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【第四章】
【第十三話】悩み多きお客様⑦
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店内に置かれたテーブルにはサンドイッチとお茶が並び、七音、竜紀、ヴァイスの三人が美味しそうにそれらを食べている。軽食を作ったクルスはまだ居住スペースで夕飯の用意に追われていてこちらには参加出来ないせいで不機嫌な状態で、エルナトはヴァイスのイヤーカフ作りでいっぱいいっぱいだ。
(深い話しをするなら今が最適、かな?)
「さて、お腹も少し落ち着いた所で…… 」と呟き、七音がチラリと家中の様子を伺う。獣耳を澄ませてエルナトとクルスの居場所を再確認し、彼らがこっそり近くに居たりはしていない事を確信した。
七音は瞼を閉じ、トンッと軽く指先だけを動かしてテーブルを叩いて自分達の周囲にだけ防音の魔法を展開させる。“ヨミガエリ”が魔法を使った独特の匂いが店内に少し漂ったが、クルスがすぐに来ない限りは多分バレないだろう。ヴァイスも魔法を使えるそうだし、いざとなれば彼が展開したものだと押し付けてしまえと企んでいる。上手くいくかは…… 賭けではあるが。
「…… ?」
防音魔法が周囲に張られた事に気が付いたヴァイスが周囲を見渡す。突然甘い香りが店内に漂ったのも気になった。自分が魔法を使った時にはこんな香りはしないのに、何故彼女の場合はそんな香りがするんだろうか?と、“ヨミガエリ”の特性を詳しくは知らないせいで不思議にも思う。
そんな彼の横で竜紀は何も気にする事なくサンドイッチを食べ続けている。ヒト型である彼には魔法が周囲に張られた事も、甘い香りに対しても特に気にする素振りは無い。突然香ったにも関わらず、ヒト型の彼の嗅覚ではほんのりとしか感知出来ないせいで香水か芳香剤の匂いだろうくらいの感覚だ。
「一つ訊いてもいいですか?」
カシャンと七音の置いたカップがソーサーとぶつかり、小さな音を鳴らす。好奇心は猫を殺すと言うことわざが彼女の頭をよぎったが、二人の事が気になってしょうがない。この音が力ある存在からの警告音では無いといいがと思いつつも、返事を待たぬまま七音は口を開いた。
「八代さんは、どうしてそんなにヴァイスさんを元の世界へ帰したいんですか?」
サンドイッチにかぶりつこうとしている竜紀の体がピタリと止まった。どうして彼女はそんな当然の事を訊くんだろうと不思議に思う。
「え?どうしてって、そんなの当たり前じゃないですか。知らない世界に突然来ちゃって困っているヒトがいたら、放ってなんておけませんよね?」
竜紀の言葉は確かに正論である。だが、それだけだ。そこにヒトの感情は加味されていない。
「んー…… ヴァイスさんは、それを望んでいるんでしょうか?二人の態度に温度差がある気がして、本当にこのまま帰還方法を探し続ける意味があるのかなって考えてしまうんです」
「…… ヴァイスの、望み…… 」
小さく呟き、竜紀がお皿に食べかけのサンドイッチを戻す。彼の大人しそうな顔にくしゃりとシワがより、胸の奥で抱えている感情を整理しようと必死だ。『んなの知るか!』と、今にもと叫んでしまいたい衝動が胸の奥でぐつぐつと煮える様な感じがして気持ちが悪い。もういっそ思いっ切り腹の内をぶちまけてしまいたいが、彼はそれが出来るほど激情型では無い為、深呼吸を数度繰り返した。
無関係な店員さんにぶつけたってしょうがない。
でも…… 無関係だからこそ、言える話も…… 。
どうせヴァイスも知っている話だ。こちらの事情を知る者が増えれば、七音を協力者に引き込めるかもしれないと竜紀は考えた。彼女の抱える事情を知らぬ為、『獣人型である彼女であれば、アカデミー管理の禁書などにも関わりが持てるかもしれない』とも。
「…… えっと、ウチの家系は長子に男児が産まれると、神託に従い、“竜斗”と名付ける風習があるんです。“竜斗”は悲しい事に短命で、代を重ねるごとに寿命が長くはなってきているとはいえ、例外なく若くして亡くなります」
ポツリ、ポツリとこぼすように竜紀が家の風習について話し始めたが、それとヴァイスに何の関係があるんだろうか?と七音は思ってしまう。そんな彼女の疑問に気付かぬまま、彼は話を続けた。
「僕の…… 兄の名前は竜斗といい、今年で三十二歳になりました。これは異例な事で、“竜斗”達の中では最長命だと言えます」
「あぁ、あの彼か」
そういえば境内で見掛けたなと思ったヴァイスに対し、竜紀は「うん。あんまし僕とは似てないよね、竜斗兄さんは…… 美形、だから」と複雑そうな顔をした。
「…… だからこそ、いつ亡くなってもおかしくない。今日は無事でも、明日は亡くなるかもしれない。そんな危険な状態なんです」
「そうか?すこぶる健康そうだったが」
「“竜斗”達は皆、突然死ぬらしいんだよ。だから治療するだとかで死を回避出来なくて怖いんだ」
「それって、呪いとか…… ですか?」と七音が訊く。
「いえ、違います。器であるヒトの肉体が“竜斗”の魂に耐え切れないだけなんです。なので僕は、次の“竜斗”の為に…… こ、子供を作らないといけなくて。なのにヴァイスは僕の顔を見るたびに『運命の番だ』なんだと煩いから、一刻も早く、とにかくすぐにでも帰ってもらわないといけないんです」
彼はまだ十七歳だ。そう口にはしつつも決められた将来に対し不安しか感じられず、次第に声が小さくなっていく。
「だから、子供の件は——」
「ヴァイスは黙ってて!」
竜紀の大声のせいで、一気に店内がシーンと静まり返った。
ヴァイスは素直に口を閉じたが、悔しそうに顔を顰めている。話を聞いてもらえず、悔しい思いをするのはこれで何度目なんだろうか。
「高校卒業後はすぐ家を継ぐ準備に入ります。いずれは親の決めた相手と結婚して子供を作り、次の“竜斗”の為に血を受け継いでいく。そういう決まりなんです、僕の家は」
瞼を伏せ、竜紀は自分の前に敷かれたレールに対し苦虫を編み潰した様な顔をした。
この家にさえ産まれていなければ。
何度も何度も子供の頃から思ってきた事だが、今この瞬間が最もそう強く感じる。『“八代竜紀”ではなく、ただの竜紀であったらなら僕は、目の前に差し出された手を素直に掴めるのに』と考えてしまう気持ちを落ち着かせようと、彼は服の胸元をくしゃりと強く掴んだ。
(深い話しをするなら今が最適、かな?)
「さて、お腹も少し落ち着いた所で…… 」と呟き、七音がチラリと家中の様子を伺う。獣耳を澄ませてエルナトとクルスの居場所を再確認し、彼らがこっそり近くに居たりはしていない事を確信した。
七音は瞼を閉じ、トンッと軽く指先だけを動かしてテーブルを叩いて自分達の周囲にだけ防音の魔法を展開させる。“ヨミガエリ”が魔法を使った独特の匂いが店内に少し漂ったが、クルスがすぐに来ない限りは多分バレないだろう。ヴァイスも魔法を使えるそうだし、いざとなれば彼が展開したものだと押し付けてしまえと企んでいる。上手くいくかは…… 賭けではあるが。
「…… ?」
防音魔法が周囲に張られた事に気が付いたヴァイスが周囲を見渡す。突然甘い香りが店内に漂ったのも気になった。自分が魔法を使った時にはこんな香りはしないのに、何故彼女の場合はそんな香りがするんだろうか?と、“ヨミガエリ”の特性を詳しくは知らないせいで不思議にも思う。
そんな彼の横で竜紀は何も気にする事なくサンドイッチを食べ続けている。ヒト型である彼には魔法が周囲に張られた事も、甘い香りに対しても特に気にする素振りは無い。突然香ったにも関わらず、ヒト型の彼の嗅覚ではほんのりとしか感知出来ないせいで香水か芳香剤の匂いだろうくらいの感覚だ。
「一つ訊いてもいいですか?」
カシャンと七音の置いたカップがソーサーとぶつかり、小さな音を鳴らす。好奇心は猫を殺すと言うことわざが彼女の頭をよぎったが、二人の事が気になってしょうがない。この音が力ある存在からの警告音では無いといいがと思いつつも、返事を待たぬまま七音は口を開いた。
「八代さんは、どうしてそんなにヴァイスさんを元の世界へ帰したいんですか?」
サンドイッチにかぶりつこうとしている竜紀の体がピタリと止まった。どうして彼女はそんな当然の事を訊くんだろうと不思議に思う。
「え?どうしてって、そんなの当たり前じゃないですか。知らない世界に突然来ちゃって困っているヒトがいたら、放ってなんておけませんよね?」
竜紀の言葉は確かに正論である。だが、それだけだ。そこにヒトの感情は加味されていない。
「んー…… ヴァイスさんは、それを望んでいるんでしょうか?二人の態度に温度差がある気がして、本当にこのまま帰還方法を探し続ける意味があるのかなって考えてしまうんです」
「…… ヴァイスの、望み…… 」
小さく呟き、竜紀がお皿に食べかけのサンドイッチを戻す。彼の大人しそうな顔にくしゃりとシワがより、胸の奥で抱えている感情を整理しようと必死だ。『んなの知るか!』と、今にもと叫んでしまいたい衝動が胸の奥でぐつぐつと煮える様な感じがして気持ちが悪い。もういっそ思いっ切り腹の内をぶちまけてしまいたいが、彼はそれが出来るほど激情型では無い為、深呼吸を数度繰り返した。
無関係な店員さんにぶつけたってしょうがない。
でも…… 無関係だからこそ、言える話も…… 。
どうせヴァイスも知っている話だ。こちらの事情を知る者が増えれば、七音を協力者に引き込めるかもしれないと竜紀は考えた。彼女の抱える事情を知らぬ為、『獣人型である彼女であれば、アカデミー管理の禁書などにも関わりが持てるかもしれない』とも。
「…… えっと、ウチの家系は長子に男児が産まれると、神託に従い、“竜斗”と名付ける風習があるんです。“竜斗”は悲しい事に短命で、代を重ねるごとに寿命が長くはなってきているとはいえ、例外なく若くして亡くなります」
ポツリ、ポツリとこぼすように竜紀が家の風習について話し始めたが、それとヴァイスに何の関係があるんだろうか?と七音は思ってしまう。そんな彼女の疑問に気付かぬまま、彼は話を続けた。
「僕の…… 兄の名前は竜斗といい、今年で三十二歳になりました。これは異例な事で、“竜斗”達の中では最長命だと言えます」
「あぁ、あの彼か」
そういえば境内で見掛けたなと思ったヴァイスに対し、竜紀は「うん。あんまし僕とは似てないよね、竜斗兄さんは…… 美形、だから」と複雑そうな顔をした。
「…… だからこそ、いつ亡くなってもおかしくない。今日は無事でも、明日は亡くなるかもしれない。そんな危険な状態なんです」
「そうか?すこぶる健康そうだったが」
「“竜斗”達は皆、突然死ぬらしいんだよ。だから治療するだとかで死を回避出来なくて怖いんだ」
「それって、呪いとか…… ですか?」と七音が訊く。
「いえ、違います。器であるヒトの肉体が“竜斗”の魂に耐え切れないだけなんです。なので僕は、次の“竜斗”の為に…… こ、子供を作らないといけなくて。なのにヴァイスは僕の顔を見るたびに『運命の番だ』なんだと煩いから、一刻も早く、とにかくすぐにでも帰ってもらわないといけないんです」
彼はまだ十七歳だ。そう口にはしつつも決められた将来に対し不安しか感じられず、次第に声が小さくなっていく。
「だから、子供の件は——」
「ヴァイスは黙ってて!」
竜紀の大声のせいで、一気に店内がシーンと静まり返った。
ヴァイスは素直に口を閉じたが、悔しそうに顔を顰めている。話を聞いてもらえず、悔しい思いをするのはこれで何度目なんだろうか。
「高校卒業後はすぐ家を継ぐ準備に入ります。いずれは親の決めた相手と結婚して子供を作り、次の“竜斗”の為に血を受け継いでいく。そういう決まりなんです、僕の家は」
瞼を伏せ、竜紀は自分の前に敷かれたレールに対し苦虫を編み潰した様な顔をした。
この家にさえ産まれていなければ。
何度も何度も子供の頃から思ってきた事だが、今この瞬間が最もそう強く感じる。『“八代竜紀”ではなく、ただの竜紀であったらなら僕は、目の前に差し出された手を素直に掴めるのに』と考えてしまう気持ちを落ち着かせようと、彼は服の胸元をくしゃりと強く掴んだ。
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