
「何度も言おうとしたが?」
ヴァイスの言葉を毎度毎度遮ってきた張本人が理不尽な文句を叫ぶ。そんな竜紀の頬をよしよしと撫でながらヴァイスは、「これで俺を番と認めるか?」と問い掛けた。
「当り前だろぉ!どんなに周りから反対されたって、絶対に一緒になってみせるからな!」
学生らしい元気な声でそう宣言した竜紀の瞳は、過去最高の輝きを放っていたのだった。
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