愛と呼ぶには歪過ぎる

月咲やまな

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【第四章】

【こぼれ話②】八代神社

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 ゆらゆらと八代神社の鳥居の上で七尾の真白い尻尾が揺れている。白狐の獣耳の生えた獣人の様な風貌をしたとても綺麗な顔立ちの者の尻尾だ。鳥居の上なんか寝転がるには狭いだろうに、此処は彼のお気に入りの場所である。そんな彼の視線の先には、目元を細い布を何重にも巻いてしっかりと隠してある鬼がすやすやと寝息を立てていた。どうやらこの美しい一本角を持つ黒髪をした小柄な鬼は、日向ぼっこをしている途中で眠ってしまったみたいだ。

「あーあぁ。また竜斗が近くを通ったのに、見逃しちゃって」

 彼らが陣取っている鳥居の下をこの神社の長男である竜斗が通過したが、彼は頭上に居た二人の存在には気が付いてない。当然だ、神社の主神と、主神に使役している鬼の姿など、まだちゃんと力に目覚めていない者には見えるはずがないのだから。
「…… 早く、お互いを認識出来る日が来るといいねぇ」
 ツンツンと白狐の尾を持つ男性が小柄な鬼の頬をつつくと、「…… やめろ、うざったい」と言って彼はゆっくりと上半身を起こした。
「おはよう。お疲れみたいだね」
「…… ん。久しぶりに縁切りの方をやったら、反動で眠気が酷いんだ」
「そりゃ当然だよ、善行じゃ無いからね。でもどうして、私の頼みでもない事を自分からやったんだい?君は怠惰を愛してる困った所があるのに」
 縁結びで有名な八代神社に住むこの鬼は、どうやらヒトの縁を自在に出来るみたいだ。
「…… そりゃ」
「ん?」
 頬杖をつき、鬼の顔を見上げて白狐が軽く首を傾げる。どんな理由があるのかと、返答が楽しみでならない。

「全裸の時に召喚なんて、流石に嫌だろ」

「…… 」
「…… ?」
 黙ってしまった白狐に対し、今度は鬼が首を軽く傾げる番になった。
「…… それだけ?」
「あぁ」
「わー…… 。そ、そっか。まぁ、うん。そうだね、確かにお風呂に入っている最中に、大衆の面前に異世界召喚なんかされたら悲鳴モノだよね。わかるよーうん」
 白狐は同意している様な言葉を並べてはいるが、全て棒読みだ。たったそれだけの理由で縁を切る力を持つ赤い魔眼の力を使ったのかと思うと、くだらなさで今にも笑ってしまいそうだ。

「それに、この神社の長男はお前の宝物なんだろう?次の代を産む血を、他にはやれんだろ」

 次の代の“竜斗”を産む為にも竜紀を異世界へ渡す訳にはいかない。
 そんな思いもあってこの鬼が勝手に行動した結果、ヴァイスの召喚魔法は予想外の結果を生み出す事になった。だけど当然当人達はその事は知らないままだ。彼らは姿を見せる気が無ければヒトには見えない存在であった為、この先もこの鬼がヴァイスの召喚に干渉した事実を竜紀達が知る術は無いだろう。

「あー…… 。そっか…… うん、そうだね。ありがとう」

 寂しそうな笑顔を向けられたが、鬼にはその表情の意味が分からない。でもわざわざ理由を訊く気にもなれず、そのまま青空に向かって顔を上げた。視界いっぱいに綺麗な水色が広がり、雲一つない風景をじっと見る。しばらく経ってから「あぁ、そうだ」とこぼすと、隣で寝転んだままの白狐の方へ、目隠しをした状態のまま視線らしきものを戻した。

「あの二人の縁は即戻しておいたから、あとは当人同士がどうにかするだろ」

 異世界へ連れて行かれては困るが、召喚者であったヴァイスがこっちへ来たので二人の縁は元通りに戻しておいた。これ以上無いと言っても過言では無い程の良縁だ、切ったままでは後味が悪いと思っての判断だった。
「そっか、それは良かった。これ以上ないくらいの縁だからね、きっと丈夫な子が沢山生まれるよ」
「そうだな、そうしたらこの神社も益々安泰だ。人生の選択肢を与えられぬ不憫な立ち位置の子だからな、せめて恋くらいでは、竜紀にも幸せになってもらわんと」

「…… でも、私は君にも幸せになって欲しいなぁ」

 そう言って、白狐は境内の奥にある神主の住居の方へ視線をやった。
「ははっ!鬼に向かって『幸せになれ』だなんて言うのは、お前くらいなものだな」
「そうかい?そんな事もないんだけどねぇ」

(深く深く恋しいと想う相手と、皆が皆、当り前の様に結ばれればいいのに)

 白狐は胸の内を秘めたままゆっくりと瞼を閉じた。この神社に産まれた竜斗と竜紀 二人の子供と、この鬼が、揃って幸せな道を歩めますようにと強く願いながら。


【こぼれ話②・完】
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